3-28:単独潜入

 ロケットランチャーの爆発が辺りに響き渡ったころ、石橋は一人、大樹の上で佇んでいた。由人たちが陽動を仕掛ける前にあらかじめ教団敷地内に入り、待機していた。


「始まったか」


 続けざまに裏門と通用門の方からも爆発音と閃光が上がる。

 途端に悲鳴や絶叫、困惑の声と共に一般信者が施設から外にわらわらと、扉から窓から飛び出してくる。彼らは無秩序に出て来たかと思われたが、先導する黒ずくめのカソックを着た信者が居た。


「なるほど。奴らが治安部隊の僧兵か」


 石橋は暗視スコープを掲げながら様子を伺っていた。

 俗に言う荒事主体の連中が居るのは情報で知っていたが、石橋がその眼で見るのは初めてだった。希愛を攫う時に来た奴はまた「別枠」の奴だと言う事もこれで知った。

 僧兵部隊は男も女も居たが、誰もが武装として警防とスタンガン、そしてコピー品と思われるトカレフ拳銃を腰に提げている。


「これ見よがしに提げてるが、果たして練度はどれくらいなんだろうな。下手くそは動きが予想出来なくてヤバいし」


 彼らのPR動画があり、その動画内で僧兵部隊の訓練の様子が映っていたものの、動きを見る限りでは素人に毛が生えたものだと石橋は判断していた。自分たちが積んだ訓練と実戦に比べればお遊びの域を超えてはいない。それでも数で押されると何があるかわからない。こちらは一人で行動しなければならないが故に。

 あらかた信者が施設から脱出、避難したところを見計らい、石橋は行動を開始する。

 向かう場所は施設地上一階の粗末なコンクリートビル、そのダクト。そこから侵入する。


「しかしまあ、こういう作戦も三年ぶりくらいか。体が覚えているかな」


 つい口に出た心配事。

 トレーニングや訓練は欠かす事なく行っているとはいえ、実戦から大分離れて久しい。

 果たして勘は戻ってくるのだろうか。いや、やっていれば体が思い出してくれるはず。

 人が居ない事を確認しつつ、そろりそろりと忍び足でダクトに近づき、蓋を外す。

 

「あいつら上手くやってくれるといいんだが」


 もぞもぞとダクトの中に体を詰め込んでいく石橋。

 ダクトの中は人が一人入って作業するには十分なスペースがある。もちろん歩けるほどの高さはなく、ネズミのように這いずり回る事になるのだが。


「っていうかネズミが走り回ってるんだよな」


 ダクトの中はネズミのフンが転がっており、また後ろや前からネズミの足音が無数に聞こえてくる。先ほどすれ違ったのはクマネズミだった。

 石橋は頭に叩き込んでいる経路図の通りに進んでいく。

 そして、地下一階に通じる梯子を見つけて降りていく。

 地下一階。

 ダクト越しに見える光景は、荘厳な宗教施設として設計された地上一階とはまるで異なる様相を呈している。


「これは……研究所だな」


 全てが白に覆われた天井、廊下、番号が振られた部屋が延々と並んでいる。

 ダクトから部屋の一つの様子をうかがう。

 その中には数人の信者が詰め込まれている。希愛から聞いていた研究所の様子とまるでそっくりというか、同じと言うか。

 懐からデジカメを取り出して写真に収める。

 石橋は密かに、希愛救出以外にも一つの任務を負っている。

 戌井刑事から、教団を追いこむ為に何か非人道的な、そうでなくともえげつないネタが欲しいと頼まれていた。市民が教団の事を危険な存在であると認識し、マスコミを使って叩き潰せればよし。そうでなくともガサ入れで教祖や幹部を逮捕し、影響力を削げればまあまあ良いと言っていた。

 この研究所は格好のネタとなりそうだ。

 部屋に押し込まれていた信者たちは病院に入院している患者が着るような白衣を着用しており、腕時計型の機械を装着していた。

 その時、一人の信者がうめき声を上げる。


「ううう、うううううううううああああああああああ」


 白目を剥き、よだれを垂れ流して叫びだした。

 周囲の信者が怯える中、更に叫び声をあげた信者の様子はおかしくなる。

 質量保存の法則を無視するような体積の増殖。

 そして体は人から黒い物体に変わり、うずたかく天井まで伸びていく。

 それはやがて獣の形を取っていく。しかし希愛のように完全な合成獣のような姿にはならず、あらゆる生物の顔が現れたかのようなスライムに似た不定形のゲルとなった。

 不定形の獣は触腕を伸ばし、周囲の信者を取り込んでいく。

 そのたびに獣は質量を更に増し、部屋の空間を埋めていく。あっという間に黒いゲルは部屋一杯に埋め尽くされ、信者はうめき声をあげる間もなくゲルに溺れていった。

 

「……えげつねえな」


 石橋はその様子を撮影していると、触腕が変な動きをしている事に気づいた。

 ゆるゆると触腕が壁を沿いながら、ダクトの方向に動いている。


「おいおい、冗談じゃねえぞ。俺の存在を感知してるってのかよ」


 慌てて石橋は手りゅう弾をダクトの蓋を取り外し、部屋の中に投げつける。

 獣は本能的なものかわからないが手榴弾を体の中に取り込み、囲む。

 それによって手榴弾の威力は減衰してしまったが、それでも爆発の威力は生物を損傷するには十分だった。黒いゲルは部屋中に飛び散り、しばらくはぐねぐねと蠢いていたかと思うと、途端に元の人間の形に戻る。すなわちそれは、凄惨な光景を意味していた。


「すまんな」


 一言だけ言い残して石橋はダクトの蓋を閉じ、地下二階への道筋へと戻る。

 進み、ある程度の区画を超えると、研究所然とした姿から今度は薬品工場らしき姿へと変わる。普段であれば、クリーンスーツで仕事をしている人が居るはずだが、スピーカーで先ほどから発されている警報を聞いて逃げ出している。

 何を精製しているのかまでは知らないが、どうせろくでもない麻薬か何かに違いない。

 途中、石橋は薬品工場の一角に降り立ち、先ほどと同様に写真を撮る。

 次に目にするものは何か。石橋は少しばかり野次馬根性が湧いていた。


 更に奥に進む。

 今度はあからさまに銃器の部品を密造している工場に出る。

 恐らくはロシア製のアサルトライフルのコピー品を作っている模様。もちろんここにも警報を受けて人は居ない。

 作りかけの銃器や部品が騒ぎにあってか散らばり放題だ。

 石橋はダクトから降りて銃器密造の現場をカメラに収める。


「しかし本当に広い。地上の施設はカモフラージュだな、これは」


 この地下施設こそが教団の本性、とみるべきか。

 工場を過ぎると、今度は居住区らしき場所に出た。居住区と言ってもワンルームアパートのようなもので、信者が寝起きするようなスペースしかない。それも一人が住むのではなく、多段ベッドが二つ設置されていて6人くらいが一つの部屋に押し込まれて寝るような感じだった。

 石橋はこのような部屋に見覚えがある。


「刑務所の雑居房かよ」


 しかし、刑務所の雑居房よりも更に環境は悪い。

 かろうじて各部屋に水道とトイレはあるものの、娯楽にあたるものは何一つない。

 テレビやラジオもあるが、それらは教団が録音・録画したものを放送しているだろう。

 雑誌や本もあるにはあるが、それらも教団が発行した物ばかりだ。

 ここも素通りし、ようやく下に通じる梯子を見つけて降りていく。


 地下二階。

 ダクトから通じて見える外の様子も、地下一階とはまた異なる。

 それは平たく言えば拷問部屋だった。鉄の処女や三角木馬、意思抱き責めと言った洋の東西を問わない拷問器具が揃っている。一部屋ごとに各器具が設置されていた。

 今は死体もなく、どこも空き部屋になっているが乾いた血だまりが残されていたり、壁に血の染みが飛び散っていたりとかつての拷問の有様を垣間見る事が出来る。

 施設設計図を見て、このような部屋がある事は知っていたものの、現実に目の当たりにすると凄惨さにゾッとする。


「……」


 黙って石橋は現場の様子を収める。

 拷問部屋を過ぎると、今度は映画館のようなスクリーンが設置された部屋がいくつもある区画に入った。

 それらの部屋はイニシエーションを行うためのもので、新しい信者を協議に染める為の施設である。とはいえ、それらは半ば洗脳じみていた。

 ある映画のように、無理やり目を見開かせながら映像を見せたり、精神的に徹底的に追い込んでから教団が救いの手であるという教えを流し込んだりなど。

 とはいえ、ここはめぼしい物はないと石橋は判断した。

 施設の奥へと這いずり回り、いよいよ石橋は地下三階に通じる梯子を見つける。


「希愛、待っていろよ」

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