第15話 東方中央遊戯 下
15-1
◆
列車の中には、屈強な男たちが所狭しと座っていた。鉄道屋の私兵はそう多くなく、大半はカウルーン砦に潜んでいると言われている無類の賞金首が目当ての賞金稼ぎだった。
「……おい、緊張するなぁ。ところでオレはアントニオって言うんだ。アンタは?」
アントニオと名乗った男は、隣に隣に座っていた顔面を布でグルグル巻きにしている男に話しかけた。列車に乗ってからという物、何故だかずっと避けられているような気がしていたのだが――声をかけてみても、やはりなんだか一歩身を引いてしまった。
「……名乗る程のもんじゃねーよ」
「成程、ナノルホドノ・モンジャ・ネーヨっていうのか……変わった名前だな」
アントニオは真剣に返したのだが、隣の男はそれを聞いて大きく肩を揺らした。
「お、おい……アンタ、大丈夫か? というか、どこかで会ったことないか?」
そう、なんだか聞き覚えのある声をしているような気がしたのだ。しかしそう言うと、隣の男は露骨に声色を変えて答えてきた。
「いいや? 全然、お前のきたねぇ顔なんか見おぼえ無いね」
「ははっ、お前なんか顔を隠してるんだ、オレなんかよりもよっぽどひでぇ面してんだろぉ?」
「別に……普通だよ。しかしアンタ、腕に自信は?」
「へへっ……まぁ、ぶっちゃければそんなにだ。普段は二人で行動してるんだが、相方がこの前、変なオッサンに吹き飛ばされてまだ動けなくてな……」
「あぁ、そうだ……いや、そりゃ災難だったな」
そこで覆面の男は一息ついてから、話を続ける。
「……そんじゃなんで、アンタここに来たんだ? それこそ総額百万……ヤバい相手だと思うぜ?」
「いやぁ、一番低い十万ボルだって、故郷に持って帰れば、家族を一生楽させてやれる額だからなぁ」
「……そうか。アンタ、アントニオって、南の隣国の出身か」
「そういうこと……アンタは?」
「俺は、そうだな……生粋の西部人だよ……しかし、アンタ故郷に家族が居るんだったら、無茶はやめときな」
「いや、でもいくら凶悪な賞金首ったって、後ろから銃で撃てば……」
そう言うと、布の下で男の口の部分が動いた。どうやら、笑っているらしい。
「ははっ。弾丸ごときでくたばる様な連中だったら、こんな高額な賞金をかけられちゃいないさ……それに、十万の男、下手をすればソイツが一番ヤバイ。何せ自由人だからな」
「はぁ? 意味が分からん……」
しかしアントニオは一度考え直して、男に色々と質問することにした。
「なぁ、アンタ、こいつらのことに詳しいのか?」
「あぁ……多分この大陸の中で、一番詳しいと思うね」
何を言っているのだろうか、こいつらの仲間だったとでも言うつもりなのか――しかしそうなれば賞金がかかってなければおかしいし、もっと言えばこの列車に乗っていることがおかしい。
しかし、話させてみるのも面白いかもしれない、そう思いアントニオは、話を続けることにした。
「ははっ……それじゃ、教えてくれよ。どいつだったら勝てそうだ?」
「そうだなぁ……ハリケーンの女の方なんか、割とお薦めだ。周到に事に当たるし、肝っ玉も座っているが、案外ここ一番でヘマしてくれそうなのはコイツだな」
「ははぁ、成程ねぇ……それで? アンタはどいつ狙いなんだ?」
「俺は一番星にしか興味が無くってね」
そう言われて、アントニオは眉をひそめた。この男は何をスカしたことを言っているのだろうか、一瞬意味が分からなかった。
「えぇっと……一番賞金額が高い奴を狙ってるってことかい?」
「まぁ、他の奴らのことも気にはかけてるんだが……まぁ、大丈夫だろう……っと、どうやら始まるみたいだぞ?」
覆面の男が、窓の外を見やった。アントニオも身を乗り出し、窓の外を見る。先頭の車両の横に、ロマンスグレーの髪の男――このレールもない場所を走る列車の所有者、シーザー・スコットビルが立っている。
「カウルーン砦の諸君、聞こえているだろうか。私は、シーザー・スコットビル……きっと中には私が世話になった者も多いだろうし、また雇っていた者も多くいるだろう」
その声は、この荒野中に響き渡っている。何やら、列車に変な機械を積んでいて、それで声を広げているらしい。しかしこのボリュームならば、見上げるあの一番高い塔の上までも声が聞こえているだろう。
「さて、私が何をしに来たか……理由は二つ。まず第一に、貴君らが匿っている総額百万ボルの賞金首を引き取りに来た。そのために、この弾丸列車ホワイトホースで、賞金稼ぎをたくさん連れていた。第二は……貴君らの、この大地からの立退きだ」
そこで、スコットビルは胸元からパイプを取り出し、口にくわえた。
「以前より、カウルーン砦の存在は問題となっていた。関税逃れにここを中継点にする者が後を絶たず……更に、治安の問題。犯罪者の隠れ蓑になっている。この大地に、法の及ばぬ無法地帯があることは好ましくない。故に、私はここを取り壊すことにした」
それを聞いて、アントニオは驚いてしまった。賞金を狙う者を募集にかけ――生け捕りにすれば、既定の倍額支払うと言われて飛び乗った。しかし、東洋人達の妨害が予想されると言う事で、そういう意味でのボーナスだと思っていた。
「お、おい……まさか、オレ達に砦を破壊させようって言うんじゃないだろうな?」
アントニオが静かに問うと、覆面の男は鼻を鳴らして笑った。
「アイツ一人でやるだろうよ。シーザー・スコットビルは、それだけの力がある」
「あ、あぁ……東洋人達を追い出して、後で金の力でぶっ壊すってことだよな?」
「いや、言葉通りさ。アイツなら、素手であの砦を解体するさ。本当は俺たちだっていらないんだよ、アイツにとってはな」
あの砦には、万を超える東洋人が居ると聞いている。先ほどからこの男の話はよく分からない――アントニオがそう思っていると、スコットビルが続きを話しだした。
「言っておくが、降伏など認めん。貴様らはただ、このシーザー・スコットビルに蹂躙されるのみだ」
そこで、スコットビルは放送を切った。それと同時に、砦の方から十名ほど、東洋人の男たちが走ってきた。手には曲がった幅広の剣を持っている者や、長い棒を持ってい者、何やら鎖で繋がれた短い棒を持っている者や、中には徒手空拳の者もいた。誰一人として銃を持ってはいなかったが――その男たちが、一斉にスコットビルに襲いかかった。対してスコットビルは、逃げる訳でもなく、ただ咥えているパイプに悠長に火をつけているだけだった。
「お、おい!? 雇い主がやられるとか、ヤバいんじゃないのか!?」
「……そんな心配はいらないよ。まぁ、見てろ……」
慌てるアントニオの横で、覆面の男はただ落ち着いて窓の外を指すだけだ。見ていると、男たちが勢いよく覆いかぶさって、スコットビルの姿は見えない――しかしすぐに、男たちの体が吹き飛ばされた。宙を舞い、アントニオのいる席の傍の窓の隣に、一人の男が激突してくる。そして、だらりと下に落ち――見下ろして見れば、絶命しているのだろう、胸が拳大にあり得ないほど陥没していて、目は開いているものの、ぐったりとして、既に力は入っていないようだった。
「……アンタ、死にたくないならスコットビルに着いて行くことだな。あの男の後ろに居れば、やすやすとはやられないと思うぜ」
「い、いや……オレはアンタにでも着いて行くよ。アイツはヤバそうだ……」
「そうかい? まぁ、着いて来れるなら着いて来な」
覆面の男はそう言って頬杖をついて、後は黙ってしまった。アントニオがもう一度外を見ると、スコットビルが列車の中へと入り込むのが見え――そして、列車が砦に向けて走り出した。
「お、おい!? まさか……」
「……多分、アンタが思ってる通りだよ。黙ってた方が良いぜ。舌を噛んじまうかもしれないからな」
その通りと納得し、アントニオは両手で口を押さえて衝撃に備えた。直後、恐ろしい物音を立てて、列車が砦へと突撃した。かなり頑丈な列車らしい、窓も壊れはしないし、そう言う意味では安心なのだが、何しろ衝撃が凄い。まさか、こんな形で突撃するとはだれも思っていなかったのだ、周りも騒然としている。
そして、何やら金属棒が転がる渇いた音が聞こえ、列車が止まった。窓のすぐ外は壁となっている。砦の中に侵入したのだ。先頭車両の扉が開き、その先からロマンスグレーの髪の男、シーザー・スコットビルが姿を現した。
「さぁ、諸君、出番だぞ。東洋人達の妨害を乗り越え、見事賞金首を生け捕りにすれば、政府指定の倍額を用意する。ただし、殺してしまった場合は我々からは支払わん。急がなければ、このシーザー・スコットビルが全員捕えてしまうぞ?」
先ほどの光景を見れば、この男ならば確かにやりかねないと皆納得し――そもそも賞金目当てで皆この列車に乗っていたのだ、遅れる訳にはいかない。男たちはみな雄たけびを上げながら、列車の扉から飛び出していく。
「さ、さぁ! アンタ、オレ達も行こうぜ!」
「あぁ、そうだな……」
覆面の男が立ち上がり、とは言っても何故か妙に猫背で、扉の方へと歩いて行った。するとスコットビルが、覆面の男の方を見て笑った。
「……君、以前に会ったことが無かったかね?」
「い、いや? 全然……俺みたいな怪しい奴なんて、この世にごまんといますからね、へへ!」
先ほどまで、妙にすかした奴だったのに、スコットビルにはへりくだっている。まぁ、大陸屈指の金持ちにして、アレだけの力があるのだ、恐縮するのも仕方がないと言ったところだろうか。ともかく、アントニオは列車を出ていく猫背の男を追い掛け外へ出た。改めて並んでみると、この男かなり背が高いらしい、猫背なのにアントニオと同じくらいの身長があった。
「さぁって……それじゃあ、ハリケーンを探して……」
「あぁ、そう。ま、頑張ってくれ」
覆面の男がベルトから糸が巻き付いた何かを出し、それを振りかざしたと思うと、糸が上へと伸びていき、それが看板を支える金属の棒に巻き付いた。男はそれを伝って看板へと飛び乗り、また更に上に糸を伸ばして、どんどん上へと登って行ってしまう。
「お、おい! 待てよ、置いて行くなよ!」
「だから、追いついて来れたらって言ったろ? それより、周りを見な。アンタ、それどころじゃないぜ?」
見下してくる覆面の声に従って、アントニオが周りを見ると、既に東洋人達が自分を取り囲んでいた。数にして、五人と言った所で――。
「こ、こっちに来るな!」
アントニオが銃を撃つと、男なのに三つ編みにしているヤツに銃弾を受け止められてしまった。あとは「ハイハイハイ!」とかいう妙に甲高い声が聞こえたと思うと、すぐさま組み敷かれてしまった。
「お、おーい! 助けてくれー!?」
アントニオの声が、砦の入り口にむなしく響き渡った。
◆
「……マズイ。まさか、シーザー・スコットビルが来るなんて……!」
ジェニーの隣で、クーが苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「……そういやあのオッサン、やたらと強かったな……」
ネイがその言葉に、すぐさまクーが反応してくれた。
「黙示録の祈士の序列は、下からスコットビル、グラント様、ウェスティングス、リサ・K・ヘブンズステアの順番。しかし、それは聖典の記述に合わせているだけ。実際は、スコットビルの実力は、リサと比べても頭一つも二つも抜けている……ハッキリ言って、あの男は世界最強、いえ、史上最高、空前絶後の化け物よ」
クーの奥で、少女が息を呑むのがジェニーにも分かった。直接見ていないが、リサとやらの実力がまずそれほど恐ろしい――それより数段上と言われるスコットビルの実力は如何ほどの物なのか。
「スコットビルの能力は、一体……?」
「アヤツの本質は、勝利だ」
ジェニーの問いに対して、後ろから声が上がった。振り返ると、ブラウン博士が一人、下を見ずに、ただこちらを見ていた。
「他の者の術式の様に、超常的な現象を起こせる訳ではないが……その代わり、勝利した分だけ成長する。つまり、マニフェストデスティニーの能力は……」
「……分かりました。ただただ、我武者羅に強い。それだけなんですね」
五十余年の歳月を戦い続け、勝ち続けて――あの男は、どれ程に強くなっているのか、考えるだけでも気が遠くなりそうだったし、自分一人ではどうにも出来そうにないことを認めざるを得なかった。どんなに策を弄しても、あの男は正面からねじ伏せるだけだ。その、圧倒的な力を以てして。
「……しかし、今がチャンスでもあるわ。リサと同時にスコットビルを相手にしなければならない場合、これ以上ないほど、果てしがないほど勝機が薄かったけれど……ヤツを一人ならば、まだ幾許かは勝算がある」
列車が砦の内部に突撃してきたのを、どこか冷静に見ながら、ぽつりとクーがこぼした。
「それは……それは、素敵な話ですけれど、一体、どうやって?」
「……こちらには今、フェイ老師が居る。老師は帝国四千年の歴史を鑑みても、並ぶ物が居ない程の達人。しかし、まだスコットビルには届かない……それでも、ヤツを葬ることが出来る一撃が、こちらにはある」
そこで、クーはネイの方を見た。すぐに意図を了解したのだろう、しかし、それは少女にとっては、酷な願いなのかもしれない――やや、困ったような顔で、ネイは答える。
「アタシの、デスクリムゾンなら……」
「えぇ……試す様な真似をして、貴方達に牙をむいて……それでもどうか、このカウルーン砦の人々を護るために……」
人を殺してくれと、クーはそう言いたいらしかった。命に貴賎など無いとするなれば、単純に数に注目するのは理にかなっているかもしれない。あの男一人の命で、この砦に居る万を超える人数が助かるのならば――しかし、それは短絡的な考えだろう。貴賎など無いとするなればこそ、単純に数で割り切れる問題でもないし、あの男の後ろに居る、下に居る人間の数を考えれば、この国が単純にシーザー・スコットビルを失うことは、長いスパンで見たらより多くの人間を殺すかもしれないのだ。勿論、スコットビルは自分たちを苦しめている軍団の一員なのだし、いつかは対峙する必要があったのだから、ジェニーにとってはそれが早まっただけという事も出来る。
だがやはり、この少女に人殺しをさせるのはいかがなものか――ネッドが居たら、それこそ絶対に反対し、止めただろう。それが如何に敵の命であっても、少女の心に傷を残すことを、あの男が許すはずも無い。
しかしやはり、彼が居ないことで天秤のバランスが命の数に傾いてしまったのだろう、ネイは辛そうにだが、しかし確かに頷いた。
「……分かった。アタシの力が、役に立つなら……」
「……ごめんなさいね」
どうやら、クー自身、この願いは辛いものがあったのかもしれない。なかなか性根の悪い奴だと思っていたが、成程、確かに意外と気を使って――そう、だからきっとこの女の能力は「気を使う」なのかもしれない。
そして、それに負けないくらい気を使う少女は、今度は微かに笑ってクーを見つめた。
「どうした……キャラが崩壊してんぞ? いつもみたいにアルアル言って、嫌味ったらしくしてりゃいいんだよ、お前はさ」
「アイヤー! 意外とアナタ、言うアルねぇ……」
皮肉を返され、クーも少々調子が出て来たらしかった。その後、今度はフェイがネイの後ろに立ち、頭を深々と下げた。
「……申し訳ない。活路は、私が拓いてみせる。彼らを倒すまでの辛抱だ。どうか、頼むよ」
「あぁ、分かったよオッサン」
二人は強く頷き合った。
「さて、それではメンバーを分ける。まず、ワタシとネイ君は、スコットビルの迎撃に向かう。クーは……最悪の場合、グラントの懐刀がこの場に居ることを知られるのはマズイ。スコットビルとは接触しないように、戦えない者を避難させてくれ」
「はい、分かりました老師」
今度は老師とクーが互いに頷き合った。
「それで、ブッカーは、ワタシと来てくれると有難いのだが……」
戦力的に考えれば、スコットビルとやりあえる可能性があるのは、ネイと老師を除けば、ブッカーだけだろう。逆を言えば、自分は――。
「お嬢。貴女の目指すべき所は、あの男を倒した先にある。それなら……」
「……えぇ、そうね。この場は……貴方達に譲るわ」
本当は然るべき時に、然るべき場所で、あの男には自分の手で引導を渡してやりたかった。だが、運命とは得てしてこんなもので、自分の望みほど、向こうからやってきてくれない。緊急事態だと言う事も納得しているし、自分の我がままで作戦を乱す訳にはいかない。
何より、自分が行った所で足手まといになるだけだ――あの男を前に、自分が下手に参加すれば、ブッカーやネイが全力を出せない可能性がある。それなのに我儘を言うほど、ジェニファー・F・キングスフィールドは浅はかではなかった。
「私は、クーに従って避難の手伝いをします」
「えぇ……頼むアルよ、ジェニファー」
意外と屈託のない笑顔を返されて、内心ジェニーも少々喜んでしまった。こんな事態でなければ、もう少し素直に喜べたというか、意外と同世代の同性が居なかったから――。
「……貴女、イヤな奴かと思ってましたけど、意外と悪い人じゃなさそうですね」
「アイヤ!? アナタまでワタシをそんな風に見てたアルか!? まぁ、とにかくボケてる場合じゃないわ。行きましょうか」
「えぇ、そうね……それではブッカー、ネイさん、老師、そちらは頼みましたよ」
ジェニーの言葉に、すでに扉の方へと移動していた三人が頷き、そして先に階段を駆け下りていった。
「さて、それでは私達も……」
「ちょ、ちょっと待ってください!? ボクは、ボクは何をすれば……?」
出ていこうとする間際に、ポワカの慌てた声がジェニーの背中に刺さった。
「……貴女は、ここでお留守番です」
「ど、どうして!? ボクだって、エヴァンジェリンズの一員デス! きっと、役に立って……」
「……そこまでじゃポワカ。今回は、ワシらは役に立たん」
ポワカの弁明を、やはり博士が止めてくれた。
「トーチャン!? でも、三式の力は、この前の黙示録の祈士にだって通用して……」
「駄目な理由は二つ。一つ、こんな入り組んだ場所でゴーレムを出したら、街に被害が出る。そして、第二に……仮にネルガルを屠った一撃でさえ、スコットビルを砕くことは出来ん」
そう、ジェニファーは知っていた。あの男がいとも容易く二式の拳を砕いたかを。一応、もう一体の機械人形のジェンマを使う事は不可能ではないが、避難民を誘導するのに機械人形を使っては混乱が生じるかもしれないし、スコットビルに向かわせたら一瞬で粉砕されて終わりである。
しかし、これはあくまで理屈の問題。先住民のピンチを見過ごせなかったこの子は、自分が何もできないのは歯がゆいだろう――スカートを握りしめて、俯いてしまっている。そんなポワカを少しでも元気づけたい、そう思い、ジェニーはポワカの前で少し姿勢を落とし、目線を合わせた。
「……ねぇ、ポワカ。それじゃあ私たちが無事に帰ってきたら、笑顔で出迎えてくださいな」
「でも……ジェニーたちは、すっごい危ないことをしに行こうって言うんデスよね? それなのに、ボクだけ……」
「いいえ。貴女が待ってくれてると言うなら、それだけで頑張れるから……だから、頼むわ」
本心を伝えるため、ジェニーは敢えて言葉を崩して伝えた。その気持ちも、きっと伝わったのだろう、まだ心配そうな顔をしているものの、ポワカも一応は納得してくれたようだった。
「分かったデス……ここで、待ってます。ジェニーもクーネーチャンも、頑張ってください」
「えぇ……貴女に応援されたら、それこそ頑張らないと。そうですよね?」
振り返り見ると、クーもポワカに優しい笑顔を向けていた。
「ポワカとはさっきあったばっかりだけど、もっと色々お話したいアルよ。だから、ここを護って……そう、この塔は我らが師父の居城であり、それはつまりワタシたちの心の寄りべだから……ここを護って欲しいアル」
そう言われれば、ポワカにだってしっかり仕事が出来たのだ。女の子は強くたくましい笑顔になって、クーに答えた。
「分かったデス! それじゃあその、ここの物を使っても?」
成程、ここにあるモノを使って、何やら新しく武器でも作る気なのだろうか。勿論その出番は無いように頑張るのが自分たちの仕事であるし、クーだってそのつもりだろう、しかしここでポワカの想いを肯定すれば、彼女も心だけでも一緒に戦う事が出来るのだ。それを汲みとったのだろう、クーはポワカに対して頷いた。
「もちろん、好きに使っていいアルよ」
「わっかりました! それじゃトーチャン、すっごいヤツを作って備えるデスよ!」
やることが出来て嬉しかったのだろう、クーに返事をした後に、すぐさま父にの方へと向き直って、ポワカは辺りのガラクタを集めだした。
「それじゃあ、私たちも行きますか」
「了解アル」
共に階段を駆け下り始め、やはりクーの方からぽつりと声が上がった。
「……あの子の出番が無いように、ワタシ達が頑張らないとね」
「えぇ……同感です」
そう、あんな幼い子に、無茶もさせたくなければ、恐らく現在下で起きている惨状も見せたくない。ともかく、二人は意外と意気投合し、そのまま階段を一気に駆け下りた。
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