14-5
◆
建物の内部でも数人に襲われたものの、そこまで強い相手ではなく、少女の実力があれば難なく撃退できた。それよりも階段があまりにも長く、既に何階分登ったのだろうか、恐らく三十階は登ったと思うのだが――しかし、やっと登り階段が無くなった。短い廊下の先に、少々豪勢な装飾のなされた二枚扉がある。きっとあの先で、ポワカと博士が酷い目に会っているに違いない。早く、助け出さなければ――そう思い、ネイは勢いよく扉を蹴り開けた。
「ポワカ! 博士! 助けに……」
「ふぅー! これ、モチッとしてて美味しいデース! なんて名前なんデス?」
「はっはっは! それはギョウザと言うアルヨ」
「わぁい! モチッとしたギョーザデース!!」
「……はい?」
跳び込んできた光景と声に、少女はいささか、いやかなり気が抜けてしまった。てっきり縛りつけられてでもいるだろうと思ったポワカは、ご満悦な様子で円形の食卓につき、美味しそうにご飯を食べている。ポワカの席の下に、お行儀よく博士が伏せていて、対面にはポワカを連れ去った白髪の男が料理の解説をしていた。
「……ポワカ。ネイが来ておるぞ?」
「……何デスと!?」
博士の声で、どうやら自分が来たことに気付いてくれたらしい、ポワカが一瞬マズイ、という表情をした後に、恐怖に歪んだような顔を、一生懸命に作っていた。
「ね、ネーチャン! こいつら酷いんデス! 美味しい物をたくさん食べさせて、ボクのことをオデブちゃんにするという恐ろしい拷問を……!」
「あー……そりゃおそろしー拷問だな……」
肩をがっくしと落とす少女に対し、笑顔のまま、白髪の男が声をかけてくる。
「ほっほっほ……いや、よくぞここまで辿り着いたな」
「あぁ……かなーり大変だったぞ? それで、どういうことか説明してもらおうか」
そう、肩の力が抜けた以上に、一体全体どういうことなのか、少女には理解が追いつかない。確かに外の連中も間が抜けていると言うか、なんだか憎めない感じというか、とにかく敵という感じでもなかったのだが、そうであるならばこそ、味方でも敵でもないこいつらの事が良く分からなかった。
「……言った通り調査アル。お前さんたちが、果たしてどれ程出来るのか……」
笑顔が一転し、白髪の男は大真面目な顔になった。
「あぁ? もっと端的に、分かりやすく言ってくれ……」
「うむ……それは、最後の試練を越えてからじゃな」
「……最後の?」
何を言っているのか――だが、唐突に表れた殺気に、少女は一気に体の神経を自らの背後のカーテンの方へ向ける。
「ふっ!!」
「甘い……ぐっ!?」
一撃をライフルの包みで受けたが、余りの力に抑えた腕が持っていかれそうになる。なんとか堪えて受け止めて、その先を見ると、クーという女の具足から蒸気が噴き出していた。
「……残念だったなぁ。そんな殺す気満々の気配を出してちゃ、ナマケモノでも感づいて……」
「ふぅ……今のはワザとアル。最低限これくらいやってもらわないと……」
クーは上半身を捻り、足を更に押し出してきた。その動きだけで、先ほどと同等以上の衝撃が銃身に加わる。
「ネッ!!」
「ぐぅ!?」
支えきれなくなり、女の足がそのまま蹴り抜かれる形になった。少女の体はそのまま、壁の方へと吹き飛ばされる。衝突した左肩に鈍い痛みが走ったものの、大したダメージではない。ネイはすぐさまクーの方へと向き直った。
「……なるほど? お前をぶっ飛ばすのが最終試練ってわけだな?」
クーは伸ばした足を下ろさず、蹴り抜いたままの姿勢で綺麗に止まっている。そして右足首をぐりぐりと回しだし、不敵な笑顔を浮かべた。
「乱暴な奴アルねぇ……ま、当たらずとも遠からずってとこアルよ」
そこで一旦切って、女は足を戻し、両腕を上げて構えを取った。
「ネイ・S・コグバーン。お前が、お前たちが……果たして背を預けるに値する人物なのか、それを見極めたい」
謎の語尾が無くなり、クーは抜き身の刃の様な冷たい気を発している。
「はっ! 品定めしようってのか!? 気に入らないね、そういうの!! ……うん?」
自分で言っていて、なんだか違和感があった。背を預けると言う事は、協力する意思があるということなのか――しかし、ともかくコイツは気に食わない。ヘラヘラしていて、真意が読みにくいし、何より――。
「ともかく……アイツに蹴り入れた借りを、アタシが代わりに晴らしてやるッ!!」
少女は思いっきり左の人差し指でクーを指して叫んだ。コイツは、ネッドを攻撃したし、大怪我させた男の部下である。そもそも、こいつらが居なければこんな想いを――ネッドと別れることもせずに済んだはず。そう考えると、少女の中で怒りがふつふつと沸いて、どうにも止められそうになかった。
「……アスターホーンとやらを出しなさい。そうじゃないと、せっかくのライフルの銃身が折れてしまうわよ?」
言われてみれば、確かにそうである。先ほどポワカがはらはらした表情をしていた。折角修理してもらった物なのに、再度壊してしまっては申し訳ない。
「へっ……言われなくとも!」
包みの留め金を外し、すぐさま巨刃へと変形させ、そして切っ先を女の方へと突きつけた。
「これを出されて負けたとか、言い訳するんじゃねぇぞ!?」
「そういうアナタは奥の手出しておいて、言い訳しないようにするアルよ?」
頬を釣り上げるいけすかない女を黙らせるべく、少女は床を蹴りだした。
◆
「ここは危ないアルね……さ、こっちへ」
白髪の男に誘われ、ポワカと博士は部屋の隅の方へと移動した。
「オリャァ!!」
「遅いアル!」
ネイの縦一文字の斬撃を、クーが苦もなくひらりとかわした。銃剣で叩きつけられた机の上の食器やらがポワカ達の方へと跳んでくる。しかし白髪の男が何やら高速で腕を動かし、飛来物を全て器用に二本の棒きれで――ハシとかいう道具らしいが――掴んで落としてくれている。
「はぁー……おっちゃん、凄いんデスねぇ」
「ふぁっふぁっふぁ……まぁ、これくらいは朝飯前アル」
笑う男の向こう側で、二人の女の激しい戦いが続いている。しかしそのせいで、折角食べていたご飯が滅茶苦茶にされていた。
「……ボクはまだ、昼飯に満足してなかったデス」
「ポワカ……はぁ……」
きっと下らないことを言ったせいだろう、ポワカの下から博士の呆れたような声が飛んできた。
「……しかし、あのクーという娘さん、なかなかやり手のようじゃが……一体、どんな能力を持っておるんじゃ?」
博士の質問には、白髪の男の代わりに、ネイの攻撃をいなしながら、しかし息をまったく切らしていないクー本人が反応した。
「ワタシの術式、
クーの具足から、蒸気ではなく炎が上がった。ネイはそれを見て警戒を強め、相手の反撃に備えたようだった。
そして、東洋娘の鋭い回し蹴りが炸裂する。少女はそれをしゃがんでかわしたが、ただの見かけ倒しでは無いらしい、女の足が描いた軌跡の途中、食卓の蝋燭に火が灯った。
「くっ……変な能力だ……なぁ……!?」
悪態つくネイの口の動きが、段々鈍くなる。ポワカも、なんだか違和感を感じ始めた――クーを中心に、この部屋の温度が下がって来ているのだ。
「……な、なんか寒くなってきてませんか?」
「うむ……クーは、気を使う……つまり、熱気や冷気もある程度コントロール出来るということだ」
白髪の男が、変な語尾を付けずに、割と真面目な口調で答えてくれた。というかこの男もクーも、本当は普通に喋れるのだろう。
「今聞くことじゃないかもデスけど……なんでここの人たちは、語尾にアルってつけるんデス?」
「ふぁっふぁっふぁ! それはお前さんがボクっていったりデスってつけるのと同じ……つまり、キャラ付アル」
「ボクはキャラ付けで付けてるわけじゃねーデス!」
とにかく、ポワカは部屋の中央に視線を戻した。今度は空気でも操っているのか、クーが空を蹴ると、その先に風の刃が走っていく。もちろん、弾丸を避けることのできるネイにとっては、それを捌くこと自体は造作もないようで、身を翻し、そして巨刃で受け止めていた。
「へっ……最初はちょっと驚いたが、種が割れりゃあタダのヘンテコなだけの能力だな!?」
叫びながら、ネイが一気に間合いを詰め出した。それをクーが、機械仕掛けの右の具足で迎撃する。
「いただきだッ!!」
クーの具足に銃剣を突き立て、ネイが引き金を引こうとする――だが、それよりも早くクーの体が宙を浮き、なんと左の足で銃剣を蹴り飛ばした。
「ぐっ……!?」
「あまあまアルねぇ……ソイヤ!」
クーはそのまま空中で一回転し、うつ伏せの形で落下し、両腕を床に付け、肘をバネにしてネイに向かって蹴り飛んだ。ネイの方は銃剣を吹き飛ばされた一瞬の隙を突かれた形になり、避けることは出来ず、しかしなんとか左腕でガードした。ネイの体が後ろに吹き飛び、何故だか丁度椅子の上に投げ出される形となる。
クーの方は綺麗に着地して、すぐさま追撃のためにネイの方へと駆け寄った。
「ほらほら! これで終わりアルか!?」
「くっ……なめんな!」
ネイは背後に刺さっている銃剣からシリンダーだけすぐさま抜き出し、椅子を両腕で持ちながら、足だけ伸ばして迎撃を始める。
「おほっ!? いい蹴り!」
予想外の反撃だったのだろう、クーは一瞬驚いた顔をして、左腕でネイの蹴りをいなし、数歩分下がって形勢を立てなおした。
そして二人、にやりと笑い――。
「オラァ!!」
「ホアチャア!!」
二人の足が交錯する。しかし、クーの方は具足をつけているのだから、当然ネイの顔が痛みに歪んだ。
「くっ……お前、そんなんつけてるとか……ずるいだろ!」
ネイはすぐさま足を引っ込めて、今度は椅子の背を持って立ち上がり、そのまま椅子を大上段で振り下ろした。
「ほぁっ!?」
クーは頭の上で両腕を交差させ、その一撃をガードした。しかしなかなか痛かったようで、それもそのはず、木製の椅子が粉々になる程の勢いと威力で叩きつけられたのだ。術式で身体を強化して無ければ、腕が折れる程の一撃だっただに違いない。
そしてその隙を逃す程、ネイは甘くは無い。
「……お返しだッ!!」
椅子を振り切った勢いを殺さぬまま、ネイは左足を軸に上半身をかがめて一回転し、突き上げるような回し蹴りを放った。その足は、見事にクーの腹部に突き刺さる。
「がっ……!?」
まさか、肉弾戦で手玉に取られるとは思っても無かったのだろう、驚きと、そして痛みとに、初めてクーの顔が引きつった。しかし、それでやられる程ヤワでもないらしい、バク転しながら距離を取って、クーは再び構えを取った。
「……成程。どうやら早撃ちと銃剣だけが能じゃないらしいね」
「あぁ……自分で言うのもなんだが、割と足癖はイイって自信はあるんだ……ともかく、仕切り直しだな」
ネイはライフルを拾い上げ、再度刃に変形させ、そして切っ先をクーに向けた。だが、二人とも戦う中で謎の友情にでも目覚めたのか、それとも互いに荒っぽいことが好きなのか、なんだかイイ笑顔になっていた。
「うん……こっちもやっと、体があったまってきたところアルよ!」
「そーかい……それじゃあ肝を冷やさせてやるッ!!」
互いに床を蹴り、一気に間合いを詰め――だが、二人の攻撃は互いに届かなかった。ポワカの近くで一瞬風が起こったと思ったら、目の前にいたはずの白髪の男が、気がつけばネイの銃剣の切っ先をハシで掴んで止め、クーの具足を左腕で止めていた。
「えっ!? オッチャン、何時の間に!?」
「ふぁっふぁっふぁ!」
ポワカの驚きに、やはり白髪の男は笑って応えた。
「な、おま、なん……あ、あれ?」
ネイは銃剣を男の指から離そうと、一生懸命になっているのだが、しかし全然動かせていない。
「……老師。どうして邪魔をするんですか?」
クーの方は諦めたように早々に足を引っ込めて、真顔で白髪の男に問うた。
「……もう、十分だ。この人たちは強い。共に闘うに値する……いや、こんな言い方は失礼だな。背を任せるに値する、それだけの力を持っている。何より本気でやっていたら、お前の負けだクー。この少女は、右腕の包帯で力を抑えているのだろう? その状態で、五分の勝負をしたのだ……文句はあるまい」
白髪の男の真面目な調子に、クーもどうやら納得したようだった。
「そうね……悔しいけど、言う通りアル」
「ちょ、ちょっと待て!? 勝手に話を進めてるけど、アタシは納得したわけじゃ……んんんん!!」
未だにネイは棒から刃を離そうと必死になっているが、やはりビクともせず――しかし、ふと男がハシを銃剣の切っ先から離したその瞬間、一生懸命に引いていたネイは支えを失い、後ろに思いっきりこける形となってしまった。
「あたた……くっそー、お前、何もんだ?」
尻もちをついたまま、帽子の外れてしまった頭を自分の腕で撫でながら、ネイは白髪の男に聞いた。
「ふぁっふぁっふぁ! いやぁ、ただの胡散臭い露天商アルよ」
「……ただの露天商が、輝石の力も使わずにこんな腕力出せるもんかよ。まぁ、胡散臭いのだけは同意だけどさ……」
そう、男はシリンダーの助力なしに――術式なしに、二人の攻撃を事もなげに止めたと言う事になる。ハッキリ言って異常なのだが、男の持つ独特の柔らかい雰囲気のおかげだろうか、ポワカには恐ろしい感じは全然しなかった。
しかしネイの質問には笑い続けるだけで、男は一向に答えてくれない。それゆえか、ポワカの足元から博士が一歩乗りだし、代わりに語りだした。
「……聞いたことがある。東洋人の中に、恐ろしく強い拳法家が居ると言う話。いくら力を抑えていると言えども、エヴァンジェリンズの一撃を箸で軽々と止めるなんて、多少鍛えた程度ではあり得ん……お前さんが、フェイ・ウォンだな?」
博士の言葉に、フェイと言われた白髪の男は笑うのをやめ、しかし頬笑みは絶やさずに頷いた。
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