第14話 Rape 1
絶え間なく続く震動の中で、慎吾は目が覚めた。
聴こえるのはエンジンの低い唸りで、いつも左耳に響くタイガの声はない。耳腔の違和感が消えているところをみると、イヤホンはどこかで抜け落ちてしまったようだ。
視界を埋めるのは、助手席の黒い背もたれ。座って煙草をふかしているのは浅田だ。隣では覚えのない男が、言葉少なにハンドルを握っていた。
僅かに目線を上げると、スモーク越しに差し込む鈍い街灯の光が高速で過ぎ去る。どうやら、どこか店から離れた場所へ連れて行かれる途中らしい。
(拉致られた、か)
口には布の猿轡が噛まされ、手は後ろに、足も縄らしきものでしっかり拘束されている。下敷きになっている左肩と腰が痛むが、慎吾は意識を取り戻したのを悟られぬよう、そのままの体勢で転がっていた。
(最悪だ……)
気分が悪い。殴られた箇所が鈍く痛み、腹から胸元にもやもやと吐き気が残っている。停車し、発進し、左右へ曲がるたびに、それがじりじりと疼いた。
タイガの忠告を聞いておけば良かった。やり場のない苦さがこみ上げてくるが、今更後悔しても遅い。
それにしても荒っぽい奴等だ。しかも手際良く慣れている。そんな連中に、これからどこかに監禁され身元を調べられるのだと思うと、正直背筋がぞっとした。
車は右折し、でこぼことした未舗装の道へ入った。街灯の光がなくなったところを見ると、どこかの私有地内のようにも思える。
柔らかいサスペンションが伝えて来る不規則な震動が、拘束された身にきつい。そのうちに車は停止し、じきに外から金属の重く擦れる音が聞こえた。
どこかの扉だろうか。
車は再び低速で動き出すと、薄明かりの着いた滑らかな場所へ乗り入れた。
屋内へ入ったらしく、エンジンの音が急に大きく反響する。少し進んだところで停止し、運転席と助手席から浅田達が降りると、続けて慎吾の転がる後部席が両側から開かれた。
「運べ」
乾いた足音が複数聞こえ、気絶したふりを続ける慎吾を、何本かのごつい手が引き摺り出す。手荒に扱われ、誰かの肩に担ぎ上げられてから、慎吾は薄目を開けて辺りを盗み見た。
自分の乗せられて来た車の向こうに、銀色のセダンが停まっている。
床は埃と砂土にまみれたコンクリートで、少し離れたところに、木枠の小振りなコンテナが山積みされている。そこには癖のあるアルファベットやハングル、漢字が書かれており、輸入された物のようだ。
外の音はあまり聞こえず、この場所を特定するには情報が足りない。そう探っているうちに、乱暴に床へ落とされ、運んで来た男の靴先で転がされた。
「うっ……」
「よお、サトルくん。お目覚めかよ?」
右半身を下にしたまま、眩しげに瞼を開ける慎吾を、浅田がにやにやと上から覗き込む。続いて猿轡が外され、慎吾が苦しそうに息を吐いた。
「どこだよ、ココ……」
「どこでも良いだろ、お前が知る必要はねえよ」
「う、っ」
「さ、ぜーんぶ喋って貰おうかなァ、サトルちゃーん?」
おどけた調子で言うと、浅田は慎吾の胸倉を掴み、体育座りのような格好に起こした。
浅田の背後には、見慣れない男達が三人、こちらを見てにやついている。長身で角刈りの男と、巨漢のスキンヘッド、ゴリラのような体躯の髭面は皆黒づくめで、醸し出す雰囲気は明らかにカタギでない。慎吾は少し怯えた表情を浮かべながらも、三人の腰と浅田の左腹にオートマティック銃があるのを確認した。
四対一、しかもこちらは丸腰で縛られている。浅田ともう一人が相手なら、拘束を解くチャンスさえあれば逃げ出せると思っていたが、これは非常に不利だ。
慎吾が完全に縮みあがっていると見て、浅田はしゃがみ込むと、乱れた栗色の髪を優しくかき上げた。
「で、お前は一体どこのモンだよ?」
「……」
「小島サトルっての、偽名だろ。本名は?」
「……」
「ふん、どうした? 怖くて口も訊けねえってか」
唇を引き結び睨む慎吾の額に、汗がじわりと滲む。浅田は鼻で笑いながら身を離し、角刈りへ目配せした。
「何、するっ!」
細く震えた慎吾の声に応えず、角刈りは慎吾の胸倉を掴み上げた。そして右の拳を高々と振り被ると、楽しそうに慎吾を殴り付けた。
「うぐっ!」
一発食らった痛みと共に、口中に鉄の味が広がった。
反動で左へ倒れそうになるのを引き戻されると、今度はスキンヘッドに脇腹を蹴られた。先の尖った白いエナメルシューズがめり込み、刺されるような痛みと共に肋骨が軋む。続けて角刈りに背から床へ引き倒され、心脳と肺が衝撃に縮んだ。
「この野郎!」
「コロすぞゴラァ!」
罵声と共にあちこちを蹴られ、強く鋭い痛みが体中に奔る。慎吾はそれから逃れようと、芋虫のように体を丸めた。
「顔は傷つけるなよ、それから骨も折るな。あんまりオシャカにしたら、吉見がウルセエからな」
浅田は冷たい双眸で指示しながら、蹴られる慎吾を眺めている。
そのうちに腹を蹴られた慎吾がたまらず嘔吐すると、浅田は見下した笑みを浮かべながら、右手を上げて三人を止めた。
「汚えなあ、ゲロしやがってよ。おい、コイツを起こせ」
そう指図され、スキンヘッドが片手で軽々と慎吾を引き起こす。慎吾は苦しげに咳込み、口から涎と血を流した。
「もう一度、訊く。お前の本名は?」
荒い息を吐き、焦点の合わない瞳に浅田がそう問うと、慎吾はしゃがれた声でたどたどしく応えた。
「ホントは、中島……中島、サトル、だ」
「中島ぁ? 嘘臭えな。で、何モンだ?」
「探、偵……」
「何を嗅ぎ回ってた?」
「売春、だ」
「へーえ」
「ホントだ、信じてくれ」
「依頼主は?」
「……」
慎吾が一瞬言い淀んだのを見て、浅田は片手で慎吾の首を掴み、ぐっと力を込めた。
「うっ、ひうっ」
気道を圧迫され、すぐに慎吾の顔が赤く歪む。こめかみや項に血管が浮き、酸素を求める口がパクパクと動くのを見て、浅田はやっと手を緩めた。
「ああ? 何か言ったか?」
「ゲホッ、グッ、言っ、言うから! 地方に住んでる、ごく普通のリーマンに、頼まれて……娘が家出して、帰って来ないから、色々調べたら、ハザードが出てきて、それで、ネタになるかと……」
「ネタ? まったく、サツや週刊誌にでも売りつけて小遣いにしようってか。とんだバカだな、お前」
呆れて吐き捨てられた言葉と共に、浅田の手が離れる。慎吾はそのままぐったりと床へ倒れ、ぜえぜえ息を吐いた。
そうしながらも、薄く開いた眼の端で四人の様子を窺う。
完全にごまかせたとは思わないが、とにかく自分が警官であることを知られてはならない。今は出来るだけ体力を温存し、逃げ出すチャンスを掴む。そのためなら無様なふりなど、幾らでも見せてやるつもりだった。
殺されては元も子もない。生きてこの場を逃げることが、最大の課題だ。
浅田は傍らにいた髭面へ、探偵・中島サトルについて調べるように言い付けた。すると髭面は急いで黒のミニバンに乗り、スキンヘッドが開けた扉から走り去った。
一人減ってくれた。そう慎吾が希望を繋いだところで、今度は入れ違いに、同じような黒いミニバンが一台、倉庫へ入って来た。
エンジンを切り、運転席から髪をオールバックにした中年の男が降り立つ。そしてうやうやしく開けられた後部席から降りた男を見て、慎吾は眼を見開いた。
ミツルである。しかもその傍らには、後ろ手に拘束された真澄がいた。
「ミツル……テメエ!」
「やあ、サトルくん。今夜は仕事休んでゴメンね。僕も色々忙しかったからさ」
慎吾が顔色を失くしていくのを、ミツルは満足げな笑顔で見つめた。
彼が敵である可能性を、疑ったことはあった。だがそれが真実か、見極めることが出来なかった。
(俺の、せいだ。俺が真澄を……)
折れかける心を押しとどめ、真澄をじっと見つめる。真澄は殴られたらしく頬を腫らしていたが、慎吾をしっかり見つめ、大声で叫んだ。
「兄ちゃん、助けて、兄ちゃんっ!」
「なあ、ソイツは関係ねえだろ、どうして拉致ったんだ!」
「怪しいからさ。サトルくん、今夜街中で、この子と内緒話してたでしょ。ねえ、他にも仲間がいるんだよね?」
「いねえ、俺一人だ! ソイツはたまたま会っただけで……」
「無駄だよ、嘘吐いても。吉見が君にお使い頼んだ時、君に盗聴器を仕掛けたんだ。とっても小さかったから、気付かなかったみたいだね。おかげで君の声は全部筒抜けだったよ」
「何、だと?」
残念でした、と軽い調子で笑うと、ミツルは真澄を床へ転がした。そして傍らに立っていたオールバックから銃を受け取ると、ガチャリとスライドを引き、真澄へ向けた。
「ひぃっ!」
「止めろ、頼む、撃たないでくれ!」
「どうしようかなあ、全部ホントのこと話してくれたら、撃たないであげても良いよ」
卑怯な交換条件に、腸が煮えくり返る。思考が怒りで凝固しそうになりながらも、慎吾は今の状況を必死に分析した。
真澄が仲間であることはバレた。だが彼は未だ女装のまま、自分を兄ちゃんと呼んでいる。と言うことは、怪しまれているにしろ、真の身元が割れた訳ではない。なら出来るだけ時間を引き延ばし、脱出の機会を掴んでやる――慎吾がそう決意した時、浅田が口を開いた。
「なっさけねえなあ、サトル。大の男が、イイだけビビりやがってよ」
「頼む、もうアンタ達のことは追わない。今まで集めた情報も全部消す、全部忘れるから!」
「じゃあ、店にカメラ仕掛けたのは?」
「俺だ、俺がやった」
「店長のパソコンを弄ったことは?」
「俺が、少しだけ。でもパスワードが判らなくて、開けられなかった」
「嘘はすぐばれるぜ?」
「ホントだ、頼む、信じてくれ!」
あくまでも探偵の中島サトルとして、本気で浅田へ懇願する。それを眺めていたミツルは、何も言わずに真澄へ視線を向け、無表情に引き金を引いた。
「あっ!」
軽い発砲音と共に、真澄の露わになった太腿が勢いよく弾け、真っ赤な血に染まる。途端に真澄は体を折り曲げ、打ち上げられた魚のように悶絶した。
「ぎゃあああっ! いた、痛い、ひいっ、兄ちゃ、兄ちゃああん!」
「真澄!」
「ああ、ごめん。手が滑っちゃった。誰かこの子、止血してやって。それからうるさいから、何か噛ませといてよ」
「ミツル! この野郎、覚えてろ、絶対ぇ許さねえ!」
拘束されているのにも関わらず、慎吾が射るような勢いで怒りを露わにする。浅田はあからさまに溜息を吐くと、白けた顔でミツルを睨んだ。
「テメエはスタンドプレイが過ぎるぜ。そう言うヤツは、ここじゃ嫌われるぞ?」
「そう? あんまり浅田さんが時間掛けてるから、僕がすぐ終わるようにお手伝いしようと思ったんだけど」
「うるせえな。テメエは所詮アッチの人間だ。ここは俺の国で、テメエの国じゃねえ。もう二度と出しゃばるな、テメエの仕事は、俺達とアッチを繋ぐことだろうが」
「そうだね。じゃあ立ちっぱなしでいるのも疲れるから、僕は車で待たせて貰うよ。あ、この子の処分も任せるから」
ミツルはまるで遊びに飽きた子供のように、乗って来たミニバンの助手席へあっさり乗り込んだ。
「待てコラ、ミツル!」
慎吾は何とか近寄ろうと這いつくばり、必死に体を捩っている。それを見ている浅田の中に、ふと歪んだ欲望が沸いた。
(コイツ……美味そうじゃねえか)
浅田は元来、サディストの気がある。男だろうが女だろうが、そのプライドをズタズタに裂き、足元に跪かせるのが好きだ。特に慎吾のような、仲間のために本気で怒れる正義漢が好物である。屈服させたときの快感が何よりたまらないからだ。
同性からのレイプという、男として最大の辱しめに、慎吾の泣き喚く姿を想像する。せり上がる邪な興奮が下腹を脈打たせ、浅田の唇を動かした。
「おい、コイツを車の方に連れてけ。それから、ボンネットに俯せで押さえ付けろ」
「ヤるんですか?」
「まあな。どのみちコイツら、処分するんだ。そんくれえ、楽しんだって良いだろ」
浅田の性癖を知っているらしく、角刈りとスキンヘッドが口の端をイヤらしく上げる。彼等もまた、同じ穴のムジナだ。二人は嫌がる慎吾を挟んで立たせると、そのまま引きずり、指示通りの格好を取らせた。
「テメエ、何しやがる、離せ!」
「あれだけ蹴られても、まだイキが良いんだな。ま、獲物はそうでなくちゃつまんねえ」
「まさ、か……よせ、止めろっ!」
事態を察した慎吾が必死に叫ぶが、拘束されたままガッチリ押さえ込まれれば、逃れる術はない。あっというまにジーンズと下着が下げられ、あちこち赤痣の付いた白い尻がさらけ出された。
「良い格好だな……あれえ? サトルちゃーん、お前の尻の孔、結構使い込んでねえ?」
「触んな畜生、この、うっ、ぐあっ!」
欲を滲ませた声と共に、両の尻たぶを思い切り左右に引かれ、いきなり指を捩じ込まれた。その痛みが、二年前に受けた暴行の記憶を呼んだ。
(助けてくれ!)
暴力、嘲笑、肉を裂かれる痛みと死にたくなるほどの屈辱。いつ終わるとも知れない地獄のような行為が、また繰り返される──恐怖が慎吾の全身に絡み付き、四肢を震えさせる。吐き気に冷汗が滲み、思考が停止する寸前、タイガの顔が脳裏をよぎった。
(タイガ……!)
助けに来て欲しいと心底願った。来るはずがないと判っていても、浮かんだ面影にすがらずにはいられなかった。
「何だ、処女じゃねえのかよ? つまんねえなあ、でもまあ、良いだろ」
何度も唾を落とされ、多少の水気を纏った指が、容赦なく孔を広げていく。やがてそれが抜けると、今度は浅田の性器が宛がわれた。
「う、うわあああっ!」
慎吾はたまらず、のたうち回って暴れた。この先に待ちうけるのは、恐ろしいほどの恐怖と苦痛だ。だが浅田はどす黒く笑いながら、拳を振り上げた。
「力、抜きやがれコラ!」
「がっ!」
こめかみを強く殴られ、気が遠くなる。視界がぐるぐる回り暗転して行く。遠くで浅田の毒々しい笑い声が幾重にも響いた。
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