14-6


 ◆

 

 遥か上空、建物の最上部から花火が上がると同時に、外の男たちの手が止まった。起き上がった小太りから中に入るように施され、ジェニーとブッカーは最上階へと足を踏み入れた。中では、ネイと誰かが争ったのだろう、食器や机、椅子の破片が酷く散乱している所を、小間使いの者たちがせっせと掃除をしている所だった。


「……さ、こちらへどうぞ」


 白髪の男に施され、ジェニーとブッカーも席に着いた。この丸い机だけ新品のように綺麗だったが、どうやら取り変えたばかりらしい、ジェニーの隣にはブッカーとブラウン博士が座り、博士の横にポワカ、その奥にネイが座っている。ジェニーの対面に白髪の男が座しており、ネイの対面、ブッカーの隣にクーという女が座っているという形になった。ちなみにネイはふてくされたような、納得いかない様な顔でクーを見つめていた。


「まずは、自己紹介。私はフェイ・ウォン。一応、このカウルーン砦の長のようなことをやっている。ちなみにそちらが……」

「クー・リン、アル」


 二人は左の掌に右の拳を当てる形でお辞儀をした。どうやら、これが彼らなりの挨拶の仕方らしい。


「これは丁寧にどうも……しかし、きちんと説明していただきたいですね」


 ジェニーがそう言うと、フェイと名乗った男が静かに頷いた。


「えぇ……まぁ、言ってしまえばクーが申したように調査です。貴方達が、果たしてどれ程出来るのか……それを、ここの住民に見せて欲しかったと言うのが一番。ついでに、私とクーも納得するために、ですかね」


 胡散臭い喋り方はなりを潜め、フェイは真面目な感じで語った。


「はぁ……では何故、私たちの力を計る様な真似が必要だったんですか?」

「うむ……言ってしまえば、我々もと戦うために力を蓄えている……しかしどうにも、商売の相手というならまだしも、背を預けて戦える程の器であるか、それを確認したかったという事です」


 そこまで言われて、ジェニファーはある程度合点がいった。褐色奴隷は北部では早々に廃止され、国民戦争で全面禁止された昨今――むしろ二、三十年前から、安価な東洋人労働者が大量に大陸になだれ込み、主に鉄道施設のために使われてきた。しかし大陸横断鉄道が完成し、ブームも去った昨今では、彼ら東洋人の労働力があぶれる形となってしまった。そして職を奪われることを危惧した白人たち――持つ者たちによる東洋人の排斥が始まったのである。ここカウルーン砦だって、そういった事情で集まってきた東洋人達が立てた、最後の逃げ場所でもある。つまり、自身と同じく北部の大資本に対して腹に一物を抱えている、彼らはそういう連中なのだ。


 ふと、クーがこちらを見てきた。その表情は、フェイと同じく真剣なものだった。


「ワタシは、この現状を打破すべく、と戦う意思のある者に接触を計った。それが、マクシミリアン・ヴァン・グラントよ。彼は自身の生い立ちと経歴を活かし、の中枢へと入り込み……そして、倒す気なのです。ワタシは彼と手を組み、このカウルーンとの仲介を行っているのです」

「はっ……アタシは納得してねーぞ。いくらあのスカした金髪野郎がこーしょーな意思を持ってるからって、アタシ達に賞金を懸ける様な真似をして、むりくり巻きこんでくるような、そんなやり方はな」


 クーの言葉尻を、少女が揚げ足を取りに行った。しかしクーは涼しげな調子だ。


「まぁ、やり方は割と強引だったのは認めるアル。でも、軍の正式な辞令を邪魔した挙句、ウェスティングスの玩具をぶっ壊したんだから仕方ないアルよ……ともかく、ワタシ達が勝った暁には、グラント様がお前たちの指名手配を解除してくれるアル」

「つまり、やるしか無いってことだろ? そういうとこがむかつくんだよ……」


 少女は頬杖をついたまま、大きくため息をついた。恐らくだが、少女が怒っているのはそういうことでは無いのだろう。


「……ともかく、我々は一蓮托生、とまで言わないにしても、同じ敵を持つ者同士です。試す様な真似をした非礼は詫びるわ。しかし、たった四人で組織と戦うより、我々という後ろ盾があることは、アナタ達にとっても悪いことではないはず……アナタ達の力、存分に見せてもらったし、皆、納得すると思う」


 そう言われて、ジェニーは一瞬背筋に冷たい物が流れた。恐らく結構エライであろう小太りの男を、卑怯な手で沈めてしまったので、反対されるやも――だが、すぐさま別の考えがよぎった。


「貴方の言う通りですわ、フェイ・ウォン……しかし、一つだけ確認しなければならないことがあります」

「……なんだね?」


 白髪の男の眉が上がった。品定めするような視線がジェニーに浴びせられる――ここからが正念場である。


「我々には共通の敵がいると仰いましたね? 確かに、眼先の敵はそうかもしれません……しかし、もしを倒したとして、貴方達はその先に何を望むのですか?」


 しばらく、ジェニーとフェイとが睨めっこする形となった。そしてこちらの意図を汲んだのか、フェイの顔が少し綻んだ。


「我々は別に、我々をして易姓革命を起こそうなどと思っている訳では無い。ここは帝国民の地ではないし、況や白人の土地でも無いし……」


 そこでフェイはブッカーとポワカ、それぞれに視線を送った。


「……褐色肌の物でも無い。元々、ネイティブの土地であったが、しかし、この広大な大地、もはや先住民のためだけのものでもあるまい。ここは、人種の坩堝るつぼであるべき大地なのだ。打倒すべきは白人でもなければ、北部資本でも無い。聖典の神でも無い。蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし……我らが戦うべきは、明白なる天命を掲げ弱者を駆逐せんとする、邪なる思想だ。我々が望むのは、ただ平等に、ありとあらゆる人種が自由に生きていける、そんな大地を作ることだ」


 そう言うフェイ老人の声には、一点の曇りも無かった。勿論、なかなか老獪そうで、一筋縄ではなさそうだ。この場を取り繕うためだけに、美辞麗句を並べているだけの可能性だって否定はできない。しかし、どことなく温かい雰囲気があるのも間違いないし、何より彼が語った夢は、ジェニファー・F・キングスフィールドの抱く物と同じだったのだ。

 だから、ジェニファーは彼らがやったのと同じように、掌に拳を合わせてお辞儀をした。


「そういうことでしたら……私は、貴方方と手を取り合う事はやぶさかではございません……皆は?」


 ブッカーはすぐに無言で頷いてくれた。


「ワシも異論は無い」

「トーチャンがそうなら、ボクもねーデスよ! それに、美味しいご飯を食べさせてくれる人に、わり―奴はいねーデス!」


 隣で博士も頷き、ポワカは何やらデザートを頬張りながら左手を上げていた。当然、右手にはスプーンを持っている。


「……ネイさんは?」


 先ほどの調子だと、不承不承といった調子になるかも――ジェニーはそう思ったが、どうやらフェイ老人の言葉に納得してくれたらしい。真剣な様子で頷いた。


「……アイツらが、スプリングフィールドの悲劇を作って……リサやジーン、マリアの人生を滅茶苦茶にして……もう、アタシ達の様に哀しむ連中が出てきちゃいけないから」


 しかし最後にクーの方を向き、じと、とした視線を送った。


「……ただし、アタシはお前と、グラントの奴だけは好きになれないけどな」

「ふぅ……ま、ワタシはそれで構わないアルけどねぇ」


 クーの方は、少女の視線をさらりと流した。成程、なかなかこの女もいい性格をしているらしい。しかし体の一部分がイヤに自己主張をしているので、ジェニーもクーのことは気に入れそうになかった。


「あら、あらあら? なんだかワタシ、嫌われてるアルか?」


 きっと自分の強烈な視線を感じ取ったのだろう、クーは苦笑いをしている。


「そんなことねーですよ! ボクはクーネーチャンのご飯が大好きデス!」


 ポワカが好きなのはご飯らしい、というかこの女、料理も達者らしい――そう考えると、ますますこの女は自分のコンプレックスを刺激してくる奴だ、ジェニーはそう思った。


 などと思っていると、フェイ老人が席から立ち上がり、席を周ってジェニーの前に立ち、手を差し出してきた。


「貴女は、私たちの流儀で返してくれた……そして、これが、貴方達の流儀でしょう?」

「えぇ……互いの文化を尊重できる、そんな未来のために」


 ジェニーは男の手を取り、そして力を込めて握り合った。


 そして丁度その時、ジェニーの背後で大きな音を立てて扉が開いた。振り返り見ると、先ほどの小太りの男が、何やら慌てた様子で、息を切らせて立っている。


「はぁ……老師! 砦の外に……白い列車が!」


 かなり気が動転しているのだろう、訳の分からないことを口走っている。そもそも――。


「……レールが無いのに列車が来れる訳無い……ですよね?」

「レールも無いのに来ているアル! と、ともかく……そこから見えるはずネ!」


 男が指差す先には、バルコニーになっている場所がある。一同、まさかと思いながら移動し、高い塔の上から下を見下ろした。

 

 そこには、確かに白い列車があった。鉄道も無いのに、その列車は荒野を走りってこちらへ向かって来て、砦の前で止まった。


 そして中から、誰かが出てきた。ここからでは、豆粒ようで、細かくは見えない――しかし、灰色の髪だけは何故だか異様にハッキリとジェニーの目に映った。

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