第29話
結局、大した進展もないものの根を詰めても仕方がない。
そう言いだしたのはどちらだったか。
時間はちょうど午後二時を過ぎたあたり。
燦々と降り注ぐ太陽の光が二人に降り注ぐ中、並んで買い物に出ていた。忠泰はいつもは自転車だが浅葱と一緒のためか今日は徒歩である。
いつもならついてこないが、今回は気分転換も兼ねていたのでついてくる事にした。
忠泰は地元の知り合いにどう説明するのかを考えて一杯だったが、どうせ浅葱は知り合いなどいないので周囲を見渡す余裕もある。
この山の深い町で一、二を争う絶景は丘の上ではなく橋の上だという事も最近知った。
万丈橋。
軽いアーチを描いた橋で、さほど長いとは言えないが短いとも言えない。だいたい百メートル程度の距離。
橋を渡してある
日が沈む黄昏時、その中央部から西に向かって眺めた夕日は最初に見たときは圧巻だった。
橋の中央で足を止める。今は夕方ではないが、それでも綺麗な景色だった。
「ここっていい町だよね」
ほんの少し先行していた忠泰もつられて足を止め、浅葱に振り返る。
「ん? まあね。でも、不便だよ。坂も多いし、店も少ないしね。昔は賑やかだったらしいけど……」
確かに最初の平城邸の途中にある坂は面食らったし、今でも好きになれたわけではないが、あれはあれで悪いものでもないと、浅葱は感じつつある。
浅葱が住んでいたのは
数十前までは田んぼが畑しかないくらいの田舎だったらしいが、駅が通る事になって開発が始まり、田んぼはビルになり、畑は公園に姿を変え、畦道には所狭しとアスファルトが敷き詰められた。
今からでは浅葱が見る事は出来ないが、ひょっとしたら彼女が生まれるずっと前には小浦市にも蔵守のように自然に囲まれた景色が広がっていたのかもしれない。
だが、本来はこの様な街に魔法使いは住んでいるべきでは無いのか?
こんな風に思う事もある。
かつてこの街は賑やかだった、と忠泰は言ったが、浅葱が母から聞いた所によれば、かつては林業がこの街の基盤であった時は、現在の倍以上の人口がこの街にはひしめいていたらしい。
人が多ければ人通りは多く、人通りが多ければ店が立ち並び、店が立ち並べば街が栄える。
黄金期、という言葉を体現したかの様な、そんな時代。誰もが時代の終わりを疑うこと無く、春を謳歌し続けた。
だが、時代が終わらない事などない。
その序章は、外国から大量の安い木材が輸入された事だった。
いや、序章などでは無く総括か、結局はそれだけの単純な話だった。
街の基幹産業が滞れば、まるで循環不全でも起こしたかの様に全てが崩れた。
街が衰退し、店が閉まり、人通りが減る。
簡単に言えば、時代が終わったのだ。
時代の
(何処か、似てる気がするんだよね)
移ろう時代に取り残されていく。
この街のあり方は、科学という新しい時代に追われる魔法使いそのものだ。
(魔法も不必要な時代になっているのかな?)
母は変わっていく街を見ながらそんな事を思ったのか。
故に魔法使いとしての力しか無かった浅葱を憂いていたのかもしれない。
母から逃げた先で気づくとは皮肉なものだが……。
「でも僕は藤吉の住んでる街に興味があるよ」
「
遊ぶところもなく、退屈な面もあるが、そういう風に言うのは何だか意外だった。
「何? 意外そうだね」
「ん? いや、タダヤス君と街ってのが余りピンと来なくてさ」
その言葉に苦笑いを浮かべる。
「失礼だね。これでも僕は若者なんだから、都会に興味を持ったっていいでしょ」
「うーん。確かにそうなんだけどさ……」
そう話していると、浅葱の体に何かがぶつかった。浅葱が足元を見ると、十歳くらいの少年が尻もちをついていた。
「大丈夫?」
浅葱がそう声をかければ少年が顔を上げる。
まだまだあどけなく、この歳では珍しくもない中性的な印象があるが、かなり短く刈った髪の毛と何処と無く精悍な顔立ちが芯の通った力強さを感じさせる。
「立てる?」と言って差し出された手は取らず、無視するかのように一人で立ち上がる。
そしてそのまま走り去ろうとして……、
「アキノリ!」
その声にギョッとして立ち止まる。
「ヤス兄……⁉︎」
浅葱が「知り合い?」と聞く前に忠泰が口を開く。
「こんな時はどうするって言ってたっけ?」
「……謝る」
珍しく強い姿勢の忠泰に浅葱は少し驚く。
「いつも言ってるだろ? ちゃんと悪いことをしたら謝らないといけないってさ」
「ゴメン」
「何度同じ事を言わせる? それを僕に言うのか?」
その鋭い言葉に少しビクッと肩を震わせて、慌てて浅葱に向き直り「ゴメンなさい」と頭を下げる。
ここまでされると浅葱の方が悪い事をしているような居た堪れない気分になる。
「いいよ、謝ってくれれば。それよりもどこかに急いでたんじゃない?」
「うん。ちょっと物を落としちゃって」
落し物?
「何を落としたんだ?」
と、忠泰が聞くと、
「じいちゃんのペンダント」
「ペンダントだって?」
男の人がペンダントとは珍しい。特にお年寄りはそんなものを使わないだろう。
「ひょっとして奥さんが大事にしてたヤツ?」
「……そう」
あちゃー、と頭を抱える。
「なに?どういう事?」
話が見えずに忠泰に尋ねる。
「この子のおじいさん。慎三さんって言うんだけど、奥さんが何年か前に亡くなったんだよね」
「ふーん」
「で、その奥さんが大事にしてたのが、そのペンダントで……」
「ふん?」
「慎三さんはそれを奥さんの代わりのように大切に……」
「え⁉︎ ちょっと待って」
という事はつまり……、
「そ、この子が勝手に持ち出しちゃったんだろうね」
「……」
アキノリと呼ばれた少年は何も言わずに俯いていた。
「ねぇ、それってどんなヤツだった?」
「どんなって……」
忠泰は顎に手を当てて思い出そうとして、
「十字架だったよ!」
思い出す前にアキノリ少年が教えてくれた。
「十字架って……クリスチャンとか?」
「いや、そんな事は無かったと思うけど……」
だが、そこはあまり重要でもない。アクセサリーならよくあるカタチだ。
「それよりも、アキノリ君。どんなデザインだったか覚えてない?」
「えーっと……」
そこから考え込んでしまったが、代わりに忠泰が質問に答えた。
「すごくシンプルなんだよ。一個の材料から削り出して作った物みたいで、派手な装飾もないから本当にただの十字架って感じなんだ」
中々、答えが出ないと思っていたが、確かにシンプル過ぎるというのも答えを出しにくいのかもしれない。
「削り出したってことは、石とか?」
「いや、僕もちゃんと見たことは無かったんだけど、あれは石じゃなくて、象牙みたいだった」
という事は、動物の骨のようなモノか。
それを聞いて浅葱は数秒考えてから口を開く。
「それって大事なものなんだよね」
アキノリ少年は首を縦に振った。
ならば答えは決まった。浅葱は少し屈んでアキノリと目線を合わせる。
「そのペンダント、一緒に探してあげようか」
「ちょ、藤吉?」
「ホントに⁉︎」
アキノリは顔を綻ばせて喜んだ。対して忠泰は心配そうに耳打ちしてきた。
「いいの? 当てなんかなさそうだよ」
その言葉に心外だとばかりに浅葱も耳打ちして返す。
「タダヤス君。私はあなたの何の先生だったっけ?」
その言葉にこれから何をする気なのか頭に過る。
「まさか⁉︎」
そのまさかだ。
「ねぇ、姉ちゃんって誰?」
さっきとは打って変わって溌剌とした表情になる。
そして浅葱はこういうのだ。
「私の名前は藤吉浅葱。何と魔法使いなんだよ」
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