第269話・家族×笑顔
「もしもしっ! 美月さん!?」
「こんばんは。夜分遅くに失礼します。私、
「あっ、どうもこんばんは。鳴沢龍之介です」
慌てて出た電話口から聞こえてきたのは美月さんの声ではなく、祖母の弥生さんの声だった。その事にちょっと動揺しながらも、俺は挨拶を交わす。
「あー、良かったわ。龍之介さんが出てくれて。スマホって言うのかしら? 私こういった物は持った事がなかったから、ちゃんと扱えてるか不安だったのよね」
「そうだったんですか? ところで、どうしたんですか? 美月さんの携帯から電話なんて」
「そうだった。急な話で申し訳ないんですが、明日の午後14時頃、少しお話をしたいのですけどいいでしょうか?」
「明日ですか? はい、大丈夫です」
「良かった。では、明日の午後14時頃、こちらの自宅門から見える位置にある公園に来ていただいてよろしいでしょうか?」
「はい、分かりました。明日の14時頃にその公園へ伺います」
「ありがとうございます。それでは龍之介さん、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
電話を切った後、俺は携帯を手に持ったままベッドへと寝転び、天井を見つめながらどんな話があるのだろうかと考えていた。
まあ、大筋の話は美月さんについての事で間違い無いだろうけど、その内容がどんなものなのかは分からない。
俺は今の自分が考えられるあらゆる内容を想定し始め、明日に備える事にした。
× × × ×
翌日の午後14時頃。俺は昨晩の電話で弥生さんに言われたように霧島家の近くにある公園へとやって来て弥生さんが来るのを待っていたんだけど、十分ほど待って公園へとやって来たのは、予想外な事に弥生さんではなくご主人だった。
「…………」
「…………」
お互いに軽く挨拶を交わし、大きな太い木の前にあるベンチに距離を空けて座った後、俺達はお互いに黙り込んだ。
俺としてはやって来た人物が予想外過ぎて口火を切れないと言ったところだったけど、ご主人の方はどうなのか分からない。
「……あの、ちょっとお伺いしてもいいでしょうか?」
「……何だ」
「美月さんと夜月さんのお母さんて、どんな方だったんですか?」
俺のそんな質問に対し、ご主人の身体がビクッと反応したのが分かった。
正直、この質問はご主人に対する地雷質問だと思えるけど、ご主人の今回の件に対する意固地な部分の根底には、自分の娘に対する思いが強くあるのは確かだ。ならばそこを聞く事によって開ける突破口があるかもしれないと俺は考えた。
「…………何で
「えっと……すみません、差し出がましい事を聞きましたよね……」
よくよく考えてみれば、亡くなってしまった娘さんの話を聞きたいとか、デリカシーが無かったと思う。俺は美月さんの事だけを考えるあまり、ご主人の気持ちを
「…………美夜はな、優しい娘だった」
お互いにまた沈黙状態に陥り、気まずい雰囲気を感じていた中、突然ご主人が軽く空を見上げて呟く様に声を出した。
「小さな頃から何にでも興味を持って、色々な事に挑戦して、何かを成し遂げる度に『お父さん、私やったよ!』って、笑顔でその話をしてくれた。俺にとって美夜は、かけがえのない生きがいだったんだ……。だからそんな美夜が大人になって好きな人ができて、その相手と『結婚したい』と言い出した時、俺は単純にそれが嫌だと思った。いつまでも美夜に側に居てほしかったからだ。だから俺は、涼太郎くんとの結婚を反対した。表向きはうちの家柄にそぐわないと言う事にしてな……」
まるで自分の中にある後悔や罪を告白する様に、ご主人は視線を空へと向けたまま話を続ける。
どうして急に娘さんの事を話してくれたのかは分からないけど、俺はその話の腰を折らずに最後まで聞き続けようと思った。
「俺が結婚を反対した事で、美夜はすぐに結婚を諦めてくれると思った。だけど美夜は一切諦める様子を見せなかった。もちろん涼太郎くんも。そんな二人の思いに対し、俺は最後には話も聞かない状態だった。その結果、美夜と涼太郎くんは駆け落ちという道を選び、俺や弥生の前から居なくなってしまった。二人が駆け落ちした後、俺は自分の愚かさを実感して二人に謝る為に八方手を尽くして捜索をした。だが、二人の行方を掴む事はできず、時間ばかりが過ぎてしまった。そして美夜達が居なくなってから数年後、俺は警察からの電話で美夜と涼太郎くんが事故にあって病院に運ばれた事を知った。事情はともかくとして、俺は美夜達に会える事を嬉しく思った。くわしく事故の程度を聞かされていなかった俺は、怪我は時期に治るから、その時にでもちゃんと二人と話をしようと考えて病院へと向かった。だが、着いた病院で出会ったのは、冷たくなった美夜と涼太郎くんだった……。俺のせいで、俺が意固地になったせいで美夜と涼太郎くんはあんな事に…………」
空を見上げたままで話していたご主人の瞳からは、次々と涙が流れていた。
それは失ってしまった命への
きっとご主人の後悔は死ぬまで続くのだろう。それは自分の行いが招いてしまった事だから仕方ないのかもしれない。
だけど、後悔を抱え反省をしていても、それを活かせなければ意味がない。
「……娘さんや涼太郎さんを失って後悔しているのは分かります。でも、それなら分かるはずです。美月さんに対して同じ様な事をしている事が」
「…………」
俺の言葉に対し、ご主人はいつもの様に反論してこなかった。きっと心の内では自分が正しくない事を理解していたんだと思う。
「これから先がどうなるかなんて分かりませんし、未成年のひよっこな僕がこんな事を言っても説得力が無いとは思いますけど、美月さんと一緒に幸せな人生を歩んで行きたいです。その為に美月さんや仲間達との時間を大切にしたいんです。お願いします、美月さんを元の家に戻してあげて下さい」
俺はベンチから立ち上がり、ご主人に向かって頭を下げた。
「……もしも、もしも俺がその願いを断ったら、お前は美夜達の様に美月を連れて居なくなるのか?」
「……いいえ、僕達は居なくなりません。ここで断られても、僕は美月さんが戻るまでご主人を説得に来ます。だって、家族には祝福してほしいじゃないですか。それは美月さんだって同じはずです。美月さんはずっと、自分が天涯孤独の身だと思っていました。そして彼女は、家族というものに対して強い憧れを持っていました。だから絶対、みんなに祝福してほしいはずなんです」
「そうか……」
ご主人はそう言うとゆっくりベンチから立ち上がり、俺の方を見て口を開いた。
「俺に君の様な強さがあれば、今頃美夜や涼太郎くんと笑いあえていたのかもしれないな……」
寂しげな笑顔でそう言うと、ご主人は俺に背を向けて公園から出て行った。
× × × ×
「みんな、今までのゲーム制作お疲れ様でした! また来年もよろしく! では、かんぱーい!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
年末にある冬のコミックマーケット終了後、俺達は忘年会兼お疲れ様会と称し、いつものファミレスに集まってから打ち上げを開始した。
冬コミに辿り着くまでは色々な苦労があったけど、夏コミや冬コミ前の宣伝がそれなりに功を奏したのか、冬コミで販売した恋愛シュミレーションゲームの売れ行きはなかなかのものだった。これからこの様なサークル活動的なものをやるかは分からないけど、もしも機会があるならまたやってみたいと思える。
「龍之介さん、お疲れ様でした」
「うん。美月もお疲れ」
恋人になった美月の隣に座り、今回の冬コミの話をしながら盛り上がる。
霧島家の頭首である
これは後で美月から聞かされた話だが、あの公園でしていた俺と浩二さんの話を、美月と弥生さんは大きな木の裏に隠れて聞いていたらしい。
最初はなぜそんな回りくどい事をしたんだろうと思ったけど、美月が言うには弥生さんから、『あの人は素直じゃないから、私や美月ちゃんが居ると絶対に本音を話さないと思うの』と聞かされていたからだそうだ。
だが、浩二さんの本心をどうしても知りたかった美月は、弥生さんと一緒になって公園の木の裏に隠れ、その本音を聞く事にしたらしい。
そして浩二さんの気持ちを知った美月はその日の夜に話を聞いていた事を浩二さんに告げ、自分の気持ちを話して浩二さんの説得をし、俺との交際を認めてもらったとの事だった。
ちなみに美月が元の家へと戻って来た翌日、美月の姉である夜月さんから、『色々とありがとう。これからも美月をよろしくね、
制作研究部や関係者のみんなで苦労話や楽しかった話、ボイス収録の話などをして盛り上がり、打ち上げがお開きになった後、気を遣って先に帰った杏子や桐生さんに感謝をしながら、俺と美月は自宅への帰路を歩いていた。
「美月、寒くない?」
「はい、大丈夫です。こうして手を握っていたら温かいですから」
この寒空の下、お互いに握り合っている手には手袋をつけていない。風が吹く度に冬の冷たさが鋭く身に刺さるけど、こうして手を繋いでいればそれもさほど気にならない。
「なんだか夢みたいですよね」
「何が?」
「こうして龍之介さんと一緒に手を繋いで歩いている事がですよ」
「そうなの?」
「はい。だって、龍之介さんとこうして恋人になれるなんて思ってもいませんでしたから」
恥ずかしそうにそう言う美月の頬が、街路に設置されている街灯に照らされて赤くなっているのが分かる。こういう感じは出会った頃から変わらない。
「それは俺だって一緒だよ。美月と恋人になれるなんて思ってなかったから」
「そうなんですか? 私達、ずっと同じ事を思っていたんですね」
嬉しそうに表情を綻ばせる美月。そんな美月を見ていると、自然と俺も嬉しくなってくる。
「だな。そういえば、年明けにはまた勉強を見てもらう事になるけど、よろしく頼むな」
「はい、任せて下さい。私も頑張りますから」
俺は
ゲームプログラマーに進路を定めた理由は、美月がそんな世界で活躍する事を望んでいるから。
動機としてはかなり不純かもしれないけど、俺は美月の夢を応援する立場ではなく、一緒に夢に向かって並んで行けるパートナーになりたいのだ。それは俺の純然たる意思であり、流されて決めた事ではない。
「うん。でもその前にお正月は霧島家に顔を出す事になってるから、そっちの方が大変かも」
美月と恋人として交際をする様になって以降、俺は霧島家と関わる機会が増え、それに比例して浩二さんや弥生さんとも接する機会が増えた。
そして霧島家との付き合いの中で浩二さんと話などを重ねる内に、浩二さんが筋金入りの親馬鹿だという事が分かった。
もちろんあの公園で話を聞いた時からそんな印象はあったけど、弥生さんから娘さんとのエピソードなんかを聞くと、それが尋常な親馬鹿でない事が分かる。あれでは娘さんの結婚を反対する気持ちや、子離れできない気持ちも分からないではなかった。
そして娘さんを失った今、浩二さんはその親馬鹿っぷりを残された孫である美月さんと夜月さんにぶつけている。おかげで色々とやり辛かったり面倒だったりする事があるけど、それが家族ってものかもしれない。
「ふふっ、確かにおじいちゃんの相手をするのは大変かもですね」
「まあね。浩二さん、あれでかなりの親馬鹿だから」
「そうですね。でも、龍之介さんなら大丈夫ですよ」
「そう?」
「はい。だって龍之介さんは、私が一番大好きな人なんですからっ!」
握っていた手を優しくも強く握り、空いている方の手で俺の腕を抱き包む美月。
淡く美しい月の光が街を照らす中、間近に見える美月の笑顔をとても愛おしく感じながら、『ずっと美月と一緒に居られますように』と願ながら帰路を歩いて行った。
アナザーエンディング・如月美月編~Fin~
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