14-4


 路地に入ったからと言って追撃が止む訳でもない。背後からは「ハイハイハイハイ!」と謎の掛け声を上げながら、男たちが追いかけて来ている。


「くっそ……うっとおしいんだよ!」


 ジェニーのすぐ後ろで、ネイが回し蹴りで立てかけてあった棒の束を崩した。しかしそれも先頭の男たち数人を足止めするだけで終わった。勿論、こちらだって走り続けているので、多少は距離が空いただけでも、意味はあるかもしれない。


「はぁ……はぁ……おい、ジェニー、どっちに行けばいいか分かってるのか?」


 ネイがやや息を切らせながら質問してきた。このカウルーン砦の路地は迷路のように入り組んでいるので、ハッキリ言ってジェニーにも道は分かりようも無い。もう少し拓けていれば、見回して高い建物など一発で確認できるのだが、圧迫感がある程狭い路地では、それすらも出来なかった。


「はっ……はっ……ぶ、ブッカー?」


 こうなっては、先頭を往く従者のみが頼りなのだが、果たして分かって走っているのだろうか。


「まぁ、方角的にはこっちでいいと思うんですがね……」


 全く息切れもせず、ブッカーが振り向いて答えた。しかし従者の背後、奥の曲がり角から数人の男たちが姿を現した。しかも、人力の二輪車に乗って、全速力で前進してきている。確かに、この狭い路地では避けるのも難しいのだが、それは向こうとて同じことなはず。先ほどの広間と違って、ここならばジェニーにとっても武器になる物はたくさんある。


「ブッカー、ネイさん! 壁際で伏せて!」


 ジェニーが脇にある木の板を持って、ブッカーの前へと躍り出た。すぐさま板を棒状に変形させ、丁度二輪車で向かってくる男の首の辺りにぶつけられるように、壁を支点にして横向きに設置した。そのまま棒で逆上がりをし、先頭の男を蹴り飛ばす。蹴られた男は「アイヤ!?」と声を上げながら後ろへ吹き飛び、そのまま主人を失った二輪車が後続の男たちの方へと走って行った。


「……ちったぁ調子も出てきたみたいだな?」


 立ち上がった少女が笑顔と共に声をかけてきた。


「えぇ、おかげさまで……ってぇ!?」


 撃退できたのも束の間の休息にしかならなかったようで、すぐさま前後から黒髪の男たちが怒涛の勢いでなだれ込んでくる。


「ちっ……!」


 ブッカーがギターケースの底を前方へ向けた。だが、それは流石にまずそうである――二重の意味で。


「待てやブッカー! ここは、一旦家の中へ!」

「……アイサァ!」


 ジェニーがすぐ近くの扉を開けて中へ駆け込むと、一瞬遅れはあったものの、すぐにブッカーとネイも追いかけて来てくれた。おあつらえ向きに扉は木製だったため、ジェニーは扉を閉めるのと同時に扉のノブを落とし、開かないように変形させた。とはいっても所詮木製、破ろうと思えばすぐに破られるだろう。だから、簡潔に伝えなければならない。


「……とりあえず、一人として殺すのはまずそうです。これは、あくまでも勝負で、殺しあいではない。その証拠に、向こうは殺傷武器を一切持っていません。もし下手な殺人を犯せば、ここの住民の反感を買う事になります。そうなってここを追い出されたら、私たちは行く場所がありません」


 ジェニーの言葉に、ネイが反応した。


「いや、意見その物には賛成なんだが……でも、向こうは人質を取ってるだろ? それに、殺傷武器を持ってないのは、アタシ達を生け捕りにして保安官にでも引き渡す気なんじゃ……」

「いいえ、それはありません。もし本気で私たちを捕える気ならば、それこそポワカと博士を人質に取った時にそのまま私たちを降伏させればよかっただけ……だから、あのクーという女の言い分は色々とおかしくはあるものの、信じるしか無いってところでしょうね」


 扉の方から激しい物音が聞こえる。多分、そろそろ破られるだろう――と、その瞬間にジェニファーはイイことを閃いた。


「ブッカー。一本だけ、ダイナマイトを頂戴」

「……? へい、分かりやした」


 ギターケースを手早く開けて、ブッカーが一本の発破を渡してくる。ジェニーは壁にマッチを擦りつけてた。


「いいですか? 蹴り破られたのと同時に、奥の方から抜け出しますよ」


 だいたい、ここの砦の家は構造的に、表口と裏口、二つの出入り口がある。二人が頷いたのを確認した瞬間、扉が破壊された。それに合わせてジェニファーも、ダイナマイトの導線に火を付けて、そして先頭の男の方へと放り投げた。

男は「ホワチ!?」とか叫びながら、それを受け取った。


「さぁ、行きますよ!」


 男の素っ頓狂な声を背中に、三人は裏口へと駆けだした。一瞬だけ振り返り見ると、男たちは火のついたダイナマイトをバケツリレーのように回しあっている。裏口の扉をこちらも蹴り破って外に出ると、そこにはまだ敵はいないようで――ついでに背後から爆発も無かった。恐らく冴えているヤツが導線の火を消したのだろうし、それはジェニーの狙った通りだった。


「……爆発してたらたくさん死傷者が出てたんじゃないのか?」


 走りながら、少女が問いかけてきた。あの中で爆発したら当然、近くにいた男たちはもろとも吹き飛び、もっと言えばこの区画の家が全壊しただろう。何せ上に段々と家が連なっているのだ、根幹が崩れれば自然とそうなる。


「まぁ、火を付けたのは私ですが、運命はしっかりと彼らの手の中に委ねたのです。それで死者が出た場合は、不幸な事故ですよ……それに何より、彼らが聡明だと、私は信じていましたからね」

「はぁ……さすがハリケーン。発想がぶっ飛んでんな……」


 半分呆れるように、半分は感心するような声だった。




 その後も大変であった。人海戦術というか、打っても打ちのめしても、なおぞろぞろと湧いてくる男たち。しかし、流石に銃弾を素手で止められるような奴は一握りだったらしく、急所をはずしながら無力化するという戦法は幾許か成功していた。

 とにかく、路地ではどんどん追い詰められると言う事で、今度は建物の中から移動することにした。渡り廊下を走り、屋上を駆けまわり、時には木の板で道を作って移動し続けた。しかし、やはり仲間の二人の動きが凄まじく、ネイは看板などのちょっとした足場の上を器用に跳び回るし、ブッカーなど三角蹴りでどんどん壁を伝って上部へと登って行ってしまう。ハッキリ、ジェニーは追いつくので精いっぱいだったが、それでも二人が追手を銃で牽制、迎撃してくれるので、なんとか着いて行けていた。


 そうしてどうにか、摩天楼の入口へと辿り着いた。その建物は周りから少し離れており、現在地上部分でジェニーは息を切らせている所なのだが――。


「……よくここまで辿り着いたものダ」


 そこには門番なのか、一人の男が立っていた。少々小太りであるものの、何故だか今までで一番の気迫があり、その構えにも隙が無い。アイツはきっと、銃弾を受け止めるタイプ――いや、そんなタイプが居ること自体がおかしいのだが、ともかく功夫というのは凄いらしい、やってのけられるのだからしょうがないのだ。


「しかし、お前らの進撃もここまでヨ! ホアチャァッ!!」


 ふとましい体躯が跳び上がり、しかし恐ろしく鋭い飛び蹴りが繰り出された。それを正面にいたブッカーが、やはりケースで受け止め、そのまますぐにお返しとばかりに回し蹴りを放った。従者の足は相手の鼻を掠めて終わり、小太りはケースを蹴った反動で、その体躯に合わないほど軽快にバク転し、華麗に着地して再びファイティングポーズを取った。


「ほぅ……お前さん、デブの癖に結構やるな」

「そういうお前も、歳の割には結構やるネ」


 男は垂れる鼻血を左の親指で拭いながら笑った。しかし、あまり悠長にやっている訳にもいかない。


「あまり時間はかけていられませんね……ここは、三人がかりで一気に……」

「ちょ、ちょい待つアル!」


 さすがに三人相手はマズイと悟ったのか、小太りは急に慌てた顔になった。


「男なら、一体一で勝負ネ!」


 男は顔面汗だくになりながら、なにやら「アチョー」なポーズを取っている。


「いや、男でもねーし、そもそもそっちが先に大勢けしかけてきたんだろ?」


 すかさず少女の適切なツッコミが入った。


「と、ともかくね! 一体一でやってくれるなら、後の二人は先に行っていいアル……それでどうネ!?」


 成程、それは魅力的な提案である。ジェニーがブッカーの方を仰ぎ見ると、従者はやはり心得ていますといわんばかりに頷いた。


「……それでは、私が残ります。ネイさん、貴女は先に行ってください」

「なっ!? でも、ジェニーは……」


 能力の通用しないこの場所で、更に銃まで通用しないならば、確かに圧倒的に不利、というより勝てないだろう。そんなことはジェニーだって百も承知である。


「ふふ……何度も言っているでしょう? 私は勝てる勝負からは決して逃げ出さないと」


 少女を安心させるべく、渾身の笑顔で応えた。とにかく策があることは分かってくれたのだろうし、信用してくれているのだ、ネイは戸惑いの表情を一変させ、笑顔で応えてくれた。


「あぁ……それじゃ、任せるぞ」

「はい……でも、本当にすぐに終わると思いますよ?」


 ジェニーは小太りに合わせて、「アチョー」なポーズを取った。我ながらなかなか堂に入っているのではないか――しかし、小太りは腹を震わせながら笑っている。


「はっはっは! 帝国四千年の歴史を、お前風情が見よう見まねで真似出来る訳が無いネ!」

「そうですか? 確かに四千年、凄いとは思いますが……」


 そう、別に本気で真似をしているわけでも無ければ、コイツと殴り合う気なわけでもない。単純に、少しの間だけ気を逸らせればいい――それだけなのだから。


「それじゃ足の綺麗なネーチャン、行くアァ!?」


 男の語尾に、鈍い打撃音が重なった。後頭部を思いっきりギターケースでぶん殴られて、小太りは前のめりに沈んだ。どうやら、しっかりと気絶してくれたらしい。


「……アナタはもう少し、頭を使うべきでしたね」


 構えを解き、後ろ髪をかきあげながらジェニーは吐き捨てた。男が倒れている奥、建物の入り口の前には、呆れ顔のネイとニヤけた面のブッカーが並んでいた。


「あのなぁ……お前ら、ちょっと卑怯なんじゃねーの?」

「あら、私は別に正義の味方じゃありませんもの。それよりもネイさん、先ほど申し上げましたように、先に行ってくださいな」


 ジェニーは銃倉から空の薬莢を排出し、新たに実包を込め、銃身を戻して後ろを振り向いた。視線の先には、追い掛けて来ている有象無象が大挙で駆けて来ている。そして、褐色の従者がジェニーの隣に並んだ。


「オレ達は、ここで奴らの足止めをする」

「ポワカと博士を救う正義の役目は、貴女にお任せ致しますよ」


 首だけ振り返り見ると、今度は真剣な表情で、そして少女は強く頷いた。


「あぁ……任せておけ!」


 そして少女の背中が、建物の入口へと吸い込まれて行った。


「さぁって……それじゃ卑怯な私たちは、極悪人にならない程度に大暴れしますか」

「へへっ、了解でさぁ!」


 自分達は、二人合わせて駆け抜ける暴風。大陸で少しは名が通っていた賞金稼ぎ、今では至上最高峰の金額を首に掛けられた二人は、押し寄せる人の波を割きに走った。

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