5-5


 ◆


「ホワイト・レイブンズ二十名、アンブッシュ・ゲリラ四名、合計五万ボルですね」


 五百枚の金貨の詰まった皮袋が、ネッドの手に渡される。さすがはハッピーヒルという大都会の傘下のためか、信用力の高い金貨での支払いであった。


 あの後、さすがにならず者どもを放置するのもなんだ、ということで、青年がお得意の能力で全員縛りあげ、ビッグヴィレの駅で通報をした。賞金首の懸賞金はジェニファーに渡すという約束になっていたものの、どこへ行ってしまったのかも分からないので、とりあえずは青年が報酬を受け取っておくことにした。ちなみに透明化の異能使いはずっと全裸で、なんだか可哀そうだった。


 保安官の事務所を出ると、既に辺りは暗くなっていた。この辺りはあくまでも街から街への中継点でしかないため、住んでいる人も少なく、活気もハッピーヒルと比べるとスズメの涙。とはいえ人と人とが行き交う場所でもあるので、まったく人が居ないというわけでもなく、向こうの酒場からは陽気な声も聞こえてきていた。


「大量の金貨……うへへ……」

「……よだれが出てんぞ、きしょくわりー」


 少女の呆れた声が横から飛んでくる。きっと表情をしているに違いない。青年はそう思った。


「この確かな重みと一緒で、唾液も重力に引かれたんだろうさ」

「はぁ……重力じゃなくって、欲に惹かれたのまちがいじゃねーのか?」


 そうは言う物の、人間はお金が大好きな生き物だ。大量の札束で扇をつくり、煽ぐのもなかなか乙なのであるが、金を積み重ねて勘定するのも、これまた格別な物である。


「いやぁ、まぁ……でも、別に自分の懐に収めようってつもりなわけじゃないさ。ただ……」


 向こうから行方をくらましてしまったのだ。最悪の場合、敵対することだってありえる。


「……あぁ、まぁその場合は、しかたねーだろうな……でも、五万で割り合う相手か?」

「いや、全然思わない。できれば、戦いたくないな」

「アタシもどーかんだよ……」


 最悪の場合を想定して、青年がジェニファー、ネイがブッカーの相手をしたとして、それでも勝てるかは危うい。何せ、青年の実力よりもあの女の方が上だと思われるし、少女の方は恐らく、包帯を巻いたままで五分、全力が褐色の男を凌いでいたとしても、それはあくまで実力の話。少女の優しさは、人と戦うには重い枷となる。大いに実力差があれば安全に捕えられるものの、拮抗している場合はその限りではない。

 そして何より、結局バーロウは捕えられず、ジェームズ、ダゲットと居るのだ。このまま戦うのは、文字通りに死にに行く様なものである。

 だが、少女の言いたいことはきっとそういうことではない。単純に人として、彼女らとやり合いたくないのだろう。そこは青年も同感だった。


 酒場を通り過ぎしばらく行くと、昨日のドンパチ騒ぎが嘘のように静まり返っている。昨晩は綺麗な満月だった。だがそれにも劣らぬ十六夜の月が、ぽっかりと空に浮かんでいた。


「……聞かないんだな」


 後ろから声を掛けられ、青年は振り向いた。一瞬、何の事だか分からなかったが、すぐに合点して、少女を安心させるために努めて優しい声を紡ぎ出す。


「俺は、君を信じてるからさ」

「でも、アタシは……」


 信じているという自分の言葉に心を痛めたのだろう。少女が俯いたせいで、ツバの広い帽子が表情を隠してしまう。それでも声の調子から、彼女が今どんな心境なのかは、なんとなくだが分かっていた。


「信じてるっていうのは、多分君が想像したのとは別の意味だよ」

「……え?」


 少女の顔が上がる。驚いたような、不安な様な、揺れる翠の瞳が見える。


「仮に君がダゲットの言った通りのことをしていたのだとしても……それでも、俺は君を信じてる。そういう意味さ」


 もしネイがコグバーン大佐をその手で殺めているとするならば、絶対に事情があるはずだ。青年はそれを信じることが出来る――ジーン・マクダウェルの今際いまわきわが、それを証明しているのだから。


「言いたくなったら、言ってくれればいい。言いたくないなら、言わないでもいいさ。でも、どっちもで、俺は君の味方だから」


 少女を安心させるため、青年は真摯に答えたつもりだった。だが青年の思惑とは違って、哀しげだったネイの顔がどんどん紅潮し、最後には叫び出してしまった。


「ば、お前、ホント馬鹿! メッチャキザ! 死ぬほど恥ずかしいこといってんの、自覚してんのかっ!?」


 突っ込まれて、確かに気障きざだったと思い立ち、なんだか青年もだんだんと恥ずかしくなってきた。


「い、いやぁ……その、素直に思ったことを言ったまでというか……」

「余計にタチが悪いわっ! まったく……!」


 少女は再び俯き、すたすたと歩いて、青年の横を通り過ぎて、ぽつりとこぼす。


「……でも、ありがと」


 そう言われて、青年はなんだかドキリ、としてしまった。出会った最初のころは、こうやって礼を言われても、うい奴め、程度に思っていたのに、なぜ今はこうも慌ててしまっているのか。


「な、なんだよ……何とか言えよ」

「うん、その……なんとか?」

「テメーはガキか!?」


 少女の切れの良いツッコミに、なんだか余裕を取り戻せた。適当なことが言えそうである。


「精神年齢三歳なんでちゅ」

「はぁ……そのなりで頭が体に追いついてないとか、すくえねーな」


 呆れ言葉でも、少女は笑っていた。きっとこの調子が自分たちに合っている――。


「……あら、月夜にデートだなんて、イイ御身分ですね」


 気がつくと少女の先に、一つのシルエットが浮かんでいる。月下に響き渡ったその皮肉は、間違いない、ジェニファー・F・キングスフィールドのものだった。


「ななな、馬鹿! そんなんじゃねー……って、お前」


 凄い勢いで振り返ったネイも驚きが隠せなかったようである。青年は少女に並び、万が一に備えた。その緊張が伝播したのか、少女も左手を引き、姿勢を少し落とした。


「あら、そんなに警戒しないで? 別に、喧嘩しに来たわけじゃありませんから。それに……そうね、こんなにロマンチックな夜ならば、良い雰囲気になっても仕方ありませんわ」


 こちらに気を使った言い回しだが、口調はこちらを小馬鹿にしている。無駄に周る口は相変わらずなようなので、青年は少し安心した。残りの大部分は憤慨であったのだが。


「そういうお前は、デートする相手もいないもんな? この行かず後家が」


 言われて、ジェニーが固まった。青年は胸のすく思いがした。


「おい、いかずごけってなんだ?」


 少女が、純粋な疑問をぶつけてきた。


「こけの一種さ。不毛な感じなんだ」

「なるほどなー……だいたい嘘だろうけど、ちょっとホントなんだろうな」


 この少女、流浪の旅を続けていたので学は無いが、本当は賢いのだ。青年はそう思った。


「そういう貴方はヒモ男ですよね。色んな意味で」


 ただでは起き上がらないということか、我を取り戻したジェニーが反撃に出る。それに何にも反論できないのだが、なんだか強烈な違和感を覚えて――マズイと思った瞬間、すでにネイが語りだしていた。


「おぉ、よく知ってるな。コイツ、アタシのヒモなんだ」


 場の空気が凍った。皮肉のつもりで言ったのに、まさか事実だとは思わなかったのだろう、ジェニーは珍しくわなわなと震えている。


「お、お前! そんな不潔なやつやったんか!? 本気で見損なったわ!」


 両手のを振り下げて、思いっきり抗議してきた。頭の後ろにぷんぷんと、煙でも出ていそうだ。しかしどうやらこの女、緊急事態になると素の南部なまりが出るらしい。なんだかもはやどうでもよくなって、青年は悠長にそんなことを考えていた。


 しかしヒモ男VS行かず後家。なんとも救えない対決である。


「お、おい。ヒモって、不潔なのか?」

「いや、大切なのは当人たちの合意さ。俺たちが良いなら、それでいいんだよ」

「よくないよくないよくないよくなーい!! お前、ネイさんが知らないのをいいことに、とんでもないことを……」


 プリプリしているジェニーは、年齢的にきつく見えた。ネイを見習ってほしい、青年はそう思った。


 とにかく、話を逸らさなければならない。違う、何のために来たのか確認しなければならない。まず、冷静になってから気付いたことを疑問として提出することにした。


「所で、ブッカーはどうした?」

「はぁ……はぁ……えぇ、少し離れた所で待機していますわ。ただ、私に万が一のことがあれば、すぐにでも駆けつけられる所に居ます」


 最悪、あのトンデモギターケースをこちらに向けている可能性もある。下手なことはできないということか。


「それで結局、何の用なんだ? ……これか?」


 青年は言いながら、手に持っていた革袋を持ちあげた。


「いいえ、違います。まぁ、元々の約束としてはそれはこちらの物ということでしたが、あの場を去った私たちにとやかく言えた立ち場でもありませんし、変に賞金の権利を主張する気もありません」


 どうやら、落ち着きを取り戻したらしい。いつもの調子に戻っている。きっと不毛な口論をしても仕方ないと、向こうも悟ってくれたのだろう。


「……じゃあ、なんなんだよ?」


 青年の代わりに、ネイがジェニーに問うた。相手は視線を少女に合わせた。そう、私の要件は貴女なのです――そう言っているようだった。


「私は、真実を知りたい。ジーン・マクダウェルの件は、ダゲットから聞きました……まぁ、それはいいのです。私が知りたいのは、コグバーン大佐のこと」

「それは……」


 再び、少女の表情が曇ってしまう。悔しそうに、哀しそうに、肩を震わせている。隣に居るから見えてしまう少女の表情は、きっと向こうからは見えていないに違いなかった。


「……言えないのですか?」

「……アイツが言ってたことは、本当だ。ウィリアム・J・コグバーンを殺したのは、アタシ……だ……」


 最後は、消え入るようだった。きっと、辛かった過去に違いない。それを少女に思い出させたあの女は――いや、ジェニファーだってきっと辛いのだろう、じっとネイを見つめる視線こそ変わらないものの、いつもの覇気が無い。


「何故、ですか? 何故、恩人をその手にかけたのですか?」

「…………」


 少女は、押し黙ったままだ。青年には、その日の光景を見たように想像できる――だから、助けてあげたかった。ネイの代わりに言ってやりたかった。

 それでも、ここで横やりを入れるべきではない。青年は黙って二人を見つめていた。


「……言えないのですか?」

「どう繕ったって、事実は事実だ。それを訂正する気も無ければ、我が身かわいさに下手な言い訳は、したくない」

「そうですか……いえ、きっとそう言うと思っていましたわ。私と貴女、どこか似ているから……」


 過去の核心を語らぬ少女、自分の夢を語らぬ女。同じ男を師と仰ぐ二人。意地が強く、芯が強く、そして何より素直じゃない。そういった共感が二人を引き寄せあって、そして反発させてしまったのかもしれない。


「それでも、私は貴女のことを知りたい。それがきっと、己を知ることにもなるから」


 言いながら、ジェニファーは上着のポケットから白い布を取り出した。アレは青年が誠意を込めて手抜きで作った、彼女いわく雑巾、もといハンケチーフである。

 女はそれを放り出し、少女の方へと投げつけた。白が闇夜をひらひらと舞って、二人の女の間に落ちる。


「だから、力尽くでも話させてみせます」


 果たして少女は、このサインの意味を知っているのか疑問だったが、勝負事はしっかりと教わっていたのだろう、落ちたハンカチを見つめてから、射抜くような瞳で決闘を申し込んできた相手を見つめている。


「……ここでやる気か?」

「いいえ、ここでは人様に迷惑がかかりますから。勿論、貴女には応じる義務はありません。しかし……」

「つべこべ言わなくていい。何時、どこでだ?」


 ジェニーの言う通り、ネイにとってこの決闘に何の得も無い。普通は賞金稼ぎや賞金首が決闘に応じなければ臆病者のレッテルを張られ、仕事がやりにくくなったりもするのだが、少女は富にも名声にも興味が無いのだから。

 それでも人の真剣な態度に応えてしまう所が、この少女の良いところでもあり、損をしているところでもある。


「日時は明日の正午、場所はスコットビル橋前」

「なんだと!? 明日って言えば、列車の襲撃が……!」


 青年は思わず口を挟んでしまった。


「……いや、アレだけ打撃を負わせたんだ。もしかして、計画は中止して……?」

「いえ、計画は予定通り、明日行われるとのことです」

「それじゃあ、なんで!?」


 動揺する青年に、南部女は不敵な笑みを返す。


「私はネイ・S・コグバーンに勝ち、そのまま列車強盗を止める覚悟があり、またその自信もある……そういうことですよ」


 そんなの、強がりに決まっている。そもそも、バーロウとジェームズ、ダゲットの相手をするだけでも、ジェニーたちにとっては結構な無茶なはずである。その上、ハッキリ言って腕はネイの方が上。勿論先ほど思ったように、少女の優しさは枷となるが、それは実力が拮抗している場合に限る。ジェニファーでは、すぐに勝敗は決するだろう。昨日の戦いぶりを見ても、ネイの方が早さ、正確さ、共に圧倒的に上だった。


 そう考えれば、果たしてこれが正式な果たしあいなのかも甚だ疑問だ。もしかしたら、ジェニー達は賞金首達に着き、決闘のふりをして自分たちをおびき寄せ、一斉に攻撃してくる可能性もある。こちらの方が、余程筋が通っているはずだ。


「……おい、ネイ。さすがにこの決闘は……」

「わりーけど、売られたケンカは買うタチなんでね……嫌なら、お前はここで待っててくれてもいいぞ?」


 筋は筋でも、論理的な筋より、別の筋を通そうと言うのか。だが、こうなったらこの子は梃子でも動かないだろう。仕方ない、青年は手で顔を覆い、おおげさにため息をついてみせた。


「……あぁ、君はそういう奴だよ。でも、さっき言っただろう? 俺は君の味方だってな」

「……ごめんな。でも、お前もそういう奴だって思ってた」


 少女のはにかむような笑顔が、なんだかむず痒い。でも、自分は結局、これが見たくって、ついつい頑張ってしまうのだ。だけどそれも悪くはない。


「うぉっほん! さて、二人の世界に入っている所で悪いのですが……それじゃあ、よろしいですね?」


 ジェニーが咳払いをしながら割り込んできた。なんだかまた恥ずかしい感じになっていたようで、青年と少女はそんなことないですよ、とでも言い訳したかのような感じで、勢いよくジェニファーの方を見た。


「ふふ……やっぱり、どうにも嫌いになれませんわね、ネイさんの事……あぁ、アークライトはどうでもいいです」


 とうとう青年は呼び捨てに降格された。


「……それは、こっちのセリフだっての」

「まぁ、とにかくです……私が勝ったら、大佐の死について詳しく聞かせてもらいます。もしそちらが勝ったら……何を望みます?」


 ジェニーはネイに問いかけた。すると少女は青年に問いかけてきた。


「……おい、どうする?」


 どうするも何も、君がする決闘じゃないか。そう思ったが、無欲な少女なのだ。何かもらおうにも欲しいものなど無いのだから仕方が無い。


「それじゃ、フランク・ダゲットの捕縛に協力してもらおう」

「はぁ……何故貴方が決めて……あぁ、ヒモ男だからですか」

「ぐっ……否定できん……」


 ジェニーの汚いものを見るような目を、青年はぐっと堪えるしか無かった。普段は呆れられたような目で見られるのは割と好きなのだが、コイツにされるのだけは、なんとなく許せなかった。


「とにかく……それでは、私はここで。せっかくの良い雰囲気をぶち壊して、申し訳ございませんでした」


 背を向け、肩下まで伸ばした茶髪を揺らしながら、ジェニファーは去っていく。


「でも、ネイさん……もう少し、相手は選んだ方がいいですよ?」

「ふっ……そーだな。アタシもそこは同感だよ」


 そして、とうとうその背中が見えなくなった。隣に立っていた少女が一歩進み、かがんでハンカチを拾い上げる。


「……でも、面倒見るっつっちまったからな……これ、いらないならもらっていいか?」

「あぁ、どうぞ」


 青年の方を見て笑う少女に、青年は頷き返した――こうやって、少女は想い出の品を増やしていくのだろう。


「……あ、でもそのハンカチ、オッサンの額に押し付けられた油を拭った物だったような……」

「うげ!? そうだった!? ……って、ちゃんと洗ってあるみたいだぞ?」


 あの女が洗濯している姿など想像できない。恐らく、ブッカーに洗わせたのに違いない。あのいかめしい男がエプロンなぞつけて、洗濯している姿を想像してしまい、青年はなんだか微妙な気持ちになった。

 だが、洗うように指示したのは間違いなくジェニーなのだろう。


「……変な奴だね、まったく」


 誰に言う訳でもなく、青年は一人ごちて空を見上げた。


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