第80話・告白×茜

 最終審査もいよいよ茜とまひろの審査を残すのみとなっていた。宮下先生がこの告白審査に込めた狙いを推察するのは難しいが、それでも何かしらの意味が込められているのは間違い無いと思える。

 まあ、あれでも宮下先生は大人なんだから、適当そうに見えてもそのあたりはしっかりしているとは思う。そうでなければ、養護の先生としても普通の大人としても、生徒達からの信用を得る事はできないだろうから。


「じゃ、じゃあ、次は私が行くね」


 横に居たまひろに向かって茜が喋るのが見えるのと同時に、茜の緊張したような声がスピーカーから聞こえてきた。

 五人にはそれぞれ専用のピンマイクが付けられているのだけど、スピーカーから聞こえてくる茜の震えた声は、本人が凄まじく緊張しているんだという事をリアルに伝えてくる。

 いつも威勢のいい茜を見慣れている俺は、そんなガチガチに緊張している様子の茜を見て柄にもなく心配になってしまった。

 それにしても、スレンダーラインドレスに身を包んだ茜は普段のボーイッシュなイメージとは異なり、ぱっと見は本当に茜かと思う程に大人な女性の雰囲気を醸し出している。

 だが残念な事に、身体を震わせながら不安そうにマイク前に立つその表情は何とも頼りない。


「あ、あの……わ、私は…………」


 思ったとおり、茜の口からは上手く言葉が出てこない。

 アイツは度胸があるように見えて愛紗以上にこういう場が苦手で、明るくて元気で目立つくせに目立つのを嫌うタイプだ。だからこそ、茜がこのコンテストに出ると言った時には不思議で仕方がなかった。

 心配な思いで見ている茜は、相変らずマイクの前でうろたえている。緊張のあまり紡ぐ言葉が出てこないのは分かるが、このままみんなの視線に見つめられていては、まさに針のむしろ状態だ。これでは余計に何も話せなくなるだろう。


 ――やれやれ…………。


 仕方ない奴だなと思いつつ腕を上げ、視線を泳がせている茜に向かって気付くように手を振る。するとそれに気付いたのか、茜が俺の方をじっと見てきた。

 そんな茜の表情は、『こんな時にいったい何なの!?』――みたいな事を言いたげな感じだったが、すぐにその表情は変わる事になった。


「ぷっ……」


 俺がしていた事を見ていた茜が、笑いを堪えるようにして顔を俯かせる。


「アハハハハッ! りゅ、龍ちゃん! な、何よその顔――――っ!」


 再び顔を上げて俺の方を見た瞬間、茜はとうとう声を出して大笑いを始めた。

 茜の言葉を聞いた生徒会役員のカメラマンが、俺の方へと持っているカメラを向けてくる。すると俺のしていた変顔がステージに設置されている大画面にアップで映し出され、それを見た生徒達からも大きな笑いが沸き起こった。


「アハハッ! 龍ちゃんおっかしーい!」


 ――まったく……お前を和ませる為にやったってのに、その言い草は何だ……。それとカメラマン、いつまでも俺を映してんじゃねーよ。めちゃくちゃ恥ずかしいだろうが。


 カメラで映し出された画面には、羞恥の表情で真っ赤になっている俺が映っている。

 自分でやった事とは言え、とんだ恥さらし者になってしまった。これで茜がちゃんとしなかったら、後でファミレスメニューのフルコースを要求してやろう。


「さあさあ、ハプニングイベントはここまでだ」


 宮下先生の言葉で何とかその場は収まり、再び先程と同じ静寂の時間が訪れた。

 しかし茜の表情は先程とはまったく違い、にこやかですっきりとしている様に見える。どうやら少しは緊張が解けたようだ。


「……私がその人の事を好きだと気付いたのは、中学生になってからでした」


 静かに一呼吸を置いた後、茜はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 中学生になってから気付いたって事は、小学生の時にはもう、意中の相手は茜の近くに居たって事か。それはまったく気付かなかった。

 でも考えてみれば、茜とは今までまともに恋愛話をした事が無かった。いったい相手はどんな人物なんだろう。


「最初はその気持ちに気付いてなかったけど、彼のさり気ない優しさは、いつも私を温かい気持ちにしてくれていました」


 いつもは隙あらば俺へ毒のある言葉を浴びせてくる茜が、あんな優しげな表情を浮かべるのは初めて見る気がする。

 そんな初めて見る茜の女性としての優しげな表情についつい見惚れてしまい、自分の心臓がドキドキと高鳴っているのが分かった。


 ――何だこの動悸は……。


「その人とは憎まれ口を言い合ったりもしているけど、私はいつも幸せな気持ちで満たされています」


 ――ほー、アイツが俺以外にも毒を吐いている相手が居たんだな。てかアイツ、好きな相手にまで毒を吐いてるのか? それはヤバイと思うんだが……毒を吐かれている相手も可哀想にな……。


 自分も普段、茜には結構な毒を吐かれている。加えてあの超高速パンチもおまけでついてくるんだから、相手の気苦労が痛い程に分かってしまう。

 しかし茜の優しげな表情を見る限り、その相手は本当に良い奴なんだろうなと思える。

 普段はガサツな部分も多いし、猪突猛進で向こう見ずでもあるが、茜が凄く良い子だというのは俺が一番よく知っている。それだけは間違い無いと断言できるくらいだ。

 だからこそ、想われているであろう相手も幸せ者だと思える。普段は決して口には出さないけど、茜は本当に優しくて明るい子だから。

 俺もあの優しさと明るさに何度助けられた事か。もちろんこんな事は本人には絶対に言わない。図に乗らせるだけだから。


「だから私は、そんな幸せな気持ちにさせてくれる彼が大好きです。昔から変わらず、これからもずっと……」


 そう言い終わると、茜は深く頭を下げた。

 俺は椅子から立ち上がり、茜に向けて拍手を送る。するとそれに釣られるようにして、周りからも大きな拍手とその勇気を称える声が上がった。

 その様子を見聞きした茜は下げていた頭を上げてにっこり微笑むと、今度は軽く頭を下げて観客にお礼をする。そして再び頭を上げると、今度は俺の方を向いてから右手を前に突き出してブイサインを送ってきた。

 最初はどうなるかと思ったけど、とりあえずほっとした。まあ、ちゃんと告白ができた事に免じて、ファミレスメニューフルコースの要求は勘弁してやろう。そうだな、ジュース一本くらいで勘弁してやるとしようかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る