第250話・夢見た×関係

 茜や四季さんこと霧島夜月きりしまよづきさんに色々と指摘を受けてから自宅へと帰った後、俺は色々と考えた末にるーちゃんへメールを送ろうとしていた。

 その内容は“大事なお話をしたいので、会ってちゃんとお話しをしたいです”――というとても単純なもので、それ以上の余計な事は書いていない。聞きたい事は直接会ってちゃんと聞くつもりだったからだ。


「よし、これでいいかな……。おっと!?」


 るーちゃんへ送ったメールが送信完了した瞬間、るーちゃんからのメールが舞い込んで来た。その事に驚きつつも急いで送られて来たメールを開き見る。

 送られて来たメールには“この前はごめんなさい。もう一度ちゃんと話をしたいので、この前の公園でお話できませんか?”――と書かれていた。

 その内容を見た俺は、急いでるーちゃんから送られて来た文面に対し返信内容を書いて送った。

 すると返信メールが送信完了をした瞬間に新たなメールを受信した。


 ――ははっ……最近はタイミングが合わない事が多かったけど、今回は随分とタイミングが合うな。


 新たに受信したメールはやはりるーちゃんからのもので、俺が最初に送ったメールに対する返信内容だった。

 俺はそのメールを見てから家を出て、るーちゃんが書いていた公園へと急いで向かった――。




 以前よりも陽が沈むのが遅くなってきたとは言え、まだまだ夏に比べれば格段に陽が沈むのは早い。現にこうして辿り着いた公園でるーちゃんを待っている間も、辺りは暗さを増しているのだから。

 公園に2つあるブランコの1つに座り、るーちゃんが来るのを待つ間、じっと空を見つめて心を落ち着けようとしていた。

 今回は前のようにモヤモヤしたままで終わるわけにはいかない。絶対にお互いがすっきりする形にしたい。

 そんな事を考えながら夕闇に染まっていく空を見つめいていた。


「待たせてごめんなさい!」


 その声が俺以外に誰も居ない公園の出入口から聞こえてきた瞬間、心臓がドキッと大きく跳ねた。落ち着かせていた気持ちが一気に揺り動かされ、焦りや動揺に変わっていく。

 このままではいけない――そう思った俺は大きく深呼吸をしてブランコから立ち上がり、やって来るるーちゃんの方へと向かった。


「来てくれてありがとう。るーちゃん」

「ううん。私の方こそ来てくれてありがとう。たっくん」


 お互いの行動に感謝をし、お礼を言う。その事が俺の中にあった緊張を少しだけ緩和してくれたような気がした。


「るーちゃん、先に話をしてもいいかな?」

「う、うん……どうぞ」


 その言葉にるーちゃんが表情を強張らせたのが分かった。きっとどんな事を話すんだろうかと思って緊張しているんだと思う。


「あのね、るーちゃん。俺はるーちゃんの事が好きだ」

「えっ!?」

「好きだから戸惑ってしまったんだ……この写真が三学期の初日の放課後に下駄箱に入ってて、それを見た俺はこう思っちゃったんだよ。“もしかしたら俺以外に好きな人ができちゃったのかな”――ってさ」


 そう言ってから持って来ていた写真をるーちゃんに手渡した。


「こ、これがたっくんの下駄箱に?」

「うん」

「……実はね、私の下駄箱にも三学期の初日に写真が入ってたの。たっくんとは違って私のは朝に入ってたんだけど、この写真を見て私も“たっくんは他に好きな人が居るのかな”――って思っちゃったの……。だからこの日にその事を聞こうと思ったんだけど、勇気が出なくて聞けなかった……」


 そう言ってるーちゃんが胸ポケットから写真を取り出すと、それを俺に渡して見せてくれた。その写真は案の定、霧島さんが見せてくれた物と同じで、俺が従妹いとこに腕を組まれている写真だった。


「この写真に写っている子はね、妹の杏子と同い年の従妹なんだよ。杏子と一緒でまだまだ甘えん坊な子でさ、こっちに遊びに来ると杏子と一緒になってこんな事をするんだよ」

「そういう事だったんだね……あっ、それでね、たっくんの持ってた写真に写っている人はお母さんと再婚する予定の人の息子さんなの。結構前から家族間の付き合いをしてて、とっても優しくて良い人なの。私を本当の妹のように可愛がってくれてるし。それでね、ちょうどクリスマスイヴ前にたっくんへのプレゼントを悩んでいる時があって、その時に意見を聞きたくて買い物に付き合ってもらった事があったの」

「そっか。これはその時に撮られた物だったんだ……本当に良かったよ……」


 お互いに嫌がらせの写真に踊らされていたなんて悔しいけど、俺がもっとるーちゃんを信用して話を切り出していれば――そう思うと悔やんでも悔やみきれない。


「ごめんね、るーちゃん。俺がこんな写真に動揺してるーちゃんの気持ちを疑ったりしなければ――ううん、るーちゃんがクリスマスイヴに告白してくれた時、俺がはっきりとるーちゃんの事が好きだって言えてればこんな事にはならなかったのに……」

「ううん。そんな事ないよ。たっくんは何も悪くない。だってそんな写真を見たら疑っちゃっても仕方ないもん。それに私だってたっくんの写真を見た時に思っちゃったから。もしもその子がたっくんの好きな子なら、どうして私とクリスマスイヴを一緒に過ごしてくれたんだろう――って」

「ははっ……お互いに変なところで遠回りと誤解をしてたんだね」

「うん。でも良かった。小さな頃みたいにすれ違ったままで終わらなくて……」

「俺もそう思うよ」


 そう言ってお互いに小さく笑顔を見せ合う。

 るーちゃんが見せてくれた笑顔は俺の好きなとても柔和な笑顔で、それを見てなんだか肩の力が抜けた気がした。


「……るーちゃん。改めて言うけど、俺はるーちゃんの事が好きだ。これからも俺の近くでその笑顔を見せてもらいたい。だから俺と付き合って下さい!」

「……うん……うん……ありがとう…………」


 俺の告白を聞いたるーちゃんの瞳から、せきを切ったように涙が溢れ出していた。


「大丈夫!? どうかしたの?」

「だって……だってたっくんに想いを受け入れてもらえるなんて思っていなかったんだもん……絶対にたっくんとは結ばれないって思ってたんだもん……私はたっくんを傷つけたんだから……」


 るーちゃんにとって小学生での出来事は本当に大きな傷だったんだろう。

 それは俺にとっても同じではあるけど、俺を守る為に心にも無い事を言ったりやったりした事でずっと後ろめたさを抱えていたるーちゃんの事を思うと、その事が今はとても愛おしく感じる。


「るーちゃん。前にも少し話したけど、あの時はお互いに子供だったんだ。そしてるーちゃんはあの時の自分に出来る事を精一杯やってくれた。それはもう十分に分かってるんだから、そんなに自分を責めないで」

「うん……ねえたっくん、本当に私でいいの……? 私なんかでいいの?」

「るーちゃんがいいんだよ。いや、るーちゃんじゃなきゃ駄目って言うのが正しいのかな。るーちゃんこそ本当に俺なんかでいいの?」

「うん。たっくんがいい。たっくんじゃないと駄目」

「そっか……それじゃあこれからもよろしくね、るーちゃん」

「うん……私こそ、よろしくお願いします。たっくん」


 街を茜色に染めていた夕陽が落ち、辺りを闇が染めた頃、輝き始めた星の下で俺達はお互いにギュッと握手をした。


× × × ×


「どうしてお前がここに来るんだよ……」


 るーちゃんとお互いに気持ちを確かめ合ってから二週間が経った。

 今日はるーちゃんとデートをする為に駅前のスイーツ屋の中で待ち合わせをしていたのだけど、なぜか俺の前にはるーちゃんではなく茜が居る。

 ちなみに今日の待ち合わせ場所を指定したのは珍しい事にるーちゃんだ。


「あー、龍ちゃんてば約束を忘れてるわけじゃないよね?」

「約束? 何かしてたっけ?」

「やっぱり忘れてるよ……。ほら、相談料としてパフェ奢ってよねって言ったじゃない」

「ああー、そういえばそんな事もあったな。でも今日はるーちゃんとデートなんだよなあ」

「知ってるよ。瑠奈ちゃんに聞いたから」

「えっ?」

「とにかく瑠奈ちゃんにはちゃんと許可取ってるから、龍ちゃんは気にしないで私にパフェを奢ってくれればいいのよ」


 ――何だかよく分からないけど、るーちゃんが許可したならいいか。茜にも世話になったのは確かだしな。


「分かったよ。好きなパフェを食べてくれ」

「よしっ! 食べまくるぞー!」

「おいおい、ちょっとは手加減してくれよな?」

「分かってるって!」


 分かってる――なんて答えつつも、茜は一気に3つのパフェを注文した。


 ――コイツ絶対に分かってないよな……。


 まあこれもいつもの事だと諦めて溜息を吐いた。ここで争っても疲れるだけだしな。


「ところで龍ちゃん、瑠奈ちゃんとはどう? 上手くやってる?」

「上手くやってるも何も、まだ付き合い始めてから二週間だぜ? 色々と分からない事は多いよ。正直上手くいってるのか分からない感じだな」

「でも特に問題があるわけじゃないんでしょ?」

「まあな」

「それなら上手くいってるって事だよ」

「そんなもんか?」

「うん。そんなもんそんなもん」


 あっけらかんとそう答える茜を見ていると、そんなもんなのかなと思えてくるから不思議だ。

 それから注文したパフェが来ると、茜はそれを食べながら色々な事を聞いてきた。主に内容はるーちゃんとの付き合いについてだが、女子って本当に色恋沙汰の話が好きなんだな。


「――ああ~、美味しかった~」


 一時間もしない内に注文したパフェを食べ終わった茜は、とても満足そうな表情をしていた。


「女子ってホントにすげーよな……俺だったら一人でこの量は食えねーわ」

「まあ女子なら平気な人は多いんじゃないかな。甘い物が苦手じゃなければね」

「るーちゃんもこれくらいいけるのかねえ?」

「甘い物は好きだって言ってたから大丈夫なんじゃないかな? あっ、でも彼氏の前じゃ遠慮して食べないかもだけどね」

「そういうもんなのか?」

「そりゃあそうよ。だって彼氏の前でバクバク食べてたら嫌われちゃうかもしれないじゃない」

「なるほど。そういうもんなのか……」

「そうそう。だから上手い事そういう欲求を満たしてあげないと駄目だよ?」


 こういった事は流石女子だと思える。女子の気持ちは男には分からん事も多いから、こういった機会に女子の心理というのを知っておくのも勉強になる。


「分かった。肝に銘じておくよ」

「よろしい。あっ、それじゃあ私はそろそろ行くね。瑠奈ちゃんとのデート、楽しんでね」

「おう。ありがとな」

「……ねえ龍ちゃん。瑠奈ちゃんの事、好き?」


 席を立って店を出ようとしていた茜が、俺の横へ来た時にピタリと止まってそんな事を聞いてきた。


「どうしたんだよ急に」

「いいから答えて」

「……好きだよ。大好きだ」

「そっか……うん! それならよろしい! 私も2人の背中を押した甲斐があったよ。それじゃあね!」


 一瞬だけ寂しそうな表情をした後、それを打ち消すかのような満面の笑顔を浮かべて去って行く茜。

 あの質問にどんな意味があったのかは分からないけど、俺の正直な気持ちを聞いて何かを納得してくれたのならそれでいいと思う。

 それから数分後、俺はるーちゃんからのメールでいつも待ち合わせの際に集まる時計搭下へと向かった。


「――お待たせ!」

「あっ、今日はごめんね。何も伝えなくて」

「ホントにビックリしたよ。るーちゃんじゃなくて茜が来た時には」

「ごめんね。でも、気兼ね無く2人には話をしてほしかったから」

「別に今でも気兼ね無く話をしてると思うけどなあ」

「もう……たっくんは相変らずだなあ。もう少し他人の気持ちにも敏感にならないとね」

「敏感にねえ……言われるほど鈍感とは思っていないんだけどなあ」

「そう思ってるのはきっとたっくんだけだよ」


 小さく笑みを浮かべながらそんな事を言うるーちゃんだが、俺としては本当に鈍感とは思っていないんだ。どちらかと言えば人の気持ちには敏感な方だと思っている。


「まあおかげで茜との約束も果たせたし、良かったよ」

「そっか。それなら良かった……私も色々と話を聞いてもらってお世話になってたから」


 そう、茜は俺とるーちゃんの写真事件について色々と立ち回ってくれていた事をつい最近だが俺は知った。どおりであの日、都合良くるーちゃんから話したいとメールが来たわけだよ。


「本当に茜には感謝しないとな」

「うん……それに茜ちゃんには悪い事しちゃったから……」

「悪い事? 何それ?」

「ナ・イ・ショ。それよりたっくん、早く行かないと映画の時間に間に合わないよ。いこっ!」

「あっ、ちょ、ちょっと――」


 俺の好きな柔和な笑顔を浮かべて右手をギュッと握ったるーちゃんが先を歩き始める。

 そんな彼女の温かな体温を手で感じながら、俺も自然と顔を綻ばせていた。





アナザーエンディング・朝陽瑠奈編~Fin~

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