選択の向こう側~涼風まひろ編~
第270話・告白×知らなかった想い
高校生活最後の夏休みを間近に控えたとある日曜日の夕方。
この日、俺は制作研究部のメンバー達と活動を行った後、早目に作業が終わったまひろと一緒に帰路を歩いていた。
それは普段と変わらない俺の日常だった。しかしその日常は、話したい事がある――と言ったまひろと二人で向かった公園であっさりと終わった。
「――小さな頃からずっと、龍之介君が好きでした……私と付き合って下さい!」
俺はまひろと一緒にやって来た公園内のベンチに座って話しをしていたんだけど、昔の話とか今の話をする内になぜか好きな人の話題になり、その結果、俺は顔を真っ赤にしたまひろから告白を受けた。
「えっとあの……冗談――ってわけじゃないよな?」
「うん……私は本気だよ」
「そっか……えーっと…………」
親友であるまひろから突然の告白を受けた俺は、頭の中がごちゃごちゃ状態でかなり混乱していた。もしもまひろを知り合った頃から女性だと認識していたなら、俺はここまで混乱する事はなかっただろう。
しかし、俺達がまひろを女性だと認識したのはほんの三ヶ月ちょっと前。それまではずっと男友達として接していたんだから、俺がこんな風に混乱するのも無理はないと思える。
「…………やっぱり、私じゃダメかな?」
告白に対してのまともな返答ができないでいた俺に対し、まひろは悲しげな表情をしてそんな事を言った。
「あっ、いや、違うんだ。そう言う事じゃないんだよ。ただ、突然の事でビックリして混乱してたんだよ」
「そ、そっか、そうだよね。今までずっと、私は男の子として過ごしてたんだもんね。ごめんなさい……」
「いや、謝る事はないよ」
「うん。ありがとう」
「「…………」」
何となく俺の思いを察してくれたみたいだけど、根本的な事は何一つ解決していない。俺はまひろの勇気を振り絞った告白に対し、誠意を持って答える必要があるのだ。
「…………あのね、龍之介君。私待つから、じっくりと考えた上で告白の返事を聞かせてくれないかな?」
「……まひろはそれでいいの?」
「うん。だって、龍之介君達にずっと嘘をついてきたのは私だし、龍之介君が混乱しちゃったのも全部私のせいだもん。だから、気持ちの整理がついた時でいいから、告白の返事を聞かせてほしいの。龍之介君がちゃんと考えた上で出してくれた答えなら、私は振られても納得がいくから」
この時に俺が感じた気持ちを率直に言えば、強い――という思いだった。
まひろは昔から消極的なところが多かったから、どちらかと言えば弱々しいイメージの方が強い。
だけど、本当の自分を曝け出してからのまひろは違った。まひろは今までの自分の後悔を埋めて行くかの様に、色々な事に積極的になっていった。それは近くで見ていた俺が一番よく分かっているつもりだ。
そして今日、まひろは長年心に秘めていた想いを俺へと打ち明けた。その想いを打ち明ける事にどれだけの勇気が必要か、俺には分かる。その事一つを取っても、まひろは強いと言える。
「分かったよ。それじゃあ、気持ちの整理がついたら、俺はさっきの告白の返事をさせてもらうよ」
「うん。ありがとう」
「ううん。こっちこそありがとう。もしもまひろが告白してくれなかったら、俺はまひろの気持ちに気付かなかった。実際に今まで気付かなかったから、知らない内にまひろをたくさん傷付けていたかもしれない。ごめんな」
「そんな事はないよ。龍之介君はいつでも私を大切にしてくれてた。だから私は、ずっと龍之介君と一緒に居たいって思えたんだから」
「ありがとな。ちゃんと考えたら、まひろに直接返事をするから」
「うん。待ってる。そ、それじゃあ、私はこれで帰るね。疲れてるのに付き合せちゃってごめんね。じゃあ、また明日……」
「おう。また明日」
今になってまた恥ずかしくなってきたのか、まひろは再び顔を真っ赤にしてから公園を走り去って行った。
本当なら駅まで送るべきだろうけど、今はまひろも一人になりたいだろうし、俺も今の状態でまひろと一緒に居てまともな会話が出来る自信はない。
「夢――じゃないよな……」
こういった時のお決まりの様に自分の頬を
それでもどこか夢見心地な気分だった俺は、ふわふわとした感覚のままで自宅へと帰った。
× × × ×
まひろから告白を受けた夜。俺は就寝前に色々と考え事をしていた。もちろんその内容はまひろについての事だ。
「まひろが俺の事を好きだったとはな…………ふふっ」
俺は寝そべったベッドの上で顔をニヤつかせていた。正直に言って、まひろからの告白がとても嬉しかったからだ。
知り合った頃から男なのに可愛い奴だと思って接してきたから複雑な心境ではあるけど、今のまひろは紛れもなく女性で、俺とお付き合いをするのに何の問題も無い。
だけど、男の親友として過ごして来た期間が長過ぎたせいか、どこか素直に踏み込めない感情があるのも事実ではあった。
まひろが男だと思って接していた時には、女の子だったらいいのに――と思っていたくせに、まひろが本当は女の子だったと分かった途端にこの体たらく。仕方がないところもあったとは言え、男としては情けない選択をしたのかもしれない。
でも、この件は本当にしっかりと考えて返答をしたい。そう思うのはきっと、まひろが俺にとってとても大事な存在だからだと思う。
だからと言って、まひろからの告白の返事をだらだらと待たせるのはあまりに忍びない。この件は慎重に気持ちの整理をつけながらも、迅速な対応が要求される。
「おっと、電話か」
枕元に置いていた携帯が、突然着信音を奏で始める。
その事にちょっと驚きつつも携帯を取って画面を見ると、そこには涼風まひろの名前が表示されていた。その名前を見た俺の心臓は一瞬にして鼓動を早め、体温がぐんぐん上昇していくのを感じた。
俺は自分が緊張しているのを理解しつつ、着信を受けてから右耳に携帯をあてがった。
「も、もしもし?」
「あっ、もしもし。こんな時間にごめんね、龍之介君」
「いや、大丈夫だよ。どうかした?」
「えっと……特に用事があったわけじゃないんだけど、急に龍之介君とお話をしたくなったから……。ごめんね、迷惑だったらこれで切るから」
「いやいや、別に大丈夫だよ。ちょうど俺もまひろの事を考えてたからさ」
「そ、そうなんだ……。ありがとう、ちゃんと考えてくれて。凄く嬉しいよ」
「お、おう……。そ、そう言えばさ、さっき渡からメールが来てさ――」
俺は恥ずかしさを誤魔化す様にして話題を代え、しばらくの間まひろと他愛ない話に華を咲かせた。
まひろとの会話は時々ぎこちない部分がありはしたけど、それでも話している時間はとても楽しくてドキドキした。そしてそのドキドキはきっと、まひろの気持ちを知った事で俺がまひろを異性として本格的に意識し始めたせいだと思う。
それが証拠に、電話で話しているだけで俺の心には不思議なくらいの幸福感があった。そしてその気持ちに気付いた時、俺の中にあったまひろに対する想いは本格的に恋心へと変わっていった。
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