第26話・修学旅行×思い出
様々な出来事があった修学旅行が終わってから一週間後の放課後。俺達は修学旅行の思い出を目の当たりにしていた。
「おー、結構枚数があるもんだな」
「ホントだね」
俺はまひろと一緒に学園の多目的ホールに来ていた。ホールの壁には写真が所狭しと貼られていて、沢山の生徒があちこちに集まっている。
さすがにこの人混みの中から買いたい写真を選ぶのは時間がかかるだろう。
「龍之介、これなんていいと思わない?」
「どれどれ? おおー、結構良く写ってるな」
まひろが指差す先にあったのは、肝試しの出発前に撮られたグループ写真だった。
出発前はまだみんな笑顔で写っているけど、この後すぐに肝試しでとんでもない目に遭うんだよな。
「とりあえずこれは買いだな」
「うん。僕もそうするよ」
手に持った注文書に写真番号を書き込んでいく。
いつか大人になってこの写真を見た時、俺はどれだけこの時の事を思い出せるだろうか。
「龍之介さん龍之介さん」
いつの間にか側に来ていた美月さんが何やらそわそわしながら袖を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「あの左上の角から三番目の写真、お勧めですよ」
「どれどれ? ――うっ……」
美月さんが言った場所を見ると、そこにはにこやかな笑顔で写る美月さんの写真。それを見た俺は思わず一歩後ずさってしまった。
なぜかと言うと、それは美月さんが単独で写っている写真だったからだ。
どういう意図で俺にその写真を勧めてきたのかは分からないけど、集合写真ならともかく、女子が単独で写ってる写真なんて普通は買えない。まあそれが好きな相手の写真だったりすれば話は別だけどな。
それにしても、女子にこうやって自身が写っている写真を勧められるというのは初めての経験だ。
「いやー、さすがにこれはマズイと思うんだよねえ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……ほら、異性が単独で写ってる写真を買うとか、いかにもアレじゃない?」
「アレとは何ですか?」
言っている言葉のニュアンスが伝わっていないのか、美月さんは不思議そうに小首を傾げる。
この人は本気で解ってないのか、それとも単にボケている振りをしているのか分からない。まあどちらにしろこの話題を続けるのは危険な気がする。
「そ、そういえばさ、美月さんはどの写真を選んだの?」
「私は欲しい写真がいっぱいあったので、注文書が一枚では足りませんでした」
そう言って見せてくれた注文書にはびっしりと番号が書かれていて、その枚数は既に三枚目へと突入していた。
「凄いね……」
「だって本当に楽しい修学旅行でしたから。龍之介さんはどれくらい注文するんですか?」
「俺はまだこれくらいかな」
そう言って注文書を見せると、美月さんはそれをまじまじと見つめ始めた。
「まだ数枚なんですね」
「うん。色々と迷っちゃってね」
正直本当に迷ってしまう。これだけ数が多いと目移りして仕方ないし、この手の写真は一枚の値段もそれなりにするし枚数もある。かなり厳選して注文しなければ、あっと言う間に小遣いが天へと昇って行くんだ。
「なるほど……分かりました」
「ちょ、ちょっと美月さん? 何してんの?」
美月さんは何を思ったのか、持っているボールペンで俺の注文書に番号を書き込んでいく。
「――これで完璧です。では龍之介さん、私は他のを見てきますね」
満足げな笑顔で俺に注文書を返し、他の写真を見る為に去って行く。
美月さんから受け取った注文書を見ると、そこにはまだ見てない場所の写真番号が書かれていた。
「えっ!?」
そして俺は書かれていた番号の一つを見て思わず
――これじゃあまるで俺がこの写真を選んだみたいじゃないか……。
今すぐにでも消したいところだけど、今は修正液を持ってないので消す事も出来ない。
誰かに修正液でも借りようかと思ったけど、写真を選ぶ為に与えられている時間もそんなに多くはないので、この件は後回しにして先に他の写真を見て回る事にした。
ところで美月さんに気を取られて忘れていたけど、さっきまで近くに居たはずのまひろが居なくなっている。
「りゅ・う・の・す・け~」
「のわ――――!? 誰だ気色悪いっ!」
突然耳元で生暖かい吐息と共に名前を呼ばれ、思わず
「気色悪いとは失礼なやっちゃな!」
耳元で
何て嫌なアプローチをしてきやがるんだコイツは。そういうのは女子がやるからいいんだよ。
「何の用だよ」
「お前さ、俺に対して冷た過ぎない?」
「気のせいだよ」
「そうか? まあいいや。ところで龍之介、いい写真があるんだけど見てみないか?」
――コイツがこういうニヤニヤした顔をしている時はろくな事を考えてないんだよな……。
「遠慮しておく」
何だか嫌な予感がしたので、何の迷いも無くその誘いを断った。コイツの誘いに安易に乗るとろくな事がないからな。
「そう言うなよ龍之介ちゃ~ん。いいからおいで~」
「ちょ、待てっ! 引っ張るなー!」
そんな渡に最初こそ思いっきり抵抗していたけど、途中で抵抗するのに疲れた俺は、渡が案内する場所まで素直について行く事にした。
× × × ×
「ようこそ! 渡くんの秘蔵写真市へ! ゆっくりと見学して行ってくれ!」
渡に連れて来られたのは、多目的ホールから少し離れた場所にある林の中。そんな中で複数の生徒が展示されている写真の数々を見ていた。
――こんな所でこんな事していいのか?
そんな風に思いつつも、とりあえず勧められるままに写真の数々を見て回る。
「――お前……こんな事していいのか?」
「ここはな、堂々と好きな相手の写真を買えない人達のオアシスなんだぜ?」
「ほう……」
「まあそれなりの
ニヤリと笑顔を浮かべる渡。
でもまあ、渡が撮ったにしてはエッチな感じの物は無いし、どちらかと言うと良い写りの写真が多い。被写体である人物の自然な表情が撮れているとでも言うべきだろうか。
「それにしても渡、この写真は何だ?」
「おう、それか。なかなか良く撮れてるだろ?」
「アホかお前はっ! こんな写真を晒してんじゃねーよ!」
目の前に貼り出されていたのは、俺がバスの中で寝ている写真だった。
――いつの間にこんな写真を撮りやがったんだコイツは。
俺はアホ面をして写っている自分の写真を無造作にコルクボードから剥ぎ取る。
「あーあ、ひでえ事するよなー」
「こんなアホ面の写真を堂々と売ってんじゃねえよ」
「でもさ、人気あるんだぜ? この寝顔シリーズ。お前の写真も物好きが買ってくれたしな」
「はあっ!? こんなアホ面の写真を売ったのか!?」
「まあそういきり立つなよ。そんなお前には特別価格で欲しい写真を売ってやるからさ」
何て舐めた事を言ってやがるんだコイツはと思いながら渡をギロリと見た時、ふとその後ろにある一枚の写真に視線が向いた。
「……じゃあこの写真をくれ」
「おっ、さすがにお目が高いぜ! 200円な」
「黙って寝顔写真を撮った罰だ。タダにしとけ」
そう言って目当ての写真がある場所まで歩き、コルクボードから写真を剥ぎ取る。
「ちっ、龍之介はとんだ暴君だな」
文句を言う渡を尻目にコルクボードから剥ぎ取った写真を見る。
その写真には左右のお嬢さん方に腕を掴まれ、後ろのまひろが俺に抱きついて涙目になっている姿が写っていた。あの騒がしい肝試しをしていた時の写真だ。
こんな状況なら少しはデレデレしてもいいとは思うけど、俺は何とも言えない複雑な表情を浮かべて写っていた。
――何て間抜けな写真だか。
写真に写る自分の表情を見て思わず苦笑いしてしまう。これもいつか見返した時、大事な思い出となって脳裏に甦ってくるんだろうな。
「ところで渡。格安って言ってたけど、本来はいくらで売ってるんだ?」
「他の奴には内緒だぜ? 男子は一枚500円、女子は一枚50円だ」
「お前、あこぎな商売してんのな……」
悪びれる様子も無い渡を見た俺は、この悪友が背中を刺されないかと少し心配になった。
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