第25話・志穂×仲直り

 修学旅行三日目。俺達は本日も自由行動の真っ最中だった。

 もうほとんど観光しかしてない様な気がして大丈夫かなと思いもするけど、今更そんな事を思っても仕方ないので今は楽しむ事に専念しよう。


「おっ、あったあった! あの店だよみんな!」


 携帯を片手にディスプレイを見ながら、渡が車道を挟んで向かい側にある店を指差す。

 それを見た俺達は近くにある横断歩道を渡り、みんなで目的だったその店へと入った。

 入店後は通路を挟んで隣り合った小さめのボックス席に分かれて座り、俺と渡が座るボックス席の隣では三人がメニューと睨めっこをしながら真剣に注文する品を選んでいた。


「俺達はもちろんコレだよな!」


 渡はメニューの中でも一際ひときわ異彩を放つ一品を指差す。


「や、やっぱりコレにいくのか?」


 指し示された品を見て多少だがひるんでしまう。

 確かにコレに挑戦したい気持ちはあるけど、見ただけでも相当な大きさだ。いくら俺と渡でも、相当な苦戦を強いられる事は間違い無いだろう。


「鹿児島に来てこれに挑戦しないとか、男とは言えないぜ?」


 ――渡のくせになかなか格好いい事を言うじゃないか。


「よし、挑戦しようじゃないか!」

「よっしゃ! それでこそ龍之介だぜ!」


 そしてこの後、俺はこの判断を激しく後悔する事になる。


「――鳴沢くん、大丈夫?」

「龍之介さん、無理しない方がいいのでは……」

「そうだよ龍之介、顔が真っ青だよ?」


 入店してから約20分後。俺と渡は地獄を見ていた。

 俺達二人の前にそびえるのは、ドデカイ器に盛られた超特盛りの鹿児島名物しろくま。しかもそのしろくまはまだ半分も減っていないのに、俺と渡は既にグロッキー状態だった。


「な、何で誰も俺の心配はしてくれないの……」


 渡が苦しそうにお腹をさすりながら三人に向かってボソッと呟く。

 それは渡だからだろう――と言ってやりたかったが、今はそんな事を言う気力すら失せている。

 既にいつギブアップ宣言を出してもおかしくはないこの崖っぷち状況だが、俺は何とか気力を奮い立たせながらしろくまを食べ続けていた。


「――だ、駄目だ……俺はもうギブアップ……」


 ようやく半分を食べ終えた頃、渡が青ざめた表情をしながらギブアップ宣言をした。


「龍之介さんも無理しない方が……」

「だ、大丈夫さ……ここで残したら食べ物を粗末にしてはいけないっていう家訓に背いてしまうから……」


 はっきり言って我が家にそんな家訓など無い。

 だが調子に乗って超特盛りしろくまを注文した挙げ句に食べれずにギブアップなんて、男の意地にかけてもできん。

 無理矢理に笑顔を作り美月さんに向かって微笑み返した後、俺は必死にしろくまを食べ進めた。

 それから20分程時間を費やしてはしまったけど、俺は何とか超特盛りしろくまを制覇した。最後の方はほとんど溶けてしまい、ただの甘い液体になってたけどな。


「大丈夫? 龍之介」

「少し横になった方がいいのでは?」


 超特盛りしろくまを制覇した後、店から出た俺達はすぐ近くにあった公園へと来ていた。

 ベンチに座ってぐったりとうなれている俺に、まひろと美月さんが心配そうに声をかけてくる。


 ――こんなくだらない事で心配させるなんて、我ながら情けないもんだ……。


「ありがとう。でも少し休んだら大丈夫だから」


 なるべく心配をかけないようにと軽く微笑んでそう答える。

 その時ふと視線を公園の出入口に目を向けると、そこには携帯で誰かと話をしている真柴の姿があった。


「悪いけどさ、渡がトイレから戻ったら先に行っててくれない? このままみんなを付き合わせるのは嫌だし」

「そんな事気にしなくていいんですよ?」

「そうだよ龍之介」


 二人の言葉はありがたいけど、せっかくの修学旅行の予定を俺や渡のせいでこれ以上狂わせるのは忍びない。


「どうかしたの?」


 電話を終えた真柴が何やらにこにこしながら戻って来た。誰と話していたのかは分からないけど、あのにこやかな表情を見ると相手は彼氏かもしれない。


「あっ、志穂さん。龍之介さんが先に次の目的地に行ってくれって言うんです」


 美月さんはまるで真柴に説得して下さいと言わんばかりにそう言う。


「いいの? 鳴沢くん」

「ああ、俺は大丈夫だから。ここで少し休んだらすぐに追いかけるからさ」

「……分かった。鳴沢くんもこう言ってるし、私達は先に行きましょう」

「えっ、でも……」

「ここは鳴沢くんの言うとおりにしてあげましょうよ。ねっ、美月さん、まひろ君」

「……分かりました」

「うん……分かったよ」


 そして渡がトイレから戻って来た後、最後まで心配そうな表情をしていた美月さんとまひろにすぐ追いつくからと声をかけ、みんなが公園から出て行くのを見送った。


 ――みんなには後で埋め合わせしないとな……。


 そんな事を思いながらベンチに少しだけ横たわる。

 すると具合の悪さもあったからか、俺は迂闊うかつにもそのまま眠ってしまった――。




「んん……」


 ゆっくりと意識が覚醒していく。それと同時に後頭部に柔らかく心地良い温かみを感じて静かに目を開けた。


「あっ、龍ちゃん大丈夫?」


 ゆっくり目を開けると、そこには心配そうに俺の顔を覗き込む茜の顔があった。


「茜……? 何でこんな所に……?」

「そ、それはその……た、たまたまここで具合悪そうに寝ている龍ちゃんを見かけたからよ」


 慌てた様にそう答える茜が何だか可愛らしく見えたのは、俺の具合が悪いせいだろうか。


「そっか。心配かけたみたいだな」

「ううん。いいんだよ」

「……茜、この前はごめんな」


 スカートの布越しに感じる体温を心地良く感じながら、俺はちょうどいい機会だと長崎での事を謝った。


「えっ?」

「長崎での事だよ」

「あっ、ううん。私こそごめんね、それにあれは龍ちゃんのせいじゃないの。あれは私がいけなかっただけ……」


 そう言うと茜は申し訳なさそうに表情を曇らせた。


 ――そんな表情かおするなよ……仲直りしようとしてるんだからさ。


「そんな事無いさ。それとありがとな、わざわざ面倒を見てくれて」

「そ、それはほら……この前映画館で介抱してもらったでしょ? あのお礼をしているだけだから」

「まったく……素直に礼を言ってるのに可愛げの無い奴だな」

「可愛げがなくて悪かったわねーだっ!」


 そう言って目の前で小さく舌を出す。こういったところも昔と何も変わらない。


「まったくだよ。少しはまひろでも見習ってくれ」

「な、何でそこでまひろ君の名前が出てくるの!?」

「いや、だってアイツ可愛いだろう?」

「うっ……確かにそうだけどさ……」


 複雑な表情を浮かべながらも、茜は納得している様だった。

 それから少しの間、俺はこの素直じゃない幼馴染みとの会話を続けた。腐れ縁とは言いつつも、茜と幼馴染みで良かったと思う。まあこんな事は口が裂けても本人には言わないけどな。

 そんな事を思いながら、俺はいつもの幼馴染としての一時を過ごした。

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