3-32:教祖の下へ

 虎嶋を倒した後、石橋と希愛はエレベータへと向かった。

 虎島を倒したからと言って他の警備員や僧兵が出てくるわけでもなく、すんなり彼らは地下3Fのエレベータまでたどり着いた。

 ボタンを押し、エレベータが降りてくるのを待っていると、不意にお腹の鳴る音が響いた。石橋が希愛の方を見ると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。


「なんか凄い、お腹減っちゃった。なんでだろ」

「多分変身したからだろう。あれだけ体を大きくするんだ。体内の栄養を物凄く使うに違いない。少し待ってな」


 石橋は腰に提げているポーチから一つ、銀色の包装で包まれている物を取り出した。袋を開けると中からは黄色いブロック状のエネルギーバーみたいなものが出て来た。


「これを食べな」

「なにこれ?」

「高カロリー栄養食。今回の戦いに行くに当たって、体の怪我を素早く治してくれるナノマシンを入れてるんだが、その代りにエネルギーの消耗が激しくなるからって山賀先生が持たせてくれたんだよ」

「食べる!」

「ぼそぼそしてるから水も一緒にな」


 水筒と一緒にバーを渡し、希愛は一口齧った。咀嚼して少ししてしかめ面をする。


「あんまりおいしくないね、これ」

「それは仕方ないな。俺も食べるとしよう」


 先ほどから石橋は走るたびに突進された方の腕を押さえていた。痛みを抱えながらこおこまで走って来たわけだ。しかしこの栄養食を食べる事でナノマシンの動きも活発になり、また戦えるようになるだろう。


「うん。お腹の減りは収まって来た。疲れも少しは良くなったかも」


 ちょうどエレベータも降りて来た所だ。

 ゴミをポーチに入れ、二人はエレベータに乗り地上を目指す。


「そろそろあいつも呼んでおくか。証拠も確保したことだし」

「証拠? 何の事?」

「希愛はここがどういう事をやっているのかは知らないのか?」

「うん。牢屋には目隠しされた状態で入れられたし、教祖? の人からは何も言われてないよ」


 それも無理はないだろう。いくら希愛だからと言って非道な人体実験の事をバラすわけはないし、その理由も無かった。あくまで希愛は重要人物であり人質だった。


「ここは酷い事をやっている場所だったんだよ。だから警察を呼ぶんだ」


 そう言って石橋は携帯を取り出した。もちろん呼ぶ相手は決まっている。


「もしもし。戌井刑事か」

「遅かったじゃないか。何か手間取ったのか?」


 若干の苛立ちを抱えた声が聞こえて来た。


「少し邪魔が入ってな。だが朗報だ。教団の内部の様子を撮影して記録に収めた。今からそちらにデータを送信する」

「よくやってくれた。これで教団にガサ入れが出来る。俺は前々からあいつらの事が忌々しかったんだ。既に俺の部隊はスタンバってる、お前からの証拠を確認次第すぐに踏み込む」

「頼む。俺たちはまだ少しやる事がある」

「何をするつもりだ? お前たちはもう脱出すればいいだろう。あとは俺達警察の仕事だ」

「そうもいかない。教祖の奴だけは絶対に許せん」

「おい、変な気を起こすなよ」


 石橋は電話を切った。

 戌井たちが来るにはもう少し時間が掛かるだろう。なんせ今の警察は教団からの根回しを受けて腐りきっている。戌井は優秀な刑事ではあるが根回しや政治についてはあまり得意ではない。いくら確固たる証拠を揃えたとて、難癖をつける輩は出るに違いない。

 それまで待っていたら教祖が逃げる可能性がある。

 絶対に逃がしてなどやるものか。

 続けて石橋は電話を掛けた。


「由人か? 希愛を確保した」

「本当っすか! そりゃあ良かった」

「お前たちの状況は?」

「まだ敵をひきつけつつ撤退の最中ですかね。というかあいつらかなりしつこいっすよ。どこまでも追っかけてくる感じで厄介です」

「誰も捕まるなよ。俺はもう少しやる事があるからここにとどまる」

「希愛ちゃんを助けたんでしょう? もう用事は無いのでは?」

「アリサだ。あの子も教祖に囚われている。助けなければいかん」

「わかりました。気を付けてください。俺達も何とか脱出しますんで」


 電話を切った。


「ところで、教祖は今どこにいるかわかるか?」


 希愛に尋ねると、首を傾げながら答えた。


「うん。今日はリハーサルをやるから礼拝堂に行くって」

「何のリハーサルなんだ?」

「わかんない」

「うむ、そうか」


 そう言って石橋は地図を確認する。

 礼拝堂は教会の隣にある。つまり今いる建物の隣だ。

 何のリハーサルなのか妙に引っかかるが、ようやくエレベータは地上に辿り着いた。

 外に出ても僧兵部隊はもういない。由人たちを追っかけていったのだろうか。


 間もなく夜が明けようとしている。

 希愛の長い夜も今日で最後にしなければならない。

 礼拝堂が、山からのぞく太陽の光で照らされている。宗教施設であるだけに煌びやかな装飾をほどこされた建物は、光を反射しギラギラと輝いていた。眩いまでのその輝きは、人々の心を騙し弄んで得た金によるものであるというのに。

 礼拝堂の扉の前にまでたどり着く二人。


「行くぞ」

「うん」


 礼拝堂の扉を開ける。大きな扉の癖に音もなくスムーズに開いた。

 中では子供たちが並べられた木製のがっしりとした長椅子に座り、祈りを捧げている。

 誰に? 祭壇に設置された、パイプオルガンの椅子に座っているエンノイアその人に向けて。

 祈りを捧げている子供たちの中にはアリサも居た。彼女はエンノイアの傍らに膝をついて祈っている。

 エンノイアは優美な手つきでパイプオルガンを演奏していた。

 宗教めいたその楽曲はエンノイア自身で作曲したものであり、荘厳な礼拝堂の雰囲気にふさわしく、厳格ながらも耳に、脳に心地の良い音楽だった。

 扉が開いて空気が変わった事に気づいた子供たちは、石橋たちの方を向く。


「おやおや、これはこれは」


 立ち上がり、手を広げて侵入者に歓迎の意を示すエンノイア。


「石橋さん、無事にノアを助ける事が出来たようで何よりです」

「お前一体何を企んでいやがる? わざわざ無防備な警備にして、希愛を助けやすくして。意味がわからない。それに何のリハーサルなんだよこれは」

「一つ一つ答えましょうか」


 一つ、咳ばらいをした。


「まず無防備な警備ですが、これは虎嶋さんたってのお願いでしてね。是非とも貴方を殺したい、決して失敗しないからと言ったのでそうしたのですが、結果としては失敗でしたね。失敗作の処分が出来たので結果オーライではありますが」

「野郎……」


 虎嶋すらも実験台にしたと言うのか。額に皺が寄っていく石橋。


「一度でも変身すれば理性を失ってしまう。もし石橋さんを倒したとてその後の回収に苦労しますしね。そして今日のリハーサルですが」


 エンノイアは微笑からさらに大きく笑みを浮かべる。


「明日は結婚式ですからね。私と、ノアとの」

「結婚式? 希愛と? 馬鹿げた事を言いやがって。冗談は顔だけにしろよ」


 額に血管を浮かべ、石橋の顔は紅潮した。彼がここまで感情を露わにするのは初めてだった。怒りのままにアサルトライフルをエンノイアに向けて撃つ。軌道上に子どもは居ないが珍しく危険を顧みない、石橋らしからぬ行動だった。

 エンノイアはいつもの教祖らしいゆったりとしたローブを身に着けているだけで、防弾チョッキやヘルメットと言った防具は装備していない。

 無防備を晒してそのまま死ねばいい。

 エンノイアは全く微動だにしない。避けすらしないとは一体どういう事なのか。

 エンノイアの一メートル手前まで弾丸が到達した瞬間、急に勢いを失って止まり、そのままストンと床に転がった。見えない壁に阻まれたかのように。銃弾の落下音が礼拝堂にこだまする。


「なんだこりゃあ?」

「悪いけど、私にその手の物は通用しませんよ」

「てめえっ」


 一体どういう原理で弾丸を止めたのか。それがわからなければ幾ら銃を撃ったとて同じ事だろう。

 そしてエンノイアが「皆さん、来てください」と一言言うと、子どもたちはずらずらとエンノイアの周囲に集まる。まるで人間の壁を築くかのように。

 これではなおさら銃を撃つなどできやしない。まして子供の事を大事に思っている石橋ならば。


「ガキを盾に使いやがって、クソクズ野郎が」

「私は話をしたいだけなのに、貴方が銃を撃つからでしょう? こうでもしなければ銃を下げないでしょう、貴方は」


 憮然とした表情で石橋は銃を下げた。


「わかってもらえて嬉しいですね」

「何処から話がしたいんだお前は。希愛と結婚したいとか馬鹿げた事をぬかしやがって、ついキレちまったじゃねえか」

「ふふふ。まず結婚の前には保護者に話を通すのが筋でしょう?」

「俺が許すとでも思ってるのか?」

「勿論、私が親だとしても許さないでしょうね。それでも一応はね」

「それに希愛の意思がまるで介在していないじゃないか。お前の事を希愛は一言でも好きだと、愛していると言ったか?」

「そんなものは結婚してからいくらでも好意を得ればいいだけの事ですよ。昔の見合い結婚に愛は存在していましたか? 愛が無くとも家の為に二人は結ばれ、その後に絆を深めていった事例などいくらでもあるでしょう」

「詭弁だな。お前は自分の欲望の為に、希愛を利用しようとしているだけだ。エンノイア。お前は何故それほど希愛に執着する?」

「ではこの際ですし、少し語らせてもらいましょう」

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