絡み合う縦糸と横糸 -Cross Clothes-

第19話 絡み合う縦糸と横糸 上

19-1


 木製の扉を開けると、石造りの建物の中、白衣の男と金髪の少女とが、蝋燭の灯りを間にして木製の机に座っているのが見える。白衣の男、グラハム・ウェスティングスは机に向かって何やら必死にメモを取っており、対する金髪の少女、リサは、どこか虚ろな目で石の壁を見つめていた。


「スコットビル……パイク・ダンバーは?」


 リサが、あまり興味なさそうに、壁を見つめたまま聞いてきた。


「あぁ、彼なら眠っているよ……ソリッドボックスの一件で、わずかな消耗でも抑えたいらしい」


 スコットビルは答えながら、二人が座している机に自らもついた。


「黙示録の祈士は揃わず……そもそも、四人一同にしたことってあったかしら?」

「どうだっただろうな……グラントの息子となら、介したこともあったかもしれんが」

「……そもそも、我輩はパイク・ダンバーの存在を知らされていなかったぞ? 暴走体と化し、貴殿がそれを止めた所までは見ていたが……」


 メモから眼を離し、ウェスティングスが恨めしそうにこちらを見つめていた。パイク・ダンバーの実験には、ウェスティングスは途中までしか絡んでいなかった。マリア・ロングコーストが遺体を修復し、輝石の力で暴走体と化した後、スコットビルが深手を負いながらも何とか止め――厳密に言えば、この男はダンバーの暴走に恐れをなし、その場から逃げ出していたのである。だからその後復活したことは、自分とマリア、ヘブンズステア親子しか知らされていなかったのだ。


 スコットビルが意識を机に戻すと、リサの方が左手を口元に当てて笑っていた。


「ふふっ……切り札【ジョーカー】は、取っておくから意味があるのよ。言うでしょう? 敵を欺くには、まず味方からって」

「クソッ……どいつもこいつも、我輩を軽んじおって……まぁ良い……それで? どのように亡き父の跡を継ごうというのかね、リサ・K・ヘブンズステア」

「例の機材、再び作れる?」

「ふむ、まぁそれは可能だがね。だが、ソリッドボックス並の輝石を、どう用意するつもりで……」

「それなら、終末の角笛【ギャラルホルン】を使うわ」


 リサの言葉に、ウェスティングスは眼をぎょ、とさせた。確かに、ネイ・S・コグバーン無しで計画を進めていたときには、終末の角笛は計画の重要な鍵だった。しかし、アレはウェスティングスですら使うことを躊躇う兵器であり――確かに、大量の輝石を一気に集めることも可能だろう。しかし、それを本当に使うとなるとは、スコットビル自身も想定していなかった。


「……正気かね?」


 スコットビルが疑問を呈すと、リサ・K・ヘブンズステアは冷たい眼で笑った。


「元々、WWCなんていうチンドン屋に参加していたのは、ギャラルホルンを使うことを想定してのことだもの。使えるものは使う、それだけの話よ」

「ふむ……」


 スコットビルはパイプを懐から取り出し、火をつけて一服付けた。ウェスティングスの方を見ると、身の振り方でも考えているのか、どこか所在なさげにあたりを見回している。


「……ウェスティングス。貴方の力で、神の国が到来するの……それこそ、トーマス・ブラウンには成し遂げられなかった偉業だわ」


 リサのおだてを、ウェスティングスは鼻で笑った。


「……小娘が。確かにブラウンのジジイを気に食わんと思ってはいるが、貴様のようなジャリにおだてられて調子に乗れるほど、我輩も愚かではないぞ」


 忌々しげにはき捨て立ち上がり、窓から差し込む月光に片眼鏡を光らせながら、男は娘を見下ろした。


「だが、確かにアレを使えば、気に食わん有色人種どもを一掃し、この大陸に我等が悲願の国が作れるのだ……そして、ブラウンもまだ生きておる。そのために、貴様の口車に乗ってやろうではないか、ヘブンズステア」


 一応、次なる大将として認めているのか、それとも単に皮肉なのか、男は苗字で娘を呼んだ。どうやら皮肉の方と受け取ったらしい、リサの方はいらただしげに、美しい顔を歪めていた。


「ふん……大口を叩いたのよ、グラハム・ウェスティングス。それならば、それだけの仕事をして頂戴」

「言われなくともな……それでは、ギャラルホルンの準備のため、我輩は研究所に戻ることにするぞ」


 机の上のメモを乱暴に取り上げて白衣のポケットに詰め込み、ウェスティングスは木製の扉を開け、部屋から出て行った。


「……貴方はどうするの、スコットビル」

「そうだな……何にしても、貴殿の父君が亡くなったこと、ソリッドボックスでの失態……諸々、敬虔な信徒の方々に報告しなければならないだろう」


 そもそも、の大本は緩い連合体――いうなれば、元々ブランフォード・S・ヘブンズステアがいわゆる急進派の中心人物で、スコットビル自身はその協力者の一人に過ぎない。他の資本家や政治関係者、宗教関係者などのサロンが別に存在しており、そういった連中の金銭、情報統制の協力があってこそ、ヘブンズステアは活動していたに過ぎない。確かにヘブンズステア自身、巡礼の始祖の血を引く由緒正しき家柄であり、サロンに影響力もあったのだが――その娘が跡を継ぐといっては、どちらかといえば古臭い考え方に執着している連中だ、女子供が権力を持つなど認めてはくれないだろう。


「それじゃあ、貴方がサロンのクソジジイどもを説得してくれるというわけね?」

「ふっ……私は、報告しにいくと言っただけだよ、リサ。その後どうなるかまでは、それこそ神のみぞ知る、というやつだ」

 

 煙を吸い終え、スコットビルも立ち上がり、木製の扉に手をかけた。リサ一人では不安だが、有事の際にダンバーが居れば、悪いようにはしないはず――そう信じて、スコットビルは石造りの部屋を後にした。

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