俺はラブコメがしたいッ！

第54話・気になる×言葉

　まひるちゃんと偶然に道端で遭遇した俺は、一緒に駅前にある本屋へ来ている。

　店内には沢山の本が綺麗に並べられていて、俺は出入口横の一角にある新刊とお勧め書籍のコーナーを見ていた。

「あっ、もう新刊が出てたんだな」

　俺はお気に入り作品の一つである、『俺に妹は居ないはずだが、突然妹ができました。』の新刊漫画を見つけてそれを素早く手に取った。

「あっ、お兄ちゃんもそれを読んでるんですね」

「まひるちゃんも見てるの？　面白いよねこれ」

　まひるちゃんとの意外な共通点を見つけ、ちょっと嬉しくなってしまう。

　共通の趣味や話題があるってのは、相手へのより強い親近感を与えてくれる。その相手がまひるちゃんのように可愛い子なら、なおさら嬉しく感じるもんだ。

「はい。主人公の妹への愛情が強くて、とても心が温まりますよね」

　こういった視点や立場の違いからの感想が飛び出すからこそ、共通の趣味がある相手との会話は面白い。

「主人公も結構苦労してるけどね。でもあんなに素直で可愛らしい妹が居たら、あれだけ世話を焼きたくなる気持ちも分かるかな」

　その言葉を聞いたまひるちゃんが、じーっと俺の顔を見つめてくる。

　そんな見つめるという仕草一つが超絶に可愛いのが、この兄妹の恐ろしいところだ。まあはっきり言ってこの兄妹は存在そのものが可愛いんだけどな。

　しかもまひるちゃんと出会ってからは更にまひろが女子に見えるようになってしまい、俺は最近まひろに対して妄言を吐く事が多くなっていた。これは我ながらヤバイと思っている。

「お兄ちゃんて、この本に出てくる妹さんみたいな子が好きなんですか？」

　正面から上目遣いで俺の顔を覗き込んでくるまひるちゃん。その天然物の可愛さをいつまでも凝視できない俺は、その視線から逃れる様に目を逸らした。

「う、うん。好きかな。でも多分、大多数の男はああいう感じの子が好きだと思うよ？」

「そうなんですね」

　そう言うとまひるちゃんは何かを考え込む様に瞳を閉じる。

　そして何かを納得したかの様にウンウンと頷くと、ぱっと瞳を開けてからにっこりと微笑んだ。

「えいっ！」

　にこやかな微笑みを浮かべたかと思うと、まひるちゃんは突然俺の左腕に自分の両腕を絡めてきた。

「ちょっ！？　まひるちゃん！？」

　いきなりの行動に驚き慌てふためいてしまう。

　そしてまひるちゃんとの距離が一番近くなった時、何だかまひろが近くに居る時と同じ良い匂いを感じた。

「えへへっ。今日はこのままお兄ちゃんとデートだよ！」

「あっ！　まひるちゃん。この行動とセリフ、この作品の明日香ちゃんがしてた事の真似でしょ？」

「あっ、やっぱり分かっちゃいましたか？」

　俺の左腕をきっちりと両腕で抱き包んだまま、まひるちゃんはにこやかな笑顔を浮かべた。ちゃんと作品を読み込んでいる事が分かって嬉しくなる。

　それにしても、こうやって抱きつかれているのを周りの人が見たら、俺達の関係はどの様に見えるのだろうか。仲の良い兄妹に見えるのか、それともラブラブなカップルに見えるのか、何となくそういった事が気になってしまう。

「それでまひるちゃん、この腕はいつまでこのままに？」

「ん？　私は今日はこのままって言いましたよ？」

「えっ？」

「さあ、色々見て回りましょう。お兄ちゃん」

　まひるちゃんの可愛さと強引さに圧倒されながら書店の中を見て回る。

　しかしあちこちのコーナーを見て回ったのはいいけど、俺は自分の腕を抱き包むまひるちゃんの事が気になり、本をじっくりと見るどころではなかった。

　そして結局、最初に手にした本だけを購入してそのまま二人で本屋を出た。

「お兄ちゃん、せっかくだからどこかで食事でもしながらお話をしませんか？」

　本屋を出てどうしようかと思っていたその時、まひるちゃんが抱き包んでいた俺の腕から両腕を離して正面に立ち、そんな提案をしてきた。

　その言葉を聞いて携帯を取り出し時間を見ると、時刻は午前１１時半になろうとしているところだった。家を出たのが１０時半頃だったから、家を出てから既に１時間が経とうとしている事になる。どおりで小腹も空いてくるわけだ。

「そうだね。どこかで軽く食事でもしよっか」

　まひるちゃんはその言葉に嬉しそうに頷くと、再び俺の腕をしっかりと両手で抱き包んだ。

　何だか今日のまひるちゃんは積極的と言うか強引と言うか、いつもとは違った印象を受ける。

　そして俺はまひるちゃんを連れ、本屋さんから近い行きつけのファミレスへと訪れた。

　店内は混んでいるかと思ったけど、予想していたよりは混み合っていなかった。休日のお昼時なのに珍しいなとは思ったけど、ゴールデンウィークで多くの人が遠出をしている事を考えれば納得はいく。

　二人で空いている角の席へと座り、メニューに目をとおしながらそれぞれに希望するメニューを注文をし、その品が来るまで他愛のない話に華を咲かせていた。

「それにしてもさ、まひるちゃんとまひろって本当に似てるよね」

「そうですか？　どのあたりが似てます？」

　どのあたりも何も、瞳の色以外はどこが違うのかまったく分からない。つまり外見だけで見れば、まひろかまひるちゃんかを判断するのは不可能に近いわけだ。それぐらいにこの二人は似ている。

「うーん……どのあたりと言われても、どこに違いがあるのかを探すのが難しいくらいだよ。外見上はね」

「そうなんですね。でも外見上って事は、性格は全然違うって事になるんですか？」

「そうだね。共通点みたいなのはあると思うけど、基本的には違うかな」

「それじゃあ、お兄ちゃんから見て私はどんな性格なんですか？」

　本当に今日のまひるちゃんは色々な質問をしてくる。

　それにしても、まひるちゃんの様子は興味で聞いていると言うよりは、どことなく探りを入れていると言った感じがするのはなぜだろうか。

「んー、まひるちゃんは元気が良くてハキハキしてて、とっても明るいって感じかな」

　俺が思うに、まひるちゃんとまひろはある意味で真逆に位置する性格をしている部分が多い。

　例えばまひろは物静かで大人しいタイプだが、まひるちゃんは積極的に喋ってくるし、行動もわりと積極的だ。

「そうなんですね。他にはどんな違いがあります？」

　まひるちゃんの更なる質問に俺は思いつくままの違いを上げていったが、こうやって口に出して並べていくと結構色々と違う点があるもんだなと思ってしまう。

　そして俺が色々と話す間、まひるちゃんは終始真剣にその話に耳を傾けていて、その様は一言一句を聞き逃すまいと言った感じに見えた。

「――あっ、メールだ。ちょっとごめんね、まひるちゃん」

「はい。どうぞ気にしないで下さい」

　ファミレスに入ってから１時間程が経った頃、俺の胸ポケットで携帯がブルルッと震えた。

　まひるちゃんに一言断りを入れてから携帯のメールを見ると、そこには杏子からのアイスクリーム催促メールがあった。

　――しまった。まひるちゃんとの会話に夢中になり過ぎたな。

「まひるちゃん。結構長居したし、そろそろ出よっか？」

「あっ、何かこの後に用事があったんでしょうか？　だったらごめんなさい……」

「あ、いや。妹にアイスクリームを買って来てって頼まれてたのを忘れててね。いくら何でもこれ以上待たせたら可哀想だからさ」

「そう……なんですね」　

　今まで楽しそうにしていたまひるちゃんの表情がしょんぼりとし、明らかに残念そうにして俯く。

「ごめんね、まひるちゃん。今度何か埋め合わせをするからさ」

「本当ですか？」

　力強くウンウンと頷くと、まひるちゃんはそれで納得してくれたらしく、またいつもの可愛らしい笑顔を俺に向けてくれる。

　それから支払いを済ませて外に出ると、まひるちゃんは再び俺の腕を抱き包んできた。

「ねえ、まひるちゃん。こんな事して大丈夫なの？」

「こんな事とは？」

　まひるちゃんは言葉の意味が分からなかったらしく、可愛く小首を傾げている。

　その可愛らしさにドキッとした俺は、つい質問した内容を忘れそうになってしまう。

「こ、この腕組みの事さ。学校の友達とか知り合いに見られたら嫌じゃないの？」

「どうしてですか？」

　どうしてですかって……女子って普通そういうのを気にするもんじゃないのだろうか。

　男は相手が好みのタイプならそういったところは気にしないってのはあるだろうけど、女子はそういった事から生じる噂とかを相当に気にするものだと聞いている。

　情報源（ソース）は茜だ。まあその話を聞いたのが茜だから、どこまで信憑性があるかは分からないけどさ。

「噂になったら恥ずかしいとか、自分の好きな人に知られたら嫌だとか、色々あると思うんだけど」

　それを聞いたまひるちゃんはそっと手を離し、そのまま俺の正面に来る。

　そして真剣な眼差しで俺を見据えた後、その小さく可愛らしい口を開いた。

「私はそんな事気にしませんよ。だって私はお兄ちゃんが――」

　そこまで言葉が進むと同時に、突然まひるちゃんは俯いて沈黙する。

　そしてまるで教会のシスターがお祈りでもする時の様に自分の左手と右手を重ね合わせ、その重ねた手を胸の中心へと運んでいた。

「わた、しは……お兄ちゃんが…………」

　俯いているから表情はよく分からないけど、その両肩が震えているのが分かった。

「だ、大丈夫？　肩が震えてるけど」

　俺は心配のあまりまひるちゃんの肩に右手を伸ばしていく。

「……大丈夫ですよ、お兄ちゃん」

　もう少しでその肩に手が触れようかという時、まひるちゃんは俯かせていた顔をサッと上げていつもの微笑みを浮かべた。

「ほ、本当に？　ちょっと様子が変だったみたいだけど」

「本当に大丈夫ですよ。ちょっとだけぼーっとしちゃっただけですから」

　こうして見る限りでは確かに具合が悪い様には見えない。まあとりあえず、本人が何とも無いと言うなら安心だ。

「ごめんなさい、お兄ちゃん。私帰りますね」

　そう言って一歩右足を後ろへ引くと、すぐ近くにある駅の方へと向かって歩き始める。

　だがまひるちゃんは数歩くらい歩いてからピタリとその足を止めてこちらを振り返ると、何かを思い出したかの様な顔をして俺の前へと戻ってきた。

「大事な事を言い忘れてました。また私とデートして下さいね」

「あ、ああ。分かったよ」

　その時のまひるちゃんが見せた表情はちょっと印象的だった。

　寂しさと切なさが混在している様な表情。俺がそう答えなければ、ここからすぐにでも居なくなってしまいそうな儚さ、そんなものを感じさせた。

「良かった……さてと、これ以上一緒に居たらまた余計な事を言いそうになって怒られちゃうから、今度こそ帰りますね。またね、お兄ちゃん」

　まひるちゃんは心底ほっとした様に微笑むと、今度はこちらを振り向く事も無く駅の方へと去って行った。

　俺はまひるちゃんが駅のある建物の中に消えた後も、彼女が去った方を見つめながらその場に立ち尽くしていた。まひるちゃんの言った『怒られちゃう』という言葉がとても気になっていたからだ。

　そして俺は考えても答えの出ない問題をいつまでも考えながら、杏子に頼まれたアイスを買う為に近くのスーパーへと歩き始めた。