2-3
「いやぁ、苦労しましたよ……何せ、暴走体の子供まで居たんですからね!」
再び役場の応接間で、ネッドとネイが保安官のデュポスと向かい合って座っている。なんとか昼前にストーンルックに辿り着き、二人とも心身ともに疲れ切ってっいたのだが、先に依頼を終わらせようという事になった。今にも落ちそうな
ちなみにネイの方は、フードを被りながらうつらうつらとしている。きっと、はやくおわらねーかな、とか考えているに違いなかった。
「は、はぁ……すいません。ただ、それは、私達も知らなかったことでして……」
青年の演説に対して、デュポスは額に汗を浮かべながら聞いていた。それもそのはず、色々と難癖をつけられて、多大な報酬をねだってくると予想しているのだろうから。
しかし、これは青年の演技だ。後に本命を引き出すために、わざと大仰にやっているのだ。
「えぇ、えぇ、そうでしょうとも……しかし、そのせいで俺たちは大変な窮地に立たされましてですね!? まぁ、何とかしましたけどね! いやぁ、見せたかったなぁ、俺達の活躍を!」
青年は全然役に立っていなかったのだが、だんだんこの芝居がかった口調が楽しくなってきて、つい尾びれに背びれをつけてしまった。成程、眼の前の保安官がついつい能弁になってしまったのも、頷けるというものだった。
「なので、報酬三千ボルは当然頂くとして……それでは、少し割に合わない訳ですよ!」
そこで、ネイははっとして、ネッドの方に向き直った。しかし、そのリアクションは想定済みである。青年はリボンを取り出し、電流を流す。
「ちょ、おま……!? むぐっ!?」
そして、それを
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です。この子、布の味が好きなだけなのです」
少し適当が過ぎたかな、とも思ったが、眠い頭では碌に上手い表現も思い浮かばなかったのだから仕方がない。少女は余計に怒りを増したようだが、青年はそれを手で制止し、まぁ任せろ、というつもりでウィンクを一つしてみた。それがあまりに気持ち悪かったのか、少女は引いた顔をして暴れるのをやめてくれた。青年はなんだかちょっと傷ついたが、結果はオーライである。
「とにかくですね、せめて壊された馬車と、逃げられた馬くらいは弁償していただきたい訳ですよ……それくらいは、すぐに用意できるでしょう?」
「あ、はぁ……それだけで、いいので?」
「あのですね、遺品なんかもらって、それを売りさばくのだって心が痛みますでしょ? だから、追加分はいりません。ただ、苦労した分、馬だけはどうにかしていただきたい……まぁ、悪い話ではないでしょう」
「えぇ、分かりました……本来ならば、一万以上の案件を、三千でやっていただいたのです。村で一番よい馬を手配しましょう。しかし……」
やられた家畜の中に、当然馬だって居ただろう。この村にそんなに馬がいないのは、想像に難くない。
「はい、分かっておりますよ。一頭で十分です……あぁ、それと、寝泊まり出来る場所が欲しいのですが」
「はい? まぁ、それは構いませんが……図らずとも、空き家はいくつかありますからね。しかし、何故ですか?」
「えぇ、しばらく滞在しようと思いましてね。この辺りは、良い場所ですから」
その一言を聞いて、静かになっていた少女は、ぎょっとした顔に変わった。
「おい!? どういうことだよ!?」
案内された空き家に入った途端、少女が青年に対して大声をぶつけてきた。声の調子は、怒りと疑問、まさに半々という調子であった。
「どういうことって、どういうことだ?」
勿論、青年は少女の疑問は全て分かっているつもりだ。だが、敢えてすっとぼけて、少女自らに言わせてみることにした。
「まず、報酬の件! 分かってると思ったからわざわざ言わなかったけど、アタシは受け取るつもりはなかったんだぞ!?」
「うん、そうだよねぇ。知ってる知ってる」
しかし、なんとも疲れがたまっているので、青年はさっさと寝てしまいたかった。とりあえず肩の荷を下ろそうと、青年はダスターコートを脱いで近くの椅子にかけて、そのままその椅子に深く腰掛けた。一方少女は立ちんぼのままだった。
「知ってるんなら、お前どうして……」
そこで、青年は努めて真面目になり、少女の目をじっと見た。いきなり真剣になられたので、少女の方は多少うろたえている。
「あのな? 世の中、タダほど高いものは無いんだ。変に情けをかけて美味しい汁を吸わせると、人間はそれに甘えるようになるんだよ。今回は、優しい君にこの村は救われて、それで万歳だったかもしれない。でも、次に同じようなことが起こったらどうする? 以前は上手くいってしまった経験があれば、この村の連中はまた安い報酬で、救ってくれるヒーローを待つことになって……君は毎度毎度、誰かの危機を救えるのか? そこに責任を持てるのか? 敢えてハッキリ言おう。君のやろうとしたことは、誰かを増長させるだけだ」
ここまで、やや早口でまくしたてた。その甲斐あってか、少女は委縮しているようだ。そう、この子は人の話を真面目に聞く子だし、真面目に
「……もし、誰かと対等にいたいんだったら、そういう所はキッチリとするべきなんだよ。だから、これは責任を持って、君が受け取りなさい」
そう言って座ったまま、青年は少女の方に紙幣の束を差し出した。少女は左の手でそれを一瞬受け取ろうとしたが、やはり紙幣のくたびれ具合に村人たちの苦労を感じとってしまったのか、手を引っ込めてしまった。
「……アタシの疑問はそれだけじゃねーぞ。まぁ、馬の件は理解できる。だけど、後はこれだ」
言いながら、少女は人差し指で木製の床を指した。
「お前、しばらく滞在ってどういうつもりだ? お前が滞在するっつっても、アタシは……」
「まぁ、ちょっと待ちたまえよ……俺だって鬼じゃない。この村が大変な状況なことも知ってる。それでも、依頼は依頼だからな。そこはさっき言った通りさ……でも、三千なんか
「……? どういうことだ?」
少女の怒りは収まり、純粋な疑問の表情に変わった。
「まぁ、ちょっと聞いてくれ。暴走体が現れる場所には、近辺に輝石の鉱脈があるって話を聞いたことがあるんだ。昔聞いた時には、オカルト話の一つかな、程度に思ってたんだが……昨日、実際に見て確信に変わったんだ。だって、暴走体のサソリの甲殻、アレは……」
「確かに、輝石の色に似てるな……あの頑丈さも、輝石が何かしら影響してるんだったら、納得もいく」
「そ、つまり……この村はかつて銀で潤ったのと同等に、いや、それ以上に稼ぐチャンスがあるってことさ」
「な、成程! それじゃあ鉱脈を見つければ、この村も元気になるってことだな!?」
それを聞いて、少女の顔が明るくなる。まったく、どこまでお人好しなのだろうか――しかし青年は、この子のこういう所が気に入ってることに、今更ながらに気付いた。
「……うん? どうしたんだよ、にやついて……あ、また何か悪いことでも企んでるんじゃないだろうな? それこそ、鉱脈を見つけて一人占めしようとか?」
「いやいや、俺は根っからの風来坊でね。お金は好きだが、大金は邪魔なだけだよ。それに、一人で持ち運べる量なんてたかが知れてるだろうし、何より地味な仕事は面倒だ。本格的に採掘すらなら、ここに本気で腰を落ち着けて、それこそ今のご時世なら鉄道も引かないとだからな。そんな時間のかかることやってられないね。見つけたら、一回に持てる分だけいただいて、後は素直に村に報告するさ」
とはいえ、一回に持てる分でも相当な収支になるはずである。勿論、タダほど高いものは無いとは自身の言葉なのだから、報酬はきちんといただくつもりでもあった。だがこれならば、自分も儲かり、少女も気兼ねなく三千ボルを受け取ることができ、村も再興されるという、皆にとっておいしいアイディアなはずだ。
「そっか……うん、そうだよ。なんとなくお前、その日暮らしが似合ってるもんな」
「……それって、褒めてんの?」
「いいや、素直な感想だよ。腰を落ち着けてって感じ、全然しねーって、それだけだ」
「あ、さいですか……」
青年はなんだか、体中の力がどっと抜けた感じがした。しかし、これで少女の方も納得してくれただろう。あともう少し話をして、今後の行動の方針を建てれば、とりあえず今日はゆっくりと休むことが出来る。そう思い、青年は最後のひと押しのため、口を開いた。
「それで、鉱脈を探すのに、一人じゃ暇だし、大変だし、何よりまだ何か潜んでるとも限らないから……つよーい用心棒が居たら、心強いんだけどなー」
そしてネイの方をちら、と見る。そこには、既に心得ているという笑顔が待っていた。
「ちっ……しかたねーな。そういうことなら、アタシも協力してやるよ。ただまぁ、本当にあるかも分からないんだ。だから見つかり次第、アタシはお前の握っている三千を受け取ることにする。それでいいな?」
少女にとっては鉱脈を探す仕事は、完全なエキストラなはずだ。サービス残業をさせるのも心苦しいが、青年の狙いは何も金を渡すだけではない。この、僅かに引き延ばされた少女と共に過ごす時間で、もう少し世間を生きやすくなるように、色々と教えられたら、それはそれで価値があることだろう。
だけど、人に何かを教えるなどと、自分が偉くなった訳ではない。さりげなく、少女を成長させられたら、それでいいのだ。下手に恩を着せるような形にはしたくない。なので、青年はわざと大きなため息をついて見せた。
「ふぅ……君は頑固者だな。まぁ、分かった。それならそうしよう。さぁ、とにかく今日は寝ようぜ? もうくたくただよ。捜索は、明日からでいいだろ?」
むしろ、明後日からにしたい位である。それくらいに、青年は疲れていた。だが、不思議と嫌な疲労感ではなかった。
「あぁ、そうだな……アタシも、いい加減眠いしな……ふぁ」
可愛らしい欠伸だった。だが少女の方も気が抜けて、もはや眠気を抑えることもできないのだろう。
「それじゃ、俺はこっちの居間で適当に寝てるから、奥の部屋を使ってくれ」
「わりーな。そんじゃ、お言葉に甘えるよ」
少女は自分の荷物を持って、奥の扉の方へと歩いて行く。考えれば、最初は同じ宿も嫌だと言っていたのに、大した進歩ではないか。きっと彼女は、誰かと距離が縮まるのが怖かったのだろう――そんな風に青年が考えていると、扉の開けたまま少女が振り返り、一言声をかけてきた。
「なぁ、お前……なんか、ありがとな」
一瞬、青年は事態が飲みこめなかった。眠い頭のせいもあったのだろう、青年が言葉を紡ぐ前に、先に少女がつけたした。
「でも、覗くんじゃねーぞ?」
そして、扉を閉められてしまった。
「覗くんじゃねーぞって……覗いて欲しいのかな?」
そう言った瞬間、扉が僅かに開き、じと、とした目と拳銃に見立てた人差し指とが、その奥に現れた。
「聞こえてるぞ……変なこと考えたら、ドカン! だからな!」
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まった。
「……考える自由くらい、あったっていいんじゃないか?」
そう小さくこぼした青年は、自身の顔がにやけているのに気づいた。だが、それも束の間、すぐに強烈な眠気に襲われ、そのまま机に突っ伏した。
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