第288話・切っ掛け×あの頃の自分
インターハイへ向けた女子バスケ部の厳しい練習は続き、それに伴って茜の自主練習もその量を増していった。
そしてそんな日々がずっと続く様な錯覚さえ覚える熱い練習の日々が続く中、インターハイの本番がいよいよ明後日に迫っていた。
「茜! そろそろ練習を切り上げろよー!」
「分かったー!」
今日のチーム練習後も、俺が洗濯をする間ずっと茜は練習に打ち込んでいた。
茜の
そんな心配をよそに、茜は俺の言葉に返事をしてから本日最後のシュートをスリーポイントラインから放った。茜の手から放たれたそのシュートは綺麗な弧を宙に描きながら、まるでゴールへと吸い込まれるかの様にして入った。
そしてお互いに帰宅の準備を済ませたあと、俺達は
時刻は十八時を少し過ぎたくらい。冬場なら既に真っ暗になっている時間帯だけど、夏場の今はこの時間でも十分に明るい。おそらくあと一時間くらいは暗闇に包まれる事は無いだろう。
「なあ、茜。疲れてるところ悪いけど、今からちょっと時間はあるか?」
「えっ? 別に用事は無いからいいけど、どうしたの?」
「いや、別に大した事じゃないんだけど、インターハイは明後日から始まるし、明日はインターハイがある会場まで行くだろ? だからその前に、ファミレスで茜の英気を養ってやろうと思ってさ」
「えっ!? 本当にいいの!?」
「ああ。でも、食べ過ぎには注意しろよ? こんな時に腹でも壊されたら、俺が女子バスケ部全員に恨まれるからな」
「やったー! 龍ちゃんと二人でファミレスなんて久しぶりだね♪」
茜は重たい荷物を持っているにもかかわらず、小躍りする様な軽快な動きを見せた。
「くれぐれも食い過ぎるなよ? それと、ファミレスへ行く前に
「うんうん♪ 今から連絡するよ」
本当に嬉しそうにそう言いながら鞄から携帯を取り出し、茜は母親の碧さんに連絡を入れた。
その時の茜の対応から、どうも碧さんも一緒に来たがっていたらしいが、茜はそれを断固として拒否していた。俺は別に碧さんが来ても良かったんだけど、茜はそれがどうしても嫌だったらしい。
まあ、俺も茜の立場だったら同じ事をしていたと思うから、別に茜の行動を変だとは思わない。けど、もう少しの間二人で居られる事に嬉しさを感じていた自分に対し、酷い違和感を覚えていた。
だけど、その違和感を俺がどういった理由で感じているのかは分かっていた。だってそれは、遠い昔の自分が一度は感じていた想いから来るものだったから。
そう、俺は茜と一緒の時間を過ごす内に、茜の事をまた好きになっていたのだ。あの幼い時の様に――いや、もしかしたらあの時以上に。
だから少しでも茜と一緒に居る時間を大切にしたかった。例えそれがどんな事であっても。
そんな想いを心に秘めている事は知られない様にしつつ、俺は茜とファミレスで楽しい一時を過ごした。
× × × ×
翌日の早朝。
俺は茜と合流してからその足で女子バスケ部の人達と合流をし、新幹線に乗ってインターハイが行われる会場へと向かった。
そして新幹線に揺られることしばらく、お昼になろうかという頃に会場がある地域へと辿り着いた女子バスケ部は、今日から泊まる予定の宿のロビーでコーチから注意事項を言い渡されていた。
「――というわけで今日は十八時まで自由行動を許すけど、くれぐれも軽率な行動は取らない様に。あとは良識と常識さえ守れば何をして過ごしてもいいわ。では、十八時まで解散とします」
「「「「「はいっ!」」」」」
コーチの解散の言葉のあと、部員達はそれぞれの自由時間を過ごす為にあちらこちらへ散って行った。
「そんじゃ茜、俺は自分の荷物を親戚の家に置きに行って来る」
「あっ、私も付き合うよ」
「いいよいいよ。せっかくの自由時間なんだから、少しは楽しんだり休んだりしとけよ。親戚の家もそう遠くはないし」
「私が龍ちゃんについて行きたいんだからいいでしょ? 駄目なの?」
「いや、駄目って事はないけど……」
「それじゃあいいじゃない。さあっ! はりきって行こうっ!」
俺の気遣いも虚しく、茜はそう言って前を歩き始めた。
昔っから言い出したら聞かないのが茜だけど、インターハイの試合を明日に控えた状態で普通にしているのを見ると、俺としてはなんとなくほっとする。
そんな茜を見てちょっと安心しつつ、俺は茜と一緒に親戚の家へと向けて歩き始めた。
「そういえば、ごめんね、龍ちゃん。せっかくマネージャーとして来てもらってるのに部屋が取れなくて」
「気にするなよ。同性ならともかく、男の俺が女子部員に混じって寝泊りするわけにはいかんだろうからな」
「そんな事言って~。ホントは一緒の部屋に泊まりたかったんじゃないの~?」
「あのなあ。男女比率が同じならともかく、女子の群れに男一人とか肩身が狭いにも程があるだろうが」
「ははっ、それもそっか」
「そう言う事だ」
「でも、こっちに龍ちゃんの親戚が居て良かったなあ。もしも龍ちゃんが来られなかったらどうしようかと思ってたから」
「そうなのか? まあ、その時はその時で、ビジネスホテルに宿を取ってでも来ただろうけどな」
「そうなの?」
「ああ。茜が頑張ってるところが見たかったしな」
「えっ!? 私の?」
「ああ」
「女子バスケ部じゃなくて?」
「えっ!? あ、いやその…………」
思わぬ部分にツッコミを入れられ、俺は思わず動揺してしまった。
そしてあまりにも自然に自分の気持ちを口にしていた事に、俺は凄まじいまでの恥ずかしさを感じていた。
「ど、どうしたの? 龍ちゃん?」
「い、いや、何でもない。要するにほら、茜が頑張っているのを見るという事は、女子バスケ部が頑張ってるのを見るって事と同義なんだよ」
「そうなんだ……」
茜はそう言うと、少しだけ顔を俯かせて寂しそうな表情を見せた。
「で、でもさ、俺は茜がかっこよくバスケをやってるのを見るのは好きだぞ?」
「かっこよく?」
「ああ。昔っから茜がバスケをしてるのは知ってたし、その姿を何度も見た事はあった。けど、今回みたいに練習風景を見るのは初めてだったし、練習に一生懸命に打ち込んでいる茜はなんていうかその……凄くかっこいいなって思ったんだよ」
「そっか……ねえ、龍ちゃん。私が何でバスケットを始めたのか分かる?」
「いや、分からないな。そういえば、小学四年生くらいから突然バスケットを始めたよな。どうしてなんだ? 特に興味も無さそうだったのに」
「それはね、あの時の龍ちゃんがバスケットにはまってて、一緒に遊ぶ為にバスケットを覚えようと思ったからなんだよ?」
「えっ!? そうだったんか?」
「うん。でも、やってる内にバスケットが楽しくなって、いつの間にか龍ちゃんよりも上手くなってたよ」
まさか茜のバスケを始める切っ掛けが俺だったとは知らず、その事に驚きを隠せなかった。
「……でもさ、一緒に遊ぶ為って言っても、どうしてそこまで一生懸命だったんだ?」
「そ、それはその……龍ちゃんと一緒に居たかったからと言うか何と言うか……」
「俺と一緒に?」
「あうぅ……こ、この話は今日は終わりっ!」
「ええっ!? どうしてさ?」
「どうしてもっ!」
「何でだよ? 別に話してくれてもいいじゃないか」
「そ、そんなに聞きたいの?」
「聞きたいね」
「…………それじゃあ、インターハイが終わった後に聞かせてあげる。だから、それまでは何も聞かないで」
「……分かったよ」
「ありがとう。さあっ! どんどん進んでくよっ!」
赤ら顔を見せない様にしながら、どんどん前へと進んで行く茜。
そんな茜の言葉と態度に、俺の胸は早鐘の様にドキドキと高鳴っていた。
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