5-2




 皆足が速い。青年は遠目に戦っている三人を見るしかなかった。


 ネイは四人程に囲まれているが、そんなことは気にならないとでもいうのか、華麗に舞って弾丸を避けている。後ろに目はついて無いとは本人の言葉だったはずだが、彼女の場合はついているんじゃないだろうか、見事に後ろからの射撃もかわし、むしろ敵がの方がフレンドリィ・ファイアで倒れていた。


「てめーらの下手な射撃じゃ、返ってあぶねーな!?」


 吠えた直後、一発分の銃声で、三人の男が手から武器を弾かれた。困惑する男たち、だがその一瞬の隙で、ライフルの包みが一閃される。どうやら、あのライフルはトドメの打撃用らしい。男たちは大きく横に飛ばされて、岩の壁に激突して動かなくなった。ピクピク動いてるので、死んではいない。


 次いで、ジェニファー。彼女はネイの方を見て、なんだかぼんやりとしている。


「……あのリボルバー、まさか?」


 だが正面には敵が一体、二体、三体と現れると、すぐに表情を引き締める。一発、二発、三発と銃声が聞こえ、男たちの銃が宙を舞った。


「しかし……どうやれば、あんなファニングが出来るんや?」


 ジェニーは自らの銃を眺めながらなにやらぼやいている。なんだか、南部なまりが聞こえた気もする。

 しかし、ネイ程の早撃ちがそうそうできる訳が無いのだから、あんまり気にしなくていいと思う。青年はそう思った――瞬間だった。


「おい、後ろ!?」


 ネッドがジェニーに向かって叫ぶ。こっそりと後ろから忍び寄っていた男が、後ろで銃を構えているのが見えた。


「そんなの、とっくに気付いてますわ!」


 ジェニーが思いっきり地面を踏み抜くと、彼女の後ろに土の壁が出来る。凶弾は、その壁に阻まれた。そしてその壁が崩れたと思った直後、銃声が鳴り響く。後ろから狙っていた男の肩から赤いものが流れ出し、その場にうずくまった。


 そして、最後はブッカーである。彼には青年のような防具も、ネイとジェニファーのような回避技も無いはずだ。その彼が、飛び交う銃弾の中をどう立ちまわるのか――いや、見事に立ちまわっている。


 何と言うか、動きがありえない。普通に走れば慣性や筋肉の動きから、あんな急ターンや跳躍など出来ないはずだ。しかも凄まじく早く、ジャンプ力も高い。かなりの身体能力の強化に加えて、物理法則を無視したように動き回っている――いや、彼が言っていたことは本当だったのだ。


「オレは自身に関して慣性を無視して意のままに動くことが出来る……これが武装術式、奇天烈進行法【アクロバット・バットランズ】!」


 あんな激しい動きをしながら説明したら、舌を噛みそうだな、青年はそう思った。しかし、アクロバットの名は伊達では無いらしい、ダイナミックな動きと集落の複雑な地形で、見事に敵の銃弾をかわしていた。

 だが、武器はどうする気だ――そう思った瞬間、青年はあることに気付いた。ブッカーの動きは大きいが、決して無駄なものではない。無頼漢達が数名、気付けば一ヶ所に集まりつつあった。ブッカーに誘導されていたのだ。


 サングラスの男の口元が緩む。同時に、持っていたギターケースの底の部分を男たちに向けた。見れば、底に穴が空いていて――そして、ギターケースを肩に乗せ、衝撃に備えているのか、姿勢を低くして足を広げていた。物理法則無視するならあんなポーズをとる必要性は一切ないはずなのだが、要はカッコつけなのだろう。


「お嬢!」

「えぇ!」


 ブッカーがケースの取っ手を引くと、底の口から筒状の何かが飛び出し――。


「だ、ダイナマイトぉ!?」


 青年は思わずびっくりして叫んでしまった。つまり、あの中にはギターの代わりにダイナマイトが詰め込んであるという事だ。


 ジェニファーがリボルバーを発破に向け、引き金が引く。その銃弾は見事に命中し、空中でダイナマイトが炸裂した。山中に轟音が響き渡り、一点に集まっていた男たちはその衝撃で吹き飛ばされ、倒れた。


 だが、まだ敵は残っている。ブッカーは撃たれた弾丸をギターケースで受け止め、そのままケースの首の部分を残党の方へと向けた。激しい音とともに黒い箱から硝煙が漂い、その後辺りは静寂に包まれた。


「底からはダイナマイト、首はショットガン……どうなってんだ、そのケース?」


 やっと追いついた青年が、褐色の男に声を掛けた。


「……知りたいかい?」


 笑いながら、ブッカーはケースを開けた。首と底の部分は何やら複雑な機構になっているが、それだけではない。中央部には拳銃やらナイフやら何やら、いろんな武器が入っている。


「……奏でるのはギターじゃなくって、死のメロディってか?」

「お前、なかなか面白いことを言うじゃないか。まぁ、これが鈍器にも盾にもなり、銃器にもなるオレの相棒、トリロジーだぜ」


 辺りが静まり返ったのと同時に、ブッカーはケースをぐるんと振りまわし、背中に担いだ。後に残るのは死屍累々――いや、皆ぴくぴくしている。西部を生きる無頼漢達の生命力にはまったく脱帽である。


「……俺が出るまでも無かったな!」

「まぁ、そういうことにしといてやるよ……」


 背中に、ネイの呆れ声がぶつかってきた。


「で、お嬢様。倒した奴らの中に、大物はいるのかい?」

「少々お待ちを……えぇっと……」


 すぐさまジェニーの傍にブッカーが駆けより、一冊の帳簿を渡した。ジェニーはそれをぱらぱらとめくりながら、近くに倒れているオッサンの傍に歩み寄ろうとする――その男は急激に体を起こし、拳を突き出してきた。丁度ジェニーにアッパーカットを喰らわせるような形だ。


「あ、あぶな……!? 貴方、意識があって……?」


 間一髪でかわしたものの、奇襲だったせいかジェニーも結構慌てているらしい。しかし青年から見ても、男に意識があるようには見えない。眼は閉じられていているし、体にはまったく力が入っていないようで、だらんとしている。

 だが、そんな風に観察していると、唐突に男の体が跳躍した。というより浮いた、というほうが正確なのだろう、青空と岩の屋根を背景に、一人のオッサンが空中浮遊している。

 なんだか楽しそうで間抜けな光景だ――すぐにその考えは打ち消された。浮いているオッサンは一人では無く、次第に二人、三人と増えていき、最終的には倒したはずの約二十名のオッサン達が、白い岩を背景に、青い空を遊泳し始めた。


「な、なんじゃ、ありゃ……」

「し、しまった!? これが、向こうの策だったんか!?」


 呆然とする青年の横で、ジェニーが叫んだ。慌ててしまっているせいか、またまたお嬢様言葉が崩れて、南部なまりが出ている。


「あはははは! そうよ、これがアタイの作戦よ!」


 甲高いのか野太いのか、よく分からない声が辺りに響き渡る。声のする方を見ると、なんだか丸い物体が集落のさらに上の岩場の上に居る。遠くて青年からはよく見えないのだが、どうやら毛皮のマントで身を覆った、かなり太った人間らしい。それでも陽の光を跳ね返し、ぎらぎら光る宝石が体中のいたるところに着いているのは見て取れた。


「紹介が遅れたわね――アタイは、白鴉ホワイトレイヴンズのクェンティ・バーロウ。見ての通り、オカマよ」

「いや、見ての通りって……ボールか何かにしか見えないんだが……」


 隣で、ネイがぽつりと言った。この子は素で人に喧嘩を売る癖がある。きっと悪気も無いのだろう。そもそもボールにしか見えないアイツが悪いのだ。青年はそう思った。


「そして、よくもアタシの可愛い部下たちをコテンパンにのしてくれたわね……礼を、いえ、許せないわね!」


 その一声で、都合二十人の空飛ぶオッサン達が、一斉にこちらに銃口を向けてきた。


「……はっ?」

「アタイの能力、聞いていないの? それならば、教えてあげるわそ……の身にねッ!」


 そして、銃弾の雨が降り始める。狙いは甘いようで、簡単に当たりはしないのだが、だがそのノーコン具合が返って怖い。何より、上からはマズイ。強化できる繊維が青年の頭上に無いのでガードできない。こんなことなら帽子でも被っておくべきだったのだが――などど考えている内に、一発が髪を掠めた。


「う、うぉおおおお!?」


 とにかく色々と考えている暇などない。青年は近くの住居跡へと駆けこんだ。流石の南部式銃型演武使いも、アレだけの数を相手にするのは想定外だったらしい、ジェニーが青年の後から飛び込んできた。白壁の住居の中は、岩を切り崩した机の上に、先ほどまで奴らがここにいたのだろう、食糧やカードが散乱している。近くの窓から外を見ると、ネイとブッカーは別の住居に逃げ込んだのが確認できた。


「これがアタシの武装術式! 饗宴舞踏祭【ダンスマカブル】よ! うぇーはっはっはっは!」


 変な笑いが、岩の住居群に響き渡った。


「……意識がある奴は、動かせないんじゃなかったのか?」

「えぇ、だから向こうの作戦通りだったんですよ。意識の落ちた部下を、己の意のままに動かす……もっとも、二十名を一気に動かすだなんて、相当な力がいるはずです。賞金額七万ボルは、伊達では無いと言う事なのでしょう」

「成程な……しかも空を飛ばれちゃ、厄介この上ないぜ」

「えぇ……仕方ありません。賞金は下がりますが、部下たちは殺して……」


 中折れ式のリボルバーを再装填しながら、冷静にジェニーが言った。


「いや、それは駄目だ」

「……どうして? 貴方は別口から賞金が出るのでしょう? それならば……」

「そういう問題じゃないんだ。それは、あの子が望まないからさ」


 今、きっと同じようなやり取りを、向こうでもやっているのだろう。


「それに、アイツの能力はサイコキネシスだろ? 仮に死体になったって、動かすだろうさ」

「それは、そうですが……ダイナマイトで粉微塵にすれば……」

「だぁあああ! どうして発想がそう怖いんだよ、お前は! ならず者だってミジンコだって生きてるんだよ!」

「はぁ……それじゃあ貴方は明日から牛肉は食べないことですね」

「それとこれとは話が別ぅ! ステーキが食えなくなったら……おわっ!?」


 会話をしていると、窓から気絶してふよふよ浮いているオッサンが、銃口を向けているのに気付いた。


「……くそっ!」


 コートを強化し、凶弾を防ぎ、そして窓の部分に帯を張り、防弾窓を作る。そして一息、青年は可能な限り真面目な表情を作り、ジェニファー・F・キングスフィールドに向き直った。


「とにかく、頼む。俺の我儘だってのは分かってる。だけど、誰一人殺すこと無く、この場を切り抜けたいんだ」

「……甘いですわね。そんなことだから、ジーン・マクダウェルにも逃げられるんじゃなくって?」

「……あぁ、そうかもしれないな。そうだったら、良かったのにな」


 言われた瞬間に、あの日の光景を思い出す。探していた仲間に引き金を引かなければならなかった少女。そして、自らの手で友を送り届けなければならなかった、あの小さな背中が、哀しくって――。


「貴方…………そう、それなら一つ条件があります」


 青年の態度に、何か感じる所があったのか、ジェニーは少し穏やかな表情になって、青年に声を掛けてきた。


「……条件?」

「えぇ、条件です……これが終わったらで構いません。嘘偽りなく、色々と話がしたいのです」

「いや、嘘偽りなくだなんて……」

「……ジーン・マクダウェルの件と、ネイさんの能力の件、嘘ですよね?」

「まぁ、ばれているとは思っていたが……だが、お前さんだって色々隠してるだろ?」

「賞金稼ぎがベラベラ喋らないのは当たり前です。もっとも……」


 ジェニーは息を吸い込み、そして笑顔になった。


「人として信頼できそうで、相手に興味があれば、その限りではありません」


 それはいつもの無駄にお上品な感じではなく、真摯に人と向き合おとする、そんな態度に感じられた。なんだか初めて、ジェニファー・F・キングスフィールドの根っこの部分が垣間見えた気がした。


「……俺のことなら、いくらでも話せるんだがな」

「あら、私、貴方には興味はございませんもの」


 そういう笑顔は、いつもの人を小馬鹿にした様な物に戻っていた。


「ぐぇっ……まぁ、そんなこったろうと思ったけどよ。だけど、俺だけの話じゃないんだ。ネイが納得するって言うなら……」

「それを説得するのが、貴方の役目。そうでしょう?」

「はぁ……いや、そうだな。そうかもな」


 別段、相手を生け捕りにしたい、というのは青年の信条ではない。そう考えると少女の関係ない所でこんな風にやることを決めて、勝手に素姓を話す算段をつけているというのも、なんとも勝手な話には感じられた。

 だが、こいつなら信用できるんじゃないか。もしかしたら、彼女の能力だって受け入れてくれるかもしれない――そう思うと、青年の心は決まった。


「まぁ、善処はするさ」

「はい、よしなに。それで? 何か策はあるんですか?」

「たった一つの、シンプルで冴えた方法があるぞ」

「……それ、やるのは難しいってヤツでしょう?」

「良く分かったな。お前天才か?」

「えぇ、よく言われます……って、このぉ!」


 ジェニーは気合の入った一言と共に、石の机に手を当てた。するとその机は形を変えてやや細長くなり、どんどん伸びて、開けはなれたままだった玄関の所に浮いていたならず者を吹き飛ばした。


 成程、これは使えそうである。


「ふぅ……それで、貴方の計画はアレでしょう? 操っている本願を倒せばってヤツでしょう? でも、あんな岩場の上に居るのです。それを周りから襲撃されながら、どうやって登るつもりです?」

「いや、今のを見て閃いたぜ……上には、俺が行く。道は、アンタが切り拓いてくれ」

「……はぁ?」


 お嬢様が、ちょっと間抜けな面になっている。青年はなんだか少し気味が良かった。


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