選択の向こう側~水沢茜編~

第285話・約束×マネージャー

 世の中はかつて誰かと幼馴染だった人の方が多いだろうけど、その関係が大きくなってもずっと続いている人はかなり少ないと思える。なぜなら人は成長する中で新たな人と出会い、そこで新たな関係を築いていくからだ。

 そしてそれが異性の幼馴染ともなれば、その関係が続くのはもっと難しいと思える。なぜなら人は成長するにつれ、異性を意識するものだから。

 小さな時には気にもしていなかった様な事が、いつの間にか気になってしょうがなくなる。それが大人になるって事なのかもしれないけど、それをどこか寂しく思っていたのも事実だった。


「龍ちゃん、今日もありがとね。大変だったでしょ?」

「まあ、渡の奴を信じて賭けに乗った俺が馬鹿だっただけだし、約束したからにはちゃんとやるさ……」

「もう、そんな顔しないでよ。そこの自販機でジュース奢ってあげるから」

「おっ、マジか!? それじゃあ、最近マイブームになってる梅サイダーでも買ってもらうかな」

「もうっ、急にテンション上げちゃって。龍ちゃんてばホントに調子がいいんだから」

「へへっ。ごちそうさま」


 呆れ顔を見せる茜に向かって両手を合わせた後、俺は意気揚々と茜が指さしていた自販機へと向かった。

 七月も後半に入り、夏休みを迎えて三日が過ぎた頃の夕刻。

 俺は部活終わりの茜と一緒に花嵐恋からんこえ学園から帰っていた。

 多くの人が幼馴染との関係が長く続かないだろう事を考えれば、この歳までずっと幼馴染として接して来れている俺と茜の関係はとても希有きゆうだと言えるのかもしれない。

 まあ、そうは言ってもその道程みちのりも平坦なものではなかったし、ある時にはその関係が希薄きはくになった事もあった。だけど、俺と茜はこうして今も幼馴染としての関係を保って接している。

 普段は照れくさくて絶対に口にも態度にも出さないけど、茜とこうしていられる事は俺にとってとても嬉しい。だからこれからも、茜とは変わらず幼馴染として仲良くしていきたいと思う。

 それにしても、夏休み前にした賭けのせいで、高校生活最後の夏休みの約半分以上を茜と女子バスケ部に捧げなくてはいけなくなったのは痛かった。

 まあ、こうなったのは最終的に賭けに乗った俺の自己責任だけど、賭けに負ける原因となった渡には、今度何かしらの形で罪を償わせようと考えている。

 今更の様にそんな事を考えながら、茜に奢ってもらった梅サイダーを飲みつつ帰路を歩く。


「――それじゃあ龍ちゃん、また明日もよろしくね」

「へいへい。朝の七時にここに来てればいいんだよな?」

「うん。明日は今日みたいに遅刻しないでね?」

「遅刻って言ってもたったの五分じゃないか」

「その五分が今の私にはとても貴重なんだからね?」

「わ、分かってるよ。明日はちゃんと時間通りに来るからさ」

「うん。それじゃあ、また明日ね」

「おう。また明日な」


 しばらく一緒に歩き、それぞれの家へと続く分岐路で別れ、俺達はそれぞれの家へと帰る。

 明日も朝早くから起きてここへ来なければいけないと思うと気が重い。それはまるで、小学生の夏休みにラジオ体操で早起きをしなければいけなかったあの憂鬱な日々を思い起させる。

 しかし、いくら気が進まなくても約束を交わしたのは俺なのだから、それはちゃんと果たさなければいけない。

 俺と茜との間で交わされた約束。それはつい先日、念願だったインターハイ出場を決めた女子バスケ部のインターハイが終わるまでの間、俺が女子バスケ部のマネージャーをする事だ。

 女子バスケ部が念願だったインターハイ出場権を獲得した試合は俺も見たし、頑張って来た茜達が全国へ行くのは俺も楽しみだ。しかし、茜に女子バスケ部のマネージャーを頼まれた時には、どうして俺がマネージャーをせにゃならんのだ――と思った。

 いくら賭けの約束で『何でも一つ言う事を聞く』と言ったとはいえ、インターハイを前にした大事な時期に俺なんかをマネージャーにするのはどうかと思ったからだ。

 だから最初はその頼みを断ったんだけど、本来の女子バスケ部のマネージャーがどうしても外せない家庭事情で夏休みの間地元から離れるらしく、代わりを頼むにも女子バスケ部のマネージャー業はかなりハードで、誰もやりたがらなかったらしい。そこで茜は賭けに負けた俺にマネージャーをやらせようと考えついたとの事だった。

 茜から事情を聞いた俺はもちろんその事を考慮はしたが、やはり女子の集団に男が一人混ざるというのは気分が落ち着かないし、他のみんなも俺が居る事で集中力を欠いては申し訳ない。それにマネージャーなどをやった事がない俺には、テキパキとマネージャー業をこなせる自信は無かった。

 だが、事情を聞いた俺はそれを無碍むげに断るのもどうかと思ったので、女子バスケ部の全員が俺をマネージャーとして受け入れるならやってもいい――という条件をつけた。

 もちろん俺としては、男がマネージャーをやるなんてとんでもない――みたいな事を言う人の方が多いだろうと思っていたから、それで茜が俺をマネージャーにしようとするのを諦めてくれると思っていた。

 だが、そんな俺の考えは羊羹ようかんに砂糖と蜂蜜をかけて食べるくらいに甘い考えだったらしく、その思惑おもわくは完全に外れてしまった。そのせいで俺は、夏休みの半分近くを茜と女子バスケ部のマネージャー業に捧げる事になったわけだ。

 こんな事になるなんて完全に誤算ではあったし、茜が言っていた様に女子バスケ部のマネージャー業は大変だ。でも、俺はバスケは下手だけど好きだし、上手な選手のプレイは見ていてとても興奮する。

 そんな意味で言えば、インターハイ出場を決めた女子バスケ部のプレイを間近で見れるのは光栄な事なのかもしれない。まあ、嫌だ嫌だと腐っていても仕方がないし、この際、大変な中にも楽しみを見つけて頑張る方が健全でいいだろう。

 インターハイの本番が始まるのは今から二週間後。

 ちょうど制作研究部の夏コミ出陣の時と時期が被っているけど、そこは美月さんにお願いしてマネージャー業の方を優先させてもらった。部長である美月さんには悪いとは思うけど、美月さんも『茜さん達が優勝できる様に、しっかりとサポートをしてあげて下さい』と言ってくれたから良かった。

 こうして俺の女子バスケ部マネージャー業が始まり、短い間だが女子バスケ部と共にインターハイ優勝を目指す日々が始まった。

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