第168話・対立×張り合い

 クリスマス当日。まひるちゃんと一緒にデパートへと買い物に出かけた俺は、ひょんなことから妹の杏子とデパート内で遭遇した。

 俺からすれば、親友の妹と自分の妹が出会ったと言うだけの、特に話題に上げるようなことでもない出来事。

 だから3人でショッピングを楽しめばいいだけの話だと思うんだが、なぜかまひるちゃんを前にした杏子は不機嫌オーラを全開にしていて、とりあえず3人で店を見て回ってはいるんだけど、とても和やかにショッピングを――と言う雰囲気ではなかった。


「お兄ちゃん、これ可愛いと思わない?」


 俺の左腕を引っ張りながら、手にした商品を見せてくる杏子。


「ん? あ、ああ、可愛いな」

「お兄ちゃん、こっちも可愛くないですか?」


 杏子の問いかけに商品を見て答えると、今度は右側に居るまひるちゃんに右腕をグイッと引っ張られてからそう尋ねられた。


「えっ? ああ、うん。可愛いと思うよ」


 2人が初対面を果たしてから、今は2軒目のお店に来ているのだけど、なぜか2人は先ほどからこのようにして俺に商品を見せてくる。別にそれが嫌とか言うわけではないけど、やはりおかしな感じはしてしまう。

 なんて言うか……2人のやっていることは“張り合っている”――と言った感じに見えるからだ。

 しかし初対面の2人が張り合うような理由は特に思いつかない。と言うか、あるはずがないので、俺は2人がこのようにしている理由が分からずに困惑していた。


「――ねえお兄ちゃん、聞いてるの?」

「大丈夫ですか? お兄ちゃん」

「えっ? ああごめん。ちょっとぼーっとしてたみたいだ」

「もうっ、お兄ちゃんは肝心な時にぼーっとするんだから」

「そう言うなよ、杏子。ところで2人とも、ちょっとどこかで食事でもしないか?」


 むくれる杏子をなだめつつ、俺は2人に向かってそう問いかけた。

 この異様な雰囲気を脱するための手段として、食事でもしながらゆったりと会話でもすればいいだろうと考えたからだ。


「そうですね。もうすぐお昼時ですし、どこかのお店に入りましょうか」

「うん。杏子はどうだ?」

「私もいいよ」

「よし、じゃあ適当に店を見つけて入ろうか」

「はい」

「うん」


 俺がそう言って食べ物屋さんが入ったフロアのある8階へ向かおうとすると、左右に居る2人がほぼ同時に俺の腕を両手で抱き包んできた。


「あ、あの~、2人とも、これじゃあ歩き辛いんですけど……」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんが行く方向に向かってちゃんと進んで行くから」

「わ、私もです。お兄ちゃんが行く所にどこまでもついて行きます」


 2人はこう言うものの、抱き包んだ腕を微妙に自分の居る方向へと引っ張っているので、はっきり言って歩き辛い。


「なあ2人とも、とりあえず腕を離してくれたりは――」

「嫌だ」

「嫌です」


 俺が言葉を言い終わるのを待たず、2人は即答で短く、そして力強く自分の意思を示してきた。

 どういうことだかよく分からないけど、とりあえず飯でも食えば少しは落ち着くだろう。

 仕方なく2人に腕を抱き包まれたまま歩き、俺は8階フロアへと向かった――。




 クリスマスで賑わうデパートはどこも盛況らしく、この8階フロアもたくさんの人で賑わっている。

 俺たちはファミレスの一角にあるボックス席に座っているのだが、ボックス席であるにもかかわらず、対面側の席には誰も居ない。なぜなら杏子とまひるちゃんが、俺を挟んで両隣に居るからだ。


「お兄ちゃん、これ美味しいよ。はい、あーん」


 杏子は注文したハンバーグ定食のハンバーグを、箸で一口サイズに切り取ってから俺の口元へと運んできた。

 それを見た俺は黙って口を開き、差し出されたハンバーグをパクッと口へ含んで咀嚼そしゃくする。


「美味しい?」


 杏子の言葉にハンバーグを咀嚼しながら頭を縦に頷かせて答える。

 そして俺の頷きを見た杏子は、満足そうに笑顔を浮かべていた。


「こっちのお魚も美味しいですよ。お兄ちゃん、食べてみて下さい」


 言うが早いか、既にまひるちゃんは魚の身を箸で掴んで上へと持ち上げ、俺の方へと差し出していた。

 口の中にあったハンバーグをようやく飲み込んだ俺は、続けてまひるちゃんの差し出していた魚を口に頬張る。


「どうです? 美味しいですか?」


 まひるちゃんの言葉に杏子の時と同じように頭を頷かせて応える。

 ファミレスに訪れ、それぞれが注文した品が来てから約10分。片方がなにかを俺に差し出せば、間髪いれずにもう片方がなにかを差し出してくる――と言った“これ美味しいよ”攻めに俺はあっていた。

 そんな2人に挟まれ、俺の注文したカツ丼定食は食べる暇もなくどんどんと冷めていく。


「なあ2人とも、そんなに俺に食べさせてたら、自分が食べる分がなくなるぞ?」


 いい加減に自分が注文した品を食べたかった俺は、2人に困り顔を見せながらそう言った。


「あっ、そうですね。でも大丈夫です。私は小食なので、こうして少しお兄ちゃんに食べてもらった方がいいんですよ」

「そ、そっか。じゃあ杏子は――」

「私は朝御飯をたくさん食べて来たから、こんなに食べられないんだ。だからお兄ちゃんに食べてもらった方がいいんだよね」

「そ、そうなのか……」


 本音を隠しながら2人を心配するようにそう言うと、2人はそれぞれに正当性のあるような内容の言葉をのべてくる。

 それにしても、まひるちゃんの言い分はともかくとして、杏子は朝御飯をたくさん食べたなら、どうしてこんなにボリュームのあるハンバーグ定食なんて物を頼んだのか理解に苦しむ。

 結局ファミレスに来ても2人の張り合うような行動は収まらず、俺が注文したカツ丼定食は、食べ始める頃にはすっかり冷めきっていた。


× × × ×


 食事を終えてから再びまひるちゃんのプレゼント選びにつき合い、なんとか夕方までにプレゼント選びを終えた俺たちは、3人で駅へと向かってそこで別れようとしていた。


「気をつけて帰ってね、まひるちゃん」

「はい、今日はありがとうございました。おかげで素敵なプレゼントを見つけることができました」


 にこやかにそう言ったあと、まひるちゃんは丁寧にペコリと頭を下げた。本当にいつも礼儀正しい子だ。


「いやいや、ちゃんとプレゼントを選べて良かったよ」

「ありがとうございます。お兄ちゃんは本当に優しいですよね、だから私も――」


 まひるちゃんは顔を紅くしながらそこまで言うと、急に口を閉ざしてしまった。


「とりあえずまひろによろしくね。それと、ちゃんとお母さんと仲直りしないとダメだよ?」

「あっ……はい、そうします」


 俺の言葉を聞いたまひるちゃんは、なんだか気まずそうな苦笑いを浮かべながらそう答える。

 そして少しだけ顔を俯かせたあと、まひるちゃんはなにかを思い出したかのようにして背を向け、持って来ていたバッグの中を扱い始めた。


「あの……これ、良かったら受け取って下さい」


 こちらを振り向いたまひるちゃんは、そう言いながらカラフルな水玉模様の描かれた包み紙を俺に差し出してきた。


「これは?」

「あの……お兄ちゃんへのクリスマスプレゼントです」

「俺に? いいの?」

「はい、貰って下さい」

「ありがとう。開けてもいいかな?」


 そう尋ねると、まひるちゃんは恥ずかしそうにしながら小さくコクンと頷いた。

 俺がわくわくしながら包み紙を丁寧に開けると、中には白のふわふわとしたマフラーがあった。


「これ、本当に貰っていいの?」

「はい。初めて作ったからあんまり上手にはできませんでしたけど……」

「そんなことないよ。ありがとね、まひるちゃん」


 包み紙からマフラーを取り出し、それを首元に巻いていく。

 網目の大きさが違う部分があったりはするけど、それは初めてなのに頑張ってこのマフラーを編んでくれた証拠なのだから、特に問題ではない。


「どうかな?」

「はい、とても良く似合っていると思います」


 俺の問いかけに、まひるちゃんは再び顔を紅くして答える。そのモジモジとした仕草は、いつものようにとても愛らしい。


「じゃあ、私はこれで帰りますね」

「うん、気をつけてね」

「はい。それと杏子さん、今日はごめんなさい。つき合ってくれてありがとうございました」

「えっ?」


 俺の後ろに居た杏子が、まひるちゃんの言葉に声を上げる。

 その声に振り返った俺が見た杏子の表情は、とても驚いているように見えた。

 そしてまひるちゃんは杏子からの返答を聞くこともなく、サッときびすを返してから改札を抜けて俺たちが行く方とは反対側のホームへと向かって行く。

 杏子に対してお礼を言うのは分かる話だけど、まひるちゃんがなぜ“ごめんなさい”と言ったのか、それが俺には分からなかった。

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