第二章 白と灰の羽
プロローグ:思いのかけら
私は貴方に憧れていた。私にはないものを貴方は多く持っている。
黒く艶やかで光の加減によって七色に煌く髪の毛。きめが細かくて透き通るような肌。見るもの全てを虜にするような人の好さに愛嬌のある表情。聞く人の心を穏やかにさせるような声。
何よりも背中に存在する、絹のような触り心地でうっとりするほどの白さの羽。それらが相まって彼女はよく天使にも例えられていた。彼女は本当に、人間とは思えないほどの美貌を極めていたと思うし、私は本当に天から舞い降りてきた天使だと確信している。
しかし、どんなに手を伸ばしても天使に届くばかりか、その羽すらも手に入れられそうにない。憧れは天まで届けと願っている。願いはいつか通じると無邪気な頃には思っていた。でもそのまま願っているだけでは何も手に入らないと気づいてしまった。きっと大人になるというのはこういう事なんだろうと思う。
願うならばこちらに引き寄せる程の力を持たなくちゃいけない。そして動かなくちゃいけない。貪欲に、心の底から望んでいるのであればなおの事。私のようなものがただ口を開いて餌を待っていても、何も来ないばかりか飢え死にするのは道理であり、私から見えざる運命の糸を引き寄せねばならないんだ。
引き換えにしなければならないものもある。私のような何もない、平凡、いやそれ以下の人間が分不相応の物を手に入れようとするんだから、何かしらの代償を払わねばならない。万物に不変の定め。私にとってはそれは忌まわしい記憶。引き出しの奥の奥に封印したいものだけど、不意に何かの勢いで飛び出してくる。本当に、代償としては大きかった。
今の私は、すべての希望を叶えて何不自由なく生きている。不自由なく。後ろめたいことなんて何一つない。何一つ。そう、何もないんだ。
貴方のことはずっと覚えている。忘れようが無いし、忘れたくもないから。貴方が私の光であり、闇の中でもがいていた私を救い出してくれた。貴方は知らないだろうけど私は知っているし覚えているし、絶対に忘れない。たとえ脳が衰えてしまっても、体の一つ一つの細胞すべてに貴方の記憶を刻み込んで忘れないから。
……緋色と橙色が混じって交錯する光景が目前に見えている。熱が私の目の前にまで迫ってきていた。そこに動くものは何もいない。すべてが止まった世界。
ぼんやりとそれを見ながら、足は後ろに下がり続けている。ここにとどまっちゃいけないと本能的にわかっていた。遠ざかり、遠ざかり、何も知らないフリをしよう。何もわからないと嘘をつこう。爪を噛んで、うつろな瞳の演技をする。そうすれば何も知らない大人には絶対にわからないから。
こんな私にだからこそ、この世のすべては微笑んでくれる。そうでなくちゃならない。きっと、絶対に、絶対に。
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