第31話・最終日×前半

 文化祭最終日の朝。部屋の窓を開けると昨日とは違って空は青々としていて、少し冷たいけど清々しい風が吹くのを感じた。

 枕元にある携帯を手に取り時間を確認すると、時刻は午前7時を回ったところ。

 そして携帯の画面左上には、メールが来ている事を知らせる通知が出ていた。俺は早速メール画面を展開し、誰からメールが来ているのかの確認を始める。


 ――雪村さんからか……さてさて、どんな内容が書かれているやら。


 そのメールは午前2時頃に来ていて、俺は一呼吸置いてからそのメールを開いた。


「…………」


 開いたメールには、“夜中にごめんね、龍之介くん。ちょっと色々あって、昨日は行く事が出来なかったの。でもせっかく誘ってくれたんだから、今日は必ず行くからね”――と書かれていた。

 内容を確認した俺は返信画面を開き、雪村さんへのメッセージを書き始める。

 そして書きあがった文面を確認した後、メッセージを送信してから携帯をベッドに置いた。


「さてと、準備すっかな」


 泣いても笑っても今日が高校一年生最後の文化祭だ。悔いの無い様に楽しもう。


× × × ×


「今日も手伝ってもらってごめんね」


 店の調理場で忙しく料理をしながら指示を出す真柴がすまなそうに謝ってくる。

 俺達の喫茶店は昨日に続いて大盛況で、朝の開店と同時に沢山のお客さんで賑わっていた。しかし昨日の教訓を活かしているおかげか、今のところ大きな混乱は起こっていない。

 それは昨日よりもお客さんの数が増える事が予想された為、急遽きゅうきょ店員を増員したからだ。

 そして増員として白羽の矢が立ったのが俺とまひろ。これは昨日の俺とまひろの働きを真柴が高く評価した上での事で、今日は二人揃って朝からウエイターをしていた。


「いやまあそれはいいんだけどさ。そんな事よりもこの服のチョイスは何? 誰がこの服を持って来たんだ?」


 俺は自分とまひろが身につけている服を指差しながら真柴に問う。


「そ、それはその……だ、誰だっていいじゃない! それとも鳴沢くんは昨日のエプロンの方がいいわけ!?」


 なぜか逆切れしているかの様にそう言ってくる真柴の言葉を聞いた俺は、昨日の屈辱を思い出した。


 ――いったいあのエプロンのせいでどれだけお客の目を引いて笑われた事か……。


「いえ、コレがいいです……」

「昨日のエプロン凄く似合ってたよ?」

「そ、そっか? ありがとうな」


 苦笑いを浮かべながら笑顔のまひろにお礼を言う。その言葉が慰めなのか本気なのかは分からないけど、例え似合っていたとしてもあんまり嬉しくはない。

 本日の俺とまひろは真柴から渡された純白のタキシードに身を包んでいて、その格好での接客を余儀なくされていた。

 胸ポケットに差し込まれたアクセントの赤いバラが、更に俺の羞恥心しゅうちしんあおる。


「あれっ? 昨日の紅い和服を着た子は居ないの?」


 あちこちで男性客がそんな事を店員に聞いている声が聞こえてくる。今日訪れていた男性客のほとんどは、和服を着たまひろを見るのがお目当ての様だった。

 着ていた人物は今日もここで一生懸命に働いているんだけど、その和服美人が実は男だと知ったらさぞかしビックリするだろうな。


「キミ凄く可愛いね~」


 しばらく働いていると、昨日聞いた様なフレーズが耳に届き始めた。何というデジャヴだろうか。


「あ、ありがとうございます」


 声が聞こえた方向を見ると、そこには女子大生と思われるグループの席に注文を取りに行ったまひろの姿。

 昨日も女性客は多かったけど、今日の開店後しばらくしてからは圧倒的に女性客の方が多くなっている。

 その様子をしばらく観察していると、そのほとんどのお客さんがまひろの動きを目で追いかけていた。


 ――なるほど、そういう訳か。


 ここにきてようやく俺はこの状況を理解した。

 要するに男性客にしろ女性客にしろ、どちらもまひろが目当てで、まひろは女装でも男装でもご覧のとおりモテモテになるというわけだ。もっとも当の本人は相当に困っている様だが。


「…………」


 困っているまひろに少し助け舟を出してやろうかとも思ったけど、俺はあえて見て見ぬ振りをする事にした。


 ――まあ頑張れまひろ……何事も経験だよ。


 まひろの人間としての成長を願い、心を鬼にする。決してまひろがモテているのが気に食わないわけでは無い。

 ふうっと息を吐いてゲームコーナーへ視線を移すと、こちらもかなりの大盛況だった。

 昨日美月さんに挑戦したプレイヤーから噂が出回ったのか、数々の挑戦者が順番待ちをしている。

 挑戦者の中には明らかにレベルの違う猛者が居るけど、そこは流石に美月さんと言うべきか、その全てを薙ぎ払って勝利を収めていた。

 時折そんな様子を見ながら忙しく教室内を行き来し、俺はウエイターとして働き続けた――。




「くあーっ、疲れたー!」


 時刻は午後12時を少し過ぎたところ。忙しさは相変らず――いや、お昼時という事もあってか更に忙しくなってきていた。


「鳴沢くん、まひろ君、他の子に交代してもらうから休憩に行って来て」

「いいのか? 結構忙しくなってきてるぜ?」

「大丈夫、他のクラスの友達に内緒で代打を頼んでるから」

「ずいぶん手回しがいいね。それじゃあお言葉に甘えよっかまひろ」

「そうだね」


 そう答えるまひろの表情にも疲れが見えている。

 ――結構頑張ってたもんな、主にお客さんからの誘いを断る事に。


「そうだ真柴さん、一つお願いがあるんだけどいいかな?」

「何?」


 俺は端的にその用件を真柴に話した。詳しく内容を説明するには忙しいから。


「――分かった。それくらいでいいなら何とかするね」

「ありがとう、助かるよ」


 用件を伝え終えた俺は店を出てからまひろと一緒に学園内を見て回る事にした。


「――あっ、龍ちゃーん!」


 学内の店をある程度見て回った後で外の出店を見ていると、どこからか茜が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 その声を頼りに辺りを見回すと、外に立ち並ぶ出店の一角で手を振っている茜を見つけた。


「よう。茜のクラスはたこ焼き屋をしてたのか」

「そうなんだけどね。今日は売れ行きが悪いんだ」

「そうなんか?」


 周りを見渡すと確かにお客の足運びの差は歴然としていた。何でだろうと思いながら俺は店に視線を移す。

 売っているのはオーソドックスなたこ焼きだけで、内容も粒が大きい八個入りで300円とかなり良心的だ。この値段でこの内容なら相当売れてもいいと思うんだが。


「昨日は結構売れたんだけどね……そうだ! 龍ちゃん達せっかくだから食べて行ってよ」

「ああいいぜ。なあまひろ」

「うん」

「やった! 一パック300円でーす!」


 焼きたてのたこ焼きを受け取りパックの蓋を開くと、かぐわしいソースの香りが立ちのぼって鼻腔びこうをくすぐる。

 俺はまずまひろに向けてたこ焼きのパックを差し出した。


「先にいいぜ」

「いいの? じゃあお先に一つ頂くね」


 まひろは爪楊枝つまようじを持ってたこ焼きを一つ取り、ふう~ふう~っと息を吹きながら熱を冷まして口へと運ぶ。


「うん。すっごく美味しい」


 まひろの顔に笑顔が溢れ、その表情を見ているだけでこのたこ焼きが美味しいという事が伝わってくる。


「どれどれ、それじゃあ俺も」

「あっ、龍ちゃん! これこれ!」


 にこにこした茜の手には、透明の液体が入ったプラスチックコップが握られていた。


「これ、必要でしょ?」

「おっ、サンキュー茜」


 冷たい水の入ったコップを受け取り、店の出っ張り部分に置く。


 ――熱いたこ焼きに冷たい水。よし、準備は整った。


 俺はたこ焼きに爪楊枝を刺し、それを口へと運ぶ。たこ焼きが口の中に入った瞬間、濃厚で芳醇ほうじゅんなソースが口いっぱいに広がっていく。


「うっ!?」


 濃厚なソースの味わいの後、たこ焼きの中心を噛み切った時、凄まじい刺激が口の中に広がった。

 その刺激は口の中に留まらず、鼻や喉の奥にまでツーンと浸透してくる。


「だ、大丈夫!?」


 まひろがむせ返る俺に急いで水が入ったコップを差し出してくる。


「ゲホッゲホッ! な、何だこれは!?」

「何って、びっくりたこ焼きだけど?」


 まひろに手渡された水を飲み干してから茜に詰め寄ると、あっけらかんとそんな事を言ってきた。


「どういう冗談だこれは!」

「だからびっくりたこ焼きだってば。ちなみに龍ちゃんが食べたのは特製からしが入ったたこ焼きでーす」


 ――それってロシアンルーレットって言うんじゃなかったっけ?


「なるほどな……この店だけ閑古鳥かんこどりが鳴いてる理由が分かったぜ」


 まともな奴ならこんな危ない食べ物は買わないよな。それでも昨日は結構売れたと言うなら、単純に騙されたか、怖い物見たさからの客が多かったという事になるだろう。


「たくっ、よくもまあこんなくだらない事を思いついたもんだ……」


 俺は口直しにと残りのたこ焼きの一つを爪楊枝で刺して口に運んだ。


「あっ、ダメ!」

「のわあぁ――――!?」


 先程とは違った刺激が全身を尋常じゃない速度で駆け巡って行く。


「み、水うぅぅ――――!」


 茜が急いで水をコップに注ぎ足し手渡してくる。


 ――どういう事だ!? さっき俺はからし入りを食べたじゃないか!


「ゴホゴホッ! 何なんだこれは!?」


 俺は再び茜に詰め寄る。茜もさすがにちょっと申し訳なく思っているのか、心配そうにしている感じに見えた。


「いや、だからね、このびっくりたこ焼きは、八個中一個しか普通のが無いの」

「はあっ!?」


 茜が言うには企画段階で普通のロシアンルーレットでは面白みが無いという話になったらしく、それならばいっそ一個だけをまともなたこ焼きにしてしまおうとなったらしい。


 ――茜のクラスにはアホしかいないのか!? くそっ! こんな出店潰れてしまえっ! 

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