第28話

 地獄の様な試練しゅくだいが終わる。

 今日ははっきり言って何もしたくはないが、浅葱としては師匠としての役割を果たさない訳にはいかないだろう。

「さて、魔法の力を見せようか」

 そう言って浅葱は魔力を練る。

 これは決して先ほどのしごきなどではなく、忠泰のためを思った指導なのだ。

「お、お手柔らかに」

 忠泰がそういうが、浅葱にはそんなつもりはサラサラない。これは、そう鍛錬なのだから。

「さて、今日もやって行こうか」

 そう言って、ジャムの瓶を取り出した。

 それは、本当に普通の瓶だが中身は違う。

「毎度のことだけど、ホントに何なの? ちょっと変な匂いがするんだけど……」

 魔女の軟膏。

 魔女の魔法は数多くあれど、最もポピュラーな魔法と言えば箒で空を飛ぶ魔法ではないだろうか。

 その方法は意外ではあるが、呪文を唱えたりする様なものでは無い。

「本来はこれを股に塗って、何かに跨がれば空を飛べるんだけど……」

 そう言って指でひと掬いして手に取る。見た目は白いハンドクリームだが、薬品臭さがやたらと鼻につく。

「少量だけなら魔力の流れを把握しやすく出来るっていう"裏ワザ"もある」

 天津のアドバイスである事はやっぱり癪だが、他に代案も思いつかないのでやっている。

 そして気になるのはもう一つ。

『チュー坊は答えを見つけたかい?』

 天津が忠泰に語った、あの意味深なセリフの裏に何があったのかを浅葱は知らない。

 だが、人の事を無闇に傷つけず、さりげない気遣いができる事を知っている。

 もっとも、そう言った所も大嫌いなのだが。

「藤吉?」

「何でもないよ」

 そう言って、恒例となった魔導灯を取り出す。

「ほら、早くそれを塗って」

「あ、あぁ……」

 忠泰は正直、軟膏を塗るのが嫌らしい。

 浅葱も好んで塗りたいと思わないが、ひとえにこれも師匠としての務め。

 まずは、自分の右手にとって塗り込んでから忠泰の手になじませる様にしてから右手を繋ぎ、魔力を手に集める。

 魔力の流れというヤツを感じ取れるかどうかは、能力スキルではなく感覚センスだと言う。例えの善し悪しは置いておいて「第六感を育てる様なもの」と浅葱の師匠ははが言っていた。

 その感覚があれば分かるし、無ければ分からない。ほぼ全ての魔法使いはそれを目覚めさせることから始まる。

 生まれた時から浅葱には分からないが、"超越"の魔法使いと言われたマダム・シークラですら最初は分からなかったという。

 それを開くには色々な手法があるが、天津が言ったのはその一つ。

 魔女の軟膏はそもそもは空を飛ぶために股に塗る軟膏。魔女は箒さえあれば自由に空を飛べるイメージがあるが、実際は魔女がその手で創り上げた魔法の薬が必要になる。

 飛行軟膏とも呼ばれた薬は、魔力というエネルギーをチカラに変える。

 その中で魔力という高位のエネルギー体を運動という下位のエネルギーに変えることで一般人ヒトが理解出来るレベルまで落とし込める事が可能。

 そうする事で魔力という力を理解出来る事も出来るのだが……。

「ゴメン。やっぱり分かんないや」

 と、この調子。自分の指導が悪いのか、忠泰の要領が悪いのか浅葱には分からないが、進歩という物が認められない。

 将来的なポテンシャルは比べるべくもなく浅葱が上でも、現状の技量や経験は比べるべくもなく天津が突き抜けている。

 つまり、ここで打つ手なしなら、ここから先はもうどうしようもないのだ。

(天津のヤツ、勿体ぶった事言って!)

 だが、天津の顔を思い起こせば「魔法使いになるんだろう」という声が頭に浮かぶ。

 浅葱を厳しく言うのは彼女自身が魔法使いになると決めたからだろうか?

 そんな風に考えていたからだろうか、浅葱は忠泰の声に反応するのが遅れてしまった。

「ねえって、藤吉」

「え? あ、ゴメン。何?」

「ちょっと強く握りすぎだって」

 思わずその言葉で手を離せば、握った右手は赤くなっていた。

「うわ、ゴメン」

「いいよ、これくらいなら」

 そう言って、忠泰は再び右手を差し出そうとして思わずその手を止める。

「そんなに痛かった?」

「いや、そんな事はないよ。ただ……」

 代わりに左手を差し出した。

「こっちでも試してみないか?」

「左手?」

 魔法使いにとって、どの手を使うというのは割と重要。大体の魔法使いは右手を使う。

「いいけど……試した事はないよ」

 あまり気が乗らないとばかりに浅葱は言った。

「だからさ藤吉。どうしようもない位のタブーはやっちゃダメだけど、試さなきゃいけない事は試さなきゃいけないと思うよ」

 確かにそういう話だったと思う。

「確かにやらなきゃわからない事もある……か」

 よし、と浅葱は言って、左手を握って魔力の感覚を伝える。

 すると、忠泰がカッ、と目を大きく開いて言った。

「やっぱ、分かんないや」

 ……やはり、そううまくはいかないようだ。

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