第211話・想い×その在り方

 じいちゃんたちの家にお泊りに来て2日目の朝。今日は家の中で杏子と美月さん、俺の3人で恋愛シュミレーションゲームのシナリオ分岐などをどこにするかを考えていた。

 制作研究部で決まった主なゲームの流れは、ヒロインたちとの出会いと学園生活の流れを見せる第一章。登場したヒロインの誰かと仲良くなるための個別イベントに、固定ルートに入るための特別イベントがある第二章。そして第二章にて特別イベントを起こしたヒロインのルートへと入って行く最終章の三章構成になっている。

 ノベル系恋愛シュミレーションゲームとしては、まあよくある構成だと思う。


「では一章から二章までの流れはこのような感じで大丈夫ですか?」

「まだ二章と最終章の調整が終わってないから微調整はいるだろうけど、大まかな流れはこれでいいと思うよ。杏子はどうだ? これでいいと思うか?」

「うん。今のところ流れはある程度自然だと思うし、問題ないと思うよ」

「よし。それじゃあ休み明けにみんなにこれを見せて、問題がなさそうなら本格的な制作にかかろうか」

「そうですね。それでいいと思います」

「あっ、私お茶を淹れて来るね」

「おっ、わりいな杏子」


 杏子は座っていた座布団からスッと立ち上がり、台所へと向かって行く。時々空気の読めないことを言ったりやったりする妹ではあるが、基本的にはよく気がつくできた妹だから兄としては鼻が高い。


「そういえば美月さん、夏コミの場所確保は大丈夫そうなの?」

「参加申し込みはもうしてありますので、6月の中旬になるまでには結果が来ると思います」

「そっか。でもさ、もし落選したらその時はどうするの? 夏コミの参加は諦めて冬コミにかけるとか?」

「そうですね……最悪そうなるかもしれませんが、今は当選すると思って制作をすることにしましょう」

「そうだね」


 俺もコミケが初参加ということで少しばかりネットを使って調べてみたけど、これが思ったより複雑で大変なものだった。守るべき決められたルールや、暗黙のルール。その規定もかなり厳しく、サークルとして場所を取るにも申し込みをして当選するか落選するかがあり、その当選確率はかなり低い。

 どうやら出す作品のジャンルなどにもよるようだが、一例で言うと参加できるサークル数が約2万ほどに対し、申し込みが4万5千だったりするなどと言った記事を見かけもしたから、その当選確率がいかに厳しいかが分かる。

 まあ色々と未知な部分も多いが、今は自分たちのやれることをやって備えておくのが正しい道筋だろう。


「――お待たせー」

「おっ、ありがとな」

「ありがとう。杏子ちゃん」


 杏子が持って来てくれたお茶を飲みながら20分ほど休憩をし、そのあとで再びゲーム作りの話し合いに時間を費やした。

 そしてある程度の話し合いを終えて昼食を食べ終わったあと、杏子と美月さんはよほど疲れたのか、畳みに身体を伸ばすようにして横になったあとでそのまま仲良く眠ってしまった。


「やれやれ、1人で行って来るか」


 すやすやと眠る2人を起こすのはさすがに可哀相なので、俺は2人に薄手のタオルケットをかけてから買物へと出かけた。

 家を出てから片道15分ほどの位置にあるスーパーへと辿り着いた俺は、今日の夕食に使うための食材を探し歩く。今日は『久しぶりにみんなでバーベキューをやろう』とじいちゃんが言ったことにより、食材を探すこと自体はそんなに難しいことではなかったのだけど、やはり5人分の食材を揃えるとなるとそれなりの量の買物になる。


「ぐっ……結構重いな」


 食材を買い揃えたあと、パンパンになった買物袋を複数抱えながら店を出て帰路を歩く。買い物を終えたあとで思っても仕方がないことだが、どうせ1人で来るなら自転車に乗って来ればよかった――と、本当に今更ながらの後悔をしていた。

 誰か荷物持ちに来てくれないかな――などと思いながら一生懸命に荷物を抱えて帰路を歩くが、そんな都合のいいことが起こるわけもなく、結局は30分程の時間を費やしてようやく家へと辿り着いたのだった。


「――くあーっ、しんどかったー!」


 持ち帰った荷物を台所にあるテーブルにドサッと置き、腕を伸ばしたり背中を反らしたりしながら身体をほぐす。

 そしてある程度身体をほぐしたあとで冷蔵品を冷蔵庫に入れ込み、野菜などの食材をバーベキューに適した形に切り分けていく。

 じいちゃんとばあちゃんは今日の食材に使うための魚を釣りに行っているからもうしばらくは帰って来ないだろうし、すべてをじいちゃんとばあちゃん任せにするわけにもいかないから、できるだけのことはしておかないといけない。

 それにじいちゃんとばあちゃんからは日頃ほとんど親が家に居ないことを心配されていたし、これはちゃんと自炊できるところを見せるいい機会だ。

 いいところを見せようと張り切って野菜を切り進め、それが済むと冷蔵庫の中に入れていた肉を取り出してからそれも適度な大きさに切り分けていく。

 そしてある程度の準備を終えてからご近所にバーベキューをすることを伝えに回り、帰って来てからそろそろ2人を起こそうと部屋に入って近づいた時、家を出る時には持っていなかったスマホを美月さんが手に持っているのが見えた。おそらくどこかで一旦目を覚まし、いじっていてまた眠ってしまったのだろう。


「ううん……」


 美月さんを起こそうと手を伸ばし始めた時、不意に美月さんが薄目を開けて上半身をゆっくりと起こす。

 そしてそれは本当に偶然のことだったけど、上半身を起こした際に美月さんの指がスマホのどこかに触れたらしく、その待ち受け画面が少しだけ目に入った。時間にすればおそらく3秒にも満たない時間だったと思うけど、俺にはその待ち受け画面がはっきりと見えていた。


「すみません、龍之介さん。うたた寝してたみたいですね……」

「あ、いや、疲れてたみたいだし気にしないでいいよ」

「ううん……あっ、お兄ちゃん……私のイチゴパフェは?」

「私のもなにも、最初っからお前の食べるイチゴパフェなどここには存在していない」

「ふえっ……?」


 美月さんが目覚めたあとで目を覚ました杏子は、寝ぼけているせいか妙なことを口走る。まあこんな風に妙なことを口走る杏子はそんなに珍しくもないので、しばらく放っておいていいだろう。


「もう少しでじいちゃんたちも帰って来るだろうから、バーベキューの準備を始めよう」

「えっ? もうそんな時間なんですか!? 本当だ……ごめんなさい、龍之介さん」

「大丈夫だよ。食材の買い物も準備も終わってるから、あとはバーベキューセットを外に運んで、じいちゃんたちが帰って来たら食材を外に運べばいいだけだからさ」

「本当にすみません……家にまで泊めていただいたのになにもせずに……」

「そんなこと気にしなくていいんだって。美月さんはお客さんなんだからさ」


 それからしばらく落ち込んでいた美月さんを元気づけたあと、『大漁だぞー!』と自慢げに言いながら帰って来たじいちゃんたちの魚をばあちゃんがさばき、ほどなくして庭先バーベキューが始まる。

 バーベキュー初体験の美月さんは杏子と一緒に楽しそうにはしゃいでいたし、俺はじいちゃんの釣り自慢話を聞かされていた。

 しかしじいちゃんには申し訳ないが、その自慢話はほとんど耳に入っていなかった。なぜなら俺の心の中には、他の重要な疑問が溢れていたからだ。

 その疑問とは他でもない、美月さんのスマホの待ち受け画面について。

 美月さんの待ち受け画面がなんだったのか。それはアニメやゲームや風景と言ったものではなく、俺の姿が写った待ち受けだった。

 普通なら美月さんに対してそのことを聞けば解決する問題だろうけど、事はそんなに簡単ではない。

 例えばそれがみんなで写った集合写真だったらこんなに思い悩むことはなかっただろうけど、写っていたのが幼き日の俺だったことがずっと引っかかっていたわけだ。しかも俺が撮られた覚えのない、あの夏のベンチに座っている写真なのだからその謎は一層深まる。

 まあ単純に考えればあれはみっちゃんが写した物――ということになるだろうけど、だとするとあの夏の日に出会ったみっちゃんの正体は、他の誰でもない“如月美月”ということになってしまう。

 もしも仮に、本当に美月さんがあのみっちゃんなのだとしたら、俺は彼女に対してとても申し訳ない気持ちになる。なぜなら美月さんは幼き日に出会ったその男の子に恋焦がれ、今でもその男の子を“好きだ”と言っていたのだから。

 まさかそんな恋愛物語のような出来過ぎたことがあるはずがない――などと思いつつも、俺はそれを完全に否定できるような要素を持ち合わせていない。

 真実を聞きたいと思う気持ちがある反面、そんなことを今更聞けない、聞いたところでどうしたいんだ――などという様々な心の中の葛藤に、俺はしばらくの間思い悩むことになった。

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