第218話・話すこと×重要性
あと少しすればカレンダーの暦が5月から6月に変わろうかという頃、制作研究部のみんなで作っている恋愛シュミレーションゲームの制作は思っていたよりも順調に進んでいた。これはゲームの主旨や流れ、ストーリー構成の基礎が思っていたよりも早く出来上がったからに他ならない。それもこれも、みんなの多大なる協力があったおかげだ。
これまでの製作途中で大きな混乱などは見られなかったものの、途中でゲーム制作の根幹に関わる部分を大きく変えることになったのは非常に大変ではあった。まあそんなことになったのも、『これじゃあゲームをクリアーした時の達成感をあまり感じられないかも』――と、俺が口から漏らした言葉が原因だったわけだが……。
まあなんにしても色々なことはあったけど、とりあえず計画は順調に進んでいると言うわけだ。
朝目覚めた時特有の気だるさを感じながら起きて学園へと向かい教室へ入ると、登校して来ているクラスメイトがそれぞれに友達との会話や読書などの時間を楽しんでいるのが目に映る。
そしてそんな様子を見ながら自分の席へと向かっている中、自身の席に座って少し落ち着きなく視線を外に向けたり教室内を見回したりしている美月さんに気づいた俺は、そんな妙な様子を見せる彼女へと近づいて話しかけた。
「おはよう、美月さん」
「あっ、龍之介さん、おはようございます」
「なんだか落ち着かない様子だったけど、どうかしたの?」
「えっ!? 私そんなに落ち着かない感じでしたか?」
「うん。こう言っちゃなんだけど、美月さんにしては落ち着きがなかったよ」
「そうですか……実はそろそろコミケのサークル参加当落通知が来る頃なんです。だから結果が気になってちょっと落ち着かなかったんですよ」
「ああー、なるほどね。もうそんな時期になったんだ」
「はい。初めてのサークル参加ですから当選しててほしいのですけど……」
コミケのサークル参加申し込みは結構早く、夏コミの場合は2月の上旬あたりからサークル参加申し込み書の販売が始まり、それから4月頃に申し込み確認通知が届いてから6月にサークル参加当落通知が来ると言う流れになる。
サークルの当選確率はその都度変動するようだけど、だいたい6割くらいの確率で当選できると言う話も聞く。割合としては決して悪い確率ではないけど、それでも残りの4割へ見事に入ってしまう可能性もあるのだから決して楽観視はできない。
しかし頑張って夏コミまでの準備を進めているのだから、ここは是が非でも当選してサークル参加の権利を得たいところだ。
「大丈夫だよ美月さん。絶対に当選してるって!」
この発言にはなんの根拠もない。そりゃあそうだ、サークル参加の当落を決めているのは俺ではないのだから。
でもこうして不安がっている美月さんを見ているとそう言わずにはいられなかった。
「そうですよね。ありがとうございます、龍之介さん。少し気分が落ち着きました」
「いやいや、どういたしまして」
にこっといつもの柔和な笑顔を見せる美月さんを見て俺は安心した。やはり美月さんはこうでなくっちゃな。
× × × ×
「はあっ……」
あの日から数日後。俺は昼休みの屋上から遠くを眺めながら何度目かになる大きな溜息を吐いていた。
なぜなら昨日の夜にサークルの参加当落通知が届いた美月さんから、『落選してしました』――と聞かされていたからだ。
「どうしたんだ龍之介? 今日はやたらと溜息を吐いてるじゃないか。彼女にでも振られたのか?」
「俺に振られるような彼女なんていねーよ」
「おう、知ってる」
「ちっ……」
その言葉にムッとして後ろを振り返ると、一緒に昼食を食べていた渡がこれ見よがしに勝ち誇った表情を浮かべながら俺の方を見ていた。あのニヤニヤした顔を見ていると余計に腹が立ってくる……。
「冗談だって! そんなに怒るなよ」
「別に怒ってねーよ」
つい機嫌を損ねている時の女子の様なことを言ってしまったが、ここでコイツに怒っていると認めるのはなんだか負けた気がして嫌だ。
「なにがあったのかは知らんけど、俺でよければ話くらいは聞くぜ?」
「ふむ……」
相変らずちゃらけた奴ではあるけど、少なからずいつもと様子が違う俺を気にかけているのは間違いないのだろう。
まあだからと言って渡にこのことを話しても仕方がないとは思うけど、この際だから渡に話すことでこのどうしようもなくモヤモヤした気持ちが少しでも静まればいいかなと思って話してみることにした――。
「なるほどなー。それでずっと溜息を吐いてたわけか」
「そういうこと。せっかく夏コミに向けて準備を進めてたのにガッカリだぜ」
「そうかそうか。それは確かにガッカリだよな」
そう口にする渡の表情はなぜかニヤついている。そんなに俺たちのサークルが落ちたのが面白いのだろうか。
「なんでそんなにニヤついてるんだよ」
「えっ? ああ、わりいわりい。別にニヤつくつもりはなかったんだけどな」
「はあっ……お前は気楽でいいよな」
「そう言うなよ龍之介。それに俺にそのこと話したのは決して無駄ではないと思うぜ?」
「はっ? どういう意味だよ?」
「ふふん。それはあとからのお楽しみってやつだ。まあ楽しみにしておけよ、後日お前は俺を神と
渡はそう言うと持って来ていた弁当袋を手に持ってから屋上の出入口へと向けて歩き始めた。
「まったく……なーにが『俺を神と崇めたくなる』――だ。そんなことは天地がひっくり返ってもないっての」
スタスタと歩いて行く渡の背中を見ながらそんなことを呟き、俺も弁当箱を片づけてからのろのろと屋上を後にした。
アイツが言う“神と崇めたくなる”ようなことなどないとは思うけど、もしもそんなことがあるなら是非とも体験してみたいものだ。
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