第169話・2人の×気持ち
12月26日の夜。
まひるちゃんのクリスマスでの不思議な言動が少なからず気になっていた俺は、誰かに意見を求めたくて陽子さんへと電話をかけていた。
なぜ意見を求める相手として陽子さんを選んだのかと言うと、彼女は役者を目指しているから、他人の気持ちを俺では分からない視点で見てくれるのではないかと思ったからだ。
「――そんなことがあったんだ。大変だったね」
話を最後まで口を挟まず聞いてくれた陽子さんは、話のあとでまずはそんな
「俺にはなにがなんだかさっぱりなんだけど、陽子さんはまひるちゃんがなんでそんなことを言ったのか分かる?」
「うーん――」
その質問に陽子さんは小さく唸りながら理由を考えているようだった。
「――多分だけど、杏子ちゃんとまひるちゃんは、龍之介くんをめぐって張り合ってたんじゃないかな?」
やはり陽子さんにも理由らしい理由は思いつかないかなと思っていると、陽子さんは意外にも早く自分の考えを述べてきた。
「えっ? 俺を?」
しかし陽子さんからもたらされたその考えは、俺のまったく考えもしてなかった内容だった。
「うん。多分だけど、話を聞く限りではそうとしか思えないかな」
多分などとは言っているが、どこか陽子さんには確信めいたものがあるようにも聞こえる。
「どうしてそう思うの?」
「だって、2人揃って龍之介くんを間に挟んで色々となにかをしてたんでしょ? それって普通に考えて、龍之介くんを取りあっていたとしか思えないもの」
確かに客観的視点で見ると、そういう可能性もあるのかもしれないとは思えるけど、それにしても、まひるちゃんと杏子がそんな行動をとる理由が分からない。
「話としては分からなくもないけど、2人がそんなことをする意味が分からないんだよね。特に妹の杏子はそんなことをする理由はないと思うし」
「それよそれ、理由はその“妹”ってところにあったんだと思うよ?」
俺が思ったことを素直に口にすると、陽子さんは間髪入れずにそう言ってきた。
「えっ? どういうこと?」
「つまりね、杏子ちゃんは龍之介くんのことを“お兄ちゃん”――って呼ぶまひるちゃんが嫌だったのよ。だからまひるちゃんに対抗するような真似をしてたんじゃないかな。そして多分だけど、まひるちゃんも同じように杏子ちゃんに対抗意識を燃やしちゃったんじゃないかなと思うんだ」
話としてはこれ以上ないくらいに
「うーん……でも、そんなことでこんな事態になったりするものなのかな?」
俺がそう口にすると、陽子さんは小さく息を吐いてから再び話を始めた。
「確かに龍之介くんにとっては“そんなこと”なのかもしれないけど、2人にとってそれはとても重要なことだったんじゃないのかな? 特に杏子ちゃんは、龍之介くんのことをお兄さんとしてとても大切に思っているみたいだし」
陽子さんにそう言われ、俺は少しはっとした。考えてみれば杏子は俺に対して超のつくほど甘えん坊だし、義理とは言え兄妹であるにもかかわらず、一緒に出かける時はデート扱い。
そんなことを思い出してみれば、確かに陽子さんの言うように、俺のことをお兄ちゃんと呼ぶまひるちゃんのことが嫌だったと言う話にも納得がいく。
加えてそんなことが納得できると、自然とまひるちゃんがクリスマスの去り際に言った、“ごめんなさい”――という言葉の意味もなんとなく分かってくる。
つまりあれは、“一時的にでも大切なお兄さんを取ってごめんなさい”――と言ったような感じの、まひるちゃんなりの杏子に対する謝罪だったのだろう。
そう考えてみれば、あの時のことはいかにもまひるちゃんらしいと思えてくる。
「言われてみれば、陽子さんの言うとおりかもしれない……」
「まあ、これはあくまでも私が龍之介くんの話を聞いて思ったことだから、本当にそうなのかは分からないけどね。少しは役に立てたかな?」
「うん、凄く助かったよ。陽子さんに相談して良かった」
俺がそう言うと、陽子さんは照れたような可愛らしい声で小さく笑った。
「あっ、もうこんな時間か。公演から帰って来て間もないのに、長々とごめんね」
「ううん、気にしないで。龍之介くんの役に立てて嬉しかったから」
そんなことを言ってくれる陽子さんの優しさに、思わず感涙してしまいそうになる。
「ありがとう、今度はクリスマス公演での話でもゆっくりと聞かせてほしいな」
「うん、分かった。楽しみにしててね」
「了解! じゃあ、おやすみなさい。陽子さん」
「おやすみなさい」
陽子さんが電話を切ったあと、俺は携帯の画面を待機画面へと戻してからベッドの上へと置き、自室を出てから杏子の部屋へと向かった。
「杏子、ちょっといいか?」
部屋を出て廊下の奥へと歩き、杏子の部屋の前へと来た俺は、コンコンと扉をノックしてから中に居るであろう杏子に声をかけた。
「どうしたの? お兄ちゃん」
中からはいつもどおりの杏子の声が聞こえてきた。
「ちょっと話があるんだけど、中に入っていいか?」
「うん、いいよ」
杏子の許可を得た俺は、扉を開いて部屋の中へと入った。部屋の中は相変らず小奇麗に整理されていて、机の上にある可愛い置物も綺麗に並べられている。
「急にどうしたの?」
ベッドに寝そべっていた杏子は、俺が部屋に入って来るのとほぼ同時に声を出して上半身を起こし、両足をベッドの横へぶらんとさせた。
そして杏子が頭を向けて寝そべっていた場所に視線をやると、そこにはいかにも女子高校生などが見ていそうなファッション雑誌が置かれている。
一緒に暮らしていると気づきにくいが、なんだかんだで杏子も女の子として成長しているということなのだろう。
まあそれはそれとして、杏子は高校生になった今でも変わらず俺の中学時代のカッターシャツをパジャマ代わりに着ているのだが、いい加減止めてくれないだろうか。
そんなことを思いつつ、俺は杏子へと視線を向けなおす。
「ああ、ちょっと杏子に提案があってな」
俺はそう言いながら部屋の中にある座布団にあぐらをかいて座った。
「提案?」
「今度杏子の予定が空いている時でいいから、一緒に遊びにでも行かないか?」
「えっ!? 急にどうしたの?」
杏子は滅多に見せないような驚いた表情でベッドから下りると、俺に近寄って来てからスッと左手を前へと出し、俺の額に手の平を当てる。
「熱はないみたいだけど……」
「そんなのは当たり前だ。風邪なんてひいてないからな」
まったく、この妹は兄である俺のことをどんな目で見てやがるんだ……。
「それじゃあいったいどうしたの? お兄ちゃんから私を遊びに誘うなんて」
「別に大したことじゃないさ。たまには杏子と一緒に遊ぶのも悪くはないかなと思っただけだよ。まあ、大切な妹だしな」
「お兄ちゃん……」
「まあそう言うわけだから、どこに行きたいか考えといてくれよ?」
自分が言った言葉が照れくさくなった俺は、素早くその場で立ち上がってから部屋をあとにしようとした。
「お兄ちゃん!」
扉を開けて部屋を出ようとした時、杏子が俺に呼びかけてきたので足を止めて後ろを振り返った。
「お兄ちゃん、今度まひるさんと会うことがあったら、私に教えてくれないかな?」
「ん? どうしてだ?」
「昨日のこと、ちゃんと謝っておきたいから……」
杏子はそう言うと、申し訳なさそうに顔を伏せた。
きっと杏子は杏子で、あの時のことを気にしていたのだろう。まったく、いつもながら手のかかる妹だ。
「分かった、その時はちゃんと杏子に教えるよ。だからそんな顔をすんな」
俺は再び杏子の元へと近寄ってから、その頭を優しく撫でた。
「うん……ありがとう、お兄ちゃん」
それからしばらくして自分の部屋へと戻った俺は、晴れやかな気持ちを感じながらベッドへと潜り込んで穏やかな眠りについた。
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