17-4


「……改めて見ると、そんなに似てませんね、これ」


 青年の正面で、ジェニファー・F・キングスフィールドが一枚の羊皮紙を広げながら言った。


「なんだ、自分の似顔絵、見てなかったのか?」

「あのねぇ……街に近づくのだって危険かと思ってたんです。それこそ、カウルーン砦に行くまでなんて、すんごい苦労をしてですね……」


 何やら女の熱弁が始まったが、青年はその内容にさして興味も無いので、生返事を返して適当に頷いておくことにした。

 場所は、ホテルのフロント横のロビーで、しかし豪勢なホテルなので、その豪華さを象徴する様な座り心地の良いソファーに深く腰掛け、青年達は適当に座談をしているところだった。とはいえ、クーは朝一で外に出てしまったし、ブッカーは人一倍働いていたので、未だにゆっくり眠っているらしい。ポワカと博士は、男の新兵器の最終調整という事で、朝食を美味しく頂いた後にはすぐさま部屋に引っ込んでしまった。なので現在は、青年とよく喋る女、そして三つ編みの少女の三人で、適当にゆっくりくつろいでいる所だった。


「……でも、こんなお粗末な似顔絵なら、それこそちょっと変装すれば普通に出歩けそうですね」

「まぁ、確かにな……昨日一旦囲まれたっつっても、暗くてそんなにしっかり顔を見られた訳でもないだろうし……」

「えぇ。それこそ、何度も言うように私達はなかなか個性派揃いと言いますか、言ってしまえば人種が多様なので、一挙に行動していたらすぐさまバレそうですけど……別々に行動すれば、問題ないかもしれませんね」


 それこそ、モーリスと会ったらですけど、ジェニーはそう自嘲的な笑顔を浮かべて言葉を結んだ。


「ともかく、これなら下調べなども普通に出来そうですね……見てくださいよ、これ」


 言いながら、ジェニーは一枚の羊皮紙をネイの方へと開いて差し出した。そこには、少女の人相書があるのだが、帽子にポンチョ姿、特徴は三つ編みに混血児というくらいで――いや、もしかするとヴァンのヤツ、敢えてこうやって手配してくれたのかもしれない。帽子とポンチョを外し、髪型さえ変えてしまえば、逆に少女の特徴を捕えているのはハーフブリードという事くらいになる。別段混血児その者が珍しい訳でもないし――もちろん、好意的に受け入れられるかはまた別としても――そう考えれば、確かにネイは雑な変装ですら、外を自由に歩けそうだった。


「折角ですし、ヒモ男と一緒に、ライトストーンの街を観光でもしてきたらどうですか?」

「えぇっと、それは……」


 女の提案に、少女は青年の意向を問いたいのか、こちらを向いてきた。だが、何時までも屋内に居ても暇なことも確かだし、何より現場の下見が必要だろう。細かくは色々とすり合わせが必要になるであろうが、まず襲撃の第一撃は少女の狙撃になることはほぼ間違いない。それは、少女にとっては酷な話かもしれないが――敢えて、言う事も無い。言わないことも、それはそれで罪悪感があるが、言って少女に変な禍根を残させないことの方が、青年にとっては余程大切だった。


「うん、外もいい天気だし……何より、西部以外の街なんか初めてみたいなもんだしな。一人で行くのもさびしいし、君も来てくれると嬉しい」

「ばっ……!?」


 正直、こんなセリフ以上に恥ずかしい場面など、今までにもたくさんあったはずなのだが、それでも、こんな小さなことでも全力で応えてくれる、もとい、顔を真っ赤にして応えてくれる少女が、なんとも可愛らしかった。


「し、しかたねーやつだ……ま、アタシもちょっと外の空気に触れた言ってのもあったし、いいよ、付き合ってやるよ」

「おぉ! ありがとうございます、ネイ様!」

「やれやれ……まったく、アタシがいないと駄目なんだからな」


 そう、君が居ないと駄目なんだ、なんて言うのは、流石に恥ずかしいのでやめておくことにした。何より目の前でジェニーが大きく咳払いをしている。御馳走さま、というより、お腹一杯で胸焼けしてます、とでも言いたげだった。


「うぉっほん! それじゃ、衣服の手配でもしますか。兄に頼めば、用意して下さるでしょうし」

「え、えっと、それは……」


 ジェニーの提案に、少女は一旦迷ったようなそぶりを見せた。一度青年の方を見て、何か言いたげだったのだが、しかし思う所もあったのか、小さく「よし」と言って、再び女の方へと向き直った。


「うん、それじゃあお願いしようかな」

「えぇ、お任せを……って、別に私が何かする訳でもないですけれどね。どんなのがよろしいですか?」

「うーん……一応、コレだけは持っていきたいからな」


 少女はポンチョを少しはだけ、愛用の拳銃のグリップをジェニーに見せた。


「後は、包帯が隠せるように、長袖になってれば大丈夫……それで、その、後はさ、ジェニーが決めてくれ」


 その言葉に、最初こそ豆鉄砲でも喰らったような顔をして、だがすぐに少女の真意に気付いたのか、ジェニファーはなかなか笑顔になった。


「はい、心得ました……成程成程、任せてください。私、結構センスはイイと自負していますからね」

「う、うん……結構お洒落だもんな、お前」

「ふふ、ありがとうございます。それでは、兄の所へ行ってきますね」


 持っていたカップをコースターに戻し、ジェニーは立ちあがってフロントの奥へと消えて行った。だがすぐさま戻って来て、少女を階段の上へと連れて行ってしまった。


 ◆


 兄に話を聞くと、ホテル内に巨大なクローゼットがあり、そこに女ものの服も数あるとのことだった。ジェニファーはネイをすぐさまそこへと連れて行き、何点か試着させてみて、その中で少女に一番似合いそうなモノを見繕った。別にパーティーに出る訳でもないし、散歩も兼ねている上に、まず変にゴダゴダした服装は好まないだろうと判断し、白のワンピースに黒のコルセットでアクセントをつけ、その上から軽めの上着を着せた。

 しかし、着せている時に、いやそもそも思っていたのだが――。


「ネイさん、結構凄い体してますよね」

「は、はぁ?」


 ジェニーの言葉に、少女は困惑していた。背は低いが、本当に出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる――そう、中々男が放っておかないような体つきをしている。コルセットなど着けると余計に体のラインが出るので、上着さえ来ていなければ、一言で言ってしまえばなかなかイヤらしい体つきをしている。


「……いや、別に羨ましくなんかないですよ?」

「はぁ……そういうとこ、ネッドに似てるよな、お前」


 多分、謎の一人言のことだろう、しかし最近は、結構あの男と自分は似ていると言う事も自覚したので、そう言われても単純に納得するだけだった。


「せっかくですし、髪もセットしていかれますか? お嬢様」


 ジェニーの言葉に、ネイは露骨に吹きだした。お嬢様にお嬢様と言われたのが、なんだか妙な感じ立ったに違いないし、もっともジェニー自身もそれを狙って言ったのだが。


「ま、まぁ……それじゃ、お願いしようかな」

「はい、お任せを。それでは、ここにおかけになってください」


 ジェニーが椅子を一つ、大きな出窓の前に置き、少女に座るように施した。少女は頷き、しかしお嬢様と言われたのも満更でもなかったのか、いつもと違って少々お上品な調子で腰かけた。

 出窓の前に椅子を置いたのには、なんとなくだが理由があった。そして、少女の髪に櫛を通していると、やはりここに置いてよかったとジェニファーは思った。綺麗な黒髪が、陽光を吸いこんで僅かに輝いてるのが、本当に綺麗で――自分もこんな風だったら、もうちょっと別の生き方をしていたんじゃないか、そんな風に思っていると――。


「……でも、アタシはジェニーの方が羨ましいんだけどな」


 少女がぽつりとつぶやいた。その一言に驚き、ジェニーは手を止めてしまった。


「いや、アタシは背が低いしさ。すらっとしてて、ジェニーはカッコいいと思うよ」


 言われて、ジェニファーは笑ってしまった。別に相手を馬鹿にしたいわけでもなく、自嘲したわけでもなく、単純になんだかおかしかったのだ。


「な、なんだよ……アタシ、おかしなこと言ったか?」

「いいえ、別に……言ってみれば単純に、隣の芝は青いって、それだけなんですね」


 誰だって、自分のことにはコンプレックスがあるもので、しかし人から見たら意外な所が長所だったりする物らしかった。


「……ねぇ、ネイさん。私、何度か男に生まれてきたかった、なんて思ったことあるんですよ」


 少女は、肯定も否定もしなかった。単純に、次の句を待っているのだろう――そう判断して、ジェニーは話を続ける。


「実際、今の社会では女性ってだけで甘く見られますし、お褒めいただいたように背もありますし……逆を言えば、私はあんまり女らしさが無いですから。そう思えば、いっそ男に生まれてた方が楽だったんじゃないかなぁ、なんて」

「うーん……でも、男には男の苦労もあるんだろうし、それにこんな風にお洒落して、髪を梳かしてくれて……とりあえず、アタシにとってはジェニーは女で良かったって、そう思う」


 なんだか慰めにもなってないような、変なフォローだったのだが、それでもなんだかジェニーは嬉しかった。女の自分が必要とされている、それだけでも今は、女であった意味もあるというものだ。


「ふふっ、でもその言い方だと、私がネイさんに都合がいいから、女で良かったって感じになっちゃいますね?」

「うっ……なんだよ、意地悪だな……いや、元から意地悪だったか」


 意地が悪いのは自覚しているのだが、それに輪をかけてこの少女は意地悪がしたくなるのだから、なんだか仕方がなかった。

 その後、しばらくはただ、ジェニーは少女の髪を無言で梳かしていた。別にこの沈黙が嫌という訳ではなく、単純に――同性として、目の前の少女が愛おしかったから――それこそ、お嬢様を扱うように、大切にしなければ、そう言う思いで手を動かし続けた。その沈黙を、しばらく何を言えば良いのか考えていて、よおやっと決まったと言うところなのだろう、わざとらしく小さく息を吸って、少女の方から話し出した。


「……それで、今も男の方が良かったって思ってるのか?」

「いいえ。それはありません。嘆いたって変わる訳ではありませんし、何より女であるからこそ、切り拓かねばならない道があると、今では思っていますから。ただ……」


 そこで、ジェニーは再び手を止めた。正確には少女を驚かせるために、後ろにあるモノを取りに移動し始めた、という方が正しい。


「……ただ?」


 丁度振り向いた少女が写り込むように、ジェニファーは全身鏡を置いた。きっと鏡に映った少女は、今ジェニファーの視界にあるように、なかなか驚いた顔をしているに違いなかった。


「この鏡の中のお嬢さんみたいに、もうちょっと可愛らしかったらなって、思う事はあります」


 完成した作品は――人を作品というのもおこがましいかもしれないが――なかなか素晴らしい物に仕上がっていた。黒い髪は少し癖が残っているモノの、それも逆に女の子らしさを際立たせるアクセントになっている。いつものポンチョにパンツ姿も、少女の小動物の様な感じが引き立ち悪くないのだが、今は上等な街娘に変身していた。もちろん、絶世の美少女というわけでもないし、誰もが振り返る、とは言い過ぎな嫌いはあるが――それでも彼女の中身まで知っていれば、内面の可愛らしさまで分かっていれば、放っておけないような可憐な少女に仕上がっていた。


「……やっぱ、お前は男っぽい所があるよ、ジェニー。今の、すっごいキザだった」


 ともかく恥ずかしかったのだろう、少女はしばらく鏡を見つめ、頬を赤らめ、眼を瞑って悪態付いてきた。それもまた可愛らしかった。


「気障が男の専売特許ってわけでもないでしょう? ともかく、これにて変身は完了です。まさかこんなお嬢さんを史上最高の賞金首だなんて、露にも思わないでしょう」

「そ、そんな風に言われても、アタシはなんて返せばいいんだよ……」


 そう言いながら、少女は椅子から立ち上がり、しばらく鏡の前で色々とポーズを取っていた。少々はにかむような笑顔を浮かべたと思うと、今度は少々不安げな顔になり、だが頭をぶんぶんと振り、ジェニーに笑顔を向けてきた。


「とにかく、ありがとうジェニー。やっぱり、お前に頼んで正解だったよ」


 これは邪推なのだが――少女は、最初はネッドに見立ててもらおうか、もっと言えば普段纏っているポンチョの様に作ってもらおうか、一度は悩んだのだろう。しかし、いつもそれでは捻りも無いし、他の人の見立てで、あの男を驚かせてみたいと、そんな女心が働いたのではないか。ともかく少女の真意がどうであれ、ジェニー自分も楽しかったのは確かだった。


「いえいえ。私の方こそ久々に着せ替え人形遊びが出来て、楽しかったですよ」

「ちぇ、なんだよ……アタシはお前の玩具かよ?」


 セリフとは裏腹に、少女は楽しそうだった。しばらくお互いに笑いあい、ふ、と少女が一言漏らす。


「……ジェニーは十分綺麗でカッコいいからさ。自信、持って欲しい」


 そう言われて、ジェニーは何とか頬笑みを浮かべた。嬉しい気持ちも確かにあるのだが、しかしもう少し可愛げが欲しかったと、そう思っているので、少女のフォローは少々見当違いだった。


「えぇ、ありがとう……ところで、どうすれば可愛くなれますかね?」

「それは、アタシが聞きたいよ。でも……」


 そう言いながら少女は立ち上がり、少し俯いてから、はにかんだような表情を浮かべて――。


「多分、誰かを好きになると、見てもらいたくなってさ……ちょっとでも自分を良くしようって、思うようになるんじゃないかな」


 そう言われて、ジェニファーはまず納得した。成程、自分に足らないのは恋心というものか、確かに残念ながら今までの人生で、一度も異性に惹かれたこともない――いや、それよりも、ただいま少女は結構凄いことを言ったのではないか。


「ね、ネイさん? 今、なんて……」

「と、ともかく! ホントにありがと! アタシ、行くから!」


 少女は慌てて背中を向け、慌ただしい礼と共に慌ただしく部屋から出て行ってしまった。


「いや、もちろん貴女の気持ちは知ってたけど……でも、成程、誰かに言いたくなってしまうくらい、気持ちが大きくなってるってことなんやなぁ」


 残された部屋の中で一人、ジェニファーは日の光が差し込む明るい部屋の中で、一人納得して微笑んでいた。

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