第24話

 中々帰ってこない天津にしびれを切らした浅葱が家の中をブラついていると、台所で忠泰が後片付けをしている現場に出くわした。

「あれ? 将棋は終わったの?」

「まだだよ。天津のヤツがどっかに行っちゃってさ」

 戸棚のコップをとって冷蔵庫を開けようとすると、「まだ、麦茶を沸かしてないんだ」と言いながら後片付けの手を止めて右手を差し出す。

 浅葱は手にしたコップを渡すと忠泰は黙って水を汲んで浅葱に渡した。

「天津さんはどこにいるんだ?」

「庭にいるって言ってたよ」

 その言葉に忠泰は眉をひそめる。

「あんなところで何をしてるの?」

「タバコだって言ってたよ」

 その言葉で、「あー」と言って、洗い物を再開する。

「相変わらずだなぁ。あの人、いつもばあちゃんに見えない場所でタバコを吸ってたもんな」

「隠れてって……何で?」

「ばあちゃんがタバコが大嫌いだったんだよ」

 それでも止めない所が天津らしいといえば天津らしい。

 そう言って忠泰の手元を見れば、洗い物で溢れていた。

「洗い物って、そうして見るとすごい量だね」

「あぁ、三人分だからね。確かに今日は多いかな」

 考えてみれば、浅葱はここに来て洗い物どころか、炊事、洗濯、掃除すら全く手伝った事もない。

 自分も人の事を言えないが、天津も少しくらい手伝えば良いのに、と思う。

「何か、大変そうだよね。いつも」

「まぁ、慣れたもんだし。ばあちゃんも余り家事は出来なかったからなぁ」

 忠泰は「魔法使いは家事が苦手になるようにできているのかね」と笑いながらも手は休めず、かなりのスピードで器用に洗い物を片付けていく。

「ところで、魔法を使えば家事だって簡単になるこかな?」

 何でもないことのように忠泰は言った。いや、童話の中ではそう言った話も耳にするわけだが。

「そうは簡単じゃないよ。使う魔法にもよるけど、私の魔法はそういう風に使えない」

「そういうもんなの?」

 浅葱の魔法は魔法使いの中でも異端である。たった一言の言葉で、どんな小さな不思議まほうもどんな大きな奇跡まほうも起こす事が可能。

 どんな理論も無視し、無理矢理に理屈を通す。

 なぜそんな事が出来るのかといえば、意外と答えは簡単で単純。

「そう、私の魔法の秘密は、想像イメージを形に変える事が出来るんだけど、私が想像出来ない事も魔法じゃ出来ない」

 それが、浅葱の魔法の持つ決定的な欠点。

「つまり、私が出来ない家事《イメージ》は魔力じゃ再現できないの」

 そう、世界最高の才能だと言われようが、所詮は「才能」だけのこと。扱う人間のスペックが劣等であれば発現する魔法も劣等。

 浅葱と等身大凄さが現れるに過ぎないのだから。

 だが、ここまで言って忠泰の口から出てきた言葉は浅葱には信じられないものだった。

「それって、すごい事だよね」

 思わず口から「え?」とこぼれるのに気がつかなかった。

 浅葱が「何を聞いていたのか?」と言おうとした時、

「だって、藤吉が料理をマスターしたら魔法を使えば料理を作れるんでしょ」

 つい、浅葱は息を呑んだ。

 確かにそうだ。今まで出来ない事ばかりを意識して、自分が出来る事に全く目を向けていなかったのか、そんな事を考えた事も無い。

 だがしかし、

「でも、私にそんな事が出来るわけがないよ」

 そう、今までも色んなことを何度も試した。だが、結局のところ何も出来ず、自分は魔法以外が何も出来ない事を突きつけられて、母に怒られただけだった。

 だから、もうこれ以上期待はしていなかったハズなのに……。

「どうして? 教えるから一回やってみたら?」

「……」

「?」

 返事がない事に訝しんでいるようだが、浅葱は何も言えない。

 忠泰は軽い気持ちで誘っているかもしれないが、浅葱としてはトラウマを抉られたような気持ちになる。

「それでも、私には出来ないよ」

「だから、何で?」

(コイツ……)

 思ったよりもしつこい忠泰にイラつきを隠さず、ぶっきら棒に言い放つ。

「今までだってやってみたんだよ。料理の本を読んだり、洗濯をやったり、掃除をしたり。でも、私は上手くいかなくて、母さんに怒られてばかりだった」

 それは、浅葱の負の部分。忠泰に見せるつもりはなかったが、ここまで話せば仕方が無い。中途半端に踏み込もうとした忠泰が悪いのだから。

「私はセツさんの弟子になりに来たって言ったよね。それはホント。でもね、私はウソをついてないけど隠し事はしてた」

「隠し事?」

 一度深呼吸をして、浅葱は意を決した様に口を開いた。

「私は師匠かあさんに魔法の修行すら禁止された」

「禁止って……、どうして?」

 その言葉に「分からないよ」と力なく首を振る。

「ここに来れば、魔法の修行が出来る。だからこそ家出までしてここに来た」

「家出⁉︎」

 でも、そこに平城セツはおらず、いたのは魔法を知らない少年がただ一人。

「ねぇ、分かる⁉︎ 親から魔法以外を見捨てられて、それでも、母さんが私に求めたのは"魔法以外"だった私の気持ちを!」

 彼に当たるのは間違いなのだろう。それでも止められない自分に自己嫌悪すら感じるほどの醜さだった。

 それでも、忠泰は怒る事もなく、穏やかに話を聞いていたのた。

「……両親に全部見捨てられた僕からしたら十分羨ましいと思うけどね」

「え?」

 浅葱がその言葉の意味を問いただそうとするが、忠泰はそれを許さなかった。

「ねぇ、藤吉。この前に僕の魔法を見てくれた時はさ、ダメダメだったよね」

 その言葉は自分を卑下したものだったが、その表情には後悔の色はなく、むしろ良い思い出に浸っているかの様な、そんな答えだった。

「でもさ、藤吉は出来そうな事を色々考えてくれたじゃないか」

「それは……」

 自分と忠泰の境遇に共通点があったため。

 その程度の事だったはずなのに。

「どんな意図があったにせよ僕は嬉しかったよ」

 それが、嘘でも遠慮でも無いのは読心魔法を使わずとも、浅葱にでも分かる。

「それでも、私には……」

 なおも煮え切らない態度に忠泰は突然に立ち上がり、宣言した。

「決めた。僕は藤吉の先生になる。藤吉は魔法の師匠だけどその他の先生になるよ!」

「え?」

 何だって⁉︎

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