第5話 風と共にまた来ぬ 中
5-1
駅周辺での聞き込みにより、ガラの悪い、品性の無い男たちが、時折物資を買い込みに来るとのことであった。絶対の当たりという確証はまだ無いが、どうやら何かしらの賞金首がこの辺りに居を構えているのは間違いなさそうだ。
山道をしばらく登っていくと、先行していたブッカー・フリーマンが、唐突に立ち止まった。
「……違和感があるな」
そう言いながら、男は雑木林の続く道の脇の方へと歩いて行き、しゃがみこんだ。
「こっちに、人が通った形跡がありやすぜ。奴らも馬鹿じゃないんだったら、往来には居を構えないでしょうさ」
その通りであろう、そしてブッカーの慧眼を証明するように、茂る草をかき分けて進んだ先には、また小さな道が現れた。
警戒しながら獣道をしばらく辿っていくと、遠くに一人、うろうろと、無警戒で無意味な歩哨が居た。錬度の高くない、下っ端であろう。
青年は歩哨の背後から、ぎりぎりでばれない範囲まで忍びよった。
「……? もがっ!?」
布で口を封じ、そのまま体に紐を巻き付け、隠れた岩陰に静かに引き寄せる。それを見てジェニファーが、イヤに納得したような顔で――半分嫌味だろうが――青年の方を見ている。
「……成程。雑魚にはものっそい有用な能力ですわね」
「あぁ、よく言われるよ……さぁ、後はそっちの仕事だぞ?」
青年に言われるとジェニファーは頷き、スリットから銃を抜き出し、汚いオッサンの額にその口を突きつけた。
「騒いだらどうなるか……お分かりですよね?」
男が慌てた表情でコクコクと頷くのを確認して、青年は口の戒めを解いた。
「貴方が素直に、正直にお話してくれるのならば、命までは取りません。もっとも、しばらくはここで寝ていてもらいますが……さて、貴方達は、果たして何者ですか?」
「……へっ、そう簡単に言える物かよ。そうだ、撃てるもんなら撃って見やがれ。そうすりゃ、すぐにでも増援が……」
「……」
ジェニーは微笑を浮かべている。その笑みに寒いものでも走ったのか、男は再び慌てだした。
「ま、待て! は、はな……」
「声が大きい」
「は、話す、話すから……俺たちは、アンブッシュ・ゲリラだよ……」
「……やはりね」
ジェニーの表情が、やや哀しげに引き締まる。
アンブッシュ・ゲリラ。青年も聞いたことはあった。元南部出身者による反北部勢力、ギャングである。
彼らは国民戦争時に組織され、終戦のころにはほとんど壊滅していたはずなのだが、残党が今でも活躍しているらしい。当然、北軍はゲリラの討伐には熱心に取り組んでいるし、懸賞金もかけている。それでもせん滅できないのは、やはり西部や南部に、北部を良く思わない連中、つまり彼らの協力者がいるからだ。
しかし、コイツが本当のことを言っている確証もない。恐らく、アンブッシュ・ゲリラが一枚かんでいるのは間違いないのだろうが、むしろ即席で組んでいるゲリラの名を出して、自分の素姓は隠しているのかもしれない。
「おい、キングスフィールド」
青年が声をかけるが、ジェニーもそんなことは予想しているのだろう、少し振り向いて頷き返し、すぐに男の方へと向き直った。
「それで、貴方達だけなのかしら? 他にも、手を組んでいる相手がいるんじゃないの?」
「……いいや、俺達だけだ」
「そう、それならそれでいいわ。あと一つ、貴方達のアジトはどこ?」
「この先にある、先住民の遺跡だ。道なりに行けば、辿り着くはず」
「……本当でしょうね?」
言いながら、ジェニーは男の額に更に銃を押し込んだ。
「ほ、本当だ! この先に行ってみりゃ分かる! 他にも見張りがいるから……」
「……わかりました、それは信じましょう。さ、アークライトさん、後は好きしてくださいな」
ジェニーは銃をホルスターに収め、優雅な足取りで横たわっている男から離れていく。しかし、こんな汚いオッサンを好きにしろと言われても、嬉しくもなんともない。青年はそう思った。
「……あ? なんだ、目的とか、人数とか、聞かねぇのか?」
「聞いたところで無駄でしょう? 貴方が十人と言ったところで二十人いるかもしれない。ここに関して、貴方が本当のことを言う必要性なんてありませんし……それに、あなた方の目的なんて興味も無いです。どうせ下らない理由に決まっているから」
女はつまらなそうに男の方へと向き直って一瞥し、そして離れて潜んでいるネイとブッカーの方へと行ってしまった。
「さて、好きにしろって言われてるんだが……?」
青年はボビンを取り出し、ニヤつきながら男の脂ぎった顔を覗きこんだ。
「ま、待て待て!? さっき、命までは取らないって……!?」
「いやぁ、それはあの性悪女が言ったことだからなぁ……」
「い、いやぁ! 助け……むぐむっ!?」
当然、命を取る気など無いし、騒がれては面倒だ。青年は再び男の口に猿轡をし、そして男の傍に近寄って、その服に触れた。男の服は変形し、そのまま拘束具のような形になり、手足がまったく動かせないようにした。
「……今までもこうやっときゃ、紐代も浮いてたんだよなぁ。ま、いいか。そんじゃあな」
男の哀しそうな顔に極上の笑顔を返して、青年は三人のいる方へと戻った。
「それで? 嫌な言い方にはなるが、奴らに関してはお宅らの方が詳しいだろう?」
合流するなり、青年はジェニーに質問した。なにせ、賞金稼ぎとしても腕利き、情報収集もしっかりしていて、更に南部出身者。自身より余程詳しいに違いない。
「えぇ……私の持っている最新の情報ですと、アンブッシュ・ゲリラは五名程。少数ですが、精鋭ぞろいと聞きます。勿論、他にも居るのは間違いないでしょうけれど……しかし、ゲリラだけでも強敵です。私達だけで先走らずに良かったですわ」
「しかし、やはりね、と言ったんだ。他の目星も付いてるんじゃないか?」
「はい。アンブッシュ・ゲリラならば、あんな風に簡単に捕まったりはしないでしょう。恐らくは、ホワイト・レイブンズが絡んでいます。部下は有象無象ですが、大将のクェンティ・バーロウが腕利き、しかも光り物大好きです」
「成程な……つまり、北部に恨みのある南軍の生き残りと、巨大輝石がお目当ての鴉が手を組んだってことか」
「断定はできませんがね。それに、貴方の言う……」
「フランク・ダゲットだな」
「そうそう、その方。厄介なのはアンブッシュ・ゲリラと
「了解っと……それじゃ、行きます……」
青年は、ふとネイの方を見た。なんだか少しふてくされた表情をしている。
「……おい、ネイ。どうした?」
「あん? ……別に、なんでもねーよ」
そしてぷい、とそっぽを向いてしまった。それを見たブッカーが少し笑った。
「いやぁ、お前さんとお嬢だけで、話がとんとんと進んでいるからよ。俺たちぁ蚊帳の外かって、なぁ?」
「な、ちげーよ!? 別に、そんなんじゃねーし……」
しかし、如何にもバツの悪そうな表情は、それこそ図星ですと白状しているようなものだった。成程、話についてこれなくて拗ねていたらしい。
「いやぁ、めんごめんご……それで、何か異論はありますか、お嬢さん?」
「……特にねーけど、おいお前、敵の情報は知ってるんだろ? そんなら、話しておいてくれよ」
青年の声は袖にして、ネイはジェニーに向かって質問した。
「えぇ、それでは歩きながら……アークライトさん、先行していただけますか?」
それは言うまでも無く、青年もそうしようと思っていたところであった。下手に大きな音を出せば、一気に囲まれかねない。青年の武器の長所は、音も無く相手を捕えることにある――つまり、こういう作戦は向いているのだ。
「了解。お前さんは、俺の後ろでネイに向かって説明しててくれ。それで、俺も聞いておくから」
「はい、しんがりはブッカー、貴方に任せます。警戒も怠らないようにね」
「へい、お嬢」
すぐそばに、歩哨の居た道が続いているが、奴らが使う道を通るのは狙ってくれと言わんばかりの愚行になる。青年は道を少し迂回し、白い岩影を使い、ジェニーとネイの話す声を背中に受けながら、ゆっくりと進んで行く。
「白鴉のバーロウは、念動力の使い手と言われています」
「ねんどーりょく? 粘土がなんだ? こねるのか?」
「ふふっ……クレイではなく、サイコキネシスです。物体に触らずに、物を動かす能力ですね」
「なんだ、それ……というか、めちゃんこ強くないか?」
「えぇ、だから強力な賞金首です。賞金額は七万ですね」
成程、自分には太刀打ちできそうもない相手だ。青年は哀しくなった。
「しかし、意思のあるものは動かせないようなので、我々の動きを直接封じる、のようなことはできないようです。そう考えれば、まだ対応のやり様もありますね」
「なるほど……んで? あとはアンブ……なんだっけ?」
「アンブッシュ・ゲリラですね」
「そうそう、それそれ。んで? そいつらはどんな能力を使うんだ?」
「そうですね……メンバーの入れ替わりも激しいようで、絶対にこの能力者が居る、という風には断定できないんですよ。ですが……現在の棟梁と言われている、ジェームズ・ホリディの能力は、分かっています」
「ほう、それでそいつは、どんな奴なんだよ?」
「それは……」
最後の一言は、なんだか力が籠っていなかった。
そしてその先を聞く前に、ちょうど少し拓けた場所に出た。見ると、岩場を切り崩して作ったのであろう、先住民の集落がある。勿論、今そこにいるのは先住民ではない。岩に隠れて覗き見ると、ならず者が二名ほど、その手に銃を持ち、辺りを徘徊している。青年は振り向き、ジェニファーの意向を問う事にした。
「さぁって、どうするよ?」
「強行突破しますか?」
女の顔には、凄くイイ笑顔が浮かんでいた。
「……意外と過激だったんだな、お嬢様」
「冗談です。そうですね……少し離れて時を待ち、夜襲をかけますか。貴方の能力を使えば、少しずつ無力化できそうですし」
「そうだな、賛成だ。それじゃあ……」
「……その必要は無い」
背中に浴びせられた冷たい男の声に反応し、青年はエーテルシリンダーを起動させ振り返る。空を薙ぎ、文様の赤く光る刀身のボウイ・ナイフが喉元を目掛けて飛んで――まさしく、飛んできたのだ。それを間一髪、強化した袖でガードするが、その力は投げられたものではない。明らかに、誰かが押し込んでいる。
「……奇怪な能力を使う」
ナイフの上から声が聞こえる。そこには、何もない――いや、眼を凝らして見ると、空気がやや歪んで見える。つまり、こいつの能力は――。
「ふん!」
「ぐぇっ!?」
潰れたヒキガエルのような声は、青年の口から出た物ではない。ブッカーが手に持っていたギターケースで、思いっきり透明人間をぶん殴ったのだ。見れば、ケースには赤く文様が浮き出て、蒸気が噴出している――つまり、ブッカー・フリーマンの武器はこれだったのだ。
「……まぁ、多勢に無勢だったよな」
そう言いながら、青年は下を見た。するとそこには、全裸の男が尻を天に向けて倒れている。成程、服までは透明に出来ないという事だったらしい。
そんなことを考えているのも束の間、すぐに銃声が鳴り響いた。隠れていた岩の肌が、銃弾によって削り取られる。
「……あそこだ!」
どうやら、侵入していたことは感づかれてしまっていたようであった。
「やっぱり、強行突破しかありませんわね!?」
そう言いながら、ジェニーがスリットから銃を抜く。
「おぅ、分かりやすいのは嫌いじゃねーぞ!」
続いて、ネイも拳銃をポンチョの下から取り出した。背中にしょってる立派な棒は、使う気が無いようであった。
「え、君は狙撃の腕もいいし、岩場で援護でも……」
「いいえ、南部式銃型演武の神髄は近接戦闘にこそあります。私たちのポテンシャルは、敵陣のど真ん中でこそ、ですわ」
「そういうこった! さ、行くぞ!」
笑いながら、二人の女が斜面を駆けおりていく。どうやら二人とも、こういう方が好きらしかった。
「……撃たれないのが一番じゃないのか?」
「ま、俺もそう思うが……血の気の多いお年頃なんだろうさ。お互いに、苦労するな?」
一言残し、ブッカーは自らの主君の後に続く。
「ちょ、待っておいてかないでー!」
間抜けな声を出しながら、青年も少女の後に続いた。
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