第32話・最終日×フィナーレ

 茜の策略にはまり、俺はびっくりたこ焼きという名のロシアンたこ焼きを食べさせられた。

 しかしこのまま泣き寝入りでは腹の虫がおさまらないので、茜には後でからしをたっぷりと塗り込んだお好み焼きでも差し入れてやる事にしよう。

 恐怖のロシアンたこ焼き屋を後にした俺とまひろは再び出店を見て回っていた。

 学園内は相変らずの盛況ぶりで、どこに行ってもお客さんの楽しげな声と笑顔が溢れていて、それを見ているだけでも関係者としては嬉しくなる。

 それからしばらく出店を見て回った後で出店教室の前まで戻ると、教室の中から沢山の大きな歓声が上がっていた。

 いったいどうしたんだろうと思いまひろと顔を見合わせてから急いで店へ入ると、多くのお客さんがゲームコーナーに群がっている。


「あの二人すげーな、お互いに一歩も引かないぜ」


 群がりに近付くと観戦しているお客さんの言葉が聞こえてきた。その言葉から察するに、美月さんとお客さんがしているゲーム対戦の事を言っているのだろう。

 だけどあの美月さん相手に一歩も引かない相手が居るというのはちょっと信じられなかった。


「ちょ、ちょっとすいません」


 俺は観客の間を強引に通り抜け、美月さんの対戦が見える位置まで向かった。


「マ、マジか……」


 意外にも美月さんと対戦をしていたのは同じ学園の制服を着た女子生徒だった。

 どうやら格闘ゲームでの対戦をしている様だが、二人共凄まじい攻防を繰り広げている。その戦いはまさに次元の違う戦いで、観客もそのハイレベルな戦いに目を奪われている。

 観客が固唾かたずを飲んで戦いを見守る中、二人の使うキャラクターの体力ゲージはもう二割を切っていて、お互いが相手をノックアウトする為の隙をうかがっていた様だったが、その勝負は一瞬にして動いた。


「あっ!」


 一瞬の隙を突かれてふところに入られた美月さんが声を上げた瞬間、相手は連続攻撃を打ち出してくる。

 美月さんはそれをガードをしようとした様だが間に合わず、連続攻撃をくらってKOされてしまった。


「おおーっ! 挑戦者が勝ったぞ!」


 観客から歓声が上がると同時に二人に対して惜しみない拍手が送られる。

 俺も途中からの観戦とはいえ、そのレベルの高い戦いに対して自然と拍手をしていた。


「噂には聞いていたけど、私をここまで追い詰めるなんて予想以上だったわ。流石ね、如月美月さん」


 相手の女生徒は椅子から立ち上がって美月さんに右手を差し出した。

 美月さんはその手を優しく握ってから立ち上がる。


「ありがとうございます。私もこんなに強い方がこの学園に居たなんて驚きでした。是非またお相手をして下さい」


 何という清々しい光景だろう。真にレベルの高い者が見せる事の出来る光景とでも言うべきだろうか。


「ではお約束の賞品です」


 美月さんは棚にあった賞品のタダ券を取り出して相手の女生徒に手渡した。


「ありがとう、確かに受け取ったわ。鳴沢龍之介くん、これでこの店一番のお勧めスイーツを用意してちょうだい」

「えっ!? は、はい」


 勝者の女生徒はこちらへ視線を向けるといきなり俺の名前を口にしてそんな事を言ってきた。

 俺は呆気に取られながらも差し出されたタダ券を受け取る。

 それにしてもこの女生徒は何で俺の名前を知ってるんだろうか。


「またいつか手合わせしてもらうわね」


 女子生徒は美月さんに一言そう言うと、客席の空いてる場所へと移動を始めた。

 そして俺はタキシードの上着を取りに行き、急いで真柴にお勧めスイーツを作ってもらった。


「――お待たせしました」

「ありがとう」


 俺がテーブルに置いた特製ジャンボパフェを黙って食べ始める女生徒。

 改めて周りを見回すとどうやら集客の最初のピークは過ぎたらしく、少しだけ店内は落ち着いてきていた。


「ごゆっくりどうぞ」


 俺は丁寧にお辞儀をし、美月さんのところへと向かった。


「美月さん、お疲れ様。さっきは惜しかったね」

「龍之介さん、お疲れ様です。本当に強い方でした。とっても悔しいですけど、凄く楽しかったです」


 負けたとはいえあれだけの戦いを繰り広げられた事が嬉しかったのだろう。その表情はとても満足げに見えた。

 美月さん程のプレイヤーになると対等に戦える相手はそう多くないと思う。もしかしたら対等に戦える相手が少ないというのは、それはそれでつまらない事なのかもしれない。


「鳴沢龍之介くん!」


 突然大きな声で名前を呼ばれてその方向を振り向くと、先程の女子生徒が俺を鋭い目で見ながらおもむろに右手を上げて手招きをしていた。


「な、何ですか?」

「同じ物をもう一つ頂ける?」


 さっき持って来たはずの特製ジャンボパフェは既に中身が綺麗になくなっていた。


「注文、聞こえたのかしら?」

「あ、はい! 分かりました」


 俺は急いで空になった器を持って調理場へと戻った。

 そして新たなジャンボパフェを作ってもらい、女生徒の居るテーブルへと持って行く。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 女生徒は再び黙ってジャンボパフェを食べ始める。

 それを見た俺は再び美月さんのもとへ戻って話をしようとした。


 ――それにしても、何だかこの人には会った事があるような気がするんだよな……。


「龍之介さん、あの方とはお知り合いなんですか?」

「いや、知らない人だよ。でもさ、どこかで会った事がある気がするんだよなあ……」

「えっ、龍之介さんもですか? 私もどこかで会った事があるような気がするんですよね」


 美月さんと一緒にうーんとうなりながら首を傾げる。しかしいくら考えてみてもその答えは出なかった。

 それから俺は再び接客へと戻り、高校初の文化祭は盛況の内に幕を閉じた。


× × × ×


「みんな、片付けお疲れ様! この後は打ち上げがあるから、駅前のカラオケ屋に集まってね!」


 文化祭中の統括でもあった真柴がそう言うと、みんなはそれぞれ準備をしてから教室を出て行く。


「鳴沢くん。これ頼まれてた物ね」

「おっ、ありがとう真柴さん」

「うん。ところでこれどうするの? まさかどこかの女の子にみつぐつもり?」


 真柴はニヤッと笑みを浮かべてひじで俺の横腹をつついてくる。


「な、何言ってんのさ! うちの妹にも食べさせてやろうかと思っただけだよ」

「へえ、鳴沢くん妹が居たんだ。結構優しいんだね」


 もちろん妹にというのは嘘だ。わざわざ詳しく話す事でもないからな。


「結構って、俺はいつでも優しいぜ? 渡以外にはな」


 ――更に付け加えるならリア充以外にも優しい。


 そんな事を思いながら真柴から品物を受け取る。


「渡くん可哀想~。でも本当にそうじゃなくて良かったよ。もしそうだったら茜に悪いし」

「茜に悪い?」

「あっ……ううん、何でもないの。それじゃあ先に行ってるね。茜も来るんだからちゃんと来るんだよ?」


 真柴はそう言って足早に教室を出て行った。

 それにしても、茜に悪いとはいったいどういう事だろうか。


 ――まさか茜にあげるはずだった物を俺に回してくれたとか?


 だとしたらこの事が茜にばれれば俺は間違い無く血祭りにされるだろう。

 身震いしながら教室の時計を見ると、時刻は16時になっていた。俺は椅子を校門が見える位置の窓際まで持って行き、そこに腰かけてから半分程窓を開く。

 誰も居なくなった出店教室はとても静かで、文化祭中の賑わいが嘘の様な静けさだ。そんな静寂の中、開けた窓の外を時折チラチラと見ながら鞄から出した本を読む――。




 どれくらい時間が経っただろうか。ふと顔を上げて窓の外を見ると、校門の所に誰かが居るのが見えた。

 その人物はよほど急いでいたのだろう。右手を胸にやり両肩を大きく上下させている。


「おーいっ!」


 俺は窓を全開にし、校門に居る雪村さんに向かって大きく手を振りながら声をかける。

 その声に気付いた雪村さんは胸にやっていた右手をそのまま高く上げ、こちらに向かって大きく手を振り返しながら走って来た。


「遅くなってごめんなさい!」

「謝らなくていいから、とりあえず息を落ち着けて」


 よっぽど急いで走って来たらしく、十一月に入って外は冬の様相を見せているというのに、雪村さんの額には汗が薄っすらと浮かんでいるのが見えた。

 雪村さんはスカートのポケットから淡い空色のハンカチを取り出し、それを使って額の汗を拭っていく。

 そしてそれが終わるのを見計らった俺は、近くの出入口からこの教室まで来るように促して雪村さんはこの教室へとやって来た。


「この教室でお店を出してたんだね」

「結構大きいでしょ? それにお店はなかなか盛況だったんだ」

「そうだったんだ。ちゃんと開催してる時に来たかったな……」


 そう言って残念そうに俯く雪村さん。

 確かに俺もそれは残念に思う。けれど俺の文化祭はまだ終わってはいない。


「雪村さん、ちょっと待っててね」


 俺は手荷物を持って急いでトイレへと向かった。そこで借りていたタキシードに再び着替え、教室で待っている雪村さんのもとへと戻る。


「――お待たせ!」

「龍之介くん!? どうしたのその格好?」


 雪村さんは俺のタキシード姿に面食らっているようだ。まあ普通はこんな反応になるよな。


「今日はこれを着て接客をしてたんだよ」

「そうなんだ。良く似合ってるね」

「本当にそう思ってる?」

「ええ、もちろん」


 くすくすと笑う雪村さんを見ながら俺は疑わしいと言わんばかりの視線を向ける。


「龍之介くんがウエイターをしていたならなおの事残念だったな。美味しいスイーツもあるって聞いてたし」

「あっ、それなんだけどさ」


 俺は机を一つ用意し、雪村さんが座る椅子の前に持ってくる。そしてその机の上に真柴から受け取った物を置いた。


「これって……まさか私の為に?」

「うん。もしかして来るのが遅くなるかもしれないと思ってさ、雪村さんの分のケーキを取っておいたんだ。あと特製の紅茶も」


 俺がポットから紅茶をカップへと注いでいくと、かぐわしいフルーティーな紅茶の香りが教室内に匂い立った。


「さあ、お召し上がり下さい。お客様」

「ありがとう、龍之介くん。――うん、美味しい!」


 差し出したケーキを美味しそうに食べる雪村さん。その美味しそうに食べている笑顔を見ていると、真柴にとっておいてもらった甲斐があったなと思える。


「そうでしょ? このケーキうちの店で一番人気だったんだから」

「そうなんだ。ありがとう」


 俺は雪村さんを相手に昨日から今日までの文化祭の話を聞かせた。

 雪村さんは俺が話す内容に楽しそうに耳を傾けてくれる。そして彼女が聞き上手な事もあったからか、俺もついつい時間を忘れて話し込んでしまった。


「――あっ、もうこんな時間か。そろそろ行かないと怒られるな」

「何か用事があったの?」

「あ、いや、クラスで文化祭の打ち上げがあってね。ちょっとは顔を出しておかないといけないからさ」

「そうだったんだ。ごめんね、私の為に」

「ううん、気にしなくていいよ。俺は文化祭に来てくれるって言った雪村さんを待ってただけ。そして雪村さんはそれを守ってくれた。これでようやく俺の文化祭は終了だよ」

「本当にありがとう。それとメールでの言葉、とっても嬉しかったよ。“ちゃんと待ってるから”――って」

「あっ、いや……さあ、行こっか!」

「うん!」


 俺は恥ずかしい気持ちを隠しながら立ち上がり、そのまま椅子と机を片付け始める。そしてそのまま雪村さんと一緒に学園を出た後、お互いにお礼を言いながら別れた。

 何はともあれ雪村さんとの約束も守れたし、上出来な文化祭だったと思う。これは来年の文化祭が待ち遠しいな。

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