第124話・親友×語らい

 美月さん用のお薬とお水。そして美月さんのお友達の桐生明日香きりゅうあすかさんへのお茶を用意した俺は、リビングに居る桐生さんにお茶を持って行った。


「どうかしました? 桐生さん」


 俺がリビングへと入ると、そこには椅子に座る事なく部屋をゆっくりと見回している桐生さんの姿があった。


「あっ、鳴沢くん。ううん、別に何でもないよ」


 そう言ってにこっと微笑む桐生さん。

 桐生さんは何でもないと言っていたけど、声をかける前に見たその横顔は、どこかはかなげな表情に見えた。


「そうですか。あの、お茶を淹れて来たんでどうぞ」

「あっ、どうぞお構いなく」


 桐生さんの見せていた表情が気になりつつ、俺は持って来た湯飲みをテーブルの上に置いた。


「それじゃあ自分は美月さんに薬を飲ませに行って来ますね」

「ねえ。鳴沢くんって、美月ちゃんの彼氏なの?」


 きびすを返して美月さんの居る部屋へと向かおうとしていた俺の背後から、桐生さんのそんな質問が浴びせられる。


「ちっ、違いますよ!」

「そうなの? それじゃあ、美月ちゃんの事が好きとか?」

「何でそうなるんです?」

「だって、一人暮らしの女の子の家に来てわざわざ看病しているなんて、普通に考えたら恋人か、もしくは好意を寄せてるからって考えるのが普通じゃないかな?」


 そう言われてみれば桐生さんの言うとおりかもしれない。

 一般的に考えれば、俺がしている事ってそういう風に見られるものだろう。しかし真実はまったく違う。


「そのどちらでもないですよ。俺はお隣に住むお友達の美月さんが心配でこうしているだけですから」

「ふうーん……まあ、そういう事にしておきましょう」


 桐生さんはにこにこと微笑ながらそう言った。その表情からは、誤魔化さなくてもいいのに――みたいな感じの印象を受ける。


「さあっ、美月ちゃんの部屋に行こう!」

「えっ!?」


 桐生さんはテーブルの上にある湯呑みのお茶を一口飲んでからそう言うと、二階へ続く階段の方へと歩き始めた。


「ちょ、ちょっと!?」


 桐生さんは何の迷いも躊躇ちゅうちょも無く、部屋を出て二階への階段を上って行く。


「ん!? この香りは……美月ちゃんの匂いだ! この部屋に居るんだね」


 二階へと上がった桐生さんは、一番手前にある扉の前でクンクンと鼻を鳴らしてからそう言った。

 確かにあの部屋には美月さんが寝ているわけだが、匂いでそれを感じ取るなんて凄い。まるで警察犬のようだ。


「鳴沢くん、入ってもいいかな?」


 そのまま勢いで部屋へ入るかと思ったが、桐生さんは俺に入室の良し悪しを聞いてきた。美月さんの状態を知らない以上、それを知っている俺に入室の判断をゆだねてきたのだろう。思ったより思慮深い人のようだ。


「部屋の中にある小さなテーブルの上に使い捨てのマスクが置いてありますから、入ったらそれをつけて下さいね」


 風邪が移るかもしれない危険を考えれば入室を断るべきだろうけど、せっかく遠くから会いに来たんだし、入っちゃダメとは俺には言えない。

 まあ、俺としても少しくらいは会わせてあげたい気持ちはあるし、桐生さんと会う事で美月さんも元気が出るかもしれないからな。


「ありがとね、鳴沢くん」


 桐生さんはドアノブに手をかけると、それをゆっくりと回して扉を静かに開いた。


「美月ちゃん、起きてる?」

「……えっ?」


 開けた扉の隙間から顔を覗き込ませながら、桐生さんが静かに問いかける。

 そんな桐生さんの後ろに居た俺の耳に、美月さんの小さな声が微かに聞こえてきた。


「やっほー、美月ちゃん」


 覗き込んだままの体勢で右手を部屋の中に入れて小さく振りながら、明るくも静かにそう言う桐生さん。


「えっ!? 明日香さん!?」


 扉の向こう側に居る美月さんの声が大きく跳ね上がった。唐突な親友の登場にビックリしているようだ。


「あっ、起きなくていいから!」


 桐生さんは慌てて部屋の中へと入って行く。

 俺はその後に続いて入室し、二人の様子を見ながらテーブルの上に薬と水が入ったコップを置く。

 上半身を起こしていた美月さんを小さな子供でも寝かしつける様に優しく寝かせた桐生さんは、俺に言われていたとおりにテーブルの上にある使い捨てマスクを一枚取ると、それをサッとつけてから話を始めた。


「久しぶりだね、美月ちゃん」


 凄く優しい声で寝ている美月さんに話しかける桐生さん。その透き通る声は、聞いているだけで癒しを感じる。


「明日香さん、どうしてここに?」


 美月さんは未だ目の前に居る親友の登場が信じられないようで、その綺麗な目を驚きで丸くしていた。


「どうして? そんなの愛しの美月ちゃんに会いたかったからに決まってるじゃない」


 ――えっ? 美月さんと桐生さんてそんな関係だったのか!?


 思わず頭の中で美月さんと桐生さんがしっとりと絡み合っているところを想像してしまう。


 ――うん……悪くないね。むしろいいねっ!


 二人の想像のビジョンだけで顔がニンマリとしてしまう。


「もう……相変らずですね、明日香さんは」

「えへへ。実はね、こっちにちょっと用事があったから美月ちゃんのところに来たの。四日前からメールを出してたんだけど、まったく返事が来ないから心配してたんだよ?」

「あっ、ごめんなさい。電源を消していたのを忘れていたから」

「相変らずしっかりしているようで、どこか抜けてるな~美月ちゃんは。まあ、そこが可愛いんだけどね」


 そう言いながら美月さんの頭を撫でる桐生さん。そんな二人の様子を見ていると、仲の良い姉妹の様に見える。


「抜けてるなんて酷いですよ~」

「あはは、ごめんごめん」


 そう言って一層頭を優しく撫でる桐生さん。

 美月さんは口を尖らせて不満を言いつつも、とても嬉しそうだった。


「それで、用事って何だったんですか?」

「ん? うん。それはまた後で話すよ。今は病気を早く治す事を考えなきゃ」

「はい」


 美月さんはその言葉に素直に頷いた。

 まだまだお互いに積もる話もあるだろうけど、少し中断させてもらおう。


「お話中のところ悪いけど、美月さんは薬を飲んで」

「あっ、ごめんね鳴沢くん」

「すみません、龍之介さん」

「気にしなくていいよ。身体は起こせる?」

「はい。大丈夫です」


 そう言って身体を起こそうとする美月さんを、桐生さんがそっとサポートしてくれる。

 こういう時に女性が居るのは非常に助かる。やはり男である俺が女性である美月さんをしっかりと看病するには、色々と難しい事もあるから。


「はい、美月さん」


 上半身を起こした美月さんに、薬と水が入ったコップを手渡す。

 それを受け取った美月さんは、『ありがとうございます』と言ってから薬を飲んだ。

 そして中の水を飲み干したコップを受け取った後、再び桐生さんが美月さんを優しくベッドに寝かせてくれた。


「それじゃあ、ゆっくり眠ってて美月さん。何かあったら携帯に連絡してね。どんな小さな用件でも遠慮はいらないからさ」

「ありがとうございます。龍之介さん」

「桐生さんはどうしますか?」

「そうだなあ。このまま美月ちゃんのところに居るのも悪いし……」


 桐生さんは腕組をしながら小さくうなって悩み始めた。


「そうだ、龍之介さん。私の体調が良くなるまでの間、明日香さんをそちらの家に泊めてもらえませんか?」

「えっ!?」

「おおっ! 美月ちゃんナイスアイディアだね!」


 美月さんの提案に、桐生さんは右手をグッと握りこんでから左手の平にポンッと打ちつける。


「そ、それはさすがにまずいんじゃ」

「あっ、やっぱり美月ちゃんに悪いから?」


 にこにことした表情でそう聞いてくる桐生さん。やはりまだ俺と美月さんの関係を疑っているようだ。


「ち、違いますよ明日香さん……私と龍之介さんはそんな…………」


 段々と語尾が小さくなっていく美月さん。

 恥ずかしさで顔が赤いのか、それとも熱で顔が赤いのかは分からないけど、そんな感じだとますます誤解を与えかねない。


「あーもう、そんなに顔を赤くしちゃって、可愛いなー。鳴沢くん、もう素直に白状しちゃおうよ」


 そう言って右隣に座っている俺の身体に自分の右肘を何度も当ててくる桐生さん。どことなくだが、陽子さんの先輩である金森憂かねもりゆうさんを思い出してしまう。


「ち、違いますって! ほら、ここに居たら美月さんが眠れませんから、家に行きましょう」

「OK! そう来なくっちゃ!」


 この場を収める為に止むなく我が家へ来る事を認めると、桐生さんは右手の親指をグッと立ててからスッと立ち上がった。


「それじゃあ美月ちゃん、ちゃんと寝てるんだよ?」

「はい。早く治しますね」

「うんうん! それじゃあ行こう、鳴沢くん」


 そう言って美月さんの部屋を素早く出て行く桐生さん。


「ふうっ……やれやれ」

「ごめんなさい、龍之介さん。明日香さんは昔から人の恋愛ごとには凄く興味があるみたいで」

「そうみたいだね」

「私と龍之介さんの事は後でしっかりと明日香さんには言っておきますから、気分を悪くしないで下さいね」

「大丈夫だよ。それに、気分を悪くするわけないじゃないか。それじゃあ、しっかりと寝ててね。また様子を見に来るから」

「はい」


 俺は美月さんの部屋を後にし、下で待っているであろう桐生さんのもとへと向かった。


「恋人同士の語らいは終わったかな?」

「だから、俺と美月さんはそんなんじゃありませんてば」

「うーん、なかなか強情だね。まあ、そのあたりは鳴沢くんの家でじっくりと質問攻めにするとしよう!」

「どれだけ聞かれても、結果は変わりませんよ」


 俺はふうっと溜息を漏らしつつ外に出て鍵をかけ、そのまま桐生さんを隣の自宅まで案内する。


 ――さてさて、いったいどういった事になるやら……。


 一抹の不安を感じながら、俺はこれから起こるであろう桐生さんからの追求をどう切り抜けようかと考えていた。

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