選択の向こう側~篠原愛紗編~
第251話・最後×始まり
三年生になってから早くも十一月を迎え、俺が
学園に入学したのがつい先日の事だった様な気がするのに、時間が経つのはホントに早いもんだ。
「お待たせ愛紗」
「あっ、先輩遅いですよ」
「わりいわりい。くじ引きの件で渡がごねてさ。大人しくさせるのに苦労してたんだよ」
「ごねてたって……何か問題でもあったんですか?」
「いや、大した事じゃ無いんだけどさ――」
文化祭準備期間として与えられる三週間。その内最後の二日間を除いた全ての期間の授業は午前中だけとなる。
太陽が真上から少しだけ西へ傾いた位置に来た頃。放課後に待ち合わせをしていた愛紗と校門前で合流した俺は、ここに至るまでの経緯を話しながら今日の待ち合わせの目的である場所へと向かい始めた。
ついこの前まで街は夏の様相を見せていたというのに、それも今ではすっかり感じられなくなってしまった。夏の頃には鬱陶しいくらいに毎日聞こえていた蝉の声も、まったく聞こえなくなった今では何だか寂しく感じる。
「――てな感じでさ、くじ引きをやり直したいって言って渡が駄々をこねるもんだから、ホームルームが長引いちゃったんだよ」
「日比野先輩らしいですね」
愛紗はそう言って物凄く微妙な感じの苦笑いを浮かべている。まあこの話しを聞けば、こんな表情になるのも仕方ないだろう。
「それにしても、妙な事になったよな」
「そうですね……まさか私のクラスと先輩のクラスが組んで文化祭をやる事になるなんて、思ってもいませんでした」
「だな。しかもお互いのクラスがペアを組んでのコスプレコンテストって……どこで話が
俺にとって高校生活最後になる文化祭は、愛紗の所属するクラスと組んでのコスプレコンテストを行う事に決まった。
なぜ愛紗の居るクラスと俺達のクラスが組んでそんな事をやる事になったのかと言えば色々とあったわけだが、その事に俺と愛紗が少なからず関わっているのは確かだ。
まあ、結果的にこうなっているのは渡のせいなんだけど、今更その事を嘆いても仕方がない。とりあえず内容が決まったのなら、後はそれを全力で楽しむのが健全だろう。優勝商品は結構魅力的だし。
てな訳で俺は、コスプレコンテストでのペアになった愛紗とどんな衣装で挑むかを決める為にコスプレ専門店へと向かっている。
ちなみにこのコスプレコンテストのペアはくじ引きで決まったわけだが、中には男子同士で組む事になった者や、女子同士で組む事になった者も居る。そして渡は男子同士で組む事になった内の一人だ。
「ですねえ……。でも状況はどうあれ、先輩とペアになれたのは良かったです」
「そうなのか?」
「はい。だってコスプレなんてただでさえ恥ずかしいのに、それに追加で面識の無い人と組む事になったらどうしようって、結構悩んでたんですから」
「あははは。愛紗らしい悩みだよな」
「笑い事じゃありませんよ……もしもペアが先輩以外になってたら、私は文化祭に参加しなかったと思いますし」
「おやおや。それじゃあ、俺の責任は重大だな」
「そうですよ? 私の文化祭参加は先輩にかかってるんですから、ちゃんと私をフォローして下さいね?」
「OKOK。愛紗の事はちゃんと見てるから安心してくれ」
「えっ!?」
途端に驚きの表情を見せて顔を紅くする愛紗。
時々だが、こうしてよく分からない時にこういった反応を見せる時がある。俺の中にある愛紗七不思議の一つ。
ちなみに七不思議とは言ったが、実際に七つは無い。語呂が良いからそう言っているだけだ。
「どうした? 顔が紅いけど大丈夫か?」
「べ、別に紅くなんかなって無いですっ! 早く行きますよっ!」
「お、おい待てよっ」
心配してそう尋ねたと言うのに、愛紗はそう言うとプイッと顔を横へ向けてから早足で前へと進んで行く。愛紗と関わる様になってから、こんな事は日常茶飯事と言っていい程経験してきたけど、こればっかりはどんなタイミングで出るのかが未だに分からない。
とりあえずいつもの事だと思い、いつも通りに愛紗の後を追いかけて行く。
――それにしても、愛紗って足が速いんだよな……歩幅が小さいから余計に早く感じるのかな。
スタスタと先へ進んで行く愛紗を結構な速さで追いかけつつ、俺達は目的のコスプレ専門店へと向かった。
× × × ×
「……あの、先輩ってこういう店によく来るんですか?」
「いや、俺も話に聞いてただけで来るのは初めてだけど……すげえな……」
最寄り駅から五駅離れた場所にある
店内は決して広いと言える程の広さではないのだけど、そんな空間の中にこれでもかと言うくらいに沢山の衣装があって圧倒される。
「……とりあえず見てみっか」
「そ、そうですね。せっかく来たんですし、見てみましょう」
恐る恐ると言った感じで店内にある衣装を見始める。
こういった店に来るのは本当に初めてで、最初こそ気後れしてたけど、見始めてからしばらくするとそれにも慣れ、衣装やら小道具やらを見て回るのが楽しくなってきていた。
「わあー、これ懐かしいなあ」
「あー、何年か前にやってた魔法少女作品のヒロインが着てた衣装か」
「先輩、知ってるんですか?」
「まあね。小さな頃は杏子もこれが好きでさ、毎週一緒に見てたもんだよ」
衣装を見ただけで昔の懐かしい思い出が蘇ってくる。これはこれで凄く楽しく感じるから不思議だ。
「私も由梨と一緒によく見てました。二人で魔法少女ごっこなんかもしてましたし」
「へえー、今の愛紗からは想像できないな」
「私だって、子供の頃は子供らしい事をしてたんですよ?」
今でも見た目だけはお子様に見える小さな愛紗が、小さく口を尖らせながらそんな事を言う姿はとても可愛らしく、思わず顔がにやけそうになってしまう。
「なるほど。まあ、愛紗ならこういうのも似合いそうだよな。そうだ! 愛紗は魔法少女路線でいってみたらどうだ?」
「嫌ですよ! こんな可愛過ぎる衣装なんて絶対に似合いませんし、何より恥ずかし過ぎます」
俺としては愛紗の魔法少女コスプレは似合いそうで有りだと思うんだけど、本人がこう強く拒絶してはお勧めのしようもなくなる。
「そうか? 絶対似合うと思うんだけどなあ……」
「そんな事ありません。次を見ましょう、次を」
未練がましく魔法少女の衣装を見ながらそう言うと、愛紗はプイッと視線を逸らしてから別の場所へと歩み始めた。
「先輩、これなんて良くないですか?」
魔法少女になる事を拒んだ愛紗が、ある場所に来て勧めてきたのはなぜか制服だった。しかもそれはセーラー服。
「何でセーラー服なんだ?」
「えっ? セーラー服って可愛くないですか?」
「確かに良いとは思うけど、学園祭のコスプレコンテストで学生がセーラー服のコスプレとか、面白みが無さ過ぎないか? そんなの病院のナースさんが、ナースのコスプレして職場に居るのと変わらないくらい無意味な事だと思うんだけどな」
「そ、そう言われるとそうかもしれませんけど……」
きっと恥ずかしがり屋の愛紗の事だから、普段とあまり違いの無さそうな衣装を選んでコンテストを乗り切るつもりだったのかも知れない。
だけど俺とペアになった以上、優勝する勢いでいてくれないと困る。やるからには勝つってのが俺の信条だから。
「愛紗、俺とペアになった時にも言ったが、俺はあくまでも優勝を目指している。優勝商品の食券一ヶ月分はかなり魅力的だしな。だから愛紗にもそれなりの覚悟はもって欲しいんだ」
「そ、それは分かってますけど……」
「だったら愛紗、恥ずかしい気持ちを押し殺して魔法少女になろうぜっ!」
「それだけは絶対に嫌ですっ!」
初めて訪れたコスプレ専門店内に、愛紗の恥ずかしげな声が上がる。
それからしばらく店内を見て回りながら、あれやこれやと衣装を吟味してみたけど、結局この日にどのコスプレをするかは決まらなかった。
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