13-3
「私が運ばれた実験場は、やはり兵器の開発が目的だった。エヴァンジェリンズに代わる、新たな力のな……百もの被験体を使って、結局望む能力を得られなかったスプリングフィールドは破棄され……次に彼らが目を付けたのは、
すっかり空になったグラスを手で遊ばせながら、パイク・ダンバーが言った。マリアは、輝石を使って暴走体を越える何かを作ろうとしていた――その実験が行われていた場所に、師匠も連れて行かれたということか。
「……先に、謝らねばなるまいな。そもそも、あの日……お前が崖から落とされ、私が撃たれたあの日だ。アレには理由が二つある。そもそも、ヴァンは要人の子だ。ずっと、捜索隊が出されていたのだ。そして、向こうは私がヴァンを連れ去ったことを知っていたからな。生半可な戦力では取り返せないことは承知していた。それ故に投入されたのが、あの黒いローブの連中……」
ダンバーはそこで一度区切って、少し思案するような顔をした。
「……お前、マリア・ロングコーストからどこまで聞いている?」
「えぇっと……オーバーロードを越える何かを作ろうとしてたってことと、その実験から誰かが逃がしてくれたってことを聞いて……その先は、聞けか無かった」
「そうか……ともかく、話を戻すぞ。連中の狙いはもう一つは、私だった。手前味噌にはなるが、私自身、北部の実力者の一人ではあったからな。裏切り者ではあるものの、素体としては優秀、そんな理由で、あの日我々は襲われた訳だ。つまり……」
そこで一旦言葉を区切り、パイク・ダンバーは深々と頭を垂れた。
「私とヴァン……いや、むしろ私のせいで、お前に酷い目を合わせてしまった……すまなかった」
「や、やめてくれよ師匠……過ぎた話なんだしさ。そもそも、アンタと出会ってなかったら、俺は奉公先で殺されてたはずだ。それに、アンタに色々教わったから、なんやかんやで一人でも生きてこれたんだ……だから、顔を上げてくれ」
顔をあげても、まだ微かに申し訳なさそうな表情をしていた。
「ともかく……続けてくれ。結局、アイツらは何を作ろうとしていたんだ?」
「あぁ……奴らが作ろうとしたのは、制御できる暴走体だ。つまり、理性を持った死人……しかし、力は暴走体と同等の物を持つ。そんな兵器を作ろうとしたわけだ」
成程、そんなものが出来たら強力なことは間違いない。暴走体が脅威なのは間違いないが、アレは見境のない攻撃を繰り返す化け物だ。しかし、そこにつけいる隙はある。ネイと共に何度か対峙して分かったが、基本的に奴らの行動は本能的というか、直情的だ。勿論、例えば象が突撃してくること自体は恐ろしいが、しかし突撃してくると分かっていれば対策は出来る。だが、もし理性を持つ暴走体が完成したら――限界まで高められた力を持ち、思考することで、様々な状況に対応できる――そんな奴がいたら、ハッキリ言って敵いようも無くなるだろう。自衛のために、マリアが必死に作ろうとしていたのも、頷ける話だった。
「……マリアの話だと、多分一人は成功してたはずなんだよ。まさか……」
師匠は表情一つ動かさずに、静かに頷いた。
「そう……私こそが、その唯一の成功例だ」
その真剣な様子に、青年は返す言葉を失ってしまった。まさかとは思ったし、そうあって欲しくなかった。何故、そうあって欲しくなかったか、やはり死人というのは、なんとなしに抵抗がある。だが、納得できないのも事実で、確かに以前と比べるとどことなく生気のない様な、しかも表情も硬い――。
などと真剣に考えていると、ダンバーは面白そうに小さく笑った。
「はは、冗談だ……真剣に受け取るな。酒を飲む死人がどこにいる?」
そう言われて、青年はなんとなく腑に落ちない点もあったものの――先ほどの言い方があまりに真に迫っていたせいだ――しかし、やはり安心した。感情が出にくくなっているのは、元来の堅物に合わせて、歳を取ったせいだろう。そもそも、酒を飲む死人が居ない以上に、今の様に笑ってくれる死人などいるものか――そうやって納得して、青年も笑った。
「はは……いや、そっちが悪いぜ? だって、そんなジョークを言う性質じゃなかっただろ?」
「お前がちっとばかしは大人になったから、会話のレベルを上げただけだ。もっとも、通じなかったようだがな」
皮肉を返されても、しかし師匠がちゃんと生きていてくれたことの喜びの方が勝っている。だから、甘んじて受けることにした。
「ともかく……それじゃ、結局なんで、アンタ今こうやってここにいるんだ?」
「答えは単純。そもそも、件の実験施設に運ばれる前に私が死んで、遺体が損壊してしまってはまずかったからな。どうやら、延命処置を受け、ギリギリの状態でマリア君の治療を受け、一命を取り留めたと言うだけの話だ。そして、助けてもらった礼に、彼女たちの逃亡を手助けしたわけだな。その後、自身も脱出を試みて、現在も彼らの目に着かないよう、ひっそりと生きている……こんなところだ」
「……成程ね」
それならば筋が通っているように聞こえた。
「ともかく、今度はお前の番だぞ? 一体、何があったか……それに、ヴァンがお偉いさんになっていると言ったな? どういうことだ?」
「あぁ、それは……」
青年は、そこで言葉を止めてしまった。ヴァンの話をするのはよい。しかも、ブラウン博士の名も出したのだし、スプリングフィールドの子とも知っていると言ってしまったのだ。向こうだって納得のいく説明を求めているだろうし――しかし、それは自分が、自分だけが置いて行かれたと言う事を、自分の口で言わなければならないということを意味する。プライドだけの問題では無かった。ただ、口にすることで――自分で事実を確定させてしまうのが、辛かった。
「……別に、心の準備が出来てからで構わんぞ。なんなら、明日だって良い。無理に話せとは……」
「いや……ちょっと、ちょっと待ってくれ……」
言うのは辛い、しかし言わないのはもっと辛い――結局、自分の気持ちを吐露したいのは本当だったし、ダンバーはきちんと話してくれたのだ、それならば、自分だけ話さないのは、フェアでは無い。
「……なんだか、アレだよな。昔の知り合いにはさ、カッコイイ自分を、報告したいじゃないか……それなのに、俺は……」
言い訳のように切りだしてしまった。そう言って、後悔して――しかし、予防線を張らないと、辛くて言えそうになかったのも事実だった。
一方で、ダンバーは小さく笑った。それは、馬鹿にするような笑みではなかった。
「ふっ……いいかネッド。私のさっきの話を思い出せ? それこそ、私なんか逃げて周っているのだぞ……それこそ、こんな老いぼれになってもだ。そちらの方が、余程情けないとは思わないか?」
確かに、言われてみればその通りかもしれない。しかし聞いている時には師匠のことを情けないとも思わなかったのも事実だ。
「……まさか、師匠に気を使わせちまうとはな」
「はっ、生意気を言う……ともかく、人間ってのは思っている以上に他人のことに無関心な物だ。それは、悪い意味では無しにな。お前が格好悪いと思ってる自分は、他人から見たら案外そうでもないし、逆に格好つけているのが鼻につくことだってある……だから、等身大でいいんだ」
「そうかもな……いや、そういうもんなんだろうな……あぁ、でも一つだけ。最近噂になっている賞金首達の事なんだが……」
「あぁ、お前が一緒に行動していたということなのだろう? それこそ、そんなことは酒場に居た時から分かっていた。大丈夫、いくらそこそこ腕に覚えがあるといっても、最近はとみに腕が鈍っているし、何より彼らのためになるようなことはしない」
あんな風に武器も術式も使わず男を何十メートルも吹き飛ばしておいて、腕が鈍ったなどと嘘くさいのだが、ともかくこれならば話せそうだ、そう判断して、起こったことを一つ一つ、目の前の男に話していった。ネイとの出会い、ジーン・マクダウェルとの戦い、ジェニファーとブッカーと手を組んだこと、セントフランでのリサとの会合、この前のグラスランズでの出来ごと――ポワカと博士と出会い、ヴァンに負けた事。
そして話し終わる頃には、青年はなんだか泣きそうになっていた。勿論、いい歳して泣くのも情けないし、なんとか耐えきった――きっとこんなに気分が上下するのは、酒のせいだ――そう自分に言い聞かせた。
気がつけば、いつの間にか窓の外が明るくなり始めていた。九月で、まだ日も早い、そう考えれば、恐らく五時くらいであろうか。
全てを聞き終わったダンバーは、ただ目を閉じて、静かに頷いた。その頷きを見て、きっとこの人なら、今の自分の悩みを受け止めてくれる――解決してくれるに違いない、そう思った。師事していた時だって、ダンバーの言う事に間違いは無かった。だから、尋ねてみることにした。
「……なぁ、師匠……俺は、これからどうすればいいんだ?」
「ふむ……やはりお前はまだまだだな。自分の往く道を、自分で決められんのか?」
返ってきたのは、冷静で、当たり前の様な答えだった。確かに、自分も逆の立場なら同じように言っただろう。
「……そんなことは、分かってるよ。俺だって、そこまでガキじゃない……だから、ちゃんと自分で決めないとって……でも、そう思ってても、それでも分からないから……だから、聞いてるんだよ」
そう、どう考えても答えが出ないからこそ、誰かに頼ってしまう。それは、果たして浅はかな行動なのだろうか。
「……なぁ、頼むよ師匠……俺、ホントに……今、どうすればいいか、分かんないんだよ……」
青年の吐露に、やはり一つため息が聞こえた。
「……まったく、お前は頭を下げてばかりだな」
言われて、顔を上げる――皺の入った、しかし渋みのある男の顔には、表情の動きこそ小さいものの、それでも温かい笑みがあった。
「さっきのは私の偽りない本心だ。生き方は自分で決めろ、というのを曲げる気はない……しかし、先ほどの話を聞いている時、ずっと思っていたことがある。それが、答えになるやもしれん」
「そ、それは!?」
ほとんど徹夜だというにも関わらず、青年は元気に身を乗り出した。
「……思い出すがいい、ネッド・アークライト……お前がジーン・マクダウェル一味に喧嘩を吹っ掛けた時の、気持ちをな」
「えっと……」
その時は、どんな気持ちだっただろうか――そう、少女を一人にしたくなかった、泣いて欲しくなくて――。
「それが、お前の全部だよ……お前は結構、気を使うからな。なんとか公平に話そうとしていたんだろうが……本心は、ほとんど一点にあった」
その言葉で、青年はバツが悪くなった。そう、なるべく公平に話そうとしていたのだ――それは、他の仲間に悪いな、という気持ちも当然あったし、何より自分の想いを見透かされるのが嫌だった。
「演技が下手なんだ、お前は道化ぶって、本心を隠そうとしているのかもしれないがな……下手な芝居に気を使うより、自分の気持ちに素直になって行動してみたらどうだ?」
「で、でもさ……俺が、弱いから、皆に……ネイに、気を使われて……皆、離れて行って……」
そう、そこが最大の問題だった。彼女から離れて行ってしまったのだ。それを――。
「追いかけるのは迷惑だ、とか考えているんだろう? そんなもの、相手に聞いてみないと分からん」
その通りなのだが――いや、言われてすとんと胸に落ちた。ダンバーの言は、自分だって一度は考えた。いや、何度も何度も考えた。しかし、自信が無かったのだ。根拠も無かった。だから、踏み出せなかった。逆に、他人の口から言ってもらえたことで、随分勇気をもらった気がする――青年は確かに、心が軽くなるのを感じていた。
「ありがとう、パイク・ダンバー……おかげで、やるべきことは決まったよ」
しかし、今のままでは結局二の舞になって終わりなような気もした。だから、青年は、少し周り道をしようと思った。
「それで……あのさ、師匠。頼みがあるんだが……」
「うむ……仕方のない奴だ」
ダンバーは頷きながら立ちあがった。
「あ、あのなぁ……俺の言いたいこと、分かってるのか?」
「あぁ、分かっているとも……しかし、生半可では済まさんぞ? だから、早く寝ろ……昼には叩き起こすからな」
「うへぇ……そうだった、そういう奴だったよ、アンタは……」
そう、この男は優しい指導者でもあるとともに、鬼のようなコーチでもあったのだ。それを、青年はすっかり忘れていた。
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