第8話・親友×幼馴染
どんな世代でもある程度共通する話題や出来事、物事というものがある。いわゆる共通認識というものだが、どうしてこうもお偉いさんのお話というのは無駄に長いのだろうか。要約すれば5分とかからない内容だろうに。
退屈にしか感じない学園長のありがたいお話を聞きながら何度も
体育館の中は夏の暑さと人の集まった体温からなる非常に不快な熱気が立ち込めていて、この熱気だけで今にもぶっ倒れそうになってしまう。
だが明日からは待ちに待った夏休み。それを考えるとこの苦行とも思える時間もあとしばらくの事だと我慢できる。
貧血を起こしてしまいそうな程の長話に耐えながら、学園長の話が1秒でも早く終わるようにと神や仏に祈っていた――。
「学園長のお話、相変らず長かったよね」
「そうだな。まあいつもの事だけどさ、この暑さの中であの長話は一種の拷問だよな」
自分の席に座って横に立っているまひろが居る方を向き、学園長の長話に対する批判を口にしながら一学期最後のホームルームを消化する為に教室で担任が来るのを待っていた。
目に飛び込んでくるみんなの表情はとても明るく、夏休みが訪れる事への喜びが
「龍之介は夏休みに何か予定あるの?」
「今のところは特に無いな。まひろは?」
「僕は最初の一週間はお父さんの田舎に行く予定なんだ」
「へえ~、田舎か。夏休みの定番って感じがするよな。まひるちゃんも楽しみにしてるんじゃないか?」
「えっ? あっ、うん。凄く楽しみにしてたよ」
まひるちゃんの名前を出した途端、まひろが少し視線を
「なあまひろ。まひるちゃんってどこの学校に通ってるんだ?」
まひろのそんな反応を見たからかもしれないけど、何となくそんな質問をしてみた。多分俺はまだ心のどこかでまひるちゃんの存在を疑っていたんだと思う。
「えっと、この学園の最寄駅から三駅離れた所にある
「ああ、あの小学校から大学まで一貫性の超お嬢様校か?」
「うん。まひるはそこに通ってるんだよ」
これは驚きだ。まさかあの全国的に有名なお嬢様校に通っていたなんて。まさに高嶺の花、別次元に居る子だったんだな。
「それにしても、まひろとは付き合いが長いけど、妹が居るなんてまったく知らなかったな」
「ごめんね龍之介、色々と事情があって」
「気にすんなよ」
いくら親友とは言っても秘密の一つや二つあるのは普通だろう。
それにあんな超お嬢様校に行っているくらいだから、まひるちゃんが相当大事にされているというのは分かる。そう考えればまひろが妹の存在を俺にさえ明かしていなかったのも納得できる話だ。
しばらくまひろと夏休みについての話をしていると、間も無くやって来た担任の号令でホームルームが始まった。
先生はプリントに書かれた夏休みの諸注意などを読み上げていき、最後に忌々しい成績表を手渡していく。正直言って受け取りたくはないけど、こればっかりは避けては通れない道だ。
そして最後にもう一度先生からの注意を聞いた後で一学期最後のホームルームもつつがなく終わり、みんなぞろぞろと教室を出て行く。
「龍ちゃーん! 成績はどうだったー?」
急いで荷物をまとめて教室から逃げ出そうとしていたところに隣のクラスから勢い良く駆けつけたのは茜だった。
「ちっ!」
そんな茜の姿を見てつい舌打ちが出てしまう。
何とか茜に出会わずこの場を逃げ出したかったが、それも今では不可能だった。なぜなら既に茜の手によって俺の腕はガッチリとロックされていたからだ。
「さてはまた逃げ出そうとしてたな!」
「ん、んな事ある訳ねーだろっ!?」
それが白々しい嘘である事は誰の目にも明らかだっただろう。だからと言ってそれを自ら認めるなど断じてできない。
「ほらっ! 往生際が悪いよ!」
「こ、こらっ!」
茜は俺がギュッと抱き締めていた鞄を強引に奪い取りその中身を漁り始める。
俺は必死に目標のブツを取られまいと
「どれどれ~?」
茜は奪い取った成績表を見開き、まじまじと
やがてその作業を終えた茜はニヤニヤと憎らしい笑顔を浮かべながらこちらを見た。
「私の勝ちだねっ!」
自分の成績表を見せる事無く茜は勝利宣言をする。とりあえず結果は見えているが、抵抗だけはしてみよう。
「お前の成績表も見せろよな!」
「はい、どーぞ」
その言葉に余裕の表情で鞄から成績表を取り出してそれを手渡してくる。この余裕な感じが見ていて腹立たしい。いっその事この場で成績表を破ってやろうか。
忌々しく思いながらも差し出された成績表を受け取って中を見る。
――なん……だと…………。
茜の成績表に書かれている数字は五か四しかない。どちらかと言えば五の方が多いから、茜があのように勝ち誇った表情をするのもよく分かる。
ちなみに俺の成績表には五が一つも無い。ほとんどが三の評価で、たまに四がある程度だ。
「ねっ、私の勝ちでしょ」
「どういう事?」
そばに居たまひろが俺と茜を交互に見ながら問いかけてきた。
あれは終業式の一ヶ月前、俺と茜は一つの賭けをしていた。成績表の評価が低かった方が終業式の日にファミレスでご馳走をする――という賭けを。
茜はこう見えて成績はかなり良い方で、俺はそんな無謀な賭けに乗るものかと最初は突っぱねていた。
だが茜の極悪な策略と口車に乗ってしまい、俺はその約束を交わしてしまった。そして結果はご覧のとおりの惨敗。
つまり最初っから勝負が見えていた俺に残された手段はたった一つ。何とか終業式の日に茜に見つからないように逃げ出し、夏休みは遭遇しないように行動。新学期後はすっ
「――なるほどね。それは龍之介がちゃんと約束を守らないと」
「ぐっ……」
にこやかな笑顔でまひろにそう言われてしまうと、俺はもう抵抗できなくなってしまう。
「はあっ……分かったよ」
「そうそう、それでいいの。あっ、良かったらまひろ君も来ない? もちろん龍ちゃんの奢りだから」
「おいおい!? 何勝手な事を――」
「えっ、いいの? ありがとう、龍之介」
茜の勝手な発言を真に受けるまひろ。
普通なら『ふざけんな!』の一言で終わるのかもしれないけど、まひろの嬉しそうな顔を見ているとそれが言えなくなってしまうから不思議だ。
一部の世間では可愛いは正義――という言葉をよく聞くけど、まひろを見ているとそれは何となく分かる言葉ではある。
だが今回だけは場合が違う。可愛いは決して正義ではない。可愛さとは今の俺にとって無条件に心を追い詰めていく悪魔そのものなのだ。だってこんなに可愛く言われたら普通断れないだろ。
――だけどまひろは男なんだ……男なんだよ……。
そんな
「ちくしょう……茜の奴、覚えてろよ……」
やり場のない
しかし楽しそうに『何を食べよっか?』などと話している二人を見ていると、やれやれと思いながらも自然と表情を
そしてこの後三人で向かったファミレスで大いにたかられた俺は、会計時にどんよりと気分を沈ませる事になった。それはもう、世界最大の海溝と呼ばれるマリアナ海溝よりも深くな。
「――ろ、6700円だと……!?」
支払額の半分以上は茜によるものだ。まひろはガンガン注文する茜とは違い、至って控えめに注文していたからな。優しくて涙が出るぜ。
心の中で大泣きしながら支払いを済ませ、天使の羽の様に軽くなった財布を持って外へと出る。
外には先に出ていたまひろと茜が満足そうな笑顔を浮かべていた。そんな二人の満足げな表情と引き換えに、俺の小遣いは天へと召されたって訳だ。
どうせなら彼女にあんな表情をしてもらいたかった――と思いつつ、自分に恋人が居ないという悲しい現実を思い出す。
――ちくしょう……このファミレスに居たリア充共は全員砕け散ってしまえっ!
そんな八つ当たり的な事を願いながら、俺達は高校初の夏休みを迎えるのだった。
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