10-4
そしてやはり夕暮れ時、一行は目的地へと到着した。
「……こいつぁ……」
馬車の出入り口から、少女が身を乗り出して、一言漏らした。
「ここが、かのスチームゴーレムの設計者、トーマス・ブラウン博士のお屋敷……らしいです」
少女の背中に向けて、ジェニファーが言った。青年も改めてその屋敷を見る。大草原にぽつり、と建つ立派なお屋敷だった。二階建てで、中央からそれぞれ西館、東館と、左右対称に伸びている。しかし建設されて何年経っているのであろうか、決してここ十年以内に建てられたものとは考えられないほど朽ちている。ガラス窓こそ割れていないものの、壁の大半がツタのような植物で覆われ、露出している壁にはひびが血管のように走っていた。
しかしなんだって、こんな人里離れた所に住んでいるのであろうか、というかなんでこんな朽ちているのであろうか、全くの謎だった。
「しっかし……なんだか、幽霊屋敷みたいだなぁ」
「ゆゆゆゆ、幽霊!? お、おい……馬鹿なこと言うなよ……」
青年の一言に、ネイが大げさに反応した。そういえば、この子怪談が苦手だったっけ――そんなふうに思っていると、後ろから先ほどの反撃と言わんばかりの、嬉しそうな声があがった。
「あら? あらあらあら? ネイさん、もしかして……幽霊とか、駄目なんです?」
後ろを振り向かずとも分かる、アイツ、絶対イイ顔をしている。
「ば、馬鹿! そんな、幽霊とか、そういうの、ひかがくてき? なもんは、アタシは信じてねーからな!?」
しかし、なんというおあつらえ向きな演出というか、来る時は晴れ渡っていたはずの空は、現在は雲で覆われており――いましがた、雷が鳴った。
「ひぅ!?」
隣でびくびく震える少女を見て、かわいい、青年はそう思った。
しかし、性悪女の追撃は止まない。
「あらぁ、ネイさん? 大丈夫ですか? 顔色が、優れないようですけれど……」
「だ、大丈夫だ! か、雷が怖くって、賞金稼ぎなんてやってらんないだろ!?」
自らを叱咤するためなのか張り上げた、しかし若干震えた声で少女が吠えた。
「そうだよなぁ。普段相手にしてる暴走体だって、ゾンビみたいなもんなんだからなぁ」
悪気があるのかないのか、多分あるのだろう、ブッカーからも声が上がった。
「ぞぞぞ、ゾンビ!?」
そんな風に考えたことも無かったらしい、というか、人の飯のタネを潰しかねない発言は止めて欲しい、青年はそう思った。
「まぁまぁ、あんまりネイを虐めるのはやめてやってくれないか?」
「ね、ネッド……!」
少女の顔が、ぱぁっと明るくなる――だがそれを見た瞬間、青年の中で入れてはいけないスイッチが入ってしまったのも確かだった。
「……そういえば、昔あったゴシップ小説で、ある科学者が究極の生命体を作りだすのに、墓を暴いて死体を繋ぎ合わせたって話があったなぁ……なんか、そんな化け物でも出て来そうな雰囲気だな、これ」
「ギャー! や、やめろ! 馬鹿、この馬鹿!」
ちょっと涙目になってる少女を見て、ジェニーとブッカーは凄イイ笑顔をしていた。多分自分も凄くイイ顔をしている、青年はそう思った。
「もう、お前らなんかしらねー! ……こうなったら、さっさと要件を終わらせるぞ!?」
馬車の後ろから飛びおり、少女がすたすたと扉の方へと向かって行く。その時もう一発、空に稲妻が走った。少女の動きが一瞬止まり、後ずさる様な形で馬車の所まで戻ってくる。
「……おい、お前ら、何をちんたらしていやがる? さぁ、さっさといくぞ?」
「うーい。了解」
言いながら青年が馬車から降りると、なんだかいつもよりやや近くに少女が並んだ。
「……まったく、気のねぇ返事をしやがって。そんな気合が入ってないとな、危ないかもしれないからな? だから、ちょっと近くにいてやるぞ……」
青年は笑いをこらえるので必死だった。
ジェニファーとブッカーが、青年と同じく笑うのをこらえながら馬車から下りてきた。少女がむっとする気配を感じたが、そう言えば一点、確認していないことがあったことに気付き、青年はジェニーに声をかけた。
「それで……博士に会いたいってのは聞いてたけど、どんな要件なんだ?」
それを聞いて肩を震わせるのをやめ、ジェニファーは賞金稼ぎモードというか、いつものピリッとした調子になる。
「以前、ビッグヴァレでお兄様が使った閃光弾、覚えていますか?」
「あぁ、あんな武器、初めて見た……何か、関係が?」
「えぇ。お兄様は他にも撃鉄を引かずに撃てる銃など、我々にとって未知の兵器を使っていました。どうやら、それらを開発したらしいのが……」
「成程、トーマス・ブラウン博士ってことか」
「そういうことです。どうやら、お兄様と繋がりがあるようですから……もしかしたらと思ってね」
ジェニファーは静かに言い残し、扉の方へと歩き出した。彼女は、兄が生きていると信じている。それ自体は悪いことではないが、あの高さから輝石の助力も無しに落下したら――。
「……何にしても、兄の足跡を辿る事自体、私には価値のあることですから」
青年の思考をぴったりと読んだように、女は青年に背中を見せたまま言った。あらゆる可能性を考えて、現実的な思考をしつつも、それでもなお希望を捨てない――ジェニファーは、そういう奴だ。
「……やっぱり、強いね」
青年はぽつりとつぶやいて、女とその従者の後を追った。更にその後ろを、少女が追いかけてくる形で、屋敷の玄関まで辿り着いた。
「ごめんください。ブラウン博士、いらっしゃいますか?」
ジェニファーが扉を叩きながら言った。しかし、反応は無い。ジェニーの扉を叩く音がだんだんと強くなり、在宅を訪ねる声もだんだんと大きくなっていった。
「……しっかし、なんだってこんなとこに住んでんだろうな? その博士は」
少女が空の黒さに怯えながら、青年に尋ねてきた。
「うーん、どうだろうなぁ……それこそやっぱり、ヤバい実験を……」
そこまで言った瞬間、青年はしまった、と思った――この言い方は、マリア・ロングコーストを彷彿させる――案の定、恐怖とは別の意味で、少女の顔が曇ってしまった。
「……まぁ、人間嫌いなのかもしれないな。科学者ってのは、変わり者が多いって聞くし」
「そっか……うん、そーかもな……うん?」
少女がそこまで言った瞬間、空から水滴が落ちてきた。降り始めたか――そう思った瞬間、すぐさま雨が激しくなり、辺りは一瞬でバケツをひっくり返したような水浸しになり始めた。幸い四人が立っている所は簡易ながら屋根があるので、ずぶ濡れになる、というほどではないのだが、横から振り付ける雨だけはどうにも止めようがない。
「……ブラウン博士! こうなったら……!」
雨に降られて少々気が立ったのか、ジェニーがドアに手を駆けて――ギィ、という古臭い音と共に、扉が開いた。
「……鍵、かかってなかったんですね……とにかく、お邪魔しましょうか」
「お、おいおい。不法侵入にならないか?」
青年の言い分に、ジェニファーはちっち、と指を振ってこたえる。
「別に、泥棒に入るわけでもありませんし、雨宿りさせていただくだけ……それに、こんな大草原のお屋敷に、法など関係あるものですか」
「……法とか関係ないとか言う奴が、大統領を目指してるとか、世も末だな」
「あら、ルールに囚われずに柔軟に行動できる指導力があると言って欲しいですね。とにかく、入りましょう。ブッカー、馬車を雨に濡れない場所に移動させておいてください」
「へい、お嬢……坊主、頼む」
言われてすぐさま、青年は雨合羽を紡ぎだし、それをブッカーに手渡した。雨の中を走っていく男の背中を少し見送ってから振りかえると、すでに女二人は中へ入っている。青年も、その後に続いた。
「……ごめんくださーい。ブラウン博士、いらっしゃらないんですかぁ?」
先ほど苛ただしげに扉を叩いていた態度はどこへやら、一転してお嬢様っぽく、ジェニーがホールの中央で声をあげている。青年はそれをしり目に、暗い屋内を確認し始める。まず、壁も床も木造で、戸口から真っ直ぐ行くと段差の大きめな階段へと続いている。階段の脇には箱型のアップライトピアノが鎮座しており、しかし年代物のようで、木製の表面など結構痛んでいるようだった。左右を見れば、各々西館、東館への二枚扉があり――しかし、どちらからも人の気配は感じられない――そこでもう一度、雷鳴が響き、屋敷のホールが一瞬照らし出された。
「……ひっ!?」
青年の近くから、小さな悲鳴が聞こえる――どうやら、入口のすぐ横に置かれていた甲冑の置物に、少女がびっくりしたようだった。
「あぁ、大丈夫……これは、置物……」
そこでまた雷が一つ、暗いホールが一瞬照らし出された。少女は青年の後ろを、ひきつった顔で凝視していた。
「い、今! 今なんか向こうで動いてた!」
「多分、眼の錯覚だって。まぁ、こう雰囲気があっちゃあ、怖いのも分かるけど……」
「こここここ、こんな所に居られるか! アタシは! そ、外で待ってるよ!」
なんだかそれ、危険なセリフだな、青年はそんなことを思ってしまった。
「いやぁ、大丈夫だって。それこそ、幽霊だなんて非科学的な物は……」
信じないんだろう、そう青年が言おうとした瞬間、何やらピアノの音が聞こえ――あの、階段の下にあったものだろう、すぐさま音は止んだが、流石に青年も少しびっくりしてしまった。ネイなど怯えて、顔面蒼白になっている。
「お、おいおいジェニー。いくらさっきの仕返しがしたいからって、そこまでするのは……」
青年が振り向くと、ピアノの傍にはジェニーはおらず、むしろわりと離れた場所に立って、少女と同じような、とは言い過ぎな物の、ややひきつった顔をしていた。
「……まぁ、多分風のいたずらか何かでしょう?」
「あ、あぁ、そうだな。風も強いしな……」
とは言っても、窓は完全に締め切っているし、もっといえば如何に強風の中に置いたとしても鍵盤が風に叩かれることなどあり得ない――互いにナンセンスなことを言っているのは分かっているものの、二人はそんな風に言って笑うしか無かった。
「あ、あのぉ! ブラウン博士!?」
気を取り直したように、というより動転を抑えるためなのか、ジェニーが大声で叫んだ。しかし、やはり反応は無い――そう思った瞬間、再びピアノの旋律が聞こえ始める。階段の下を見ると、不気味な煙を噴き出しながら、鍵盤がひとりでに叩かれ、なんとも不気味な、禍々しいメロディを奏でていた。
「ねねね、ネッドぉ……あれ、幽霊だよぉ……」
「だ、大丈夫だから……きっと、何かトリックがあって……」
あんまり率先して行きたくは無いのだが、ネイがこうも怯えてしまっているのだ、原因は究明しなければならない――そう思い、青年が少女から離れ、ピアノに向かって歩きだした瞬間、再び雷の轟音が響き――そして、背後で何かが空を斬る音がした。
「……なっ!?」
振り向くと、青年と少女の間に、甲冑の持っていた斧槍が降りおろされていた。その先にある少女の顔は、完全に泣きが入っていた。
「こ、これは……!?」
青年が呆気に取られている隙に、甲冑は隙間から何やら怪しい煙を立て、そして激しい足音と共に、東館の方へと走り去っていった。
「う、うーん……」
「ネイ? ネイ!?」
あまりの出来ごとに少女の処理が追いつかなくなってしまったのだろう、ネイはその場で意識を失い、木製の床に倒れてしまった。青年が駆け寄って、少女の傍らで膝を突いた瞬間――また近くで激しい音が鳴った。
「う、うわぁ!?」
「……なんだ、坊主? 変な声出しやがって……というか、お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「な、なんだよ、ブッカーか……脅かすなよ……」
音の正体は、ブッカー・フリーマンが扉を開けた音であった。青年は膝を突いて、少女の上半身を抱き起こしながら、再び周囲を見回した。
「……パッと見、怪しい所はありませんね……」
先ほどはびっくりしていたようだが、ジェニーは中々逞しい。既に鳴らなくなったピアノをあれこれ触っていた。
「あー……お嬢? どういうことか、説明してくれやせんかね?」
「……どうやら、本物の幽霊屋敷、ということにしたいようですが……」
ジェニファーはスリットから銃を取り出し、甲冑の去っていた東館の開け放たれている扉の方を睨んだ。
「この、ジェニファー・F・キングスフィールドの眼は誤魔化せません。暗くて霊魂のように見せかけているのでしょうが、アレは蒸気機関か何かの機械で煙が噴き出していただけに違いありませんわ」
確かに、そう言われてみればそうな様な気もする。如何せん、雰囲気にのまれて、青年も本当に霊っていたのかと一瞬信じそうになってしまっていた。
「ブッカー。貴方はここで待機して、ネイさんをお願いします。ネッドは、私と一緒にあの甲冑を追いますよ」
「お、おい。勝手に仕切らないでくれ。というか、ネイは俺が……」
何だか最近、自分の最優先事項が今腕の中にいる少女な気がするのだが、多分気のせいでもないし、青年はそれでいいと思っている。ともかく、少女を置いては行けない。しかしその意見に、ジェニファーは首を横に振った。
「いいえ、屋敷の中では貴方の能力の方が取り回しが利くでしょう。それに、発破一発でこのボロ屋敷、吹き飛んでしまいますよ?」
「あー……まぁ、それは確かに」
こういう屋内での隠密行動の方が、本来は青年の得意とする所なのである。お嬢様の言い分に納得し、青年は重い腰を上げて、そして東館の扉に向かった。
「……ブッカー、ネイを頼むぞ?」
青年の一声に、サングラスの男はニヤリ、と笑った。
「あぁ、任せておけ。オレは幽霊なんぞ、信じない性質なんでね。なんともねぇや……とにかく、頼みますぜ、お嬢」
「えぇ……大丈夫、すぐに戻ってくるわ」
なんだか連続で、こういう雰囲気の時に言ってはいけないセリフを、主従合わせて高速で二連発したような気がするのだが、きっと気のせいだ――でも、自分は下手なことは言わないでおこう、青年はそう思った。
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