第212話・内緒×お話
じいちゃんたちが住む田舎から帰って来て1日が過ぎた夜。風呂から上がってベッドでのんびりと寝転がりラブコメ漫画を読んでいたのだけど、美月さんのスマホの待ち受け画面を見て以来、なにをやっていてもふとした切っ掛けでその時のことを思い出しては悩むの繰り返しをしていた。
こんなに思い悩むくらいなら美月さんに真実を聞く方がすっきりしていいんだろうけど、それを聞いてもしも本当にみっちゃんが美月さんだった場合のことを考えれば、軽々しくそのことを確かめることもできない。
だってもしもそうだったら、美月さんは花嫁選抜コンテストでも言っていたように、あの夏の日に出会った男の子を未だに好きだと言っていたのだから、その相手が俺だと言うことになる。だとすれば、俺もちゃんとした返事を考えなければいけない。
はっきり言って俺の都合のいい思い込みだと思いたいところだけど、あの待ち受け画面を見てしまってはその考えをする方が難しい。それに今更だけど、美月さんが隣に引っ越して来て以来、彼女は色々と気になることを言ったりやったりすることがあった。
それは深読みのし過ぎと言えなくもないけど、美月さんがあの時のみっちゃんだと考えれば、その発言や行動に色々と合点のいくところも多い。
もしもこれがラブコメ漫画とか少女漫画の出来事だったら、俺が美月さんに『君がみっちゃんだったんだよね?』と言えば、美月さんが『やっと気がついてくれたんですね……もう、龍之介さんは鈍感過ぎますよ』みたいな展開になってめでたくハッピーエンド――みたいなことになるのかもしれないけど、現実はそう甘くはないだろう。
「――鳴沢くん、まだ起きてるかな?」
色々なことを考えては小さく溜息を吐いていた時、扉をコンコン――と軽くノックされたあとでなぜかお隣に住んでいる桐生さんの声が聞こえてきた。
その声にはっとすると同時に上半身を起こし、持っていた本をベッドの上に放置してから出入口へと向かい扉をそっと開ける。
「どうしたの? こんな時間に」
「あっ、ごめんね、遅くに尋ねて来たりして。ちょっとだけ話をしたくて来たの。杏子ちゃんには了解をもらってるんだけど、少し部屋にお邪魔してもいいかな?」
「うん、別に構わないけど。とりあえずどうぞ」
「ありがとう。それじゃあ少しだけお邪魔します」
開け放った扉から恐る恐ると言った感じで入室する桐生さん。いったいどんな話があるのかは分からないけど、もう22時を過ぎているのにわざわざ尋ねて来るってのは余程のことなのだと思う。
「どこか適当に座っていいよ。あっ、部屋の扉は開けておいた方がいい?」
「ん? 別に閉めて構わないよ。鳴沢くんは女の子と2人っきりになったからって、変なことをする人じゃないから」
「ははっ、ありがとう。でも信頼は普通に嬉しいけど、ちゃんと気をつけないと駄目だよ?」
「はーい」
懐っこい笑顔を見せながら返事をする桐生さんを見て扉を閉め、部屋に置いてある小さなテーブルの前に座ると、桐生さんは机にしまわれた椅子を引き出してそこに腰を下した。
「ところで、美月さんにはちゃんと外出することは言ってるの?」
「ううん、美月ちゃんには内緒。だから美月ちゃんが寝るのを待ってからそっと家を出て来たの」
「なんで美月さんに内緒にする必要があったの?」
「それはもちろん、美月ちゃんに聞かれたくない話だからだよ」
美月ちゃんに聞かれたくない話――その言葉を聞いた俺は一気に緊張した。
それはつい先日、美月さんのことに関するタイムリーな出来事があったからといのもあるだろうけど、つけ加えてこんなタイミングと時間でわざわざ話をしに来たというのも、俺の緊張感に拍車をかけていたと思う。
「それで、話ってなんなの?」
「うん……単刀直入に聞くけど、鳴沢くん、この前田舎で美月ちゃんと会った時になにかあった?」
「えっ? どうして?」
「それがね、家に帰って来てからの美月ちゃんがちょっと元気がなかったから、『なにかあったの? ちょっと元気ないよ?』って聞いたら、『龍之介さんがなにか思い悩んでいるようだったから気になって……』って言ってたの。私としては直接鳴沢くんに聞けばいいことだと思うんだけど、美月ちゃんて変なところに気を遣うところがあるから。だから私が美月ちゃんに代わって話を聞きに来たってことなの」
「そういうことだったんだ……」
俺が無意識にしていた行動が、そこまで美月さんを心配させていたとは思ってもいなかった。
でも、そんな相手の変化に気づいて心配するところがいかにも美月さんらしいと思える。だからこそ、そんな優しい美月さんをいつまでも心配させるわけにはいかないと思い、俺は田舎であった出来事と小学二年生の時のことを掻い摘んで桐生さんに話して聞かせた。
「――なるほどね。それで思い悩んでいた鳴沢くんを見て美月ちゃんも心配してたわけだ」
「うん、多分そういうことだと思う……。ねえ、桐生さんは美月さんからその時の話を聞いていたりしない?」
「鳴沢くん、仮に私がその答えを知っていたとしても、それを言うことはできないよ?」
「えっ? どうして?」
「だって仮に美月ちゃんがその“みっちゃん”って人物と同じだったとしたら、それを本人が今も鳴沢くんに言わないのは理由があるからだって思うでしょ?」
「うっ……それは確かに」
これでもかというくらいの正しい桐生さんの言い分に、それ以上の言葉が出ない。
「ねっ? まあ私はなにも知らないんだけどさ」
「そうなんだ……」
「うん。確かに私と美月ちゃんは親友だけど、それはすべてを知ってるってことじゃないんだから。鳴沢くんも親友の涼風さんのことで知らないことはたくさんあったでしょ?」
「ま、まあね」
まひろのことを言われてしまっては、もはやぐうの音も出ない。まひろに関しては知らないことの方が多かった気もするしな。
でもまひろの件に関しては内容が特殊過ぎるから、俺が知らないことが多かったのは仕方なかったような気もするんだが……。
「さて、とりあえず理由も分かったし、私はそろそろ戻るね。遅くにごめんね、ありがとう」
俺とは違ってさっぱりとした感じの表情でそう言いながら立ち上がった桐生さんは、ペコッと頭を下げてから部屋の出入口へと向かう。
「うん……ねえ、桐生さん。もしもみっちゃんが美月さんだったとしたら、俺はどうすればいいと思う?」
その問いかけに進めていた足を止めると、桐生さんはスッとこちらを振り向いたが、その表情は少し困り顔のようにも見えた。
まあ仮にあんな質問を俺が誰かにされたとしたら、俺もきっと困ってしまうだろう。だから今の桐生さんがあんな表情を見せるのは分からないでもない。
「その問いに対する私の答えは一つしかないよ。それは“私には答えられない”――ってこと」
「えっ?」
「鳴沢くんは答えを欲しがっているようだけど、私がもし『みっちゃんはきっと美月ちゃんだから、その時の話をしてつき合っちゃいなよ』――って言ったとしたら、鳴沢くんはそのとおりにする?」
「……いや、それはしないと思う」
「でしょう。まあ結局のところ、私がどんな答えを鳴沢くんに提供したとしても意味がないのよ。だってこれは鳴沢くんの問題だから、鳴沢くん自身が解決するしかない。だから答えを探してどうするかは鳴沢くんにしか決められない。私に言えるのはそれだけかな」
「……分かったよ。ごめんね、変なことを聞いて」
「いえいえ。でも答えは提供できないけど、せっかくだからちょっとしたアドバイス的なものを贈らせてもらおうかな」
真剣にそう答えたあと、桐生さんはいつもの明るく懐っこい笑顔でそんなことを言ってきた。
桐生さんとのつき合いはまだ浅いけど、それが彼女なりの気遣いなんだろうというのはなんとなく分かる。
「アドバイス?」
「うん。なんとなく鳴沢くんからは“真実を知るのが怖い”――って気持ちが伝わってくるけど、相手が“美月ちゃんだってことを考えたら”その心配も少しは和らぐと思うんだよね」
桐生さんの言っていることの意味はちょっと分からなかった。だって相手が美月さんだからこそ、俺はこんなに悩んでいるのだから。
「ふふっ、“分からない”って表情をしてるね。じゃあもう一つだけ、美月ちゃんは大切な思い出がある過去を凄く大事にしている子だけど、それと同じくらいに今という時間も大事に思っている子なのよ」
「過去も今も大事……」
「さてと、私のアドバイスはここまで。それじゃあ鳴沢くん、おやすみなさい。今回のことは上手く美月ちゃんに言って安心させておくから、あとで口裏は合わせてね?」
桐生さんはそう言い終わってからグッと親指を立てると、静かに扉を閉めて帰って行った。
いったいどんなことを言って美月さんを安心させるのかは分からないけど、とりあえずどんな内容が来てもいいように覚悟だけはしておくとしよう。
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