第81話・告白×まひろ
審査が終わった四人はステージの後ろへと下がり、残る一人の挑戦者であるまひろを見ていた。
まひろの告白審査が終われば、エントリー期間を含めて約三週間を費やしたこの花嫁選抜コンテストも終了となる。
しかし最後の挑戦者であるまひろは、マイク前に進む為の一歩がなかなか踏み出せずにいるようだった。でも、その気持ちは分からないでもない。
このように大勢の前で行われるイベント、特にこういったコンテストでは、順番というのが非常に重要な意味合いを持つ。
なぜなら最初に審査を受ける人は一番最初というプレッシャーがあるのに加え、他の人が審査を受けるのを見て対策を練る事が出来ないという不利な点があるからだ。
そして最後になる人にも、前の人が積み上げたものがある分、ハードルが相当に上がっていたりするというデメリットとプレッシャーがある。これはそれまでの挑戦者が積み上げてきたハードルが高ければ高いほど、自身の心にそれが重く重くのしかかると言う事になる。これも相当に辛い。
「頑張って、まひろ君!」
「そうですよ。頑張って下さい、まひろさん!」
「いざとなったら、さっきのお兄ちゃんの変顔を思い出すといいですよ」
「が、頑張って下さい。涼風先輩!」
一歩も前に踏み込めずに居たまひろに向かい、そう声をかける四人。本来なら目的の為の敵と言っても過言ではないはずの相手に、揃って励ましの言葉を送っている。
でもそれが実に彼女達らしいと思ってしまう。きっとあの五人にとっては、他の四人は敵ではなく、共通の目的に向かって進んで行く同志なんだ。だからこそ、あんなに正々堂々としているんだと思う。
「ありがとう……みんな」
四人を見て微笑んだまひろは、そのまま前を向いてから静かにゆっくりと前へ進み始めた。
身に纏っているプリンセスラインドレスのふんわりとボリュームのあるスカートが、前へと進む度にふわっと揺れる。
そしてマイク前に立ったまひろは、スーッと息を吸い込んでから言葉を発した。
「え、えっと……ぼ、僕は」
「待ちたまえ!」
言葉を紡ぎ出そうとしていたまひろを突然止めたのは、解説席に居る宮下先生だった。
その突然の出来事に、ステージ上の五人全員――いや、おそらくはホールに居た全員が宮下先生の方に注目していたと思う。
「急に止めてすまない。だが、涼風に一つ言っておきたい事があってな」
こうして進行を妨げてまでまひろに言いたい事とは何だろうか。
果たしてどんな言葉が飛び出すのだろうかと、俺は宮下先生の方へ意識を集中させる。
「涼風、これはあくまでも、女性の憧れであるウエディングドレスのモデルを決める為のコンテストだ。ゆえに出場する者も、花嫁に相応しい振る舞いをしてもらわないといけない。この意味、分かるな?」
そう言ってまひろをじっと見る宮下先生。
そんな事を言われたまひろは、マイク前で戸惑った表情を浮かべていた。
多分だけど、宮下先生はまひろに女性らしくしろと言っているんだと思う。だとすると、まひろがあの様に戸惑った表情を見せるのも当然だ。だってまひろは男なんだから。
普段から自分が女性的に見られるのを良しとしていないのに、大勢の前で女性の様にしろなど無茶振りもいいところだ。
「宮下先生、それはあまりにも無茶振り過ぎやしませんか?」
戸惑うまひろを見ていていたたまれなくなった俺は、宮下先生に向かってそう抗議をした。まひろの過去を考えると、そこは無闇に越えてはいけない領域だと思えたからだ。
「ほう、なぜかね?」
「考えてもみて下さいよ。まひろは男なんですよ? 女子生徒の制服を着て料理審査に挑んだり、こうやってウエディングドレスを着て最終審査に挑んでるだけで十分じゃないですか」
「さきほども言ったが、これはコンテストだ。だから行う側の提示するルールには従ってもらわないといけない。それは公平性を保つ為でもある」
「でもっ」
「それが飲み込めないのなら、辞退すればいいだけの事だ。こちらは審査に挑む事を強制もしていなければ、強要もしていないのだから。ただ、どんな事をやるにしても、大なり小なり覚悟はいるという事だ。そこで退くも進むも自分次第。下した選択で後悔するもしないも自分次第。要するに、自分がどう在りたいかという事だ」
最初は俺に向けて言葉を発していた宮下先生だったが、最後の方は俺ではなく、ステージ上のまひろを見ていた。
「宮下先生の言いたい事は分かりますけど……でも――」
「龍之介、ありがとう」
頭では分かっていても納得出来ない俺が何とか反論をしようとしたその時、まひろが一言そう言った。
発した声は決して大きくはないのに、澄んだ水の様に透明な清涼感と、それでいて少しのノイズも感じさせない綺麗な響きで俺の耳に届いた。
その声を聞いてまひろの方を見ると、優しげな表情で微笑んでいた。そんなまひろの微笑みは、未だかつて見た事が無い程に穏やかで、深い優しさに満ち溢れている。
そしてそれを見た俺は、覚悟を決めたんだな――と感じて静かに席に座った。
「私にも、先に告白したみんなの様に好きな人が居ます。切っ掛けは小学校でのある出来事でした。彼は私をいつも気にかけてくれていました。色々な事があって傷ついていた私に、その深い優しさを向けてくれたんです。それからずっと、私は彼の事だけを見てきました。私は彼を見つめているだけで幸せです。それだけで心が温かくなるから。でも……もっと彼に近付きたい、彼と一緒に居たい。そう思うようになってしまいました」
見つめているだけで幸せ――か。何だかまひろらしい感じで思わず微笑んでしまう。
でも、それにしたってちょっと積極性が足りない気はする。俺としてはもう少し強気に攻めてもいいと思うんだが。まあ、消極的なまひろには難しいかもしれないけど。
「今の私には無理ですけど。でも、頑張ってそう出来るようにしたいと思っています。そう思えるようになったのも、彼はどんな私でもちゃんと受け入れてくれると思ったからです。だからその時には、本当の私を受け入れて下さい。ずっと……あなたが大好きです」
そう言い終わると、まひろはにっこりと微笑んで頭を下げる。
花嫁選抜コンテストの最後を飾るに相応しい告白だったと思う。きっとそれは、俺以外の誰しもがそう感じ取ったに違いない。それが証拠に、ホール内は割れんばかりの拍手と歓声が上がっているからだ。
こうして全ての審査を終え、生徒達の投票タイムへと移行する。
そして20分程で全ての投票が終わると、生徒会がすぐさま集計作業へと移り、それから生徒会が集計作業を終えるまでの間、宮下先生と渡によるコンテストの総評や感想のフリートークが続いた。
しかしまあ、宮下先生も渡も、よくあんなに喋り続けられるもんだと感心してしまう。
そして投票終了から一時間後。生徒会役員が投票結果を記した紙を持って来て渡へ手渡すと、渡の口から今回の優勝者の名前が発表された。
「激戦だった今回の花嫁選抜コンテスト。その優勝者は――」
渡の口から優勝者の名が告げられると、ホールからは今までで一番の拍手と歓声が沸き起こった。
こうしてホール内が凄まじい熱気に包まれる中、
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