エピローグ:イカロスの羽
……私は姿見で自分の顔、体を見つめていた。
羽を付け替え、顔を弄りまわし、体も原型をとどめないほどにまで整形した。
これで私はより彼女に近づいた。いや、かつての彼女をほぼ再現していると過言ではないだろう。
しかし一部分だけ気に入らないところがある。ウエストのくびれだ。
ここまで様々な器具や努力によってどうにか近づけてきたが、やはりいかんともしがたい差というものは存在する。これは自分の努力ではどうにもできない所だ。
私は悩みに悩みぬいて、結局美容整形外科に頼る事にした。
数日後。私は病院の中に居る。
色々と調べた結果、新宿区三番街の鷹都クリニックという場所が一番評判が良いという事らしい。施術を受けた人からも直に聞いたが、おおむね経過は良好だという話だ。最近は美容整形の世界においてもメスを使う事もなく、純粋に遺伝子治療によって様々な事も出来ると聞いていた。ウエストの事もきっと傷もなく、綺麗にやってくれることだろう。しかもリーズナブルと来ている。前にやった所は闇医者で割高だったし手術してたしなぁ。でも十年前の話だし仕方がないか。あの先生も腕は良かったし何より私の事を心配してくれた。今更、合わせる顔も無いけれど。
私は期待を胸に受付を済ませる。病院も最近建て直したとあって綺麗で居心地が良い作りになっている。ソファに座り、待っているとすぐに呼び出された。
診察室に入り、私は丸椅子に座る。先生は背もたれのある大きな椅子に座り、電子カルテにメモを書き込んでいた。意外と若く、眼鏡をかけている。
「こんにちは。今回はどういったご用件ですか?」
先生は物腰が柔らかな印象で受け答えが実にスマートで、私は好感を持った。
そしてじっくりと患者の体を診察する。ああでもない、こうでもないと言ってくれる辺り、ここなら間違いないだろうと私は確信した。
……やたらと、私の背中の羽について質問したり触ろうとする以外は。その時の先生の表情は、なんだか少しいやらしいものを感じた。まあ当然か。なんといっても私が美しいと認める人の羽なのだから普通の人でもその美しさには心惹かれるものがあるだろう。
施術予定日もすぐに決まり、とんとん拍子で話は進んでいった。
お金なら十分にある。いろんなパパからお金を絞り取ってやったから。
病院での用事を終えた後、私はそのパトロンの中の一人が用意してくれた家に帰った。彼は気持ち悪い事さえ除けば実に良い人だ。その一点がもっともダメなんだけどもね。
私はお風呂に入り、自分の体を見つめる。我ながら惚れ惚れするほど美しい。芸術品と言っても過言ではない。
でも、これがいつまで維持できるだろう?
不安が心を染める。遺伝子医療が盛んになった所で、老いには逆らえない。物理的な傷はその気になればいくらでも消せるし、内臓だっていくらでも再生可能。その気になれば一から作り出す事だってできる。でも、未だに不老不死には辿りついていない。私は不死はごめんだけど老いるのだけはどうにかしたい。もう二十も半ばを過ぎれば十代のようにはいかず、体は老いの片りんを見せ始める。私はそれが怖い。
私は風呂から上がり、鏡で自分の顔を見ながら化粧水や乳液で肌のメンテナンスをしていた。そしたら、目尻にわずかな皺が見えた。これが見えるだけで憂鬱極まりない。顔のリフトアップマッサージを行って皺が出来ないようにする。
早く老いに対抗できる技術やらなにやらが出来ないものかと思う。
……そして施術日を迎えた。
施術と言っても、体に脂肪吸入用ナノマシンを注入するだけなので私は病院のベッドで寝ているだけなのだが。注入したらちゃんとナノマシンが働いているかは随時見ていないといけないので、一日入院が必要とのことらしい。
医師は前のように柔和な笑顔をしながら、私のベッドの横の椅子に座った。
手には注射器とアンプルを用意している。
「じゃあ、今からウエストの脂肪細胞だけを削り取っちゃうナノマシンを注入していきますね。ちょっとヒヤッとするかもしれませんが、気にしないでくださいね」
私の腕に注射の針が刺される。そして透明の液体が注入され、私の体を巡る。
これで私は完全なあの人になれるんだ……。
その瞬間に、私の意識は黒く塗りつぶされた。
……私は結局、偽物でしかない。
どこまで行っても、憧れた空を高く、高くはばたく事は出来なかった。
私は彼女の美しさに憧れた。憧れに焦がれ、やがては嫉妬に変化し、いずれは全て彼女に成り代わってやろうという執念に変貌していった。
醜い欲望だと思う。所詮狂った上での所業に過ぎない。
だがそれでも、自分はそうなりたい、そうあるべきなのだという想いは揺るがなかった。間違っているとうっすら思っていても、今更戻る事も出来ない。
あの時に羽を付け替えた時から、私は決めていたのだから。
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エピローグ;イカロスの羽 END
第二章:白と灰の羽 Fin
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