俺はラブコメがしたいッ！

第48話・リア充×体験

　ぽかぽかした心地良い陽気の中、満開の桜の下で俺達はお花見を始めていた。

　しかし日本におけるお花見というのは基本的に花を見ていない場合が多い。俺達もそんな日本人の典型集団で、まさに花より団子状態だ。

　そんな花より団子状態の花見が始まってから２時間程が経った頃、俺は沢山の人達で賑わう丘の下の公園でまひろと手を繋いで歩いていた。

「な、何だか照れちゃうよね……」

「そ、そうだな……」

　まるで恋愛漫画のワンシーンの様に桜の花びらが舞い散る中、俺とまひろは続かない会話を繰り返しながら公園を歩いている。

　普通なら男と男が手を繋いで歩いている光景は周りから奇異な目で見られるだろう。

　しかしそこは流石まひろと言うべきか、この状況を変な目で見る者など一人も居ない。むしろ初々しいねと言った感じの優しげな視線を向けてくる人達ばかりだ。

　多分だけど俺達が付き合い始めたばかりのカップルに見えているんだろう。

「そ、そろそろ戻ろうか。まひろ」

「う、うん。そうだね」

　頬を紅く染めながら柔らかに微笑むまひろ。その仕草のなんと可愛らしいことか。もしもどんな願いでも叶えてくれる神様が居るなら、俺は間違い無くまひろを女にしてくれと願うだろう。

　こうして予定どおりに公園をぐるりと一周した後、俺とまひろは手を繋いだまま花見をしていた場所へと戻り始める。

「――お帰りお兄ちゃん。どうだった？　まひろさんとの手繋ぎデートは？」

　ニヤニヤしながら俺達を出迎える杏子。その小憎らしい表情もさる事ながら、何とも答えにくい事を聞いてくる。

「どうもこうもねーよ。友達同士が手を繋いで歩いて来ただけじゃねーか」

　俺は平静を装ってそう答えるが、実際に手を繋いでいる時は相当にドキドキしていた。だって男なのに手は凄く柔らかで滑らかな感触だし良い匂いはするし、何より緊張している表情がこれまためちゃめちゃ可愛いし、これで緊張するなって方が無理な話だと思う。

　しかしそんな事を杏子に正直に言えばどんな災いに見舞われるか想像がつかない。自分の身は自分で守らないといけないのだ。

「ふう～ん……まあそういう事にしておくね」

　杏子はお兄ちゃんの心はお見通しだよと言わんばかりの意味深な言い方と表情をする。

「まひろさん、大丈夫ですか？　顔が真っ赤ですよ？」

「あっ、うん。大丈夫……」

　さすがは美月さん。うちの妹と違って気遣いの出来る女性だ。

「さーて、龍ちゃんもまひろ君も戻ったし続きをやろっか！」

　俺達は一通り花見を楽しみながら、茜達が作ってきたお弁当に舌鼓を打っていた。

　そしてその途中、美月さんからの提案でゲームを始める事になった。最初は単純な宴会芸的な意味合いでのゲームと思っていたのだけど、その予想は見事に大外れ。俺とまひろを先程の様な状況に追いやる原因となった。

「それではゲームを再開しますね」

　高らかに再開を宣言する美月さん。その表情は凄く楽しそうだ。

　俺は美月さんの持つノートパソコンの画面に注目する。そこには美月さんの自作ゲームが映し出されていて、次の順番である杏子がサイコロを振ろうとしていた。

「えいっ！」

　画面上で二つのサイコロが転がって行く。そして止まったサイコロが示した総数は八。その分だけ自動でマスを進んで行く杏子の駒。

　ポンポンと進んで行くその駒が止まった後、杏子は再び画面に出てきたプッシュの表示を指で押す。

「えーっと、三番が二番に飲み物を飲ませてあげるだって」

「げっ！？　二番は俺じゃねえか！」

「わーい！　じゃあ早速。はい、お兄ちゃん」

　傍（かたわ）らに置いてあった酔いどれ気分を手に取り俺の口元まで持って来る杏子。

　ノリノリなご様子の杏子を見ながら渋々口をつけると、ゆっくりと缶を傾けて飲ませてくれた。何て言うか、傍から見るとかなり滑稽な様子に映ってるんじゃないだろうかと思う。

「お兄ちゃん、美味しかったでしょ？」

「んー、味はまったく変わらんな」

「えーっ！　そんなはず無いよ。私がたっぷりと愛情を注いで飲ませたんだよ？」

　この妹はよく恥ずかしげもなくこんな事を言えるな。ある意味で感心してしまう。

「はいはい、美味しかった美味しかったー」

「もうっ！　お兄ちゃんのバカッ！」

　プイッとそっぽを向く杏子。そう毎回毎回、我が妹様のご機嫌を窺ってばかりもいられないんだ。

　そっぽを向いて頬を膨らませたままの妹を見ながら苦笑いを浮かべる。

　さて、俺達がいったい何のゲームに興じているのかと言うと、このゲームはリア充体験ゲームと言ってサイコロを振って進んで行くボードゲームと原理は同じだ。だけどそのマス目に書かれている内容が結構恥ずかしいのが多い。

　作ったのが美月さんだからというのもあるだろうけど、内容にかなりの偏りがあるのも事実で、マス目の内容からは美月さんが持つリア充像というものが見てとれる。

　ゲームを進める順番はまひろ、俺、杏子、茜、美月さんの順で進む事になっていて、止まったマス目の内容は絶対に遂行しなければならない――という、王様ゲームばりの厳しさだ。

　そのマス目には遂行する内容だけが書いてあって、何番が何番にという部分だけは駒が止まった後に画面を押す事でランダムに決定される仕様になっている。

　ちなみに一番のまひろが止まったマス目の内容は、一番が二番の人に膝枕をしてあげるだった。まひろに膝枕をしてもらうなんて事が人生の中であるとは思ってなかったけど、何て言うか結構――いや、かなり良い感じだったという事だけは言っておこう。

「次は茜か。変な所に止まるなよ？」

「そんな事言われても困るよ……」

　そう、このゲームの恐ろしいところは内容だけが分かっていて、誰が誰にそれをやる事になるのかがまったく分からないところだ。運が悪いと自分で自分の首を絞める事にもなりかねないところが恐ろしい。

「ていっ！」

　茜がサイコロを画面内で転がすと、その総数は十二となった。進める数の最高値、一気にゴールへと近付ける絶好のチャンスだ。

　そして駒は自動で出た数の分だけマス目を進んで行く。

「う、嘘……」

　茜が駒の止まったマス目の内容を見て青ざめる。そこにはこう書かれていた。〇〇番が〇〇番にキスをする――と。

　マス目に駒が止まったら次はいよいよ番号の決定だ。茜は震える指で優しく画面をタッチする。

「あらっ」

　出た番号を見て美月さんが声を上げる。

　決まった番号は四番と五番。つまり茜が美月さんにキスをするという事になる。

「うそぉ――――！？」

　茜が頭を抱えて悶える。これはこれで見ているだけなら面白いんだがな。

「はあっ、良かった……」

　流石のまひろも大きく息を吐いて安堵している様に見える。

　茜と美月さんには悪いけど、俺もまひろと同様でかなりほっとしていた。

「お兄ちゃんと私になれば良かったのに……」

「何か言ったか？　妹よ」

「ん？　何も言ってないよ？」

　平然とそんな事を言ってのける我が妹。何だか恐ろしげな言葉が聞こえた気がするけど、ここは聞かなかった事にしておこう。

「さあ茜さん。いつでもどうぞ」

「ええっ！？」

　美月さんは潔く茜の前に行って目を閉じる。そんな美月さんを前に茜は更に動揺が酷くなっている様だった。

「だだだだって、キキキキスだよ！？」

　ここまで慌てふためく茜はなかなか見れるもんじゃない。まあ元々そんなに落ち着きのある方でもないけどな。

　状況が状況なら思いっきり笑ってやってんだが、もしもこれが自分だったらと思うと素直に笑えない。恐るべしリア充体験ゲーム。

「落ち着いて下さい茜さん。好きな場所でいいんですよ？」

「えっ？」

　――なるほどっ！　その手があったか！

　俺は美月さんの言いたい事に気付いたけど、茜は呆気に取られた表情をしたまま固まっていた。

「…………あ、ああっ！　なるほど！」

　しばらく固まっていた茜も美月さんの言いたい事に気付いたらしく、ほっとした様子で立っている美月さんの前に跪（ひざまず）いてその手を優しく握り、その白く綺麗な手の甲にそっと軽く触れるようにキスをした。

「これでクリアーだよね！」

　ある意味せこい気もするけど、どこにキスをするという指定が無い以上はこれでＯＫだろう。下手な事を言うと自分がこういう事態に陥った時に逃げ場を塞がれる可能性もあるからな。

「そうですね」

　美月さんがにこっと笑顔でそう答える。

　こういった際どい内容にはそれなりの逃げ道を用意しているのかもしれない。流石は美月さんだ。

「それにしても茜、男らしいキスだったぜ！」

　まるで恋愛劇のワンシーンを見ているかの様な見事な手の甲へのキスだった。俺にはあんなに格好よくできないわ。

「龍ちゃん。私、女の子なんだけど？」

「すみません、失言でした」

　深々とすぐに土下座をする。みっともないかもしれないが、命には代えられない。

「次は私の番ですね」

　美月さんは楽しげにサイコロを振る。そして出た目の数だけ進んで行く美月さんの駒。

「これはまた何と言うか……クセのある内容だな」

　止まったマス目の内容を見て俺は顔を引きつらせる。そしてそんな俺の気持ちなど知る由も無い美月さんは、続いて番号抽選を始めた。

　俺を交えた妙な組み合わせにならない事を必死に祈りつつ、画面上を転がるサイコロの行く末を見守る。

「マジかっ！？」

　サイコロの出目から確定したのは、五番が二番に膝枕をしながら耳掃除をしてあげるという内容。

「さあ龍之介さん。こちらへどうぞ」

　地面に敷かれたピクニックシートの上で綺麗な正座をし、自分の太ももをポンポンッと叩いて頭を乗せるように促してくる美月さん。

「い、いやー、さすがにこれはやば――」

「何言ってるのお兄ちゃん。これはゲームなんだから」

「ちょっ！　押すなって！」

　俺の言葉に被せる様にそう言いながら杏子は身体を押す。そして倒された先には温かく柔らかな感触の美月さんの太もも。

「それではまず右耳をお掃除しますね」

「は、はい。よろしくお願いします……」

　ここまできたらもう観念するしかない。俺は素直に耳掃除を受ける事にした。

　美月さんはこのゲームの為に用意しておいたという耳かきをバッグから取り出して俺の耳へと優しく入れ込む。

「痛かったりしませんか？」

「あっ、うん。全然大丈夫」

「痛かったらすぐに言って下さいね？」

　そう言って耳かきを進める美月さん。正直言ってこれは相当に気持ち良い。

「美月さん耳かき上手だけどこういうの慣れてるの？」

「いいえ。他の方の耳かきをするのは今日が初めてです。やった事と言えばネットや本を参考に情報を集めて自分の耳で予習をしておいた事くらいでしょうか」

　だとしても初めてでこの心地良さを出せるとは……恐るべし如月美月。

　俺はしばらくの間その心地良い耳かきに身をゆだねていた。

「――はい、右耳は終わりました。次は左耳です」

「えっ？　片側だけでいいよ」

「両方しないとダメなんです」

　起き上がろうとする俺を止め、少し頬を膨らませる美月さん。

　こんな表情もするんだなと、俺はその可愛らしく頬を膨らませる姿に見とれてしまう。

「龍ちゃん、いつまで美月ちゃんを見つめてるの？」

「え！？　あ、いや、失礼」

　俺は慌てて体勢を変え、左耳を美月さんの方に向けた。

　――しまった！　この体勢だとモロに美月さんの身体を直視しなければならんではないか！

「龍之介さん、危ないから動かないで下さいね」

　しかし時既に遅し。美月さんは耳かきを開始してしまい、俺の動きは完全に封じられてしまった。

　これは非常に精神に悪い。なぜかと言うと、チラリと視線を美月さんの顔の方に向けるだけで彼女の豊満な胸が間近に見えるからだ。離れていても結構大きいと思うのに、こんな間近で見ると何とも言い難い迫力を感じる。

　それに美月さんからは桃のような甘い匂いがし、呼吸をする度にその甘い香りが鼻腔をくすぐり脳内をいけない妄想が駆け巡って行く。

　しかも今日の美月さんは珍しくミニスカートを穿いているので、頭の右側面は生太ももに直接乗っていて、そこからは心地良い温かさと肌の柔らかさを感じ取る事ができる。加えてこの耳掃除の快感があるのだからまさに天国だ。

　そんな状況から約数分後。ようやく耳掃除は終わり俺はその天国から帰って来た。

「どうでした？　龍之介さん」

「最高に良かったよ。将来旦那さんになる奴が羨ましいね」

「そ、そんなに褒められたら照れてしまいますよ……」

　恥ずかしげに頬を赤らめながら視線を逸らして俯く美月さん。

「あのー、早くゲームを進めたいんですけどお～」

「ひいっ！？」

　その声に振り向いた先には俺を睨み殺さんばかりの視線を向けている茜の姿。

　まひろはまひろでなぜかムッとした表情をしているし、うちの妹は何やらニヤニヤしている。

　――何だこの状況は……。

　そんなこんなでこの波乱に満ちたリア充体験ゲームをクリアーしたのは、それから約１時間後だった。

　そしてゲーム終了後は花見と言う名の宴会を再び始め、俺達はそれを存分に楽しみ今年の花見は終わりを告げた。

×　×　×　×

　その日の夜。疲れから早く寝ようとベッドに入ったちょうどその時、携帯にメールが送られてきた事を知らせる通知音が鳴った。

　俺は枕元にある携帯を手に取りメールボックスを開く。

「渡から？」

　そういえば完全に忘れていたけど、渡はどうしてあれから戻って来なかったんだろうか。

　俺はとりあえず渡からのメールを開いて内容を確認する。

　――コイツはいったい何を言ってるんだ？

　来ていたメールの内容を見た俺は、思わずグイッと首を横へと傾げた。

　なぜなら渡からのメールには、『龍之介、戻って来たら荷物も無いしお前も居ないんだが、どこに行ってるんだ？』と書かれてあったからだ。

　俺は渡の送ってきたメールの意味を少し考えてみる。そしてしばらく考えた後、ふと携帯の時間を見て一つの可能性に行き当たった。普通ならありえない事だが、相手があの渡なら十分に可能性はある。

　結論から言おう。渡はおそらくまだ花見の前日と勘違いしているんだと思う。その考えに行き着くにはもちろん理由がある。それは今の時刻が２３時５８分であるという事。

　渡が昨日自宅へと帰り始めた時間が２３時を少し過ぎた頃。花見をした場所から家に帰って戻って来るなら、往復で約３０分と言ったところだ。

　だけど渡は多分家に帰った時に一度寝てしまったんだと思う。そんなバカなと思われるかもしれないけど、相手が渡である以上は十分にその可能性が考えられる。

　まあ普通なら親が起こしてくれたりするんだろうけど、不運な事に渡の両親は三泊四日の旅行に出かけているらしく不在。つまり自宅には誰も起こす者が居ない。

　それに以前、『ついつい一日中寝てしまったんだよなー』という類の話を何度か渡から聞いた事がある。以上の事から俺はこの結論に行き着いたわけだ。

「うん。これで良し」

　俺は渡へ『ちゃんと日付を見ろ』と返信メールを送ってから携帯の電源をＯＦＦにし、枕元に置いてから眠る為に目を瞑った。