14-2


 ◆


 壁紙の剥がれた汚れた貸家の中、今にも壊れそうな木の机の上に書類をまき散らしながら、二人と一匹が椅子に座っている。正確には、一匹は椅子の上に乗っていると言う方が正しいのだが――とにもかくにも、定例会議中である。


「……問題は三点。その一、まず敵の本拠地がどこにあるのか……博士?」


 まず、ジェニファー・F・キングスフィールドが、お行儀よく椅子に乗っている機械の狼、トーマス・ブラウン博士に問うた。


「何度も言っておろう……本拠地とかいう場所は無い。熱心な信徒が居る所、全てが本拠地と言えるんじゃからな」

「しかし、そんな大陸中をしらみつぶしに周って、全部の拠点を潰していたら偉い時間がかかると言うか……その前に、私たちが捕まる方が早いでしょうね。次、敵の総統は誰なのか……博士?」

「それは、残念ながらワシにも分からん……そもそもボスの様な存在が居るのか、それすらも分からんのだからな……」

 

 博士は一旦そこで切って、周囲を見回した。恐らく、二人の少女が居ないか確認したのだろう――確認を取ってから、小さな声で続けた。


「恐らく、ネイとリサの父親……その男、エライ慎重で、ワシもみたことはないんじゃが……の動きが活発化したのは、その男に依る所が大きいと言うのは、ワシも知っておる」


 成程、一応ネイには聞かせない方がいい情報だったかもしれない――とはいえ、その男が諸悪の根源であるのならば倒さざるを得ないし、何よりこっちだってやるかやられるかの瀬戸際である。もっとも、現状ではこちらの方が余程分が悪い訳だが。

 ジェニーがそんな風に思案していると、博士が話をさらに続けた。


「じゃが、ソイツが敵の棟梁であるとは確実には言えんし、況やソイツだけを倒して、状況が改善されるかどうかは……」

「……そうなれば、私たちは誰と戦えばいいんでしょうか……博士?」

「……分からん」

「だぁー! どうすりゃええんやぁー!?」


 そこで、ジェニファーは机に突っ伏した。ここの所、こんなやり取りを延々と繰り返していた。

 自分たちが指名手配され、そろそろひと月経つ。こうなれば、もはや戦うしか道は無いのだが――しかし、結局何を倒せばいいのか全然わからないのだ。


「……スコットビルを倒すのは?」


 ブッカーの方から声が上がった。その意見に対し、机に伏したままジェニーは首を横に振った。


「仮にスコットビルだけを倒したとしても、状況は改善されないやろな……むしろ、もっと悪くなる。大陸一の資本家を倒すと言うのは、すなわちそのまま大陸の開発を止めるのと同じ……アイツも多くから恨みを買っているけど、それ以上に勝ちえている信頼の方が大きい。より敵を増やして終わりよ」

「それに、仮に未だに奴がと手を組んでおり、なおかつ黙示録の祈士の一員だったとして、結局は構成員の一人にしか過ぎんからな。勿論締めあげれば、情報は得られるかも知れんが、奴めの強さを考えれば……それは彼自身の実力もそうだし、社会的な力も含めて……リスクが大きすぎる。ワシらはたった四人と一匹の集まりなのだから」


 まったく博士の言う通りで、ジェニーは「私もそう思ってた所や」とか返しそうになった。しかし、なおのこと八方ふさがり感が増し、本当にこんなのもうどうすればいいのやら――が、一つ思い直して、ジェニーは顔を上げた。


「……でも、黙示録の祈士を締め上げるって言うのは、選択肢としてはありやな。多分、色々とふかーい所までしっとるんやろうし……そうなると、ウェスティングスか、グラント辺りが狙い目か?」


 この前対峙した感じ、この二人ならまだ自分たちでどうにか出来そうである。リサに関しては、ジェニーはネッドとネイからの報告しか聞いていないが、多分スコットビル並に危険そうなので――しかも、どこに居るかも分からない相手だ。そもそも相手にしようもなかった。


「そうじゃなぁ……もっと言えば、ヴァンの坊やは何やら事情がありそうじゃ。この前こそ敵対したが、もしかすると協力できるやもしれんな」

「そうですね。私もそう思います……もっとも、ネイさんが納得しなそうでしょうし、私も腑に落ちないですけどね」


 そもそも、あの男のせいで追われる身になったのだ。そう考えれば協力などしたくもないが――しかし博士の言う事ももっともで、アイツは自分たちにと敵対せざるを得ない状況を無理やり作ったようにも見える。そう考えれば、あの男ともう一度接触するのが、現実的な選択であろうか。


「……それで? マクシミリアン・ヴァン・グラントと接触する方法は?」

「その方法を、情報屋に調べてもらって……今、報告待ちってとこでさぁな」


 サングラスの男が、口元に苦笑いを浮かべながら、会議の進捗にトドメを刺した。そう、こんな話は何度も何度もしているのだ。だから、このカウルーン砦で、調べられそうなことは調べる――東洋人、もっと言えば大半が東の端の帝国の出身者からからなるこの砦は、自分たちと同じように、法の加護から外された者達も集まる、いわば西部、もとい大陸中部きっての吹き溜まりである。しかし、そういった連中が集まるからこそ、色々な人が居るし、色々な仕事があり――なかなか危険な仕事に手を付ける連中も存在する。情報屋というのもその一つで、なかなか依頼料は高いものの、その広い人脈や情報網を通じて、社会の暗部なども調べ上げてくれるのだ。


「……依頼したのが十日前、結局今日も進展なし……はぁ……」


 再び机に突っ伏して、ジェニファーはため息をついてしまった。ちょうどそこで、ボロ屋の建てつけの悪くなった扉が開け放たれた。


「たっだいまデース!!」


 巨大な紙袋が、間の抜けた声と共に屋内に入ってきた。四人分の食料や雑貨となれば、なかなかの量になるのは避けられない。しかし元気そうなので良かったか――ネイとポワカの二人で行かせるのは少々心配だったものの、ずっと屋内では気が滅入る。結果的に、行かせて正解だったようだった。ポワカの後ろから入ってきたネイの顔も、行く前と比べると少し明るくなっているようだった。


「ふぅ……ポワカ、重くなかったか?」

「ぜぇんぜん! ボクの方は大きいけど、軽い荷物ばっかりでしたし……あ、ジェンマ、ありがとうデス!」


 二人の荷物を、機械人形のジェンマが受け取り、水場の方へと運んでくれた。ポワカの機械人形の多くは、今も地下に潜んでいるゴリアテ三式の中に数体、あまり住民に見られるのもマズイので、ジェンマだけお手伝いさんとして、屋内においてる。ちなみに残りの人形たちは、防衛のためにグラスランズの屋敷に残してきた。


「二人とも、お疲れ様です……あら?」


 雑用をこなしてくれたことを労おうと、席を立ち二人に近づいた瞬間に、ジェニーはあることに気付いた。少女の肩に、何やら不細工――いや、意匠が少々残念なだけで、別段顔が不細工という訳でもないのだが――人形が乗っかっている。


「ふっふー。ジェニー、流石は目ざといデス」

「いや、こんな肩に鎮座していたら、目ざといも何も無いと思いますけど……」


 じっと見つめると、成程、なんとなくだが誰かに似ている気がする。下手にこういうことをすると、返って寂しくなる気もするのだが、実際少女は少々元気を取り戻したようなので、あまりとやかく言わないでおくことにした。


「それじゃ、オレは夕餉の支度でもしてまいりやしょうか」


 背後でブッカーが席を立ち、ジェンマの後を追った。自分もポワカも博士も料理は出来ないし、ネイも多少は心得があるものの、それでも一番腕のたつブッカーが料理を担当していた。


「それでは、ワシも仕事に戻るとするかの」


 ここでは稼ぎようも無いので、博士が日用品を作って売ることで生計を立てている。ここの住民はまったく逞しいので、北部、南部、西部、至る所から集めた物品をやりくりしている――大陸中央付近に位置するこの場所は、様々な商品が集めることも可能で、真空地帯と言えでも、むしろ無法地帯だからこそ、税を逃れてここの場所を利用する人たちも少なからずいる。そんな中でも博士の作る日用品は質が高いので、なかなかの高値で売ることが出来た。


「それじゃ、ボクも手伝うデース!」

「疲れたじゃろう? お前さんは少し休んで……」

「全然へーきデース! うんまい棒ちゃんかっこめば、疲れなんて吹き飛んじゃうデスよ!」

「ふむ……それじゃあ、アレだけ終わらせてしまうか。頼むぞポワカ」

「アイサーなのデス!」


 博士の後を、ポワカが元気な足取りで追って行った。というより、博士の手では精密な機械を組み立てられたりはしないので、もっぱら博士が設計担当、ポワカが組み立て担当だ。そう考えると、あの子も凄い仕事をしている。


「……ジェニー、コーヒー淹れたぞ? 一緒に飲まないか?」


 気がつけば、ネイが机の上に湯気の立つコップを二つ並べていた。


「……いや、私は会計とか作戦とか、そういうの頭脳労働を頑張ってるからな……決してごく潰しなどではないんや」

「うん、ジェニーのそういう所、ネッドに似てると思うよ?」


 極めつけにヒモ男に似ていると言われてしまった。非常に納得はいかなかったが、情報が入ってこない今は自分が一番役に立っていないのは確定的に明らかだった。

 とにもかくにも、折角淹れてもらったものを無下にしては申し訳ない。それに少々、ネイと話もしたかった所だ。ジェニーは再び席に着き、ネイもその対面に腰かけた。


「それにしても、器用に乗っていますね、そのヒモ人形」

「あぁ……これ、ポワカの特性だからな。見ててくれよ……」


 少女は左肩に乗っている人形を、わざわざ左手で取り、机の上に置いて、背中のゼンマイを巻き始めた。すぐさま人形がよたよたと動きだし、器用に腕で匙を持って、砂糖の入った瓶に抱えている物を指し込んだ。


「三杯、三杯だぞ?」


 少女の注文に、人形はしっかりと応え、匙に山盛り三杯の砂糖を少女のカップへと入れた。


「ふふ……彼より役に立つんじゃないですか?」

「あはは、そーかも……でも、これはあくまでも人形。もちろん、ポワカの気持ちは嬉しいし、コイツは気に入ってるけど……やっぱり、アイツの代わりじゃないよ」


 机に置いた両腕の上に乗せて、少女は人形の動きを笑顔で見つめている。それは、切なそうな笑顔だった。ポワカに励まされ、外に出て気分転換をして、気持ち自体は少々晴れてくれたのだろうが、やはり根本的な解決にはなっていないのだ。

 しかし、だからこそ、ジェニーは少々話がしたいと思っていた。自分の言う事も根本的な解決にはならないと分かっていても。


「ねぇ、ネイさん。賭けをしませんか?」

「……賭け?」


 ジェニーの言に顔を上げて、少女は意外そうに返事を返してきた。


「賭けって、何を?」

「それはですねぇ……って、にっが!」


 カップの中の黒い液体を口に入れると、渋みと酸味が舌を打ってきた。普段周りの男どもが、平然と飲んでいるので、自分もいけると思ったのが甘かった――そう、ジェニーにとって、実はこれがコーヒー初体験であった。


「……お人形さん? 私のにも、砂糖を入れて下さらないかしら?」


 匙を持ったままの人形は、しかしぷい、と向こうを向いてしまい、そのまま匙を文字通り投げ出して、ネイの肩に戻っていった。


「成程ぉ……そういう生意気な所、彼そっくりじゃないですかぁ……ふふっ!」

「じ、ジェニー? 顔が……」

「何か?」


 ジェニーは少女に対して、渾身の笑顔で応えた。


「い、いや、なんでも……それよりほら、何を賭けるんだよ?」

「えぇ、それはですね……」


 ジェニーは人形の投げた匙を取り、自分で砂糖をカップに注いだ。


「ネッド・アークライトが追ってくるか、来ないか……ですよ」


 そこで、匙一杯の砂糖を加えたコーヒーを口に含んだ。これならば、悪くない――そして、少女の顔を見る。やはり、困惑したような顔をしていた。


「それって、どうい……」

「私は、彼が追ってくる方に賭けますよ」


 自分から勝負を持ちかけたのだ、勝てる方に賭けるのは当たり前である。それならば、先約を取らなければならない。そしてやはり、ジェニーの言葉に少女は一瞬困惑して、しかしすぐに皮肉気な笑みを浮かべた。


「……まさか、ジェニファー・F・キングスフィールドともあろうお方が、分が悪い方に賭けるとはね」

「あら、本当にそうでしょうか?」

「あぁ、だって……」


 少女はカップを両手で包み、視線を落として続ける。


「アイツは、馬鹿じゃない」

「いつもバカバカ言ってたじゃないですか」

「そ、そういう意味じゃなくて……頭は悪くないって意味でさ。だから、自分の身が危険になるようなことは…………」


 そこで少女は、違和感を感じたらしい。そう、ネッド・アークライトは馬鹿ではない。自分たちが彼を置いて行った真意だって気付いているだろうし、相当なことが無ければ自身の身を危険に晒す様なことはしないタイプ――なはずなのだが、ジェニーの記憶の中の彼は、いつも無茶をやっていた。


「……最近、思うんですよ。彼を置いてきたこと、あんまり意味は無いんじゃないかって」


 ジェニーはもう一口、カップに口を付けた。砂糖のおかげで苦みが収まり、安っぽいけれど悪くない酸味が口の中に広がった。


「ともかく、いいじゃないですか? ネイさん曰く、私が賭けた方が分が悪いなら……貴女が勝つ確率は高い訳でしょう? それにもし私が勝っても、貴女は嬉しい訳ですから、どっちに転がっても悪い勝負じゃないはずです」

「た、確かに……」


 真剣な表情で頷いて、しかし少しして違和感があったのだろう、ネイは一転して慌てた様子になった。


「ち、ちが! そういうつもりじゃないから!」


 少女がカップから手を離して、顔を真っ赤にして両手をぶんぶんと振っている。その様子が可愛らしかったので、ジェニーはとてもとても楽しい気持ちになった。

 だが次第に元気が無くなっていき――最後には、先ほどの様に視線を落としてしまった。


「でも……やっぱり駄目だよ。アタシは、アイツに元気でいて欲しいし、それに……」


 きっと、自分は嫌われてしまったから、などと思っているのだろう。しかしジェニーが賭けに出たのは、それは九割九分九厘あり得ないからである。


「……じゃあ、本当に追って来ちゃったら、どうします?」


 ジェニーの質問に対して、少女はまず面を喰らって、しかし少し考えこんで、嬉しそうな顔をして、今度は頭をぶんぶんふって、一人百面相が落ち着いた後は、ただ微笑を浮かべていた。


「うーん……まず、馬鹿って言う」

「いつも通りじゃないですか」

「ち、茶化すなよ……それで……」

「追い返します?」

「それは……」


 恐らく、実際に追っかけて来てくれた時のことを想像してみたのだろう、少しはにかんだ表情になって――。


「……多分、それは無理。きっと、馬鹿って言ったら、後は何にも言えなくなっちゃう」


 少女はそこで、恐ろしく甘ったるいであろうコーヒーを一口、そしてジェニーと目を合わせてきた。


「サンキューな、ジェニー。アタシが元気出るよう、気を使ってくれたんだろ?」

「いえ、まぁ少しはそうですけど……私は本当に、彼が追ってくるって思ってますよ?」

「……根拠は?」

「それは……貴女が言ったことですよネイさん。私と彼は、結構似てますから……彼の思考パターンは、割と読めるつもりです。だからある意味、貴方とは別の意味合いで、私はネッドのことを信用しているのですよ」


 そして、それは向こうとて同じこと。だから、ネッドはここに自分たちが居るこという事は予測がついているはずである。そう考えれば、ここで足踏みをしているのには価値もあるかもしれない。もちろん、追ってこられてしまったら、先ほど自身で言ったように、彼を置いてきたのがまったくの無意味な行動だったという事になるのだが。

 だから、目の前の少女は、今困ってしまっているのだ。置いてきたのは自分、でも追って来て欲しい、しかし追ってこられたら危険な目に合わせてしまう――そういう葛藤をどう処理すればいいのか分からず、うんうん唸っているようだった。


「うーん……悪いけど、アタシはどっちにも賭けられないな……」

「駄目ですよ。私が追いかけてくる方に賭けたんです」

「いや、ずるいだろ……そもそも、何を賭ける気なんだ?」

「それはですねぇ……えーっと……」

「なんだよ、なんも考えてなかったのか?」


 そう、別段何を賭けるのかは考えていなかった。しかし、折角勝てる勝負なのだ、なるべく面白くしたい。


「まぁ、ちょっと待っててください。すぐに思い付きますから……うん?」


 丁度その時、玄関の戸口が叩かれた。こんな話をしていたのだ、ネイは椅子の上で飛び上がらんとばかりに驚いている。


「まままま、まさか!?」


 案の定、期待してしまっているようだった。しかしここの住宅は壁も薄いし、何よりこちとら四人と一匹と一体、色々作業をしているため頻繁に苦情が入ってくる。そうじゃなしにも治安も良くないし、何より自分たちは曲がりなりにもお尋ね者で――さすがにこの訪問が彼と考えるには脳が天気過ぎるだろう。

 そしてこういう場合、普段ならブッカーに行かせる所だが、奥を覗き見ると手が離せなそうだ。


「いえ、流石にそう都合よく来るとは……まぁ、私が出ますね」


 ジェニーは警戒しながら、戸口の前に立った。


「……どちら様?」

「閉めたままで結構。アンタの知りたい情報に関する話アル」


 聞こえてきたのは女の声だった。頼んだのは男の情報屋だったはずだが――ジェニーがネイの方を見ると、少女は頷き、お勝手の方へと向かっていった。


「えぇと、それで?」

「明日の正午、博士も含めて全員で九龍中心まで来い……以上」

「ちょ、ちょっとお待ちください? 何故、全員で行く必要が……」

「答える必要は無いアル。全員で来なければ教えない、それだけネ」

「しかし、あんな人ごみの中で、どうやって……もしもし? もしもーし?」


 ジェニーの質問に答えが返ってくることは無かった。どうやら、行ってしまった――そして少ししてから、勝手の方から少女が戻ってきた。


「……見れました?」


 ジェニーの質問に、ネイは首を振る。


「駄目だ……アタシが行った時には、もう誰もいなかったよ」


 一応どんな奴が来たのか確認しに行ってもらったのだが、徒労に終わったらしい。


「それで? アイツはなんて?」

「……明日、博士を含めて全員で九龍中心まで来いと」


 中心と言うのは、単純にセンターを意味して、この砦のど真ん中を指す。その場所はここに来た時に一度は訪れているので、行くこと自体は容易い。


「はぁ? 怪しさ満点だな……」


 まさしくネイのその通りで、情報を聞くだけならば自分ひとりだっていいのだし、もっと言えばここで話せばよかっただけである。


「ともかく、アタシ達も悪い意味で有名人だからな。もしかしたら罠かもしれないし、行かない方が……」

「いいえ、行きましょう」

「あぁ……って、えぇ!?」


 ジェニーの言葉に、ネイは驚愕したようだった。


「ど、どうした? お前、そんなキャラだったっけ?」

「正気ですし、私はいつでも冴えてます。行くと言うのはちゃんと理由があって……ただの賞金狙いなら、博士の名を出すのはおかしいんですよ」

「あっ……そっか。博士は指名手配されてないから……」


 恐らく、機械人形に賞金を懸けるというのもおかしなことなので手配されなかったのだろう。しかし意外な形でそのことが役に立った。


「そう、つまり今来た人、もしくはその背後に居る人は、と何かしら接点がある可能性が高いということです」

「……そんじゃ、罠だとしても……」

「えぇ。何時までもここで手をこまねいて待っている訳にも行かないでしょう? 虎穴に入らずんばなんとやらです。とにかく明日、九龍中心に向かいましょう……ネイさん、どうかしました?」

「……いや、なんでもねーよ」


 見ると、ネイがなんだか神妙な顔というか訝しむような表情をしていた。しかし、その理由は結局語ってくれなかったし――二人はすっかり、賭けのことは忘れてしまっていた。

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