3-22:襲撃、迎撃

 リンを連れて山賀の病院、ベイビーリザードに辿り着いた石橋。

 病院の前ではすでに山賀とアコがストレッチャーを用意して待機しており、リンはすぐさま乗せられて診察室にまで運ばれていく。

 ベッドの上にまで運ばれ、診察をする山賀。


「で、どうなんだ先生」

「うん、重傷ではあるけど、命に別状はない」


 傷の消毒や腕の固定を手早く終わらせ、リンは入院の為に三階にまで運ばれた。

 

「そうか、ひとまずは良かった」


 ほっと胸をなでおろす石橋。

 包帯を巻かれ、ギプスで固定された腕は見るのも痛々しい。

 自分が怪我している姿なら何度でも見たし、それが仕事の一環ですらあるが彼女のこういった姿はなるべくなら見たくない。

 自分よりも自分の関係者を襲われる方が辛いものだ。

 すると、廊下を早足でツカツカと歩く音が聞こえてくる。


「遅くなった」


 現れたのは戌井刑事だった。


「戌井刑事? 一体なんでここに」

「俺はこの病院とここの医者と色々あるんだよ。今日はついでに寄っただけなんだが、まさかお前も居るとはな。さてはお前の養子に何かあったか」

「ええ。……攫われまして」

「なるほどね。教団とやらか」

「ええ」

「昨日今日と教団の動きが慌ただしくなったのはそのせいだな。何か大きなことが始まる、そんな気がするぜ」


 戌井は懐からタバコを取り出し吸い始めた。

 タバコを吸ってはむせるを繰り返している。


「ちょっと、病室で吸うのはやめなさいよ。患者が寝てるんだから」

「そりゃ悪かった。喫煙室は何処かな?」

「ないわよ。非常口の扉開ければ外だから、そこでナンボでも吸いなさい」

「へいへい」


 戌井はポケットに煙草の箱をつっこみながら非常口へと向かう。


「まったく、またタバコをキツイものに変えてるんだから。あれじゃいつか肺がんで死ぬわよ」

「でも今の医療技術なら、内臓も取り換えられるんだよな、先生」

「億単位のお金が掛かるけどね」


 確かに医療技術は進化したものの、中々庶民には行き渡らない。

 石橋も金に不自由しない身分ではあるが、こういった事情を聞くたびに歯噛みする。

 

「ああ、そういえば希愛ちゃんの体についてなんだけど」


 思い出したかのように山賀が話を切り出す。


「なんだよ、電話で聞いた事ならもういいよ。聞いても専門用語の連発でわかんねえし」

「そうじゃなくて、また新しい事が分かったの」


 また新事実? 石橋は訝しんだ。


「彼女の体にある遺伝子群の中に、今まで発見したことのない生物の遺伝子があるのが分かったのよ」

「へえ。でもそれがどうしたってんだ? 教団の連中が狙うからには、なんか秘密があるんだろ、それに」

「その通り。その生物の持つ特徴、それは不老不死」

「不老不死。不老不死ね。全く、陳腐なB級映画か何かみたいで笑っちまうぜ」


 確かに、権力を持つ者にとってはいまだ魅力的な代物には違いない。

 不老不死。

 今の医療技術は老化を抑え、かつては死に至る可能性の高い難病をも治療できるというレベルまできた。大金持ちであれば。

 それでも脳の損傷、脳の病気だけはまだ治すには不完全である。

 人をその個人たらしめているのは脳であり、脳が機能不全に陥れば死を免れる事はできない。植物状態で生かす事が果たして生きているのと同じであるかと問われると、疑問符を付けざるを得ないのと同じように。

 個人のクローンを例え作った所で、全く同じ育て方、環境に置いた所で果たしてクローン元と同じ人と言えるのかと言えば、恐らくそれは違うだろう。

 だからこそ人は求める。完全なる不老不死を。


「でもよ、確か不老不死の生物っていたような気がするんだよ」

「クラゲでそんなのが居たわね。でもあれは一度幼体に戻る必要があるの。あれを応用して不老不死になったとて、恐らく一度は子供に戻るんでしょうね。知能や体力もその頃に戻るという事でしょうし」

「不便だな」

「だから元に戻る事のない、不老不死を達成しているこの生物の遺伝子を求めるのは当たり前の事かもね」

「しかし教団は希愛の秘密まで掴んでいたのか……俺は何も知らなかった」


 臍を噛む石橋。


「この後石橋君はどうするの? もちろんやられっぱなしってわけじゃあないでしょ?」


 山賀の問いに、石橋はにやりと笑う。


「もう由人には連絡しているが、希愛を奪還する。計画を立てる」

「そうじゃなきゃねえ」


 山賀もにやりと笑った。その時ちょうど戌井が病室に戻ってくる。


「お、ちょうどよかった。なあ戌井刑事。警察の方から教団に圧力か妨害かけてほしいんだが」


 石橋が戌井に視線をやると、戌井の額に深い皺が刻まれる。


「難しいな。というのも、どうやら警察組織の中にも教団シンパや信者が居る」

「もうそこまで根が張っているのか。カルトにしては手が速い」

「前の教祖の時は、単なる新興宗教の一つに過ぎなかったんだ。教祖があの外人に代わってから、規模が急に拡大してな。警察のみならず、政財界にまでシンパを作っている。おかげで捜査がやりづらくて困る。というかな、教団については捜査するなという話まで出て来た」

「どこから?」

「サッチョウからだ。まあ、うちも一枚岩じゃない。公式に声明を出していない命令には従わない奴らも居る」


 ため息を吐く戌井。従わない筆頭が、この戌井刑事ではあるのだが。


「おかげで俺は最近署に居づらいから、外回りばっかりしてるよ。ま、そのおかげで今日お前の所の子どもが危ないとわかった訳だが」

「だが結局、組織としては動けないわけだろう? 使えねえな」

「そう、この人は肝心な時に使えないのよ」

「お前らふざけるなよ。良いように使っておいてその言い草は」


 憤る戌井と笑う二人。


「それで、山賀先生はどうするんだ?」

「どうするも何も、私はここで希愛ちゃんの体に関する研究を続けるだけよ。貴方たちみたいに荒事は得意じゃないからね」

「聞くだけアレだったか」


 時計を見る。既に昼休憩の時間は終わろうとしている。


「じゃあそろそろ休憩が終わるから、アンタら出てってよ」

「おお冷たい。じゃあ俺はさっそく準備のために隠れ家に向かうとするか」


 帰ろうと診察室のドアを開こうとする石橋。

 だが、その腕をつかむ戌井。


「待て。なんか匂う」

「匂うって……何も匂いしねえぞ」

「お前たちとは違って俺の鼻は特別なんだよ。それよりもやべえぞ。ガソリンの匂いだ」


 次いで、すぐさま病院の看護師であるアコが診察室に飛び込んできた。


「大変よ! 病院の玄関が燃えてるの!」

「消防車呼びなさい! あとみんな非常口から避難して!」

「リンも連れて行かねえと!」


 石橋はリンを背負う。彼女はまだ麻酔が効いていてよく眠っている。

 非常口の扉を開け、非常階段をあわただしく降りていく五人。

 ようやく地上に降りて玄関の様子をうかがうと、まだボヤ段階ではあるがこのまま放っておくと間違いなく火の手はビル全体に広がるだろう。


「消火器、消火器はないのか?」

「非常階段の近くにひとつはあったはずだ!」


 石橋が言うや否や、山賀とアコが消火器を取りに行く。

 病院の玄関に火の元となる物は無い。ガソリンの匂いがしたとなればなおさら、誰かが放火したに違いない。

 ひとまずリンを非常階段の手すりにもたれさせ、放火犯の痕跡を探そうと病院入口まで石橋と戌井が行く。

 放火してもう逃げたかと思ったが、意外にも放火現場には人が残っていた。

 しかもその一人は石橋には見覚えがあった。


「思ったより気づくの速かったね」

「アリサ……お前何故」

「石橋のお兄ちゃんは好きだったけど、神様の敵になったからしょうがないの。だからみんな、神様の敵をやっつけて」


 アリサが言うと、周囲に居た筋骨隆々とした信者四人がこちらを睨みつける。

 どれも以前石橋を襲ったのと同じような格好、というよりもまるで同一人物のように見える。先日の奴を含めて五つ子だとでも言うのだろうか。

 信者に後を任せ、アリサ自体はその場から離れていく。


「待て、アリサ!」


 石橋は追いかけようとするが、阻むように信者が立ちふさがった。

 みるみるうちにアリサの姿は遠のき、見えなくなっていく。

 信者の一人が拳を振りかぶる。

 殴りかかられる前に、銃声が一発。

 

「ぐあっ!」

「今度ばかりは油断はしてねえよ。舐めんな」


 石橋の懐から拳銃が抜かれ、銃口から煙が立っていた。

 次いでもう一発撃ち、信者の両膝は撃ち抜かれる。

 戌井もすぐさま懐から銃を抜いて、二人目の信者に銃撃した。

 パシュッ、という気の抜けた音と共に着弾するが、信者はモノともせずに近づこうとする。瞬間、弾けたトウモロコシの粒のように肉体が跳ね上がって気絶した。


「テイザーガンか。えげつねえな」

「最近は猛獣まがいの連中も増えてるからな、こっちの方が何かと都合がいい」


 銃撃の合間にも残りの二人がやってくる。

 三人目が石橋に詰め寄り、目前にまで迫って来た。

 だが、その顔に勢いよく噴射される物体が。


「!?」


 それは消火器の泡であり、目つぶしとしては過剰すぎる威力がある。

 文字通り泡を食ってうろたえる信者の後頭部に消火器で殴りかかる人影が。

 鈍器としても効果がある消火器の打撃を後頭部に受け、目を回す信者。

 すぐさま戌井のテイザーガンを喰らい、信者は昏倒する。


「うちの病院をよくも燃やしてくれて! 請求書は教団にまわしてやる!」

「山賀、後ろ!」


 四人目の信者がもう山賀の背後に迫ってきていた。

 石橋が銃撃するも、わき腹をかすめるだけで止められない。

 テイザーガンも空を切り、間もなく男の拳が山賀に襲い掛かろうとする刹那。


「アチョー!」


 意外な一つの影が、男の側頭部を飛び蹴りで蹴り飛ばした。

 男は強かに蹴られてよろめき、蹴った奴の方へ振り向く。

 蹴りを放ったのは、意外にもアコだった。

 

「来なさいよ筋肉ダルマ」

「……!」


 挑発を受け、殴り合いに応じる信者。

 右フック、左のアッパーカット、そして前蹴り。

 男の攻撃も素早いが、アコの反射神経と動作はそれ以上に速い。

 攻撃のことごとくを避け、逆にアコの打撃は的確に急所に打ち込まれていく。


「人中! 顎! 喉! 鳩尾! そしてキンタマ!」


 ゲームのような見事な正中線五段突きを受けるも、男はまだ倒れない。


「あっやべ」

「があああっ」


 男は振りかぶり、拳をアコに叩きつけようとするがそれより早く、銃弾を腕と足に受けて倒れ込む。


「ったく、強いのはわかるけどこいつらの打たれ強さは普通じゃないんだぜ」

「ごめんごめん、助かったよ石橋サン」

「しかしまあ、後始末が大変だなこれは」


 気だるげに戌井がつぶやく。

 銃撃されて呻く男二人に気絶している男二人。

 そしていまだ燃え盛る病院。

 既に消防には連絡したものの、まだ消防車は来る気配がない。

 山賀と周囲の住民が消火器で火災を消そうと頑張ってはいるが、火の勢いは衰える様子はない。


「山賀先生、これ以上は危険だ。下がった方がいい」

「でも、でも!」

「冷静になれ。アンタが死んだら元も子もないだろうが」


 戌井が諭し、山賀はがっくりとうなだれる。

 

「あいつら……後で覚えてろよ」

「先生、リンの事よろしく頼むわ」


 タバコに火を点けて吹かしながら石橋はどこぞへと歩き始める。


「行くのか」

「ああ。俺たちの隠れ家にな」

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