第229話・見続けた×存在

 本日最後の撮影相手、篠原愛紗しのはらあいしゃという人物を語る上で欠かせない部分を挙げるとすれば、あのテンプレのように分かりやすいツンデレ要素は外せないだろう。本人はそのことに気づいているのか疑わしいところではあるけど、仮に気づいていなかったとしても、そのことを教えようとはまったく思わない。

 なぜなら俺は、そんな愛紗を見るのが好きだからだ。

 現実におけるツンデレ女子なんて、面倒臭くて仕方ない――そう思っていた時期が俺にもありました。正確に言えば今でもそう思っているんだけど、こと愛紗に限ってはそんな風に思わないから不思議だ。

 まあ愛紗と高校で再会した時にはそのツンデレ要素に気づかずに戸惑ったりもしたけど、一緒に居る内に段々とそんな部分が可愛く思えてきた。

 それはもしかしたら、愛紗が“年下だから”――というのもあったのかもしれない。タイプはまったく違うけど、杏子を相手にしている感覚と似ているような気がする。とは言え、もちろん杏子の時ほど砕けた感じにはならないけどな。


「すみません。お姉ちゃんの準備はもう少しで終わるので、もう少しだけ待っていて下さい」


 美月さんとの撮影を終え、本日最後の撮影相手になる愛紗が来るのを会場で待っていると、愛紗の妹である由梨ちゃんがやって来てペコリと頭を下げてきた。


「いやいや、別に由梨ちゃんが謝るようなことじゃないから気にしないでよ。それよりごめんね、うちの宮下先生のせいで貴重な休日を潰しちゃってさ」

「いえ、最初は私も驚きましたけど、こんな機会はそうそうないので楽しませてもらってます」

「そうなの?」

「はい。先ほどスタッフさんには了解を得たので、お借りしたこのデジタルカメラでこっそりとウエディングドレスを着たお姉ちゃんを撮影しようと思っています」


 爽やかな笑顔でそう言いながら、由梨ちゃんは手に持っているデジカメを構えて撮る素振りを見せる。どうやらこの様子を見る限り、状況を楽しんでいるのは間違いなさそうだ。

 これがもし愛紗だったら、未だにオロオロとしていたような気がする。そう言った意味では篠原姉妹はまったく違った性格をしていると言えるかもしれない。


「そういえば由梨ちゃんと愛紗は双子だったよね? 二卵性双生児?」

「あ、いいえ。よく『二卵双生児?』って聞かれるんですけど、私とお姉ちゃんは一卵性双生児なんですよ」

「えっ!? マジで!?」


 愛紗と由梨ちゃんの外見や性格は、一卵性双生児と言うわりにはあまりにも似ていない。だから由梨ちゃんの一卵性双生児発言には相当驚いた。


「本当ですよ。私も詳しくは知らないんですけど、一卵性双生児の中でもまれな確率で外見が違う双子が誕生するらしいんです。あっ、ちなみに血液型なんかはお姉ちゃんと一緒ですよ」

「へえー、そんなことがあるんだね。全然知らなかったよ」


 生命の誕生ってのは本当に神秘に包まれているんだなと、思わず感心してしまう。それと同時に自分の無知に少し気恥ずかしさを覚えた。


「実は私も中学生になるまでは、お姉ちゃんとは二卵性双生児だと思ってたんですよ?」

「えっ、そうだったんだ。じゃあなにを切っ掛けに知ったの?」

「えーっと……確かあれは中学生になってから2ヶ月くらいが経った頃だったと思うんですけど、ある夜にお姉ちゃんと部屋でお話をしてたら、『私たち二卵生の双子なのに、趣味とか似てるよね』――ってお姉ちゃんが話し始めたんです。そうしたらたまたま部屋の前を通ったお母さんが部屋に入って来て、『あなたたちは一卵性双生児よ』――って教えてくれたんです」

「へえー。色々と偶然が重なった結果ってわけか」

「そうですね。でも私は別に、一卵性でも二卵性でも関係なくお姉ちゃんのことはよく分かりますよ」


 自信満々――と言った感じの笑顔を浮かべる由梨ちゃん。この自信はいったいどこから湧いてくるのだろうか。


「双子によくあるって聞く、以心伝心みたいな感じ?」

「うーん……それとは少し違うかもしれません。私の場合はお姉ちゃんをずっと見てきたから分かるって感じなので、どちらかと言うと観察に基づくものかもしれません」

「ははっ。それは確かに以心伝心って言われるよりは説得力のある内容だね」


 以心伝心と言えば聞こえはいいけど、俺にはそれがどこかオカルト染みている感じがするので、今の由梨ちゃんが言っていた観察の結果というのはとてもしっくりとくるものだった。


「ねえ、由梨ちゃんにとっての愛紗ってどんな感じなの?」

「そうですね……一言で言うなら、“素直だけど素直じゃない”――と言ったところでしょうか」


 素直だけど素直じゃない――その言葉はあの愛紗という人物を言い表すのにとても簡潔で分かりやすい。その的確さは流石に長年姉を見てきた妹と言うべきだろうか。


「はははっ。そっかそっか、由梨ちゃんにも愛紗ってそんな風に映ってるんだね」

「はい。でも素直になれないせいで少し損をするところがお姉ちゃんにはあるので、そこだけは心配です」

「そうだね、そういうところはちょっとあるかもね」

「はい。でも龍之介さんはそんなお姉ちゃんのことも分かってくれているようですし、そのことだけは心配していません」

「えっ? それってどういう――」

「あっ! お姉ちゃんが来たみたいですね」


 由梨ちゃんの『そのことだけは心配していません』――と言う言葉の“そのことだけ”――というところが引っかかって質問してみようとしたのだけど、それは準備を終えた愛紗の登場により遮られてしまった。


「では龍之介さん、お姉ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」

「あ、うん」

「それと一つお願いなんですけど、お姉ちゃんが側に来たら感想を言ってあげて下さい。よろしくお願いします」


 由梨ちゃんはそう言ってペコリと頭を下げると、俺の返答を聞くことなく愛紗の居る方へと向かって行った。

 なんだか完全に由梨ちゃんのペースに乗せられている気がするけど、あまり気にしないようにしておこう。


「お、お待たせしました。先輩……」

「おう、気にしなくていいよ」


 通常よりスカート丈が短いウエディングドレスを纏った愛紗が側に来てから恥ずかしそうにモジモジとする。その姿はいつもよりも愛紗を幼く見せ、愛紗の持っている可愛らしさを何倍にも増している。


「愛紗、良く似合ってて可愛いよ」


 愛紗の可愛らしい仕草に自然とそんな言葉が出た。これなら由梨ちゃんに言われるまでもなかったかもしれない。


「と、突然なにを言うんですかっ!?」


 自然と出た言葉を聞いた愛紗が顔を紅くして慌てたようにあたふたする。

 こういう風に褒められ慣れていないのか、愛紗はこの手の発言をするとすぐにこうなる。そういったところも結構可愛らしいので好きだ。


「なにをって、ドレスが似合ってて可愛いって言ってるんだよ」

「も、もうっ! それ以上言わないで下さい! 褒めたってなにも出ませんからねっ!」

「えーっ!? 思ったことを言っただけなのに」

「い、いいからもう止めて下さい。恥ずかしいので……」

「やれやれ」


 慌てふためく愛紗を見ながら苦笑いを浮かべ、撮影の準備へと移る。これまでの撮影で結構疲れてるけど、気合を入れ直して頑張るとするかな。


「――先輩、ありがとう」


 そして撮影が始まってから最初のシャッターが押される瞬間、小さく囁くような愛紗の声が俺の耳に届いた。

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