第219話・変わらない×悪友

 渡に屋上でコミケのサークル参加に関しての話をした日から2日後の朝。登校して自分の席へと座った俺に、美月さんが嬉しそうにこう言ってきた。『サークルの参加ができるようになりました』――と。


「えっ!? コミケのサークル参加ができるってどういうこと? 確か参加枠の当選に漏れたって言ってたと思うけど」

「はい。実は先日のことになるんですけど、日比野さんからサークル参加の枠に当選したお友達を紹介してもらったんです。そしてその方と直接お話をして、委託販売をしていただけることになったんです」


 委託販売――確かコミケ参加に関する記事をネットで観覧した時に見た覚えがある。しかし俺にはコミケに参加している知り合いなど居ないので、すっかりそんな方法があることすらも忘れていた。


「渡の奴が言ってたのってこういうことだったのか……」


 今更ながら、渡のあの強気な発言の意味が分かった。それならそれでもったいぶらずにあの時に言ってくれればいいのに……。

 まあなにはともあれ、こうしてサークルの参加ができるのだから願ったり叶ったりだ。ここは一つ、あの時に渡が言っていたように奴を神とあがたてまつってやろうじゃないか。


「とりあえず理由は分かったけど、具体的にはどういう感じになるの?」

「本来は私たちが作った体験版をその方の売っている商品の近くに並べて販売していただくのですが、委託販売をしていただく条件として“私たちの方から2名の売り子を貸して下さい”――と言われているので、当日は私と他の誰かに売り子として参加してもらうことになります」

「それじゃあ俺が一緒に売り子として参加しようか?」

「えっ? いいんですか?」

「もちろんだよ! みんなで一緒に作ってきた作品がどんな反応をされるか気になるし、それにコミケ自体にも興味はあるからね」

「ありがとうございます。それでは私と龍之介さんが売り子として参加することを伝えてきますね」

「うん。お願いするね」

「はい」


 美月さんはにっこりといつもの柔和な笑顔を見せながら返事をし、いそいそと電話をするために教室を出て行った。

 コミケへの参加はこれが初めての経験になるけど、ネットの記事を見た限りでは相当過酷なのだと書いていたからそれそうなりの準備が必要になるだろう。今日自宅に帰ったらもう一度ちゃんと下調べをして、準備を万全にしておかないとな。


「ふぁぁぁ~。おっす龍之介~」


 先の予定を考えて少しワクワクしていた俺のもとに、眠そうにしながら鞄を持って歩いて来る渡の姿が目に入った。


「おはようございます。渡様」

「はっ? い、今なんて言ったんだ?」

「おはようございます。渡様――と言いましたが?」

「えっ? えっ!?」


 渡は分かりやすいくらいに戸惑った表情を浮かべると、その困惑した表情のまま鞄を床に置いてこちらへと近づき、おもむろに熱を測るように俺の額に右手の平を当ててきた。


「どうしました? 渡様」

「えっ!? いやその……どうしたもこうしたも、なんで俺のことを渡様とか呼んでるんだ?」

「これは妙なことをおっしゃる。私はお会いした時から渡様のことは渡様と言っていたではないですか」

「ええっ!? そ、そうだったっけか?」

「そうですよ。渡様はこの世界の神! 全知全能の神なのですから!」

「か、神!? 俺が!?」

「そのとおりです。ですから渡様が今日が期限の数学の宿題をやるのを忘れていたとしても、渡様は神ですから許されるのです」

「そ、そうか、俺はこの世の神だったんだな……宿題のことはすっかり忘れてたけど、それなら大丈夫だな!」


 本当に忘れてたのかよっ! ――と、思わず言ってしまいそうになったのを堪え、あくまでも渡が神であるという態度を貫き通す。

 本来ならどう考えても冗談だと思えることを本気にするところがなんとも渡らしい。この素直なまでの思い込みは時々羨ましく思う時もあるが、こんなアホになりたくはないなとも思う。


「――おっし! 俺は神だから次の授業はずっと寝ておくことにするぞ!」


 意気揚々と床に置いていた鞄を手に持って自分の席へと向かう渡。そんな渡が1時間目の数学の授業でこっ酷く怒られることになったのは言うまでもない。

 素直な性格もここまでくると考え物だよなと思いつつ、少し良心の呵責かしゃくを感じた俺は、1時間目の終了後にお詫びの缶コーヒーを買いに向かった。

 暦はもうじき6月へと変わる。俺たち三年生がこの花嵐恋からんこえ学園を卒業するまで残り10ヶ月もない。この残された僅かな月日でいったいどれだけの思い出を俺たちは残せるだろうか。

 とりあえずは目先の予定としてあるコミケを楽しめるように頑張っていかないとな。

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