5-4


 ◆


 渓谷の奥深く、人里も線路からも遠く離れた場所に、アンブッシュ・ゲリラ達は潜んでいたらしい。こちらはさっきの集落よりは規模の小さいものの、むしろ逆に身を隠すには丁度よさそうな場所であった。


「……まぁ、先ほど倒された透明人間、他は貴様らがドンパチやっている最中でアンブッシュ・ゲリラの構成員四名、全員やられてしまったらしいがね」


 テーブルに置かれたランプに照らされながら、フランク・ダゲットという男が知ったように言った。


「……貴方、アークライトさん達と因縁があるそうですね。どのような因縁があるのですか?」

「ふん、なんだ聞いていないのか……まぁ、いい。以前は私の敗北だよ。とは言っても、私はジーン・マクダウェルにやられたのだが」

「それは、あの二人には後れを取らない、ということですか?」

「くっく……いや、正面切って戦えば、ネイという女にはまず勝てんよ……ネッド・アークライトともいい勝負だろう。私の実力は、そんなものさ」

「でも、わざわざ敵の舞台で戦う事はない」

「そういうことだ。勝てば官軍、もっとも今の私が言っても、説得力は無いがね」


 つまり以前は、自分の土俵に相手を引き込めなかったということだ。そして、自分の実力を客観視し、ややもすれば臆病とも言われかねない程の慎重さ、これがフランク・ダゲットの強さか。ある意味、一番厄介な手合い――ジェニファーはそのように眼の前の男を分析した。


「では、ジーン・マクダウェルは結局どうなったんですか? 貴方、見ていたんですよね?」

「あぁ……とは言っても、この通り足をやられてね」


 ダゲットは自らの右足を投げ出し、ジェニーに見える位置に置いた。ガシャン、と渇いた音が鳴る。そしてズボンの裾をまくりあげると、そこには金属の義足が室内の炎に照らし出された。


「なので、直接手を下す所は見ずに、私は洞窟を這って逃亡だよ。だが、後で確認してみた所、やりあった場所に銀刀の墓標があった。そして、何より……あの女が被っていた帽子、ジーン・マクダウェルの物だ」

「えぇ、それは気付いていました。それに……」


 しかも、あのリボルバー。何度か見せてもらった、コグバーン大佐のカスタム品だ。つまり、ネイは死人から遺品を頂戴しているということになる。亡きがらから想い出の品を奪うというのは、下賎な行為で――だが、彼女はそういうことをするタイプだろうか。なんだか信じられなかった。


「つまり、銀刀のジーン・マクダウェルの賞金十万ボルは永久に失われた、そういうことだ」

「…………」


 本当にネイ・S・コグバーンは、大佐とジーン・マクダウェルを殺したのだろうか。別に、自分の目で見た訳ではない。この男の言っていることが本当かどうかも分からない。だがネイは、自身の能力を明かす時、間違いなく嘘をついていた。あの子の持つ能力が、死を運ぶものというのなら、きっと忌避され、疎まれてきたことだろう。それに怯えて、嘘をついたというのなら筋はそれなりに通っている。しかも、彼女の持っているモノまで考えると――。


「……何を信じるかは、貴様の勝手さ。私は、私の知っている情報を出しているに過ぎない……それも、自分の都合の良いようにね」


 そう言って笑うダゲットは、まったく信用ならない。コイツは、私にあれこれ言う事で混乱させ、正常な判断を奪おうとしているのか――頼りになるのは己と、もう一つは、後ろで腕を組みながら自分の背中を護ってくれる褐色の相棒のみ。


 そう、あれこれ考えていると、外から音色が聞こえてきた。


(……これは、お兄様のハーモニカ……)


 小さい頃、よく聞かせてもらった、ジェニーの大好きだった、ハーモニカの音色。どこか物悲しくて、夜の帳に相応しい旋律――呼ばれているんだ、そう思った。


「……私一人で行きます。大丈夫です」


 腕を組むのを止めたブッカーを制し、ジェニーは外へと出た。ハーモニカの音は、岩場の上から聞こえる。その音に誘われ、ジェニーは歩みを進めた。音が近い――見上げると、そこには丸い月を背景に楽器を吹く、兄のシルエットがあった。


「……来たよ」


 静かに言うと、ちょうど演奏も切りの良い所で――当然、それはジェニーも知っていた――ジェームズはハーモニカから口を離し、妹の方へと向き直った。


「あぁ」


 短い返事。だが、それ以上に笑顔が優しい。凡百の言葉よりも、その柔らかい表情の方が、より多くのことを語っているように思われた。


「実に、十年ぶりか。逞しく育ったようで……」

「なっ、どういう意味やそれ!?」

「どうもこうも、あんな岩を割っておいてお淑やか、なんて言えないだろう?」

「そ、それは……」


 あれは、ネッドにああしろと言われたのだ。好きでお転婆をやっているわけでは――いや、もはやお転婆などと可愛い言葉でくくれる年齢はとうに過ぎている。またブッカーに笑われてしまいそうだ。


「……十年間、どうだった?」

「どうもこうも……ブッカーが、護ってくれたから。辛いこともたくさんあったけど、何とかやってこれた」


 十年前、ソルダーボックスの地が北軍に占領されんとする時、キングスフィールド家は大離散を行った。それぞれ、頼りになる従者を数名着け、闇夜に紛れて散ったのである。

 しばらく身を隠し、幼いジェニーが自らの土地に帰っても、誰も戻ってこなかった。後から聞けば、自分以外は北軍に捕えられてしまったらしい。当然、捕虜にも人権はある。死刑にはならなかったものの、体の弱かった母はそのまま死に、父は愛する妻と土地を失い、そのまま発狂してしまった。唯一兄のみ、北軍のキャンプがアンブッシュ・ゲリラに襲撃されると同時に脱走したという話は聞いていたものの、それ以上の手掛かりはしばらく無い状態だったのだ。


 そして、ジェニファーは従者と共に、西部に逃れてきた。最初のうちは、幼い、しかも女の自分と、褐色肌でも問題なく稼げるとの判断からこちらへたどり着いたのだった。


「……ブッカー、死に物狂いで術式を身に付けて、戦い続けてくれた。私は、護られているだけじゃ嫌だった。自分の身近な人が傷ついてるのを、黙って見守っていたくなかった」

「だから、戦う力に手を伸ばした、か?」

「……半分正解で、半分違いや」


 その返答が腑に落ちなかったのか、ジェームズは訝しむような表情を浮かべた。


「……どういうことだ?」

「私の話は後。先に、そっちの話をして欲しい……なんで、強盗なんぞやっとるの?」

「……私たちは、南部や西部の人間からは決して奪わない。北部の資本だけを……」

「そうやね、新聞にもそう書いてあった。だから、一部ではアンブッシュ・ゲリラは大人気……富めるものから奪い、貧しきに与える義賊……でも強盗は強盗や」

「…………」


 そして、再びの沈黙。どう繕ったって、犯罪は犯罪だ。その道理が分からぬ程、我が兄は愚鈍ではなかったはずだ。


「……全ては、大義のためだ」

「はぁ、大義……泥棒さんが、どんな大義を掲げていらっしゃるのですか?」


 本当は、こんな挑発するような真似をしたいわけでもない。だが、自分と違う道を選んでしまった兄の事が、どうしても許せない側面もあり――だが、きちんと事情を知りたいという気持ちもあった。どんな想いで、旧貴族階級から荒野の強盗団になり下がったのか――その胸の内は、身内として理解しておかなければならない。


「……逆に聞くぞジェニファー。お前は、この国がこのままで良いと思っているのか?」

「それは、ノーや。自由だ平等だと言われても、それを謳歌出来るのは北部の富裕層の話で……性差、国籍、人種、出身地による差別が横行しとる。その上、貧富の差はどんどん拡大していて……私なんか、まだイイ方や。見てくれは白人女性、その上犯罪歴も離婚歴も無いし……」


 逆を言えば、二十三歳まで未婚という事。この西部では女性の結婚は比較的早い。なぜなら、男女比率が圧倒的に男に隔たっているため、女性は引く手数多であるからだ。しかもこの無法地帯では、男は長生きしにくい。それ故、未亡人となる女性も多く、再婚前の苗字を残すので、ジェニーも最多で五つの苗字を背負っている女性を見たことがあるほどであった。


「……どうした? なんだか顔が引きつっているが……」


 いや、別に結婚する気がないだけだし――兄のツッコミにそう心の中で言い訳しながら、ジェニーは続けた。


「とにかく、この国は駄目や! 駄目の駄目駄目! そうやな、そこはお兄様の言う通りや」

「それじゃあ、お前は……それを指をくわえて見ているというのか?」

「…………」


 ここは黙っておくことにした。自らの内に秘めた決意は、やすやすと語るべきではない――不言実行、結果でしか人は誠実な想いを示せない。言葉なんて羽のように軽い。ジェニファー・F・キングスフィールドはそう考えていた。


 しかし、兄の方も黙ってしまった。別に、こちらの返答を待っている訳ではあるまい。同じ血を分けた兄妹なのだ。同じような信念を抱いていたって不思議ではなかった。


「……明後日に、巨大輝石が運ばれてくる。私たちの計画に変わりは無い。奪取するつもりだ」

「ふぅん……その大義、とやらのために?」

「あぁ、そうだ」


 その言葉には、迷いが無かった。力強い返答だった。


「そっか……分かった。でも、これだけは聞いてイイか?」

「うん? なんだ?」

「お兄様の行動は、この国の未来のため……なんよね?」

「あぁ……お前の言う通り、私はもはやただの強盗……きっと、地獄に落ちるだろう。それでも、この世を少しでも良くできるのならば……私は、地獄に落ちることもいとわない」

「……そうか」


 それを聞いて、旧貴族の元令嬢は半分は安心した。ただ、その日のパンを求めて、兄は邪道に落ちた訳ではないのだと。


 そしてジェニファー・F・キングスフィールドは、満月に背を向けてつぶやく。


「所で、ジェームズ・ホリディ……いえ、歩く火薬庫【ミスターファイアーアームズ】。貴方の首にどれ程の価値があるか、ご存知ですか?」

「……いや、自分のことにはあまり興味が無くってね」

「そうでしょうね……貴方、十万ですよ。下手な強盗のアガリの、何回分でしょうね?」

「…………」

「安心して。今回の件で卑怯なことはしない。決着は、しかるべき舞台で……ね」


 言い残し、振り返らず、ジェニーは岩場を下りていく。引き止める声は無く、その代わりに再び抒情的なメロディーが奏でられ始めた。


 下まで降りると、褐色の従者が待っていた。


「ブッカー」

「……心の内は、決まったんですかい?」

「えぇ……いや、ちょっと違うな。私はまだ揺らいでいる。何が正しくて、何が間違っているのか・いや、何が信じるべきもので、何と戦うべきなのか……今まで、自分の夢が正しいと、我武者羅に走ってきた。でも、大切なことを見落としていたような気もする……」


 だが、延々と自問自答してもその答えは得られそうにない。だから――。


「ブッカー、行くよ。きっとこの答えを得るには、行動するしかない」


 二人が去った後には、ただ美しい満月と、離別を惜しむようなハーモニカの音だけが残った。


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