第187話・他人の気持ち×自分の気持ち

 自分の中に居るもう1人の自分、涼風まひる。

 自身を私の妹だと言うまひるとの生活にもかなり慣れ、お互いのこともかなり知った。

 結局はまひるも私自身だと言うことに変わりはないんだろうけど、それでも交換日記をしている内に、なんだかまったくの別人とやり取りをしているような気分にはなっていた。

 それは私とまひるが物事の考え方や捉え方が違ったりと、そんな具体的な違いがあったからに他ならない。

 そしてそういう部分があったからか、私はまひるとやり取りを交わす内に段々とまひるのことを本当の妹のように感じるようになってきていた。

 まったく触れることのできない妹というのも変な話だとは思うけど、長くやり取りを交わせば、その子の感情や気持ちが見えてくる。

 まひるは本当に優しくて良い子で、こんな妹が本当に居たらいいなーと、そんな風にさえ思ってしまう。

 そして私が涼風まひるという妹を認識してから1年と少しが経った10月、私たち花嵐恋からんこえ学園の二年生は、沖縄へ修学旅行に来ていた。

 沖縄に着いて修学旅行中にお世話になるホテルへと荷物を置いたあと、私と龍之介くん、渡くん、茜ちゃん、美月さん、朝陽さんは、最初の自由行動で沖縄観光の代表とも言えるであろう首里城前へと来た。


「おー、あれが首里城か!」


 バスに乗って首里城前まで来ると、バスから降りた渡くんが早速持っていたデジカメでパシャパシャと首里城や周辺の風景を写真に収めだした。


「はあー、立派なもんだな」


 渡くんの次にバスから降りて来た龍之介くんも、首里城を前にしてそんな感想を一言述べると、渡くんと同じようにデジカメを取り出して写真撮影を始める。


「――よし、じゃあ入ろうか」


 そして何枚かの写真を撮ったあと、みんなの状況を確認した龍之介くんはみんなにそう言ってから首里城の中へと進み始めた。


「あー、やっぱり暑いね。龍ちゃんの言うとおり日傘を持って来て正解だったよ」

「そうですね。想像していたよりもずっと陽射しが厳しいですし」


 首里城の敷地内へと入ってから5分もしない内に、前を歩いている茜ちゃんと美月さんがそんな会話をするのが聞こえてきた。


「まあ、本当に日傘が必要になるとは思っていなかったんだけどな」


 茜ちゃんたちの会話は私の隣に居る龍之介くんにも聞こえていたようで、龍之介くんは自分のさしている日傘を見ながらそんなことを口にした。


「えっ? そうなの?」

「ああ。正直いくら沖縄でも、10月にここまで陽射しが強いなんて思ってなかったしな。まあ、とりあえず使う機会があって良かったよ」


 修学旅行に行く前に、龍之介くんから『日傘を持って来ておいた方がいいぞ』――と事前に言われてなかったら、きっと誰も日傘を持って来ることはなかったと思う。

 私は肌が弱くて毎日日焼け止めを塗っているくらいなので、本当に助かった。10月に入っているというのに、この真夏のような厳しい陽射しの下で無防備でいるのはさすがにきつかっただろうから。


「龍之介~、俺も日傘に入れてくれよ~。このままじゃ溶けちまうよ」


 お互いに日傘をさして龍之介くんと並んで歩いていると、後ろからついて来ていた渡くんが、そんなことを言いながらこちらへと近づいて来た。


「馬鹿なことを言うんじゃないよ。俺の言うことを聞かなかったお前が悪いんだ。それになんで男と相合傘をせにゃならんのだ。気持ち悪い」

「龍之介の薄情者ー!」


 渡くんのお願いに対し、龍之介くんは冷たくあしらうようにそんなことを言った。

 龍之介くんの性格を考えれば、同姓と相合傘なんてしないとは思うけど、いつもながら渡くんには手厳しい。ちょっと可哀相な気はするけど、でもこれが龍之介くんと渡くんの友達としての距離感なのは分かる。

 そして私は、そんな渡くんのことも少し羨ましく思っていた。もちろん龍之介くんにののしられたいとか、そういった意味合いじゃない。

 私が渡くんに対して抱いている羨ましさとは、龍之介くんと気兼ねなくやり取りをできるその距離感。

 やられていることはちょっと可哀相に思うけど、お互いに遠慮しないでなんでも言い合えている感じはとても羨ましく思える。


「わ、渡くん。良かったら僕の隣に入る?」


 龍之介くんに冷たくされて恨み言を言っている渡くんが可哀相に思った私は、ちょっと戸惑いながらもそんな提案した。


「えっ? いいの!?」

「う、うん」


 私の言葉にとても嬉しそうな笑みを浮かべる渡くん。

 そんな渡くんの変わり身の早さとテンションに、私はちょっと気圧されてしまった。


「ではお言葉に甘えて――って、なんだよ龍之介」


 満面の笑顔で私の真横へと来ようとしていた渡くんの前に、突然その進路を阻むように龍之介くんが立った。


「渡くん、今日は特別に俺の傘を君に貸してあげよう。ありがたく思いたまえ」

「えっ? いや、俺は涼風さんと一緒の傘でいいよ」

「この馬鹿者がっ! この俺の目が黒い内は、まひろと相合傘なんて絶対に認めん!」

「お前は娘を溺愛できあいするお父さんかよっ!」

「渡が隣に居るとまひろが汚染されるんだよ!」

「俺ってどんだけ酷い汚染物質なのさ!?」


 渡くんの目の前に立ちはだかった龍之介くんは、私との相合傘を認めないと言って渡くんと漫才のようなテンポのいい争いを始めた。いつも唐突に始まる渡くんとの争いだけど、その様一つをとっても2人が仲がいいことが伝わってくる。

 言ってることは結構酷いとは思うけど、それでも私の隣を渡さないと言ってくれていることは、素直に嬉しいと思った。もちろんそれが、私を異性として意識して言ってくれている訳ではないと分かってはいるけど……。

 結局このあと、龍之介くんは無理やりに自分の日傘を渡くんに渡し、龍之介くんは私の日傘に入ることで一応の決着をみた。

 結果としてこれは嬉しい誤算ではあったけど、龍之介くんと相合傘をしているという事実が嬉しくも恥ずかしく、私はずっと顔を俯かせてしまうことになった。


× × × ×


「明日のちゅら海水族館、楽しみだね」

「おう、俺はジンベエザメを見るのが楽しみだな。まひろは?」

「僕はどれも楽しみだけど、イルカショーが一番楽しみかな」

「イルカショーか、確かにそれも楽しみだな」


 首里城見学をした日の夜。私は部屋の窓を開けて龍之介くんと夜のオーシャンビューを眺めながら、明日行く水族館の話で盛り上がっていた。

 窓の外からそよそよ入って来る潮風はとても気持ちよく、その匂いはどこか日常との違いを感じさせる。

 でも、そんなせっかくのロマンチックな雰囲気なのに、一緒の部屋で寝ている渡くんのいびきが決定的にその良い雰囲気を壊しているから残念に感じてしまう。


「そうだ龍之介、明日の水族館での件、よろしく頼むね」

「ああ、朝陽さんと美月さんを連れてどこかで時間を潰してればいいんだよな?」

「うん、よろしく頼むね」

「おう、なんとか頑張るさ」


 私には明日、大切な役割がある。

 それは茜ちゃんと朝陽さんの関係を良くできるように、とある作戦を実行すること。

 二学期の開始と同時に、私たちのクラスへと転入して来た朝日瑠奈さん。彼女は私たちが小学校三年生の時に、龍之介くんが恋心を抱いていた相手。

 でもその龍之介くんの恋心が実ることはなかった。それだけならまだ良かったのかもしれないけど、あんな出来事があったからか、龍之介くんは女性に対する見方や考え方が少し屈折してしまったように感じる。

 本当なら龍之介くんにあんな酷いことをした朝陽さんを許せる訳はない。

 でも私は、あの時の真実を知った。朝陽さんのついていた嘘を知ってしまった。

 そしてそれが龍之介くんのことを思っての嘘だろうと知った時、私は朝陽さんを助けてあげたいと思った。なぜそんな気持ちが出てきたのかと言われれば、単純に私が龍之介くんに嘘をつき続けているから――と言うことになると思う。

 嘘をつくことの罪悪感、そしてそれを隠し続けていることへの後悔。それは私には十分に理解できることだから。

 でも朝陽さんを助けてあげたいと思っているとは言っても、私のしようとしていることは、龍之介くんたちに嘘をつき続けていることに罪悪感を持っている私の、ささやかな贖罪しょくざいとも言えるのかもしれない……。


× × × ×


 首里城見学などを行った日の翌日。私たちはホテルを出てバスに乗り、2時間ほどの移動時間を経て目的のちゅら海水族館へと来ていた。

 色鮮やかな魚たちや綺麗なサンゴを見たりと、私たちは訪れた水族館を思う存分に楽しみ、沖縄へ着いてからホテルへと向かう車中で行ったババ抜きで負けた渡くんのおごりでお昼を食べたあと、水族館の二階部分へと戻って来てから作戦を遂行するために龍之介くんの側へと歩み寄った。


「龍之介、これから茜ちゃんを連れてここを離れるから、美月さんと朝陽さんのことを頼むね」

「わ、分かった。よろしく頼むぜ」

「うん、頑張ってくるよ」


 緊張の面持ちを見せる龍之介くんを心配させないようにと、私はできる限りのにこやかな笑顔でそう答えた。


「ねえ、茜ちゃん。あっちに珍しい生き物が居るって聞いたから、一緒に見に行ってみない?」

「えっ? そうなの?」

「うん。どんな生き物かは分からないけどね」

「そっか。じゃあ一緒に行こう」

「うん」


 茜ちゃんが思ったよりもあっさりと私の誘いに乗ってくれて助かった。最初のこの誘いで時間を費やしてしまうと、計画に協力をしてくれた人にも迷惑がかかってしまうから。


「あっ、そうだ。龍ちゃんたちも誘って行こうよ」


 私の誘いに乗ってフロアの奥へと進み始めて数歩もしない内に、茜ちゃんはピタッと足を止めてこちらを向くと、突然そんなことを言い始めた。

 このまま龍之介くんのところへ向かわれると、せっかくの計画が台なしになってしまう。なんとかしないと。


「あっ、龍之介たちはさっき誘ってみたんだけど、別に見たい場所があるからって断られちゃったんだ」

「そうなの? へえ、珍しいこともあるもんだね」

「ん? なにが珍しいの?」


 心底驚いたような表情を見せながら、茜ちゃんはそんなことを言う。

 そしてその言葉の意味が分からなかった私は、自然と首を横に傾げながらそんな質問を返した。


「あ、大したことじゃないんだけど、他の人はともかくとして、龍ちゃんがまひろくんの誘いを断るなんて珍しいなーって思ったから」


 茜ちゃんはこう言っているけど、私の誘いを龍之介くんが断ることは別に珍しいことじゃない。龍之介くんに用事があれば、私の誘いは普通に断られるから。


「そんなに珍しいかな?」

「うん。だって龍ちゃんてば、まひろくんのことは妙に特別扱いしてるから」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。まひろくんは気づいてないかもしれないけど、まひろくんは龍ちゃんのお気に入りだからね」


 にこやかな笑顔でそんなことを言う茜ちゃん。

 実際には龍之介くんのお気に入りなんてことはないと思うけど、それでももしかしたら――なんて思うとちょっと嬉しかった。


「そんなことはないと思うけどね。さあ、早く行こうよ」

「うん」


 私は茜ちゃんと一緒に所定の位置へと向かって行く。

 そして協力者が待ち受ける場所まで来てから、飲み物を買って来ると言って茜ちゃんから離れたあと、私は協力者が茜ちゃんの側であの時の真実を話すのを見守った。

 これで茜ちゃんは朝陽さんのやっていたことの真実を知ったはず。あとは茜ちゃんと朝陽さん次第だけど、茜ちゃんならきっと、自分から行動を起こして上手くやると思う。

 茜ちゃんは頑固なところもあるけど、凄く優しくて思慮深い人だから、きっと大丈夫。

 複雑な表情を浮かべている茜ちゃんを見守りながら、2人の間にあるわだかまりが早く解消されればいいなと思いつつ、それができる2人が私にはとても羨ましく感じていた。


× × × ×


 水族館へと行った次の日の夜。

 私たち花嵐恋からんこえ学園の生徒は全員ジャージに着替え、先生たちの企画した花火大会を行うためにホテル近くの砂浜に来ていた。


「龍ちゃん見て見てー!」


 先生たちからの注意事項を聞いたあと、それぞれの班に分配された大量の花火の一つを手に取った茜ちゃんが、早速その一つに火をつけて遊び始めた。

 小さな子供のようにはしゃぐ茜ちゃんはとても可愛らしく、見ていて微笑ましくなる。


「お前は小さな子供かよ」

「むー、龍ちゃんの意地悪!」


 そんな無邪気な茜ちゃんに向けて、龍之介くんは相変らずの意地悪な言葉を投げかける。

 そして茜ちゃんは龍之介くんの言葉に、まるで餌を口に詰め込んだハムスターのように頬を膨らませた。茜ちゃんには悪いと思うけど、これはこれでとても可愛らしいと思う。


「うおっ! すげえ勢いだな!」


 茜ちゃんに続いて花火に火をつけた龍之介くんは、シュバッ――といきなり火花を散らし始めた花火に驚きの声を上げた。


「龍之介の花火は色が変わっていくタイプなんだね」

「そうみたいだな。小さい時と違って、今は花火も色々あってすげえよな」

「うん、色も種類もたくさんあって綺麗だよね。僕も龍之介と同じのをしようかな」


 私は大量の花火の束から龍之介くんと同じタイプの花火を選び出し、蝋燭ろうそくに灯る火に近づけた。

 龍之介くんの花火と同じように、シュバッ――と大きな音を立てて火花を散らし始める花火。数秒もしない内にその色を変える火花を見ながら、私はしばしその美しさに見惚れる。


「あっ、消えちゃった……」


 短く激しく火花を散らしたあと、花火はプスンとその火を消した。

 花火は綺麗で明るくて、勢いのあるところが好きだけど、同時に火が消えた時のはかなさはとても物悲しい。それはまるで、人生の儚さを思わせるから。


「龍之介さん」

「どうしたの?」

「そのまま私の持つ花火を見てて下さい」


 火の消えてしまった花火をしばらく少し見つめていると、近くで美月さんと龍之介くんがそんなやり取りをしているのが聞こえ、私は2人が居る方へと視線を向けた。

 すると美月さんは火花を散らす花火を自分の前に突き出し、そのなにもない空間で手を動かし始める。

 最初はなにをしているんだろうと思ったけど、美月さんの動かす手の軌道を見てなにをしているのかに気づいた。


「なんて書いたか分かりましたか?」

「楽しいですね――で合ってるかな?」

「正解です!」

「あー、文字当てしてるの? 私もやるー!」


 なにもない空間に花火で書かれた文字を当てた龍之介くん。それを見ていた茜ちゃんが楽しそうにはしゃぎながら新しい花火に火をつけ、それでなにやら文字を書いていく。


「――さあ、なんて書いたでしょうか?」


 花火で光の文字を書いた茜ちゃんが、意地悪な笑顔を浮かべて龍之介くんを見ながらそんなことを聞く。

 茜ちゃんが花火を使って書いた光文字。そこには確かに“りゅうちゃんのバーカ”――と書かれていた。

 さっき『お前は小さな子供かよ』――なんてことを龍之介くんに言われてたから、これは茜ちゃんなりの仕返しなんだと思う。

 それにしても、龍之介くんと茜ちゃんは本当に理想的な関係の幼馴染だと思う。特に驚くのは、茜ちゃんはきっと龍之介くんのことが好きなのに、こんなことも平気でやれちゃうことが凄い。

 私はすぐに龍之介くんに嫌われちゃうかもしれないと思ってしまうから、こんなことは冗談でもできない。だからこんなことができちゃう関係の茜ちゃんは、心底羨ましく思える。


「龍ちゃんは分からなかった~?」


 意地悪な問いかけに答えない龍之介くんを見据える茜ちゃんは、更にニヤリと微笑を浮かべてからわざとらしくそんなことを聞いてきた。


「いやー、俺には分からなかったな~。なにせ茜の書く字が下手くそなもんだから」

「な、なんですって!?」


 いつものように始まった2人のやり取り。喧嘩――と言うにはあまりにも微笑ましく、小さな頃から見てきた2人のこのやり取りは、私にとってはもう日常と呼べるものになっていた。


「ところで茜さん、俺がこれから書く字も読んでいただけませんかね?」


 プンプンと怒りながら龍之介くんに近づいて行く茜ちゃんの前に、龍之介くんが右手の平をサッと突き出してその動きを止めると、突然そんなことを言ってから近くにある花火の1本を手に取って火を点ける。

 すると茜ちゃんに見えやすいように正面方向へと移動すると、火花を散らす花火で光の文字を書き始めた。


「――だ、誰がアホだー!」

「おいおい茜、誰も“アホ”なんて書いてないだろ?」

「だってあそこまで書いたらアホしかありえないでしょ!?」

「そんなことはないだろう?」

「じゃあなんて書こうとしてたのよ!」

「言っていいのか? みんなが聞いてる前で」

「い、いいよ。どうせろくでもないことなんだから」

「あれはな、“茜は本当に愛くるしい”――って書こうとしてたんだよ」

「なっ!?」


 龍之介くんが本当はなんて書こうとしていたのかは分からないけど、その言葉を聞いて動揺を見せる茜ちゃんはとても可愛らしかった。そしてそれと同時に羨ましかった。

 それからしばらくはみんなで光文字当てゲームをしながら、楽しく花火大会の一時を過ごした――。




「たっくん、ちょっといいかな?」

「ん? どうしたの?」

「ちょっと話があるの」

「えっ? うん、別にいいけど」

「ありがとう。じゃあこっちに来て」


 光文字当てゲームを始めてから30分ほどが過ぎた頃。朝陽さんが龍之介くんに話しかけて離れた場所へと行くのが見えたので、私はそんな2人を目で追いかけて静かに見つめていた。

 どんな内容の話をしているのかは分からないけど、きっとあの時のことについての話をしているんだろうなという感じはした。

 なぜなら朝陽さんは、あの時のことをきっと激しく後悔しているはずだから。本当のことを話したくて話したくて仕方がなかったはずだから……。

 でもそのことを龍之介くんに話されることに、私はちょっとした不安があった。

 もしあの時の朝陽さんの話を聞けば、龍之介くんはまた朝陽さんに恋心を抱くかもしれない。一度は恋焦がれた相手なのだから、それは十分に可能性としてありえると思う。

 それに朝陽さんは、きっとまだ龍之介くんのことが好きなままなんだと思う。だから私はそれが怖かった。これがいけないことだって分かっているけど、そんなことにならないように――と、願わずにはいられなかった。

 しばらく離れた2人を見ていると、朝陽さんが花火に火を点けて光の文字を書いているのが見えた。

 そこには“わたしはいまもたっくんが”――と書かれていたのが分かった。

 それを見た私は、朝陽さんの心の中を垣間見た気がした。

 そしてそれと同時に、私の心は複雑に掻き乱れていた。龍之介くんや茜ちゃん、朝陽さんの心の傷が少しは癒えたんじゃないかと思うと嬉しくはあったけど、それでも単純に嫉妬する気持ちや羨ましいと思う気持ちを消すことはできなかった……。

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