第114話・まひろお兄ちゃん×龍之介お兄ちゃん

 青空に大きな入道雲が浮かび始めたその下の砂浜で、俺はまひるちゃんと一緒になって穴を掘っていた。

 勘違いが無い様に言っておくが、穴とは言っても落とし穴じゃない。いくらなんでも、この歳になって落とし穴を掘って誰かを落とすなんてお子様な真似はしない。

 でも、渡を落としたら面白そうだなとは思ってしまったけど。


「お兄ちゃん、これくらい掘ったら大丈夫かな?」


 まひるちゃんは砂まみれになった左手を穴から出し、にこやかに、そして楽しそうに問いかけてくる。


「うーん、後もう少しかな。まひるちゃんはもう手が届かないだろうし、後は俺が掘るから手を洗っておいでよ」

「はいっ! それじゃあ後はお兄ちゃんにお任せしますね」


 まひるちゃんはそう言うと、楽しそうにハミングしながら手を洗いに向かって行った。

 俺はその姿を見送った後、二人で掘っていた穴の更に奥へと手を伸ばして砂を掻き出す。

 なぜ俺達が砂浜に穴を掘っていたのかと言うと、海の家でレンタルしたビーチパラソルを立てる為だ。

 日焼け止めを俺に塗ってもらう事をお願いしてきたまひるちゃんは、その前にもう一つやりたい事があると言って俺を海の家まで連れて行き、そこで一つのビーチパラソルを指差して一緒にそれを立てたいと言ってきた。

 本来なら女性は男性がパラソルを立てるのを見ているのが普通なのかもしれないけど、まひるちゃんはその作業すらも体験したいと言ってきた。何とも好奇心旺盛な子だが、それがまひるちゃんの可愛いところだと思う。

 それに、一生懸命に砂を掻き出しながら楽しそうにしているまひるちゃんを見ている時は、こちらも釣られて穴堀が楽しかった。まるで小さな頃、茜やまひろと公園の砂場でやっていた砂遊びの事を思い出す様な感じで。


「よしっ! こんなもんかな」


 パラソルがどの程度まで埋まるかを確認した俺は、パラソルを引き抜いて横に置き、まひるちゃんが戻って来るのを待った。

 辺りを見回すと、来た時よりも更に多くの海水浴客が砂浜と海にひしめいていて、それだけでこの周辺の温度が上昇しているのではないかと感じる。

 その熱気の様なものは人の体温だけでなく、楽しげにしている様から発せられるものや、忌々しくもラブラブしているカップルのラブパワーとも言える暑苦しいものまで様々あるだろう。

 家族連れなどはともかくとして、カップルは新たな穴を掘ってそこに埋めてやりたくなるぜ。


「何を埋めたくなるんですか?」

「えっ!?」


 声がした先には手を洗い終えて戻って来たまひるちゃんが居て、不思議そうな表情で首を傾げている。


「な、何か聞いた?」

「はい。『新たな穴を掘って埋めてやりたくなるぜ』って言ってましたよ? だから何を埋めたくなるのかなーって思って」


「そ、それはだね……この前ゲームを貸していた渡って奴が俺のゲームデータを消しやがってさ、それで反省の色がないそいつを反省させる為に、新たな穴でも掘って埋めてやりたいなーと言う事なんだよ」


 我ながらアホな理由を述べていると思う。

 でも、あの時は本当に渡の奴を埋めてやりたくなったんだ。まあ、一年以上前の話になるけど。


「あはは、そうだったんですね。お兄ちゃんは色々な人と仲が良さそうでいいなあ」

「まひるちゃんだって明るくて素直だし、沢山の人と仲良くしてるでしょ?」

「私、こう見えて結構人見知りなんですよ? 同性でも話すのは苦手だし、異性になると龍之介お兄ちゃんくらいしかまともに話せないし」

「えっ!? そうなの?」


 話を聞いた俺は、その内容が意外でしょうがなかった。

 俺から見たらまひるちゃんはとても明るくて元気で社交的に感じるし、積極性もある子だ。そんなまひるちゃんが、まひろと同じ様に人見知りだとはとても信じられない。


「本当ですよ? 私、他の男性の前では震えちゃって話もできませんから」


 苦笑いを浮かべたまま、ぎこちなく笑顔をつくろうとするまひるちゃん。どうやら言っている事は事実のようだ。

 まあ、まひるちゃんが俺に嘘をつく理由なんてないだろうし、本気で疑っていたわけでもない。不思議には思ったけど。

 それにしても、男性に対してそんなに苦手意識があるのに、よく俺に対しては平気だなと、それだけは何よりも不思議に思う。


「でも、俺と最初に会った時とか普通に感じたけどね」

「あの時だって、本当はすっごく緊張してたんですよ?」

「そうなの?」

「そうですよ。だって、初めてまひろお兄ちゃん以外の男性と話したんですから。ずっと心臓がドキドキして、どうしようかと思ってたんですよ?」


 そんな事を可愛らしく、恥ずかしげに上目遣いで言うまひるちゃん。


 ――い、いかん。このキュートさはヤバイ……無条件で抱きしめたくなってくるぜ。


 俺は自身の中にある全理性を総動員し、その衝動を抑えにかかった。


「でも多分、まひろお兄ちゃんから色々と龍之介お兄ちゃんの話を聞いていたから、少しは平気だったんだと思います。最初はちょっと恐かったけど……でも、まひろお兄ちゃんから聞いていたとおり、龍之介お兄ちゃんは素敵な人でした」

「そ、そうだったんだ。まひろってさ、普段は俺の事をどんな風に話してるの?」


 まひるちゃんの言葉に照れくささを感じながらも、どんな話をされているのか興味はあった。

 まひろが普段の俺をどういう風に見ているのか、そういった話を誰にも聞いた事が無かったからだ。


「そうですね……ラブコメ作品が大好きで、そんな物語の恋愛に憧れているとか、世の中のカップルを敵視しているとか、他にも変な独り言が多いとか、妹さんを溺愛しているとか、ゲームが大好きだとか、他にも色々です」


 ――何だその説明は……。それじゃあまるで、俺がゲームとラブコメが大好きな、リア充を呪っている独り言の多いシスコン野郎ではないか。あれっ? 間違ってはいない……のか? いやいや!? 他はともかくとして、俺は決してシスコンではない。


「ど、どうかしました?」

「えっ!? あ、いや、何でもないよ。ほら、帰って来たんだし、早くパラソルを立てよう!」

「そ、そうですね」


 ――いかんいかん……。これではまひるちゃんに、俺が変な奴だというイメージを植え付けてしまいかねない。


 俺は寝かせていたパラソルを持ち上げて傘を開き、持ち手の部分を穴に突き立てた。


「さあ、俺が押さえてるから、まひるちゃんは砂で埋めていって」

「はい!」


 まひるちゃんは俺の言葉に元気に返事をしながら頷くと、楽しそうにパラソルを固定する為の穴に砂を入れていく。本当はサンドペグとかで補助固定をした方がよりいいんだけど、今日は風も弱くて穏やかだし、パラソルの芯も十分に深く埋めているから大丈夫だろう。

 こうしてパラソルをしっかりと地面に固定した後、今度はまひるちゃんと一緒に近くの簡易シャワールームへと行ってから身体についた砂を落とした。

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