道楽 

よろしくま・ぺこり

第一席 日々道楽

 


若くして天才と呼ばれた噺家、萬願亭道楽が突如高座から去って一年が過ぎた……






 道楽は、毎朝二匹のねこにたたき起こされる。だいたい午前五時ごろである。

 夏の頃ならばすでに日の出を過ぎているから良い。しかし冬の盛りに、その時刻はまだ暗い。ねこらは他人の気も知らず、朝飯をねだって、熟睡する道楽の腹の上に猛烈にダイブするのである。

「げふっ」

 毎度のこととわかりつつも、この瞬間道楽の心臓は一旦フリーズし、その後急速再発進する。体に悪いこと、この上もない。

「いつか死にますなあ」

 目覚める度、道楽は思うのである。

 

「しかし……なぜ五時なのでしょう」

 いつだったか道楽は疑問に思い、妻の書斎から『にゃんにゃん 可愛いねこの飼い方』(キャットリーヌ聖子著)という本を取り出し、奴らの生態を研究したことがある。それによると、

『ねこちゃんたちは毎朝五時ごろにえさをもとめて動き出します。それは本能のなせる業でございます。なぜならばその時間帯はねこちゃんたちが野生時代に主食としていたネズミさんたちの活動時間だからでありますのよ……オホホホ』

 ということであった。(オホホホは著者名から生み出された道楽の妄想である)

「うむう」

 道楽はここで深く思うのである。

「じゃあネズミさんはなんで五時に起きるのですかねえ」

 その質問に答えられる本は妻の書斎には無かった。

 ガックリ。

 

 二匹のねこは美食家である。七才になる《ちくわ》は長年の飽食がたたって半年前から痛風と糖尿病を患い、現在は動物病院で処方された、治療エサしか食べてはいけないことになっている。しかしどうもこれが美味くないらしい。(ただし、それを口にしたことはないので、あくまでも想像であるが)道楽がそれを皿に盛るたび、

「にぎゃーっ」

 と激しく不満をもらす。一方、三才になる白ねこ《とんぶり》にはN社のモンプーチンというキャットフードの高級チキン&シーフード&マタタビ・デラックスという、いったいどういう味なのかと疑問に思えるものを与えているのだが、(もちろん実際にそれを口にして確かめるつもりは無い)どうも食いっぷりがよろしくない。どうしたものかと思案していると、なんと《とんぶり》のやつ、《ちくわ》の治療エサをうまそうにぱくつきだした。《ちくわ》の方とて、あるじ無き高級チキン&シーフード&マタタビ・デラックスに向かって、ねこまっしぐらになるのは必定である。

「これこれ!」

 道楽は二匹に教育的指導を施すが、ねこの耳に念仏である。

 南無阿弥陀〜、ちーん。 


 ねこの朝飯がつつがなく終わると今度は人間さまの番である。

 道楽は妻と二人暮らしである。子供はいない。

 現在、自主失業中の道楽はこの妻の稼ぎで生かされている。だから朝食を作るのは道楽の仕事である。(妻は別室で熟睡中である)

 まずはコーヒーを淹れる。

 妻はコーヒーにうるさく、インスタントなんぞ飲ませた日にはアイアンクローからバックドロップでおならブーってなことになりかねない。なのでわざわざジンバブエ南部に本店を置く、阿弗利加屋(あふりかや)珈琲店から取り寄せたワイルド・ブレンドを豆から挽き、これまたわざわざ空輸した日本百名水の一つ、北海道京極温泉の湧き水を沸かして、サイフォンとガーファンクルでネルドリップするのである。

「ポツポツポツ……」

 したたり落ちるコーヒーの雫をみるたび道楽は点滴を思い浮かべる。

「ああ、この前点滴を打ったのはいつのことでしたかねえ」


 それは一年前の冬のことである。

《横浜わいわい座》での夜の独演会の高座直後、突発的な呼吸困難に襲われ、道楽は付き人の来楽に伴われタクシーで桜木町の夜間救急病院に担ぎこまれた。

「た……たばこの……す、吸いすぎ……ですかねえ」

 そのころ一日二十箱ほどたばこを吸っていた道楽はそれが原因であろうと思い鼻から牛乳ならんチューブを垂らして酸素ボンベで徘徊する自分を想像し、恐怖と絶望感にとらわれ打ち震えた。

 薄暗い待合室。ちょうどインフルエンザが流行っているのか、額に《冷えピタ!》を貼った子供たちの阿鼻叫喚の渦中、道楽は、

「い、息が……詰まって……し、死ぬのは、死因の……中でも……さ、最悪ですなあ」

 と思った。(思ってるだけで口にしていないのに言葉が絶え絶えなのはちょっとした愛嬌である)

 やがて、

「○×さん、どうぞ」

 道楽の本名が呼ばれ診察室に招きいれられた。

「どうしました」

 夜勤で疲れ気味の若い医師に道楽はあえぎながら症状を語りだす。しかしそこは語りのプロ、若くして天才と呼ばれた萬願亭道楽だ。軽妙かつ深遠な話しぶりに若い医師は思わず引き込まれてしまう。なにせ客は医師ただ一人、あなたのためだけに開かれた道楽の独演会なのである。

 ……といったことがあったかどうか定かではないが、医師は道楽の訴えを真摯に聞き、その後レントゲン撮影など行い、導かれた結果は、

「○×さん、あなた喘息ですね」

 というものだった。

「ぜ、喘息ですかあ……」

 呆然とする道楽。

「喘息はアレルギーの病気です。原因としてハウスダスト、犬猫の毛やふけ、さらには車の排気ガスや精神的ストレスなどさまざまな要素が考えられますが、なにかお心当たりでも?」

 道楽の脳裏に《ちくわ》と《とんぶり》のにやけたデブ顔が浮かぶ。

「ねこ……が……おります」

 そっと打ち明ける道楽。

「ねこですか……早く捨てたほうがいいですね」

 若い医師はねこちゃん愛護協会(会長、キャットリーヌ聖子)の方々に虐殺されそうなことを平気でおっしゃる。

「はあ」

 道楽とてできればそうしたいのは山々である。しかしそれはできない。なぜなら《ちくわ》と《とんぶり》の飼い主は道楽ではなく妻なのである。もし妻にねこを捨てろなどと言ったならどうなる? 捨てられるのは間違いなく自分のほうである。

 その後、道楽はやさしそうな看護婦さんに病室に連れ立てられ、喘息治療の点滴を施され、それが終わると、病院からそうそうに追い出された。

「お大事に!」

 時に夜中の三時。

 しぶしぶ迎えに来てくれた妻の車に乗り、心配し、残ってくれていた来楽を彼の安アパートに送り届けてのち、自宅に辿り着き、すぐに床についた。そして翌日高座にあがると演目のクライマックスで突如、

「もう一度、修業をし直して参ります。しばらく姿を隠しますが探さないでください」

 と客席においとまを告げた。


 その日の彼の心の中を今は語るときではない。


 過去を振りかえっている間にコーヒーは出来上がっていた。

 気がつけば目の前に寝起き直後で素顔の妻。(描写はとても不可)

 妻は朝、機嫌が悪い。怒られないようにコーヒーを差し出す。

 一口すする。

「……苦い」

 そういうと妻は化粧を始めた。

 自分の広い部屋も洗面所もあるのに妻はダイニングで化粧をする。なので道楽は毎朝彼女の作業工程を眺めている。それは巨大な商業ビル建設に似ている。まずは化粧水で基礎をしっかり固め、足場を築き、コンクリートならんファンデーションを塗り固めていく。しわはパテで埋め、一重の目蓋はアイパッチンで二重に加工される。最後にアイシャドーやら口紅やら頬紅やらでデコレーションしていき、あの畑しかなかった田舎に巨大ショッピングセンター大オープン!

「やば!」

 化粧が終わると妻慌てだした。遅刻しそうなようだ。急いで着替えると、なにも食べずに出て行った。というか道楽もコーヒーを淹れただけでまだなにも作っていなかった。

 毎朝、こんな調子である。

 道楽は自分のためにトーストとベーコンエッグを焼き始めた。


 専業主夫たる道楽にとって掃除洗濯は必須項目である。

 だが案外それらは苦にならない。現代はいろいろと便利な道具が揃っているからだ。

 掃除にはワイパーを使う。掃除機やほうきと違ってワイパーはほこりが立たない。だからアレルゲンである《ちくわ》と《とんぶり》のむだ毛を吸わなくてすむ。

「くりんくりんくりーん」

 とレレレのおっさんのようにワイパーを振り回し、

「しゃかしゃかしゃか」

 とカーリングのごとくフローリングをこすると、

「ほーら、こんなに」

 とばかりに綿ぼこりやねこっ毛がワイパーのシートに捕獲されて、ある種のカタストロフィーを感じる。何事もやる気は達成感から生まれるのである!

 洗濯だって簡単だ。妻のシャツの袖口に《お洗濯の前に塗れケア・襟、袖用》を塗りたくり、パンツの黄ばみ(これは道楽自身の物)に、《感歎! 毎度ハイパー》という漂白剤をシューとふりかけて、あとは全自動洗濯機に投げ込めばよいのだ。いい時代だ。

 ひとり悦に浸る道楽。しかし彼は調子に乗りすぎて洗濯機に洗剤を入れ忘れていることに全く気付いていない。いくら全自動とはいえそこまではやってくれまいに……嗚呼。


 滞りなく掃除洗濯が終われば十時の休憩である。

 道楽はまた湯を沸かす。しかし今度は京極の湧き水ではなくただの水道水である。稼がぬものに贅沢は許されまい。

 湯が沸くと道楽は近所(徒歩四十分)のスーパー太平で買ってきた《日光紅茶のリプケンティーバッグお徳用千袋入り》から一袋をとりだし大ぶりの抹茶茶碗に入れ、湯を注ぐ。

《日光紅茶のリプケンティーバッグお徳用千袋入り》の裏書きには『お湯を注いでからそのまま三分ほどお待ちください』となっているが、道楽はものの十秒も待たずにパックを取り出してしまう。

「カップラーメンじゃあ、あるまいに紅茶一杯に三分も待ってられませんよ」

 のたまう道楽。彼は普段は温厚で人当たりが良いのに、へんなところで気が短く偏屈である。かつて仲間内から変人扱いされたのも。そのとらえどころのない性格が災いしたのであろう。だが今、彼の周りは仕事にしろ遊びにしろ万事に多忙な妻と、寝るのと餌を食らうのが仕事の二匹のねこがいるばかり。とくに問題はない。


 紅茶を一口すすると道楽はラジオの電源を入れる。

 道楽はラジオが好きだ。それもFMではなくAMを聴く。AMの雑談感覚、井戸端感覚が好きなのだ。FMはサラウンドが良すぎて敷居が高い。テレビは大ファンのプロ野球、横浜マリンズ戦だけを見る。

 ラジオはAMならばどの局でもいいのだが現在は専ら、ジャパン放送を聴く。なぜなら自宅のラジオではジャパン放送しか、うまく受信できないからである。

 たまには道楽もお隣のカルチャー放送や、ラジオ東京を聴いてみたいときがある。しかしラジオの自動チューナーは95●や113●をキャッチすることなく素通りしていく。たまに違う局を捕らえたかと思うと、「ナンダラカンダラ……ピョンヤン……キムチ……マンセイ!」ってなぜか遠くの平壌放送を傍受してしまって身の危険を感じるはめになるのである。だから男は黙ってジャパン放送を聴くのだ。

 とはいうものの道楽はジャパン放送に不満があるわけではない。実際ジャパン放送はおもしろい。中でも一番おもしろいのが、

『人生相談』

 である。

 別にリスナーの不幸や悩みがおもしろいのではない。それに答えるコメンテーター陣、なかでも、

《ココロに関する著作でおなじみ、エッセイストのマドレーヌYOUさん》

 の存在がおもしろいのだ。

 マドレーヌYOU……なにもご存知ない方ならきっとその名の響きから、うら若き女性を思い浮かべるだろう。しかし、マドレーヌYOU……は男性である。しかも、顔はラジオだから拝見したことはないが、声の感じからしておそらくはオッサン!。

 そのオッサン……いや、ココロに関する著作でおなじみ、エッセイストのマドレーヌYOUさん、リスナーの悩みにたいして、初めはやさしく語り始めるが、ものの核心を突くときは厳しい口調でバーン! と「あなたねえ、それだったら死んだほうがいいよ!」ってな感じで、ああ……辛辣。しかしそこはココロに関する著作でおなじみ、エッセイストのマドレーヌYOUさん、最後はやさしい口調に戻ってリスナーに明るい明日を夢見させるのである。さすがだ! ココロに関する著作でおなじみ、エッセイストのマドレーヌYOUさん。彼のご高説を受け賜るたび、

「私も電話してみようかな」

 と本気で考えてしまう道楽であった。


 さて、お昼休みがウキウキウッキーなのは真面目に稼いでいる皆様だけの特権であり適当に専業主夫している道楽にとっては、

「昼飯をどうしますかねえ」

 と頭を使わねばならない一日の中でも数少ない脳のトレーニング時間である。

 道楽は外食が出来ない。

 それは金がないというもあるが、もっと大きな理由として、

『一人で飲食店に入れない』

 という性格的特徴があるからである。

 道楽は凄腕の人見知りである。出来れば他人とは一切、口を利かずに過ごしたい、そう願っている。これでよくも噺家になれたねえと人は言う。それに対し道楽は、

「落語と日常会話は別のものでございますよ」

 とよく反論したものだ。もしくは

「落語はお仕事、お仕事」とも……。

 しかし自主失業中の今となってはただの引きこもり青年である。(まもなく中年だがな……)

 さてそのひきこもり中年……いや、かろうじて青年の道楽、どうしても他人と話しをせねばならない、そんなときはどうするのか? そのときは事前に稽古をするのである。稽古して稽古して自分の持ちネタにまで昇華させるのだ。そうすれば目の前の赤の他人さまは寄席にいらっしゃるお客様も同然。楽しませねばなるまい。道楽は精魂こめて日常会話する。だから話がおもしろい。他人さまは機嫌を良くして去っていく。すると道楽は「ハーア……」と深くため息、自分に戻る。なんとも疲れる話だ、お気の毒様。

 そんなことはどうでもよかった。問題は昼飯のことである。

 貧しい亭主を慮って彼の妻は毎日、

《栄養補助費》

 の名目で三百円道楽に渡してくれている。ありがたいことである。この貴重な大金どう使う? 道楽は、

「これを使うのはもったいない、もったいない」

 と高崎のダルビッシュ弁当の空き容器を貯金箱にして毎日三百円全額とっておいている。そして昨日の晩御飯の残りをつまんだり、冷やご飯で《道楽炒飯》を作ったりして糊口をしのいでいる。

 ※さてその《道楽炒飯》の作り方だが、

① まず長ネギ、ニンニク、ハムまたはベーコン、チャーシューを細かく刻む。

② 冷やご飯を電子レンジであたため、それに生卵を一、二個落としてよくかき混ぜ、卵ご飯状にする。

③ 軽く熱したフライパンに、ごま油とマーガリンをいれて溶かす。

④ 長ネギ、ニンニク、ハムまたはベーコンかチャーシューを炒める。色がついてきたら塩、粒コショウ少々、愛情一本。

⑤ 卵ご飯をフライパンに入れて炒める。

⑥ 味付けはしょう油、マヨネーズ、ソースを目分量、最後に妻の飲みかけのワインか日本酒を振りかけて、はい、できあがり。

 鉄人自慢の一品である。お試しあれ。


 腹が満ちれば眠くなる。自然の摂理である。道楽は迷うことなく昼寝に励む。

 貧乏人にとって寝るのは最良の時間潰しである。道楽はそう思っている。眠っている限り体力、光熱費、その他もろもろの消耗を極力おさえられる。冬なんてもう布団にくるまっていれば暖房いらずである。さらに『生きた湯湯婆』こと、ねこの《ちくわ》が自分も暖まりたいものだから布団に潜り込んでくる。もうぬくぬくである。道楽は安らかに夢の世界へ引きこまれるのである。


 しかし、昼に見る夢はいつも最強の悪夢だった……。


 道楽は高座に上がっている。

 演目は……えーと、演目は……

 思い出せない。ざわつく客席、額には一滴の冷や汗。

「えー、毎度馬鹿馬鹿しいお話でございますが……」

 道楽はとりあえずマクラを打つ。

 静まる客席。

 その瞬間、道楽の後頭部、噺を収納しているハードディスクの起動スイッチが押された。もう大丈夫。道楽は噺をはじめる。演目? そんなことはもうどうでもいい……。

 瞳を閉じて、快調に噺を進める道楽。その流れに澱みはない。彼は自動演奏する機械仕掛けのピアノのように言葉を奏でる。その心地良さに観客は引き込まれる。

 だが……、

「ガシャッ」

 後頭部に破滅の音が響き、流れが止まった。

 目を開く道楽。

 すると、客席中央、ちょうど道楽の視線の先におそろしく皺深い老人が一人、ぽっかり空中に浮かんでいた。

 老人も目を閉じている。

「ど、どなた様で?」

 うろたえる道楽。

 すると皺深い老人は薄目を開いた。そして、

「おい、道楽」

「は、はい」

「まだまだ、だな」

 そういうと老人は「グワアァーッ!」と大きく口を開き、牙をむき出しにすると邪悪な魔王に変身し、高座の道楽に襲いかかった。

「ギャー」

 絶叫する道楽。しかしその首は既に胴体から離れていた……


 昼ごとに繰り返される悪夢……。


 目が覚めた。

「ああ、よく寝ました」

 大きく伸びをする道楽。彼は今しがたまで見ていた夢のことなど全く覚えていなかった。というより今日まで、毎日このような悪夢が繰り返されていることすら記憶にない。でなければ恐ろしくて、のん気に昼寝などしていられないだろう。幸せな男である。

「さて、お買い物に行きましょうかね」

 そう言うと道楽は布団から立ち上がった。少し首筋が痛かった。


 道楽は自動車の免許を持っていない。さらにバイクや自転車にも乗ることが出来ない。大人だから乳母車や三輪車にも乗れない。

「乗れるのは人の口車だけでございます」

 というのが彼のキャッチフレーズである。

 それゆえ移動手段は主に『歩き』である。お買い物も当然歩いていく。

 道楽の自宅は横浜の郊外である。自然が多くて環境は申し分ない。しかしあまりに郊外すぎて最寄りの駅まで徒歩一時間かかる。下手すると隣の駅のほうが近いのではないかと思えるくらいに遠い。

 とにかく歩く。歩くしかないのである。

 さて道楽の目的地は徒歩四十分先の近所のスーパー太平である。平日の三時過ぎ、辺りは買い物かごを抱えた奥さま方やカートをひいたヤングマダム、無人の乳母車みたいな車を押すおばあちゃんたちでガヤガヤとにぎわっている。当然道楽の気持ちとてウキウキと弾んでいる……訳がない。本当はひとりで買い物になど来たくはないのだ。いつもなら妻の休日に彼女の運転する高級中古車、日参のファイヤーバードに乗って横浜の海沿いに立ち並ぶ大型商業施設ベイスターモールに行き、妻のお金でお買い物したり、妻のお金でごちそうを食べたり、妻のお金で(くどい?)映画を見たりするのである。

 しかしこのところ妻は超多忙である。旦那の稼ぎが無くなった分を取り返そうと無理をしているのだろうか。それとも家事全般から開放され、余った力を仕事に振り向けているのだろうか……その辺は恐ろしくて聞くことが出来ない。

 とにかく道楽はひとり淋しく、妻の書いたお買い物リスト片手にスーパー太平にやってきたのである。

「さてさて」

 道楽は妻に持たされたお買い物リストを広げて見る。それには、

① 米(十キロ入り×二袋)

② モンプーチン高級チキン&シーフード&マタタビお徳用増量パック(十キロ入り)

③ ねこトイレ用砂におわんニャLサイズ一袋

④ 白菜

⑤ しいたけ

⑥ にーんじん

⑦ その他季節のお野菜いかがです?

と書いてあった。

「……」

 完全なイジメだった。


 売り場を徘徊し、なんとか買い物ゲームを終えると、道楽は家路に着いた。右手には、ねこグッズ、左手には季節のお野菜一式、そして背中に人生ならん米十キロ×2を抱えての苦行である。

 ところで道楽は名うての『方向音痴』である。かつて横浜駅西口のゴールデン地下街で迷子になって書店を探して三時間さまよい歩いたことがある。(結局書店にはたどり着けなかった)最近でも《安売りの伝道師 鈍器カルテット》店内であやうく遭難しそうになった。

 道楽がよく迷子になるのには方向音痴のほかにもうひとつ理由がある。彼は行きと帰りで同じ道を歩くのが大嫌いなのである。なんか損をした気になる。だから、

「さっきはあの道を来ましたが、本当はこっちのほうが近いのではないでしょうか」

 などと言って茨の道を選んでしまうのである。(現在は人生も路頭に迷っている)

 この日も結局、近道したつもりが大回りをしてしまい、あやうく多摩川を越えて東京に出てしまいそうになったあげく、ケモノも通れないような崖をすべり降りたり(逆落としだ)、サケも昇ってこなさそうな渓流を飛び越えたりして四十分で帰れる行路を六時間かけて自宅までたどり着いた。あの大荷物を抱えてである。

「やれやれ、今日は大冒険しました」

 一息つく道楽。

 けれど彼は後悔などしていない。

「だって、遠回りはしましたがちゃんと家まで帰って来られたじゃないですか」

 人生もそうならばいいのだけれど……そうそう上手くいくわけもない。


 時刻はもう午後十一時である。夕食の支度を急がねばならない。

「よいしょっと」

 気合をいれると、道楽は鉛のように重い体を持ち上げた。そのとき、

「リンリンリリーン」

 と妻からのTEL。

「今日は飲み会で遅くなる……ガシャッ」

 なんともお忙しい。

 ならば夕食は適当でいいなあと、ほっとする道楽。インスタントの天麩羅蕎麦を軽くすすると、ねこどもにもえさをあたえる。

「これこれ、そっちはおまえのじゃないというのに」(朝のリフレイン)

 やがて、

「ふぁあああ」

 あくびが出る。考えてみれば毎日が五時起きだ。そろそろ眠くなって当然である。

「今日も世の中のお役に立つことができませんでしたねえ……」

 嘆く道楽。だが、

「いや……余計なことは考えてはいけません。心を無に、無にしなければいけません」

 と自分を戒める。そして念仏のようにひとり言をつぶやく。

「心を無に……心を無に……心を無に……心を無に……心を無に……心を無に……心を無に……ココロヲムニャ……ムニャムニャ」

 いつしか道楽は眠りについた。心を無にしたその先にいったい何があるのだろうか。今は誰にもわからない……。

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