3-23:襲撃計画とオヤジ

 結局、「ベイビーリザード」は消火活動の甲斐なく焼け落ちた。

 無残にも煤にまみれたビルの焼け跡は、見るに忍びない。

 非常階段の背もたれに寄りかからせていたリンは、ひとまず到着した救急隊によって別の病院への移送が行われる事となり、ストレッチャーで救急車に乗せられている。

 山賀は呆然とビルの残骸を眺めたまま、座り込んで動かない。


「……」

「なあ、あいつ大丈夫かな」

「どう見ても大丈夫ではないだろ」


 現場検証はやってきた消防と警察に任せて一息入れている戌井と、石橋がぼそぼそと会話を交わす。

 無理もない。今までずっとここで病院を運営し、患者を診て来た。

 費やしてきた時間、費用、医療器具。そのどれもが灰となって消えた。

 経験や知識こそはその身に残るが、今まで築いてきたものが消えるというショックはまだ受け入れられるはずもなかった。


「そっとしておくか」

「そうだな」

「ああ、俺はまだ現場検証にもう少し付き合わないといけない。お前はもう証言とか済んだんだろ? 早く隠れ家に行けよ」

「ああ、わかった」


 一足早く病院を後にし、歩きながら石橋は携帯で連絡を取る。

 連絡先は組員の一人。ほどなくして電話は通じる。


「おう、そこはどうだ」

「ダメですね。教団の信者が張り付いてます。完全にバレてますね」

「そうか。わかった。お前も退避して連絡があるまで待て」


 一旦通話を切り、また別の組員に連絡する。


「渋谷のはどうだ?」

「ここもダメです。教団信者が入口を固めてます」


 そんなやりとりをいくつか続けていき、ついには最後の一件となった。

 ここがダメとなると、もはや襲撃の計画は一から練り直さざるを得ない。


「そっちはどうだ?」


 祈りを込めたような声で石橋は聞く。

 電話に出たのは由人だった。


「兄貴っすか。バッチリ誰も居ませんよ」

「そうか、よかった。にしても、まさかそこが見逃されているとはな」


 思わず安堵の声が漏れる。

 最後の隠れ家となっている物件は、何を隠そう新宿区三番街ゼロ番地の中にある。

 それも廃ビルなどではなく、今でも何件かの物件が入って営業している。


「まあ、この辺はよそ者にはキツイ土地ですから」

「それもそうだな」


 石橋はうなずいた。

 このビルはゼロ番地の中でも最も治安の悪い、いわゆるドヤ街という場所にある。

 なにせその辺りの住民は肉体労働者で気性が荒い。

 彼らは朝早くから昼過ぎの仕事を終えると、酒をかっ喰らっては酔っ払い、街で管を巻いている。 街は悪臭が漂い、ゴミが散らばっている。

 誰かが殴り合っていても街の住民は止めるどころか、どちらが勝つか賭ける有様だ。

 盗難、強盗、タカリもよくあり、まともな人ならまずここに入り込もうとは思わない。

 ここにいるのは労働者の他には、彼らに仕事を斡旋する手配師か、商売を営む人か、あるいはここに利権を見出すヤクザか。

 こういった街には宗教も入り込むのだが、既に既存宗教団体が根を張っている事もあり、新興宗教である教団はまだ入り込む隙間を見つけられていない。

 石橋は隠れ家への本格的な移動を開始する。

 いつも使っている車では目立つので、一般市民が利用する地味な車を利用して。

 

 ゼロ番地のドヤ街にたどりつくと、そこは変わらぬ姿があった。

 まだ昼過ぎだというのに既に立飲み屋で酔っ払って管を巻いている労働者。手にはホルモンの串焼きを持ってなにやらわめいている。

 また別の労働者は、仕事にありつけなかったのか路地の隅っこに布団を敷いてふて寝している。金を得られなければこうやって地上を寝床にするしかない。

 そして、仕事にあぶれた労働者を誘う怪しい手配師。今も誰かが仕事を受けてくれないかを手ぐすね引いて待っている。

 

 何も変わらない。

 

 建設労働も機械が支配するようになるだろうと言われて久しい。実際その通りではあるのだが、建設機械は大がかりな工事でもなければ導入される事はそれほど多くない。

 人間は代替可能な単位としては最も安く替えの利く存在である事に変わりなく、日雇い労働者はいつの世も存在している。彼らが居なければビルの一つすら立たないのは昔から変わらない事実の一つだ。


 日雇い労働者の合間を抜け、車は一つのビルの前に辿り着く。

 よく言えば年季の入ったビル。悪く言えば何十年前の建物なのかわからない程の老朽化が進んだ、ボロいビル。

 石橋は車から降りてビルに入り、エレベータに乗った。

 エレベータのボタンが示すのは上に行く階層のみ。

 しかし、石橋はボタンを押さずにその下の何もない所を押した。

 すると何もない筈の部分が開き、中から地下に行くボタンが姿を現す。

 石橋はそのボタンを押した。

 しばらく沈黙を守ったエレベータは、突如ガクンを振動し、下へと降りていく。

 現在地を示すパネルは数字がバグ表示されている。

 何メートル降りただろうか。

 やがてエレベータは静止し、扉が開いた。普通ならば階層を音声で示してくれるが、それもない。

 扉が開いた先にはぽつぽつとオレンジ色の薄暗い灯りが点灯しているのみの通路が延々と先に続いている。

 石橋は進んでいく。革靴の立てる音だけが辺りに響いている。

 やがて進んでいった先は行き止まりだった。何もない、ただの壁。

 壁を手で押すと、くるりと反転して石橋を吸い込んでいった。


「遅かったじゃないですか」

「ああ、すまない」


 中には由人と、そのほかにも石橋についてくる組員たちが集結していた。

 部屋自体は殺風景なもので、中央にスチール製のテーブルが置かれ、椅子がいくつか配置されているくらいだ。壁際にずらりと無機質なロッカーが並び、空いたスペースには仮眠用の寝床として、簡易三段ベッドがいくつかある程度の、本当に隠れ家としての最低限の機能しかない。組員の数に対してベッドが足りず、床に段ボールを敷いて寝袋で寝ている者もいる。

 あとは部屋の奥に申し訳程度のキッチンとシャワー室、トイレがある。ここに備蓄された物資は籠ろうと思えば一年程度は籠れるくらいはあるものの、長い事居ようとする者はいないだろう。いるとすればモグラくらいだ。

 石橋は椅子に座り、由人に尋ねた。


「で、ここにはどれだけ武器がある?」

「それですけどね」


 由人は部屋の隅にあるロッカーを動かした。

 その背後には、またしても隠し扉があった。由人が扉の端末に手をかざすとロックが解除され、開く。その先には唸るほどの銃火器や爆発物その他が備蓄されていた。


「この隠れ家は一番、ウチの組に近いだけあって武器をメインに隠されていたわけです」

「他の隠れ家にも武器は多少はあっただろうが、これだけのはそうそう無いと?」

「そういうわけです。ほかの隠れ家は張られてたわけですが結果オーライですね」

「しかし、見事に実弾を使う銃ばかりだな」

「まあ、俺達は今流行りのレーザーライフルとか、電撃銃なんか使ってもしょうがないっすから。それより見てくださいよこれ」


 由人は部屋の奥へ行き、一つの重火器を取り出した。


「ロケットランチャーか。こんなもんまであるとは驚きだ」

「他にもありますよ。対戦車ライフルとか無反動砲とか、クレイモアなんかも。これだけあればちょっとした戦争起こせる気がしてきますね」

「と言っても目的は暴れる事じゃない。希愛を奪還することだ」


 石橋は部屋の中にあったアサルトライフルを手に取り、動作確認をする。

 長らく使われず置かれていた武器ながら、手入れ自体はなされているらしく不良らしき部分は見当たらない。

 それを持ちながら、テーブルの席に戻る。

 石橋がテーブルに戻ると、他の組員も自然とテーブル周囲に集まり、石橋に視線を注ぐ。

 誰もがぎらついた目をしている。このまま終わるつもりはないようだ。


「では襲撃計画、もとい陽動作戦の打ち合わせだ。と言っても、お前たちにそれほど難しい事をやらせるつもりはない。人数的にも厳しいからな」

「と、言いますと」

「まあ、ひと騒動起こせたらそれでいい。他の組事務所に殴り込みをかけるのと基本的には同じ要領だ。ぶち込むのがロケットランチャーやミサイルになっただけだな」

「なるほど」

「弾が切れたら頃合いを見て、由人みたいに素手の喧嘩に自信のある奴らの出番だ。適当に教団の中で暴れまわって頃合いを見て脱出しろ。注意事項として、俺を襲ったスキンヘッドの大男は警戒しろ。一人で戦わない方がいい」

「今日兄貴が襲われた時も複数居たらしいじゃないですか。どういう事ですか?」

「推測だが、教団はクローンを作ってるかもしれんな」


 石橋の言葉に、組員たちが騒然となる。


「へえ、胡散臭えと思ったらやっぱり奴ら、そう言う事やってんすねえ。だったら好都合だ。教団の奴ら全員ぶち殺しても文句は言えねえでしょう」

「全員は不味いな。教団信者の大半はただの一般人だ。俺達ヤクザが一般人を殺したなんてニュースになってみろ。一巻の終わりだ」

「でも一般の教徒と、戦闘用部隊? 僧兵とでも言うんですかね? それをどうやって区別するってんですか?」

「まだ未確認情報だが、僧兵部隊は一般教徒と着用している服が違うらしい。それと勿論武器を持っている。拳銃を懐に隠し持っているのは当たり前で、中にはPMCや軍隊顔負けの武装まであると言う話だ。裏さえ取れればこっちも遠慮なくぶちかませる」

「誰が調べてるんです?」

「俺が信頼を置いている探偵と、警察の中に一人いる奴だな」

「サツの奴なんか信用できるんですか?」

「今時珍しい、権力に逆らうような馬鹿だからな。信用できるよ」


 不敵に笑う石橋。


「何時までも舐められっぱなしでいられるほど俺たちは大人じゃねえって事を教えてやらねえとな」

「応!」


 勇ましい男たちの声が部屋に響き渡る。


「さて、では詳しい作戦の詰めに入るが……」


 作戦の事を話そうとしたところで、懐から携帯電話の着信が響き渡る。

 こんな時に誰が、と口に出そうとしたところで石橋は顔をしかめた。


「竪菱のおやっさん? 悪いが由人、少し俺は席を外す。作戦について話し合ってくれ」

「はい、わかりました」


 言い残し、石橋は一旦部屋の外に出た。


「おやっさん、石橋です」

「おお、無事だったか。いや良かった。教団の連中にまた襲撃されたと聞いた時は少しばかり心配したぜ」

「何で知って……山賀先生ですか」

「あいつから連絡があったからな」

「それで一体、何の用ですか。今の俺は組を抜けた、ただのチンピラですぜ」

「何、一緒に飲みたいんだよ」

「今はそんな暇ではないんですが」

「いいじゃねえか。何もただ俺の酒に付き合えってわけじゃねえ。それだけでお前を呼び出す事、今まであったか?」

「……」

「まあそういうわけだ。今日の夜、クラブ[ベルフェゴール]で待ってるから来いよな。」


 電話はそれで切れた。


「……オヤジは一体何を考えている?」

 

 呟く声に応える者はいない。

 石橋の背後では、活発に意見を交わす舎弟たちの声が微かに聞こえていた。

 

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